内容説明
歌人が繰り広げる心躍り胸を打つ言葉の宇宙
短歌の第一人者による『もうすぐ夏至だ』に続く第2エッセイ集。
最新の連載を中心に、心躍る、胸を打つ言葉の宇宙が繰り広げられる。
歌人で〈ある〉ということはどういうことか。
個人の日常と、歌という表現を持つこととの関係を、しなやかな視線で描く、
珠玉のエッセイ集。
「彼女の横に腰かけ、同じほうを向きながら、何も話さなかった。慰めもせず、冗談で元気づけようともせず、泣いていたわけも訊かず、ただただ横に座って居ただけだった。[……]
あの午後の椅子は静かに泣いてゐた あなたであつたかわたしであつたか」(本文より)
常に歌人であることの意味
好評を博した『もうすぐ夏至だ』に続く、待望の第二随筆集。最新の連載「風通しのいい窓」(「PHPくらしラクーる」)や「あすへの話題」(日本経済新聞)を中心に、各紙誌に発表した随筆の数々がまとめられている。
まず巻頭に収録された、表題ともなった書き下ろしの随筆が読者の心を打つ。これは「あの午後の椅子は静かに泣いてゐた あなたであつたかわたしであつたか」(『夏・二〇一〇』)から採られている。
珍しく陽のあるうちに帰宅した夫が、庭の椅子に座っている妻の河野裕子に声をかけたとき、夫ははっきりと「さっきまで泣いていた」様子を見てとった。それは妻が乳癌の再発を告げられてからひと月ほどたったある日の午後。夫は「彼女の横に腰かけ、同じほうを向きながら、何も話さなかった。慰めもせず、冗談で元気づけようともせず、泣いていたわけも訊かず、ただただ横に座って居ただけだった」……。
この秀逸な一編から巻末まで、ポエジーな文体が奏でる、常に歌人であることの意味を問い続ける著者の真摯な姿勢を、読者は心ゆくまで堪能できるだろう。
[目次]
あの午後の椅子
Ⅰ 風通しのいい窓
おまへのままがいいから
いつも誰かが居てくれる場所
二度と会うことのない友人たち
相槌のありがたさ
言葉のすき間と形容詞
「ともだち親」として
「自分らしく」なく生きる
家族の呼び名
日常の中の歌、日常に添う歌
「親父の背中」とは?
家族の歌
Ⅱ 「あすへの話題」より
ご飯はフォークの背に載せて
Your hair!
車に杉の木が生える!
異議なし!
書くということ
歌仙を巻く
根の世界に魅せられる
首長の挨拶廃止論
立食パーティでの挨拶は
言葉で開く生き方
一升瓶と回虫
河野裕子の呪い
あなた、スペインに行ってるの!
一首の歌に人生が見える
賀茂曲水宴のこと
地球十五周分の細胞を
エーゲ海の風
勘定が合わない
マウスの尾静脈から
臨死体験
教授室の窓
理系の教員
Ⅲ 歌人で〈ある〉ということ
歌人であり続けるとは……
歌で伝えられるもの
本歌取り 歌を共有する意志
歌の理由 ねむいねむいと
百年後に遺す歌
歌壇を相対化する目を
自分に届くことば あなたはどうか
〈あいだ〉を漂う歌
父と句と私の歌
伝えたきこと
歌枕に思う
Ⅳ いつも〈いま〉がおもしろい
饗庭
母の驚愕、悲しき記憶
小さな塾の話
躓きの書
嵯峨野
楽友会館の思い出
下駄と月見草
物理のおちこぼれ
きのこ黙示録
キャンパスのきのこ
男の〈遊び〉
熊に嚙まれた話
短歌とサイエンスのあいだで
海賊屋
こだわりつづけること
誰もが右を見たら、一度は左を…
知らないことは羞しいと
「知りたい」という欲求
『免疫の意味論』の意味
生活のなかで思い出される歌
気の鬩ぎ合い
漆を食べる
この必然が男には…
植物音痴
あとがき
[著者略歴]
永田和宏(ながた・かずひろ)
1947年滋賀県生まれ。京都大学理学部卒。京都大学名誉教授。京都産業大学総合生命科学部教授。同タンパク質動態研究所所長。
歌集に『メビウスの地平』、『華氏』、『饗庭』、『風位』、『夏・二〇一〇』など。
著書に『もうすぐ夏至だ』、『歌に私は泣くだらう』、『近代秀歌』、『現代秀歌』、『新版 作歌のヒント』など。
共著に『家族の歌』、『たとへば君』など。
読売文学賞、迢空賞、講談社エッセイ賞など受賞多数。
芸術選奨文部科学大臣賞、紫綬褒章。宮中歌会始詠進歌選者。朝日新聞歌壇選者。塔選者。
*略歴は刊行時のものです