12時以後にいかに音楽を聴くか。
ふつう、都会の安いアパートに住んでいると、大音響で音楽をきくことを、人ははばかるものである。
これは多摩動物公園の近くに住んでいても、渋谷の文化村ラブホあたりに住んでいても、同じことだろう。
いま、僕は『ズィンク・アロイと朝焼けの仮面ライダー(T.REX)』を聴きながら、これを書いている。
わりと派手目のグラム・ロックである。マーク・ボランの女房が延々と絶叫している。
で、時間は19時20分である。
まあ、ゆるされるだろう。
これは、周囲の住人がどういう音楽を好むかにも左右されることは言うまでもない。
頭の上から、壁の向こうから、休日、ずっと、ウルトラへヴィーなベース音の響き渡る、ベースドラムもダブルでキックされ続けているような音楽が鳴り続けていたら、その休日は休日としての価値を失うだろう。
おもに、この「低音域」をどれだけセーヴするかにかかっている。周囲の環境への影響の強弱は。
意外に、絶叫や高音域のギターサウンドは、それほど苦痛と憤怒のきっかけには、ならないものである。
さて、話はいきなりシメにかかる。
言いたいことは、「12時過ぎても音楽の気配が部屋のどこかにほしい」ということだ。
ジミ・ヘンドリックスの『クライ・オブ・ラブ』を深夜、どうしても聴きたくなり、しかし、ヘッドフォンをかぶるのではなく、なぜか、どうしても空気中を流れてくるジミを聴きたくなってしまうことが、この僕にはしょっちゅう起こる。
ヘッドフォンをつなぐ。
ヴォリュームを最大に上げる。
で、スイッチを入れる。
ジミの『フリーダム』が大爆音で鳴っている「気配」がする。
この、「気配」に、不思議なドライヴ感があるのだ。
もちろん、ヘッドフォンをかぶれば、とてつもない音で「フリーダム、ザッツ・ホワット・アイ・ウォント・ナウ」と叫ぶジミの声が響き渡るだろう。
しかし、僕は「あえて」それをしないのだ。
「気配」。そう。「気配」が僕の部屋を満たす。
「気配」はもちろん付近の住民には聞こえない。
でも、僕の部屋いっぱいに、みちあふれていく。
あ、もちろん『クライ・オブ・ラヴ』は19時台くらいなら爆音でなってますよ。
【編集部/奈落亭凡百】