内容説明
大貴族の名執事からドロップアウト組まで
華麗なる時代の最後の輝きの日々
執事には誰がどんな経験をへてなるのか。執事になった人なれなかった人、貴族の大邸宅や在米イギリス大使館に勤めた五人が語る、笑いと苦労、時に涙の職業人生。『おだまり、ローズ』の著者がおくる、男性使用人の世界。
「予告はほとんどなかった。伝令が屋敷を訪れてトリー夫人に手紙を渡したのは、たしか火曜日だったと思う。[…]屋敷内はとたんにてんやわんやの騒ぎになった。使用人が呼び集められ、秘密厳守を──ぼくの記憶では、誓いを破れば命がないという脅しつきで──誓わされたうえで詳しいことを聞かされた。御大がやってくるのは金曜日。それまでにチャーチル夫妻だけでなく、首相づきのスタッフと週末に招かれる可能性のあるすべての客人も受けいれられるよう、準備万端整えておかなくてはならない。」(本文より)
登場するのは、『日の名残り』の主人公のモデルといわれる「クリヴデンのリー卿」ことアスター子爵家のエドウィン・リー、ニューヨークの英国大使館執事を務めた「執事の王子」チャールズ・ディーンら業界の名執事たちに、途中で他業界へ移ったひとりを加えた5人。
彼らはみな、18世紀後半〜第二次大戦前のイギリスで、地方の労働者階級の家に生まれて10代前半から働きはじめ、それぞれ異なるキャリアをへて執事への道を歩む。執事になってからの、大邸宅の日常や豪華な大イベントを取り仕切る責任者としての、驚くような仕事内容と、責任にともなう孤独な立場。チャーチル首相や王家の人々との関わり。そして、20世紀社会の激変に翻弄されながら、華麗な貴族の時代の終わりを目の当たりにする哀しみ……。華やかなまま引退する者もいれば、悲運に見舞われた雇用主一家にあくまで忠義を尽くす者、〝旧時代の雇い主〟の要求と〝新時代の部下〟という現実の板ばさみになって苦しむ者など、その結末はさまざまだ。
5人それぞれが一人称で語る人生の物語は、楽しい読み物であると同時に、20世紀イギリス史の貴重な記録である。
[目次]
まえがき
1 プロローグ
2 ゴードン・グリメット
ランプボーイの話
ゴードンの回想についてひとこと
3 エドウィン・リー
ページボーイの話
リー氏の回想についてひとこと
4 チャールズ・ディーン
ブーツボーイの話
チャールズの回想についてひとこと
5 ジョージ・ワシントン
ホールボーイの話
ジョージの回想についてひとこと
6 ピーター・ホワイトリー
雑用係の話
ピーターの回想についてひとこと
7 エピローグ
解説
訳者あとがき
[原題]Gentlemen’s Gentlemen: From Boot Boys to Butlers
[著者略歴]
1899年イギリス、ヨークシャーに、石工の父と洗濯メイドの母の長女として生まれる。1918年、18歳でお屋敷の令嬢付きメイドとしてキャリアをスタート、1928年にアスター子爵家の令嬢付きメイドとなり、同年、子爵夫人ナンシー・アスター付きメイドに昇格する。以後35年にわたってアスター家に仕えた。1975年に『おだまり、ローズ――子爵夫人付きメイドの回想』、76年に本書を刊行、1989年没。
[監修者略歴]
東京大学大学院博士課程満期退学(比較文学比較文化専攻)
上智大学文学部教授
主要著訳書
『執事とメイドの裏表―イギリス文化における使用人のイメージ』(白水社)、『階級にとりつかれた人びと 英国ミドルクラスの生活と意見』(中公新書)、『不機嫌なメアリー・ポピンズ イギリス小説と映画から読む「階級」』(平凡社新書)、『パブリック・スクール―イギリス的紳士・淑女のつくられかた』(岩波新書)、ジェイン・オースティン『ジェイン・オースティンの手紙』(編訳・岩波文庫)
[訳者略歴]
津田塾大学学芸学部国際関係学科卒
主要訳書
リン・ピクネット他『トリノ聖骸布の謎』、ロバート・ウーリー『オークションこそわが人生』、ポール・カートリッジ『古代ギリシア 11の都市が語る歴史』、ロジーナ・ハリソン『おだまり、ローズ―子爵夫人付きメイドの回想』(以上、白水社)
*略歴は刊行時のものです