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荒川さん、電話をください・バックナンバー
奈落亭凡百ファン待望の新連載! 荒川区町屋と神田小川町の荒川さんを結ぶ一本の電話──そこから新たな物語が始まります。
| 第七回「イラン革命前夜」 | 第六回「回顧譚:ある出会いについて」 | 第五回「食材談義」 | | 第四回「血まみれのこと」 | 第三回「マミコとオレ(チャプター2)」 | 第二回「マミコとオレ(チャプター1)」 | | 第一回 「1978年の文系女子」 | |
第七回「イラン革命前夜」
[2008.12.24]
おお 首よ 立つホコリ 寒さに ふるえ マミコがクラッカーにレバ刺しをのせて、ウォッカを呑みながら唄っている。 ところで、今年の冬は、白子ポンズの質がとりわけ高いようだ。 最近、「蟹工船」が若い人のあいだで流行っているらしく、45歳のオレは「全世界のプロレタリアート、団結せよ!」というのをドイツ語で探してきて、書いて、部屋のドアに貼っている。コレを、若者の前で発音してみる。 話題を変えよう。 さてマミコだが。 ちょうどその頃、世間では「ゴキブリホイホイ」が発売され、ゴキの宿敵である主婦たちのあいだで大人気を博していたが、そのカッパドキア野郎は「そんなもんは、イラン!」と当時は「ペルシャ」と呼ばれていたある国の名を叫ぶと、マミコのアパートに住みついていたゴッキーたちを片っ端から手づかみで窓の外に放りだしはじめた(さっすがヒッピーちゃん、殺生はしない)。 オトコは1947年生。大分県中津出身。マミコは1953年生。 しかし悲しいかな、放浪とワイルドネスをこよなく愛するオトコと、レイドバックしたアメリカンロック(レイナード・スキナードとか? オレよく知らんが)をソヨ風に髪をなびかせながらターンテーブルにのせ、裸足でネコを抱き、キャロルキングのマネをしたがるマミコとの恋は長くはつづかなかった。 時は1977年。 マイケル・フランクスの甘やかなボッサのささやきに酔い、スティーヴィ・ニックスのようなヨーエンな男たらしになりたいと思っていたマミコ(ああ、もうこのヘンは若い人たちは流してくれていいからね)は、オトコの去った六畳一間のアパートで、 ああマミコ。お前は戦後ロック史そのものだ。 【編集部/奈落亭凡百】
第六回「回顧譚:ある出会いについて」
[2008.10.03]
時は1991年。 「オレはグランジよりレイヴかな」なんてうそぶいたりして。 ただ、トシがトシだけに、そのとき誘われたバンドの、音大を卒業したばかりというベースのメンバーの前では、「もう28だからさ、ジジイだろ。いいのこんなジジイで」とか下手に出ていた。 よーするに、30になる前のユルイ時期を、のぺーっと、過ごしていたのだ。 世間はまあ、バブル景気だったんだろうね。 (このへんの事情は、雑誌『ふらんす』の96年1月号31ページに掲載された「ユーロ・インディーの80年代」に詳しい) さて、そんな頃の、ある日、西荻窪のライヴハウスで。 ボーっと出番を待つ間、次のバンドのリハをモーローと見ていた。 おそるべきヘタクソな演奏。アンサンブルはガタガタ。リズムは走りっぱなし。ベースがいないから、響きはスカスカだ。 〈バカなオトコと酒を呑み 「おいおい、ロックの歌詞かよ、コレ」 〈そうよアタシは今日もまた 「所帯じみてんなぁ」「あーもー、ああはなりたくないわ(私まだ22よ)。ねえ、もうどっか他のトコで、出番待とうよ」 〈アンタの顔など 見られない なるほど、そういうことか。 そのオンナこそ、ほかならぬ、マミコだったのだ。 【編集部/奈落亭凡百】
第五回「食材談義」
[2008.08.26]
もう10年以上前のある日、マミコはトイレットペーパーを近所で買ってきた。 さて、今回のテーマは「お料理」である。 ところでマミコは、まったく料理をしない女だった。 マミコはその当時43歳くらいで、テキトーにしけたスナックかなんかで働いていたし、オレは駅前でティッシュペーパーかなんか配ったり、古道具屋の店番とかしていた。 ある日のこと。 マミコとオレ、あの頃がいちばん無難に暮らしていたときだったかもしれない。 1996年。 【編集部/奈落亭凡百】
第四回「血まみれのこと」
[2008.07.14]
「いつもいつも、マミコちゃんの話ですけど、よっぽどご執心というわけですか」 そういうご質問はなさらないでください。 マミコとオレ、最後に住んだのは、千住S木町だった。 そのころマミコは、オレがウーパールーパーを見ると恐怖にふるえることに気づき、よく近所でウーパールーパーを買ってきては金魚鉢で飼育していた。 「おい、これ、ワニとかイグアナのエサにするヤツだろ。飼うかよフツー」 さて、さいきんのオレだが、2週間ほど入院したり、手術で血まみれになったりしていた。 6月は残酷な季節だ。 7分13秒続くポール・マッカートニーのあの歌声からは、オレは血反吐のにおいのテイストを拭うことがいまだにできない。 ある日、マミコに「ビートルズはナニがすき?」と訊くと、 ところで毎回書いているように、マミコはオレより10歳年上だった。 「ねえパパ、アレはなに」 オレは上野精養軒のポタージュ・スープをすすりながら、千歳飴の袋を撫ぜたりしていた。 同じアルバムの次の曲で、ウーパーくんは「ぼくはつましいカントリー・ボーイ、太陽に育てられたコドモだよ」と歌っている。 マミコはそれでもウーパールーパーを飼育しつづけた。 「カワイイじゃん。どうせ喰われちゃうんだもんね、ちゃんとしたサカナに」 金魚蜂の中のウーパーたちは、6月の大気のようにどんよりとしていた。 【編集部/奈落亭凡百】
第三回「マミコとオレ(チャプター2)」
[2008.05.12]
春である、もう5月。 春は眠いものだ。 またまたマミコとのテンマツで恐縮なのだが、マミコは「ゆらゆら帝國」が大好きなオンナだった。彼女によると、「ゆらゆら帝國」は春うららかな、木の芽時に聴くのがサイコーなのだそうだ。 「なんか、やりきれないのよお、春って、ムリヤリ生きなきゃいけない、って言われてるようでさあ。ねえー、ゆら帝、かけてよー、んで、ボンベイサファイア呑ましてよー。忘れたいのよー、生きてることをさぁー」 ぜんたい、春というものはユーウツな季節だと思う。 マミコは当時、吉祥寺のキャバクラに勤めていた。前回も書いたように、オレより10歳年上のマミコは、もう40代の半ばになっていたはずだ…よくぞ雇い手がいたもんだと思う。 当時よく聴いた曲というと、なんだろう。 さて、いま、オレは荒川区に住んでいるが、その前は杉並区に住んでいた。 杉並を引き払って、荒川に越すことになり、オレはその店にお別れの挨拶に行った。 春だ。 春は残酷な季節だ、とつくづく思う。 風のたよりに、杉並の店もとうとうカンバンを降ろした、ということを知った。 【編集部/奈落亭凡百】
第二回「マミコとオレ(チャプター1)」
[2008.03.28]
あれはそうだ…西荻窪に住んでいた頃だから、2年前の…夏、か。 マミコは、とても美しい美しい女だった。 スージー・スーのようにピンピンに逆立てた髪の毛は漆黒で、炎天下のカゲロウのようにざわめいていた。オレのとなりで歩く背丈も見上げるには丁度よく、革ジャンのソデからのぞくリストバンドのメタルな突起も、襟ぐりの深い豹柄のTシャツに浮き出るガリガリの鎖骨とドクロのチョーカーも、猛々しいまでに威嚇の光沢を放っていた。声はかすれていて、低く小さく、彼女のうなじに耳をくっつけるようにしてオレはそのコトバを聴いた。唇はカサカサに乾き、潤いなど微塵もない皮膚は、愛撫のつもりですこし引っ掻いただけで、ボロボロと零れ落ちる。そのすべてが、オレを刺激してやまなかった。 10コ年上のマミコがオレのものだと思うと、オレは、静脈の血がいっきに蒸発するような快感に武者震いした。 今、荒川で目を閉じてみても、 あの陽炎が、あの突起が、マミコが、いる。 (ハイ、ここまでは、魚喃キリコ『キャンディーの色は赤。』イントロのパクリ) あああ。 今日もウーロンハイ片手にラーメン屋のカウンターにすわってる。 ああ。 そうなんだ、ココは荒川区、町屋。 荒川区、町屋。 人をどうでもいい気分にさせる町。極楽。 マミコ…どうしているんだろう。 ニシオギのライヴハウスで、マルボロを咥え、にじんだマスカラがベッタリとついた目蓋をうつろに開いて、「ボンベイサファイア、ロック、ダブルで」。 (ここはちょっとだけ、石川雅之『もやしもん』の引用) 今、荒川で、目を閉じてみる。 そして荒川さん、電話をください。 【編集部/奈落亭凡百】
第一回 「1978年の文系女子」
[2008.02.25]
日めくりカレンダーは好きですか。 まあいいや。 さて、タイトルの「荒川さん」なんだけど、カノジョは小川町あたりのカレー屋さんに勤めてる。 まあいいや。 まあ、ちょっと見カワイイ女子より、すこーしヘンタイなクセや言動のあるオンナのほうが面白い、っていうのはあるでしょ。 さっき思い出したんだけど、もう30年以上前だから中学生のころ、某女子大付属中の学祭にあそびに行ったことがあったな。仲良かったヤツのおねえさんが通ってたんで。 (「ジャパン」(コレも知らんよね? やっぱり日本だけではやってたバンドね)のメンバーがすべて登場する「やおい」マンガも載ってたな、ミニコミには。メンバー同士が愛し合ってしまう、妄想全開の作品だった。「ああ…リチャード」「ねえ、いいだろミック…」「好きだぜデヴィッド…」「ガマンできないよスティーヴ!」みたいなフキダシがちりばめられた…) 一方、軽音楽部は、インチキくさいグラムロック・バンドで、ミカバンドの『タイムマシンにお願い』を学校の中庭でヘタクソに演奏していた。 ところで、チープ・トリックってバンド、いまのワカイ人たちには無縁だろうか。 先週買ったCD。 で、思うのだ。 そのチープ・トリックが、30年ぶりに武道館公演をするらしい。 日めくりカレンダーが薄くなっていく。もうのこり6分の5だ。 それじゃあ荒川さん、電話をください。 【編集部/奈落亭凡百】
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