おお 首よ 立つホコリ 寒さに ふるえ
茂る ブーリャン
マミコがクラッカーにレバ刺しをのせて、ウォッカを呑みながら唄っている。
ここは荒川、東尾久三丁目。
「おいマミコ、それ〈おお道よ〉じゃなかったか」
「そだっけ」
「オレはそう習ったけどな」
「いいのよ、〈おお首よ〉で」
「そうかな」
ところで、今年の冬は、白子ポンズの質がとりわけ高いようだ。
最近、「蟹工船」が若い人のあいだで流行っているらしく、45歳のオレは「全世界のプロレタリアート、団結せよ!」というのをドイツ語で探してきて、書いて、部屋のドアに貼っている。コレを、若者の前で発音してみる。
「いっすねドイツ語」
「いやーオレ的にはマルクスはイエスかブッダみたいなもんだしよ」
「そーいや、中村光の『聖(セイント)おにいさん』サイコーっすよね」
「アレで笑えないヤツは現在の日本にいるイミないよ」
「同感っス」
「オマエもさ、マルクス主人公にしてマンガ描けよな、うひょひょ」
「エエッムリッすよ、オレ、『罰と罪』(ママ)しか読んでないし」
話題を変えよう。
先ほど言及した漫画家の中村光さんだが、『荒川アンダー・ザ・ブリッジ』という作品をすでに8巻まで上梓されている。
いうまでもなく、荒川区が舞台だ(しかも河川敷。登場人物みんなホームナシのひとたち)。
この作品に登場する〈恋人〉たちである「リクルート」と「ニノ」という男女が、まるでマミコとオレのようなのだ。実に泣ける。
つまり、一方的にオンナの「勝ち」からハナシが始まっているのである(オトコは大金持ちなのだが)。
なにしろ「ニノ」ちゃんは登場する早々「私は金星人だ」と自己紹介する(カワイイ女の子なのだが)。
そして、「溺れてるお前を川から助けたお礼に、私と恋をしろ」と命ずるのだ。
すごいであろう、コレが荒川っちゅうもんだ。
マミコが「おお首よ」と唄えば、それでキマリなように。
さてマミコだが。
10歳オレより年上の彼女だから、もちろん過去には恋の経験があった。
時は1975年。オレが12歳で、童貞ソーシツまであと11年かかるという年に符合する(笑わんでくれ)。
マミコは22歳。オレとつきあってた頃よりは、肌にはるかに水っ気があったであろう。
マミコが当時カンケーしていたオトコは、「オレはカッパドキアから流れてきたばかりの文無しだ」と自称する天性のヒッピーさまであった。
カッパドキアは遠い。そんなトコロからフラリと現れたヤツに、マミコはイッパツでコロリときてしまった。アドヴェンチャーにヨワいのだ。
ちょうどその頃、世間では「ゴキブリホイホイ」が発売され、ゴキの宿敵である主婦たちのあいだで大人気を博していたが、そのカッパドキア野郎は「そんなもんは、イラン!」と当時は「ペルシャ」と呼ばれていたある国の名を叫ぶと、マミコのアパートに住みついていたゴッキーたちを片っ端から手づかみで窓の外に放りだしはじめた(さっすがヒッピーちゃん、殺生はしない)。
主婦ギライのマミコ(バックナンバー読んでね)が、このような勇姿にホレないワケがない。
オトコは1947年生。大分県中津出身。マミコは1953年生。
ゴキゲン(死語)で、カップヌードルの当時のCMソングが似合いそうなカップルだ(ちなみにマミコは台東区今戸出身)。♪おおハッピーじゃないかあ~。
しかし悲しいかな、放浪とワイルドネスをこよなく愛するオトコと、レイドバックしたアメリカンロック(レイナード・スキナードとか? オレよく知らんが)をソヨ風に髪をなびかせながらターンテーブルにのせ、裸足でネコを抱き、キャロルキングのマネをしたがるマミコとの恋は長くはつづかなかった。
時は1977年。
オトコはふたたび、中東方面へと旅立った。
パーレビ国王暗殺をもくろんでいたらしい。
…マミコが変貌をとげたのは、そのときからだ。
マイケル・フランクスの甘やかなボッサのささやきに酔い、スティーヴィ・ニックスのようなヨーエンな男たらしになりたいと思っていたマミコ(ああ、もうこのヘンは若い人たちは流してくれていいからね)は、オトコの去った六畳一間のアパートで、
「私はパンクをやる!! もうソフト&メロウとはおさらばよ!」
と絶叫し、アメリカンロックのレコードを全て売り払い、そのカネで革ジャンと安全ピンを購入する。
髪の毛を狂ったように切り刻み、逆立て、寒風の吹きすさぶ中、メンバー募集のために高円寺をめざし、中央線にとびのったのだった。
もうソヨ風は捨てた。
いま、マミコに必要なのはハリケーンなのだ。
ああマミコ。お前は戦後ロック史そのものだ。
そのときオレも、ツェッペリンのポスターを部屋のカベから剥がしていたんだよ。
童貞ソーシツまで、あと9年と迫っていたんだよ(つーか、なげーっつーの!)
【編集部/奈落亭凡百】