白水社 白水社
書籍の検索 →詳細検索はこちら
 

教科書検索はこちらから買い物カゴを開く
白水社 白水社 白水社
トップページ
耳より情報 新刊情報 おすすめ本 全集・シリーズ 白水Uブックス 文庫クセジュ 語学書 雑誌『ふらんす』
岸田國士戯曲賞 パブリッシャーズ・レビュー クラブ白水社 メルマガ「月刊白水社」 教科書見本 連載・エッセイ 書店様向けページ


楽しい取材旅行 [2010.10.25]

東京堂書店の平台で吉村昭『味を訪ねて』(河出書房新社)を見つけ買った。2006年の没後、いくつか作品集や関連書が出版されているが、彼の食に関する短編を集めるとは、不意を突かれた感がある。吉村昭は池波正太郎のようにどこの店の何々はどういうものでという書き方はしない。せいぜい近所の吉祥寺の鮨店、立ち食いそば店、生まれ育った根岸の洋食店、取材旅行先で食べたものの話くらいしか書かないという印象であった。が、並べてみると一冊の本になる。歴史長編小説は読み応えがあるが、この人の短編は潔く美しい。

私はブログのようなインターネット上の書き込みは日頃しない。日記も書かない。そんな私がこの《クラブ白水社》に月に一度文章を掲載するようになって2年近くになる。自転車による通勤について書いているが、それだけでは書くことが思い付かなくなってきた。そこで今回は故吉村昭先生に習い、取材旅行に出た。

10月23日(土)24日(日)、宇都宮で開催された第19回ジャパンカップサイクルロードレースを観戦しに行った。このレースは第一線で活躍するプロの自転車ロード選手を間近で見られるアジアでは最高峰のレースだ。テレビでは海外でのレースを生中継で気軽に視ることができるが、実際に現場で観戦するのは初めてである。

23日午後、エキシビションとして市街地でのクリテリウムレースが行われた。JR宇都宮駅から西へ延びる大通りを800メートルほど交通規制し、往復1600メートルのコースを20周するレースである。ほぼ直線のコースを往復するレースなので状況がわかりやすく、選手の息遣いが身近に感じられた。沿道は黒山の人だかり、選手たちも声援に応える形でデッドヒートが繰り広げられた。今回初の試みだが、また来年もやってもらいたい。また、二日間に渡って催しがあることで宿泊客が見込まれ、経済効果も大きくなったことだろう。

宇都宮の経済効果といえば、餃子が有名だ。昼時に繁華街を歩いてみたが、餃子の有名店は50人くらいの行列ができていた。せいぜい5人くらいなら並んでもいいが、20メートルの列の後ろに並ぶ気力は今の私にはない。それでもせっかく宇都宮に来たのだから行列のない餃子の店に入ってみた。ニンニク入り餃子1人前6個210円、ご飯100円で310円、十分においしかった。ちょっとお腹に足りないので、たこ焼きを食べながらぶらぶら歩いていると、地元のロードレースチーム宇都宮ブリッツェンの選手たちが子供たちに自転車の指導をしている会場にたどり着いた。10年後、15年後は君たちが主役だ。

夕方、ホテルにチェックインし、近くのおでん屋に足を向ける。JR宇都宮駅東口「剣菱」。小上がりになっていて、脚を落として座るカウンターがある。小料理屋によくある造りだ。しかも和服の似合う美女が中に立っている。ええい、ままよとカウンターに座る。

「日本酒は熱燗がいいですか?」と訊かれたら、「はいっ。」と応えるしかない。「私も熱いほうが好きなんですよ…」と若女将。話に聞くとかなりの酒豪だそうだ。勧められるままにお酒2本、おでん、牛すじ煮込みなど3、4品いただいて3800円也。再訪のためこころにメモして置く。気分がよいので、もう1軒寄って帰る。

翌朝の日曜日、少しだけ二日酔いの頭を引き摺りながら、タクシーでレース会場の森林公園に向かう。会場に向かう幹線道路はサイクリストたちが列を成して走っている。私も来年は自転車を持ち込みたい。今回は来年のための下見のような意味合いだ。

午前10時、本番のレースがスタート。激しいアップダウンがある14キロメートルのコースを周回しながら、全長151.3キロメートルの距離で争われる。選手たちは1周20分のペースで周回する。私はラジオで実況中継を聴きながら林道を歩く。空気が澄み渡り気持ちがいい。そこを白バイに先導された選手たちが猛スピードで通り過ぎる。予備の自転車を屋根に載せたチームカーの隊列が後を追う。

30分ほど歩き、ゴール地点のメイン会場に着いた。たくさんの人で賑わっていた。私も芝生に腰を下ろし、大画面テレビ中継を観たり、芸能人のトークショーを聞いたり、屋台で飲食したり、気ままなピクニック感覚でレースを楽しむことができた。

今回は急に思い立っての旅行だったので、出費も意外と多かった。来年はもう少し節約できるだろう。東京から宇都宮まで100キロ、往きは自転車で走ることになりそうだ。


観戦するなら上り坂がいいみたい
【総務部/ピンキー】


自転車盗難に注意! [2010.08.27]

「とんかつニューポート」でロースカツ定食850円を食べて、多少は元気になった。今日も34℃か。ついつい冷し中華やざる蕎麦のようなものをお昼に摂ってしまう。体を冷やさずにエネルギーになるものを食べないと、自転車通勤だと体が持たないようだ。このところ朝起きても疲れがとれないことが多い。いい年して真夏に自転車で走り回っているのだから無理もない。

しかしながら、疲れの原因は連日の暑さだけではないのです。自転車を盗まれてしまった。阿佐ヶ谷フレンド商会で買って5年間、生活を共にしてきた愛車が盗まれたのです。連れ合いの自転車とワイヤー錠2つで連結していたのですが、ワイヤーを切られ、2台とも盗まれました。私もショックですが、連れ合いもかなりのショックを受けたようで、寝込んでしまいました。ウソです。盗難はホントです。

連れ合いも往復30キロメートルほど自転車で通勤しているのですが、自転車を盗まれるということは、足を奪われることと同様なのです。快適な通勤時間が奪われ、健全なる精神状態も奪われることなのです。

私はもう一台所有している自転車を急遽通勤仕様に変更し、何とか対応しました。連れ合いの自転車は新しくフレンド商会で注文したのですが、出来上がるまで3週間ほどかかりそうなので、その間にもう1台、彼女に自転車を組んであげることにしました。フレームやパーツを中古市場やインターネット通販で掻き集め、1週間で自転車が出来上がりました。

それにしても憎いのは窃盗するヤツ。もちろんすぐに最寄りの交番に行き、防犯登録証を確認してもらい、被害届を出しました。手続きが終わり交番を出ようとすると、一人の女性が、「自転車を盗まれたのですが・・・」と言いながら交番に入ってきました。これは同じ犯人もしくは犯行グループの仕業なのではないかと思いました。

自転車に詳しいヤツが道端に止めてある金になりそうな自転車に目星を付け、幌付き軽トラックの運転手に携帯電話で連絡し、準備が整ったところでワイヤーを切り、素早くトラックに載せる。そんな光景が目に浮かんできます。

対策を練らなければならぬ。本来ならば街中に自転車を止めないほうがいい。やむを得ず止めるときは、人通りの多いところに止める。もしくは係員が常駐しているか防犯カメラが設置されている駐輪場に入れる。鍵は頑丈なものに変えたほうがいいが、あまり鍵に頼らないほうがいい。お店で食事をするときは、窓から自転車が見えるようなつくりの店がいい。買い物も手短に。かなり行動が制限されるが、盗まれるよりはまだ増しだ。

参考までに、盗難にあった日は8月12日の木曜日の夜、夕食の時間帯である。お盆休みを控え、帰省のために東京から人々が出て行こうとする時期である。盗むほうも仕事だから人々が油断しているところを狙っての犯行だと思われる。

しばらくは帰りの寄り道はできなくなりそうである。自転車盗難のショックはしばらく治りそうもない。誰か自転車ごと入店できるお店を作ってくれないか。お客がお酒を飲んだ瞬間に自転車が完全にロックされるシステムを開発するお手伝いをさせていただきますので。



本当は重くて使いたくないが、仕方あるまい

【総務部/ピンキー】


東京砂漠も悪くない [2010.07.29]

梅雨が明けて、早朝から強い日差しを正面から浴びながら青梅街道を自転車で走っています。新宿大ガードを抜けて、歌舞伎町あたりだったろうか、赤信号で停車していると、青年男性自転車通勤者から声を掛けられた。

青年曰く、「速いですね」。我応えて曰く、「そうですか。でも安全第一で走ってますよ」。続けて青年曰く、「信号の変わり目に合わせているんですか?」。我応えて曰く、「毎日走ってるけどあまり意識しませんよ」。・・・(中略)。我尋ねて曰く、「どこまで通ってるのですか?」。青年応えて曰く、「神田小川町です」。「我もそうなり」。

・・・という訳で、私が先導するかたちでしばらく二人で走行した。こういうことは滅多に無いのだが、大都会東京の片隅で、見ず知らずの青年から気軽に声を掛けられるのも自転車に乗っているお蔭である。まだこの国の若者にも友好意識があり、満更捨てたもんじゃないようだ。会社員生活22年目の中年にとって、一日のスタートとしては上々の出だしである。

実のところ、彼が少し距離を置きながら後ろを走っていることには気付いていた。私もしばしば空気抵抗を減らすため、人の後ろを走ることがある。自転車乗りにはよくあることなのだ。また、私は交通信号を参考にして走っているので、赤信号では停止線手前で停まる。だが、多くの自転車乗りたちは赤信号でも自転車を進める。あわよくば交差点や横断歩道を渡ってしまう。

そんな時、ふと後ろから話しかけられたのである。

私はすぐに彼に対して親近感を抱いた。理由は二つ。第一に赤信号で私の後ろに停止したから。第二に彼は私の自転車走行を観察していたからである。

毎日同じ道を走っていると、交通信号の切り替わりのタイミングは概ね分かるようになる。これは自転車乗りに限らず、自動車運転手やオートバイ乗りも同じだ。よって、少し先の交差点の信号が青の場合、多くの自動車運転手はアクセル踏んで信号に引っかからないようにスピードを上げる。

さて、自転車乗りが同じことをやるとしよう。陸上競技ならインターバルトレーニングである。自転車ロード選手ならダッシュ練習である。だが、私たち一般自転車通勤者が青信号のたびにダッシュして走っていたら、会社に着くまでに疲れてへとへとになってしまう。東京都心は信号が多く、自動車の燃費も日本一悪い。人間も同じことだ。

前にも書いたが、私は疲れることが嫌いだ。疲れないように通勤している。信号が赤から青に変わった途端、我先に飛び出していく自転車乗りを見掛けるが、私はそんなに急いでいないし、無邪気でもない。

スタートはゆっくりとペダルを漕ぎ出し、徐々に回転数を上げながら適度な負荷のギアを選択する。ストップはその逆を行うだけのことである。あくまでも有酸素運動領域内でこれを繰り返す。上り坂、下り坂、そして平坦な場所、それぞれ出来うる限り等しく適度な身体負荷で、ペダルを回転させることに専心する。

この技術をペダリングスキルという。今でこそ訳知り顔で講釈を垂れているが、こんなこと人様に言えるようになったのは最近のことである。それほど自転車で疲れないように走ることは難しい。スキルが上がれば上がるほどどこまでも遠くへ、効率よく、しかも早くたどり着くことが出来るのだ。

話を戻そう。赤信号の彼はきちんとヘルメットを被り、買ったばかりのロードバイクで通勤を始めて1~2ヶ月くらいだろうか。サイクルジャージと自転車用サングラスも身に付けていた。だが、まだ少し板についていない感じに私には見えた。どんなに暑かろうが寒かろうが、私は5年間自転車で通勤している。自転車通勤に関しては私に一日の長がありそうだ。

彼をアシストしながら20分ほど走ったろうか。青年よ、実に楽しい朝の通勤でしたよ。また見掛けたらいっしょに走ろうではないか。軽く手を振って、駿河台交差点で別れた。


新宿西口成子天神下でフォークダンスDE成子坂を想う。
【総務部/ピンキー】


道路が好き! [2010.06.25]

日曜日の午後、JR阿佐ヶ谷駅近くサンマルク・カフェ。外のデッキ椅子に座って読書半分、通りを眺めている時間半分。私が眺めている通りは通称「中杉通り」。両脇には幹の直径70センチくらいありそうなケヤキが植えてある。枝振りは立派だ。本来ならケヤキ通りと呼ぶのだろうが、まあいい。よい景観である。

眺める分には良いが、この中杉通りは自転車では走りにくい。片道2車線で上下4車線あるが、道の両側にパーキングが設置されており、実質上下2車線である。パーキングはいつも一杯だ。駐車車輌の扉はいつ開くかわからないので、自転車は1メートルほど中央車線側を走ることになる。自動車運転手は自転車のすぐ横を通過しようとする。危険だ。これが自転車にとって走りにくい理由だ。また、実際この通りは事故が多い。

私は自転車乗車時、基本的には自動車運転手に道を譲る。死なないコツだ。だが、パーキングがずらりと並ぶ道路で自動車に道を譲ったりしない。すべての自動車運転手が後方を確認して扉を開けたり発進するわけではない。私は自転車ごと車輌の扉に突っ込んで首の骨を折りたくない。

中杉通りにパーキングを要望しているのは商店街の店主たちだと聞く。本当かどうかは確認してない。商店街ならばパーキングをなくし、駐輪スペースにしたほうがお客さんはたくさん来るはずだ。既存の植え込みと鉄柵は撤去し公園道路のようにすれば歩行者、車椅子はゆったりと通行できる。歩道に駐輪スペースを設けても法律が改正されたので問題ない。貨物専用パーキング及びバス停はボトルネック形状の窪みを設ける。もちろんケヤキはそのままで。

2時間ほど中杉通りを観察した。自転車の約9割は歩道を走り、残りが車道を走っていた。道路交通法「自転車は原則として車道の左側を走行する」とは逆の割合だ。自転車が歩道を走ると歩行者が危険に晒される。歩行者は危険を避けてどこを歩くかというと、阿佐ヶ谷パール商店街の通りだ。

パール商店街の店主の方々、中杉通り沿いの歩道が危険なことに気付いてますよね?商店主組合の議題に上ったりしませんか?気付いていてもどうにもならことが世の中にはたくさんあります。道路のことなんてわかりませんよね。ましてや自分たちの商店街が面している道路じゃないのですから。

中杉通りは杉並区役所の前を通っているから杉並区が管理しているのだろうと思ったら違います。中杉通りの正式名称は「東京都道427号瀬田貫井線」です。よって管理しているのは東京都。起点は世田谷区瀬田交差点、終点は練馬区貫井二丁目交差点。その一部を中杉通りと称しているのです。ちなみにこの都道427号は商店街や鉄道駅を非常に複雑なルートで繋いでおります。

こんな話がある。中杉通り沿いの住人が歩道の放置自転車を撤去して欲しいと杉並区役所に電話したところ、そこは東京都の道路だから東京都に電話してください。区に処分して欲しいのなら区の管理する道路まで移動させるか区役所まで持って来てください。こんな調子だ。杉並区は東京都だろうと言いたくもなるが、役人の世界では通用しない。予算が別なのだからどうしようもないが、でも、オカシイ。

さて、パール商店街の店主の方々がなぜ中杉通り沿いにパーキングを要望しているのか。おそらく商品物流の問題だと推測します。パール商店街には浅草仲見世や中野ブロードウェイのような裏通りがなく、トラックや軽自動車を着けて商品を搬入する場所がない。中杉通り沿いのパーキングがその役目を負っているのでしょう。

私は道路が好きです。自転車に乗り始めてから好きになってしまった。トラック運転手、バスの運転手、タクシー運転手も道路が好きなはずです。解決する方法は必ずあるはずです。中杉通りをめぐる歩行者、自転車、ドライバー、そして商店主、さらには杉並区役所VS東京都庁の攻防はいつまで続くのか?誰もそんなこと考えてないか。


平日AM7:45の中杉通りは平穏である。
【総務部/ピンキー】


ストレスを減らす方向で行きます [2010.05.25]

虫歯が痛くなってきた。しばらくの間ほっておいた下の右奥歯である。ほっておいた理由は歯医者に行きたくないからである。過去に1度か2度歯科医に診察してもらったことがあるが、その程度しか歯科には行ったことがない。今までは運が良かったのだ。今回は観念しよう。歯に水が沁みるし、食べ物を噛むバランスも悪くなりつつある。歯科医の説教を受けに行くとしよう。

虫歯が痛むと憂鬱になる。さらに歯科医院に行かなければならないというだけで憂鬱の二乗である。今回はできるだけその精神的負担を軽減させるため、インターネットで評判の良い歯科医院を探してみることにした。私と同じような方々が多いのだろうか、歯科医院探しのサイトには匿名の書き込みがかなり多い。そんな中から1件を選び電話をしてみた。神田神保町のK歯科である。

受話器の向こうから女性の明るい声が聞こえ、奥歯が痛むことを告げると、その日の夕方に予約を入れてくれた。素早い対応はありがたいが、こちらの心の準備がまだである。だが、そんなこと言っていては歯の痛みは治らない。日常生活にも自転車乗車時にも多大なる影響が出てしまう。

私は覚悟を決めてその歯科医院を訪ねた。受付で症状を書き込む用紙をもらう。間もなく名前を呼ばれ、診察が始まった。歯科のリクライニングの椅子に座るのは何年ぶりだろう。目の前には銀梨地のにぶい色をした治療道具が並んでいる。私はこの状況がダメなのです。

医者が来た。症状を訊かれ、応える。彼は丁寧に私の話を聞いてくれた。評判の良い医院を選んだだけのことはある。これだけでも私の緊張はかなり解けた。彼は私の歯全体を診て、治療痕が無いことを指摘し、どちらかというと歯が丈夫で、虫歯になりにくい体質であることも指摘した。しかしながら、日常の歯磨きの磨き残しがあり、年齢に伴う歯茎の収縮も見られるそうだ。日常の歯磨きには小さくて硬めのブラシを使用し、2~3週間で交換する、少しでも毛先が開いたらダメですと言われた。

歯のレントゲンを撮り、その写真を視ながら痛みのある奥歯の治療方針を説明された。患部近くの歯茎に麻酔を打ち、患部を削り、神経を取り除き、蓋をするそうだ。それぞれの過程で彼は丁寧に説明しながら治療してくれた。まったく痛みはない。何だこれっていうほど痛みはない。彼は治療が始まる前に痛かったら左手を挙げてくださいと言ったが、痛くないので挙げようがない。左手はいつでも挙げられるように準備をしていたのだが。

杞憂とはこのことか。診察、レントゲン撮影、そして治療まで約50分で終わる。麻酔が効いていて口が動かないが、歯の痛みはまったくない。麻酔が切れてもまったく痛みはない。よい子のみなさん、歯が痛くなったらすぐに歯医者さんに行くように。その前に虫歯にならないように正確で丁寧な歯ブラシを身につけよう。

日常におけるストレスがひとつなくなった。私はそれほどストレスをたくさん持っているほうではないが、このひとつは大きかったので安楽になった。

ストレス解消祝いにこんなのものを買った。自転車を調整・修理するときのスタンドである。下の写真参照。商品名 MINOURA RS-5000。自転車のトップチューブ(三角フレームの上の辺のパイプ)、シートチューブ(サドルの下の縦のパイプ)どちらでもしっかりと自転車を固定でき、角度の調整も簡単にできる仕組みになっている。また、かなりの高さまで自転車を持ち上げることができ、作業が楽だ。脚を折りたたむとコンパクトになり場所をとらない。シンプルな構造でありながら堅牢にできている。さすがミノウラさんだ。変速機調整時のストレスがなくなった。

かつて森高千里がストレスについて歌っていたのを思い出す。かなりストレートな表現の歌詞だったはずだ。今もCMの中の森高千里は幸せそうに見える。


自転車屋さんになった気分だ。
【総務部/ピンキー】


フランス人には気をつけろ [2010.04.23]

しばらく自転車に乗ってなかったので、今は新鮮な感覚で自転車に乗ることができる。1カ月あまりの自転車通勤禁止令は意外と良い結果に結びついているかもしれない。桜の時季に自転車に乗れなかったことは残念であるが、徒歩通勤に変更して、千鳥ヶ淵の桜をゆっくりと眺めることができた。今年は例年になく寒暖の差が大きかったせいか半月あまり花を楽しむことができた。災い転じて福となす。野菜高騰、手が出ない。

自転車通勤再開に際しては、サドルを1センチほど低くして、楽な格好で乗ることができるように変更した。あまり上半身には力を入れないようにして乗っている。つまりペダルを回すことを意識し、急にスピードを出したりしない走り方である。カイロプラクティックにはまだ通っているが、一時期の自転車乗車時の肩の激しい痛みは和らいだ。

ところで、実際に自転車に乗ることも楽しいのだが、テレビの前で横になって視る自転車レースも面白い。

ここ3年ほどであろうか、私は春になるとあるスポーツ専門有料テレビチャンネルを申し込む。3月から4月にかけてヨーロッパでは自転車ロードレースが本格的に始まるからだ。日本でも自転車ブームにあやかってなのか、
春のクラシックレースと呼ばれるワンデーレースの模様が衛星生中継されるようになった。

そのうちのひとつに「パリ~ルーベ」というレースがある。今年は4月11日(日)に行われた。第1回大会は1896年に開催されているので100年を超す歴史を有する格式の高いレースだ。別名「クラシックの女王」。フランス人はうまいこという。

パリ郊外から北へ向かってルーベという町まで260キロメートルの距離を争うレースなのだが、そのうち50キロメートルほどはパヴェと呼ばれる石畳のコースが設定されている。30ほどあるパヴェは後半の残り100キロメートルに集中し、恭しくもそれぞれ名前と番号が付されている。またパヴェの走りにくさの度合いは星の数で表現され、それはミシュランのレストランガイドの星の数とは逆に、多くなるほど過酷になる。ここはフランス人の悪いジョークとしか思えない。

最高難易度、五つ星のパヴェの中でもひときわ有名なものがある。「アランベール」という名が冠された直線2.4キロメートルの上り坂、森に囲まれた美しい石畳の小道である。ナポレオン時代に造られたこの道はどう見ても自転車で走ることなど想定していない。荒くカットされたサイコロブロック状の石を敷いただけの道だ。両脇は比較的平坦になっているが、大会主催者はその平坦部分にわざわざ柵を設け、あえて道の真ん中の走りにくい部分を選手たちに走らせる工夫までするのだ。意地悪な女王様ってとこか。

有力選手たちはアランベールに入る前にできるだけ集団の前に出て、落車に巻き込まれないようにする。自ずと先頭集団のスピードは上がり、入口手前では時速60キロほどに達する。そのままの猛スピードで細くてガタガタのワニの背中のような石畳に突っ込んでいくのだ。

しかしながら、観るほうにとってはこれほど面白いものはない。タイヤのパンクは当たり前、車輪が壊れたり、石の隙間にハンドルを取られて落車が頻発する。雨が降ったら泥がブレーキと車輪の間に挟まり回らなくなる。観客の中には交換用の車輪を持って観戦している人たちも多い。さてこの人たちは親切なのか意地悪なのか、訳がわからなくなる。この状況を称して「北の地獄」もしくは「地獄の日曜日」と呼ぶ。

運よくルーベに辿り着いた選手たちは石ころひとつ落ちていない自転車専用競技場ヴェロドロームを1周して、観客の惜しみない声援の中、ゴールする。完走した選手にだけに与えられる至福の瞬間である。そして、このレースの優勝者には石のトロフィーが贈られる。フランス人のジョークは徹底している。



いま世界で一番速い男、カンチェラーラの自転車

【総務部/ピンキー】


閑話休輪 [2010.03.25]

ここ4週間ほど自転車による通勤を休止している。休日も自転車に乗らないようにしている。ケガの治療に専念するためである。ケガと言っても自転車で転んだりした訳ではない。右肩から右腕にかけての張り及び鈍痛、右手人差し指の痺れがあり、この際しっかりと治そうと思って、自転車からしばらく離れている。

週に1回カイロプラクティックに通っている。通院初日、腰から頭までを3つに分けて正面と横向きのレントゲン写真を6枚撮影した。その写真を視ながらカイロプラクターに丁寧に説明していただいた。自分の骨格の写真を見る機会はなかなか無いので、とても興味深い経験であった。

出来上がった写真には既にカイロプラクター自身によって直接ボールペンで線が引かれていた。基本的にヒトの骨格は左右対称だから、左右複数の同じ部位を直線で結ぶと、その間隔が広いのか狭いのかわかりやすくなる。彼の説明によると、両腿から腰にかけては問題が無いようです。右の肩甲骨の位置が少しずれていますね。頚椎の6番目と7番目の間が少し狭くなっていますとのことだ。素人の私が見てもすぐにわかるものであった。むしろ、素人の私が見てもすぐにわかるように線を引いてくれたのかも知れない。

私も色々と考えてみたのだが、どうしてこのようになったのか決定的な要因はわからない。いくつかの要因があり、複合的に関連しているのであろうと考えられる。その中でも最大の要因は椅子に座って長時間パソコンに向かっていることが考えられる。更に年のせいで視力が衰え、前かがみになる傾向にあり、頭の重さを首と背中で支えている格好になる。これが良くないと思われる。

パソコンのテンキー入力も良くない感じがする。以前も書いたのだが、指が痺れるのでマウスは使用していない。日頃からトラックボールを左手で使っている。液晶画面は脚を高くし、目の高さに合わせて使っている。何だかパソコンとその周辺に原因を押し付けているみたいだ。人間として他の人や物に責任を押し付ける行為は良くないことだ。反省します。だが、これは飽くまでも推測なのだから私のデルパソコン君、あまり気にしないでおくれ。

思わずパソコンを擬人化してしまったが、これには少なからず理由がある。パソコンに限らず精度の高い機器や機械類は手荒に扱うと調子が悪くなると私は信じているからだ。いつからこのような心情を抱くようになったのか定かではない。中学生のときに買ってもらったラジカセが原因かも知れないし、大人になっていじり始めたオーディオ機器が原因かも知れない。ロードバイクもかなり精度の高い部品で出来上がっている乗り物なので、扱いには注意が必要だ。

機械に感情はない。しかし、機械は人間の感情を反映する。感情を持った人間が電源を入れたり、電線を引っ張ったり、ボタンを押したりしているのだから、機械のほうもそれに合わせて調子が良くなったり悪くなったりするのは当然のことである。私の体の痛みも、少なからず感情が関わっているのかも知れない。腰痛はストレスが原因だと言う説もあるしね。

この4年間ほぼ毎日のように自転車に乗り全身運動し、心拍数を上げ、カロリーを消費し、エネルギー代謝を行ってきた。それが当たり前の体になり、生活のリズムにもなっていた。止めて気付くのだが、何かが物足らない。そこで考えた。歩くことにした。

現在の私の通勤方法は最寄の駅から2つ先の駅まで30分歩き、15分間電車に乗り、いつも利用しているJR御茶ノ水駅から4つ手前の駅で降りて30分歩く。少し汗をかくくらい速めに歩く。朝は四谷番町を抜けて、千鳥ケ淵を見下ろし、竹橋、一ツ橋を渡って駿河台に至るコースがお気に入りである。もちろん電車乗車区間は160円に抑えてある。



自分で組んでみて分かるパーツの精度の高さ

【総務部/ピンキー】


いつかは越えたい「天城越え」 [2010.02.26]

やっと春らしい陽気が戻ってきた今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。私はと言いますと、右の肩から首にかけて痛みがあるので、先日初めてカイロプラティックに行って来ました。上から7番目の首の骨が少し前に出ているそうなので元に戻してもらいました。首の骨は全部で7つあり、一番下の骨だそうです。自転車に乗るときの姿勢には気をつけているのですが、もしかしたらどこかに無理が生じているのかもしれません。ライディング・ポジションの見直しをしなければ。

人生も後半に差しかかって来ると体のあちこちにガタが出るようで、修理したり、油を差したり、休養させてやらなければなりません。近場の温泉にでもちょいと出かけてみようかと企んでいるところでございます。ヤホーの地図を開いて、伊豆半島を縮小したり拡大したりして眺めていると、そのほぼ中央に名にし負わん「天城峠」という文字が眼に入ってくるではありませんか。

「いつかは行かねばならぬ、いつかは越えねばならぬ…」、女性のためらうような声音のナレーション。横笛の独奏で始まり、その破裂音が天城おろしを連想させる。キリリとした鼓の音とリズムが加わり、しばしの競演。木の葉が舞い落ちるような琴の下降音からイントロ・ドン。下手からゆっくりと石川さゆり登場。NHK歌謡ステージ等における、名曲「天城越え」冒頭の一般的な演出である。

最近、富に美しさと貫禄がそなわった感があるのが石川さゆりだ。インターネット上のヨウツベなる動画庫で「天城越え」を検索してみた。みなさん好きなんですね、石川さゆりの「天城越え」が。様々な演出、様々な年代の石川さゆりの熱唱が取り揃えてありました。どれもぐっと引き込まれそうな感じがするほど、石川さゆりは女の情念を歌い上げております。感動さえ覚えるほどです。歌詞・曲・アレンジ、そして演者としての石川さゆり、どれが欠けてもこの名曲は生まれなかったことでしょう。

「天城越え」は、シアトル・マリナーズのイチローがバッターボックスに入るときのBGMとして使用されたことがある。偉大な大リーグ記録に近づきつつある2008年のシーズンに、イチローが自ら選んだ曲が「天城越え」なのだ。イチロー曰く、石川さゆりが歌うときの力の入れ方、抜き方、そのバランスの取り方に感動したそうだ。バッティングの参考になったかどうかは定かではないが、大リーグ記録に対するイチローの執念と意欲が感じられるエピソードである。

ヨウツベの動画には視聴者がコメントを書き込むことができる。意外にも「天城越え」の動画には英語の書き込みが多い。歌詞の意味を知って視聴しているかどうかはわからないが、どの人も最上の評価をしている。「すばらしいパフォーマンスだ」、「日本の美を感じる」などと英語で書き込まれているのだ。イチロー効果も手伝ったのか、日本を代表する楽曲「AMAGIGOE」となりつつあるのかも知れない。

……と言う訳で、私もこの日本に生まれてきたからには天城を越えなければなりません。川端康成「伊豆の踊り子」、松本清張「天城越え」、主人公たちはもちろん徒歩で天城峠を越えました。現在では道路も整備され、車ならあっという間に越えてしまうことでしょうが、自転車通勤をしている私としては、当然自転車で越えてみたいものです。

伊豆半島は温泉の宝庫、そのうえ魚もうまい。今回は電車とバスで伊豆半島ぶらり旅と行きますか。その前に7月の石川さゆり明治座公演を確実に予約しておかねば。


やはりドロップハンドルが似合う。これで峠を攻めてやる!
【総務部/ピンキー】


神よ、ペダルを回したまえ [2010.01.28]

何かの拍子で通勤に自転車を利用していることを話すと、大体は健康的ですねという応えが返ってくる。ここ3年ほど風邪もひいたことがないのだから、身体的には健康なのだろう。では、健康のために自転車通勤をしているのですか?と問われれば、それは違いますと応えざるを得ない。私には健康のために何かをするという考えが無いからだ。

けんこう【健康】①体のどの部分にも悪いところがなく、元気で丈夫なこと。②考え方などが偏りがなく健全なこと。(集英社国語辞典より)

念のため辞書を引いてみたものの、やはり漠然としていてとらえどころが無い。おそらく健康とはそういうものなのだろう。私自身あまり健康について考えたことが無いのは、体のどの部分にも特段悪いところが無いからだろう。生まれながらに体のどこかが弱かったり、悪い人、もしくは健康であったが病気やケガを負った人などは、また別の考えを持っていることだろう。

さて、健康のためでないのならば何故、私は自転車で通勤するのか。電車が混んでいるから?体力が衰えてきたから?自転車が好きだから?どれも確かな理由ではある。だが、本質を言い当ててはいない。

ピンキーは頭がおかしくなったと云われそうだから、あまり人には言わないようにしているのだが、私が自転車通勤をしている本当の理由はまったく別のところにある。私は「神によって走らされている」のだ。ああ言っちゃったよ、俺。

誤解を避けるために言っておくが、私は神秘主義者ではない。特定の宗教に傾倒し、信じることもない。父方の親族は浄土真宗の宗門と聞いてはいるが、私自身は強く親鸞を支持しているということもない。仏教が日常に入り込んでいる日本においては「仏によって…」と言い換えたほうがいいかもしれない。

具体的に書こう。ペダルを回すための脚部の運動を持続するために、深いが短時間での呼吸を繰り返し、血液に酸素を取り込む。その血液を運動部位に送ろうとするため、心拍が上がる。一定の心拍数を保ちながら、呼吸し、脚部の回転運動を維持していると、別の人がペダルを漕いでいる感覚に囚われるのだ。硬い表現になってしまったが。

要するに、有酸素運動は私をして忘我の境地へ誘うのだ。こんなに楽しいこと、易々と人には言えないもんね。エアロビクスの選手は激しい運動にもかかわらず満面の笑みをたたえていられるし、今にも倒れそうなマラソンランナーは笑っているようにも見える。私の好きなジェームス・ブラウン先生はいつも笑顔で歌って踊っていられる。これは薬物のせいですね。

私は28年程前、大学1年生のとき、窪田登(くぼたみのる)先生の体育理論の講義を受講した。窪田先生は1960年ローマオリンピックに出場され、ウェイトリフティング競技のライトヘビー級で7位の成績を収められた、知性と理論を兼ね備えたボディービルダーだ。その講義で私が初めて聞いた言葉が「有酸素運動」と「無酸素運動」である。窪田先生は有酸素運動のトレーニングの効用を力説されていたことを記憶する。

その後、私は様々な運動を試みたが、なかなか有酸素運動を実感することができなかった。だが、一番身近なところに有酸素運動を実感できるスポーツがあったのだ。それが自転車だ。ママチャリで5キロ離れた隣の町まで買い物に出かけることは立派な有酸素運動である。最近では腕を振って早足で20~30分歩くことを有酸素運動として奨められている。

運動生理学や脳科学の進歩と共に最近はいろんなことがわかってきたようだ。過度に激しい運動を自分に課すと、脳から鎮痛物質が分泌されると聞く。脳内麻薬なんて言われているけど、ちょっと怖い言葉だ。さて、自転車通勤における忘我は脳内麻薬エンドルフィンの作用なのか?自転車ロードレースの選手にドーピングが多いのはどうしてなのか?私は一日の仕事を終え帰宅し、連れ合いに先ず発する言葉がある。『今日はいい走りをさせてもらった、神によって。』


お気に入りのステルス・ラバー!自転車ショーにて。
【総務部/ピンキー】


寒いのに大変ね [2009.12.25]

ある日曜日の午前、ラジオを聴いていて驚いたことがある。その番組の司会者は冬でも暖房器具を使用しないそうで、そもそも暖房器具を持っていないのだという。その司会者は東京に住んでいるようだが、暖房器具を使用しないというその一点だけで故郷との繋がりを保持しているそうだ。さすがに羽根布団だけは前年に買ったそうだ。北海道帯広市出身の彼にとって東京の冬の寒さなど大したことないのであろうが、ちょっと強がりな言い方をしているようにも聞こえた。

ここ3年ほどであろうか、「安住紳一郎の日曜天国」(TBSラジオ、日曜午前10時)という番組を聴いている。所用があるときは聴くことができないが、9割がた聴いている。北京オリンピックで2時間の番組が1時間に短縮されたときも、また15分に短縮されたときも聴いている。安住氏がどんなに番組が短かくなろうと意地でも放送するというので、私も意地で聴いたのだ。

私も北海道の出身だ。北海道南部、胆振地方西部の豊浦町の出身である。地元の高校を卒業し、そのままではどの大学も受け入れてくれる気配がなかったので札幌の進学予備校に2年通い、大学進学を機に東京に越した。以来東京での暮らしが28年になる。余談ではあるが、プロボクシング元WBC世界フライ級王者の内藤大助は高校の後輩である。今後とも活躍を期待したい。

わがまち豊浦町は、札幌市から南西にほぼ100キロメートル、内浦湾沿いに位置し、北海道の中では比較的暖かい地方にある。十勝平野のほぼ中心にある帯広市ほど寒くはないが、東京都よりは間違いなく寒い。よって、寒さの順番は、帯広市>豊浦町>東京都、ということになる。

最近思うのだが、北海道出身者は望郷の念が強いのであろうか、自分の生まれ育ったまちの寒さを自慢したがる傾向にある。たまたま私の連れ合いの上司が礼文島出身の人で、私の出身地をその上司に話したところ、あんな暖かいところ北海道なんて認めない・・・というようなニュアンスの発言を酒の席でしたそうだ。礼文島の寒さはホントに凄そうだから異論は無いが、豊浦町は北海道の中では比較的温暖なだけのことである。礼文島>帯広市>豊浦町>東京都。

以前、私は礼文島の隣にある利尻山(1,721メートル)に登ったことがある。8月早朝の山頂の気温は5℃であった。天候が崩れるとすぐに氷点下になるだろう。幸い好天に恵まれ、山頂からは樺太と北海道の北部海岸線をオホーツクまで眺めることができた。ブロッケン現象もここで体験した。日頃のおこないが良いせいだろうか。

江戸時代の話で恐縮だが、樺太が島なのか半島なのか、確認のために2度も現地に赴いた男がいた。筑波出身の間宮林蔵である。彼はアイヌ人を雇い入れ、流氷が去るのを見計らって樺太に渡っている。江戸幕府の命による北方調査も目的のひとつだったので、集落の様子、原住民の特徴や暮らしぶりについても詳しく書き残している。

林蔵は樺太に渡るに際し、用意周到な準備をしている。アイヌ語を習得し、アイヌ民族の食事に倣い、生まれつき食べ慣れない魚を食べることに努め、粗食でも活動できる体を作り上げている(吉村昭『間宮林蔵』参考)。日常の着衣を少なくし、火を使うことも最小限にしたことだろう。樺太>礼文島>帯広市>豊浦町>東京都。

さらにである。行きたくもないのにオホーツクに連れて行かれ、極寒のシベリア大陸を馬ゾリで横断し、戻ってきたのが淡路の船頭高田屋嘉兵衛である。シベリア>樺太>礼文島>帯広市>豊浦町>東京都。

もうこのあたりにしておこう。

今日はクリスマス・イブ。もちろん自転車による通勤である。寒いのに大変だねとよく言われるが、正直言ってそれほど大変だとは思わない。それより年末の都心の交通渋滞のなかを自転車で走るほうが余程大変だ。

こちとら道産子じゃい、東京の寒さなんか屁のカッパじゃーい、と言いたいところだが、齢四十八、都の暮らしが長くなるにつれ、寒さに対する耐性が弱くなってきているように思う。安住君の心意気を見習いたくもある。

毎週日曜午前のラジオ番組を楽しみにしている聴取者のためにも、安住紳一郎君、あまり無理はせぬように。


別府選手よ、この夏感動をありがとう。
【総務部/ピンキー】


禁断の扉をひらく 後編 [2009.11.26]

訂正がある。前回「いもや」の天丼を紹介したが、2008年8月1日に屋号が変更になっている。正確には「天丼いもや」から「神田天丼家」に変わった。理由はわからぬが、名店であることは間違いない。今後とも繁盛してもらいたい。

名店ついでに、たまに食べたくなるのが神田神保町「さぼうる」のナポリタンだ。30代のときは大盛りを頼んでいたが、最近は普通盛りで十分な量である。昼時は相席になることが多いが、喫茶店で知らぬ同士が黙々とナポリタンやミートソースを食べている図は、見ているだけで愉快だ。ちなみにイタリアンというメニューもあるが、私はまだ食べたことがない。

自転車通勤は楽しいなどと毎月書いているが、天丼やナポリタンの話を書いているほうが余ほど面白く、気が楽なことに気付いた。

そもそもどうして禁断の扉かと言うと、自転車なるもの複数台所有していても、曲乗りでもしない限り同時に2台乗れっこないのです。買い物自転車は別として、ロードバイクはスポーツ機材であるが、趣味の要素が多分に含まれていて、お金もかかるのです。オトナの世界なのです。別にイヤラシイわけではないが。

いや、やはりイヤラシイ。本妻がありながら、散歩がてら通えるようなところに若い愛人を囲っているような艶福家にたとえることができないわけでもない。平凡と非日常は紙一重。物欲にしても愛欲にしても、行き着くところは後悔の二文字だ。時間がたてばあのときの自分はどうかしていたということが多いもの。それが人生なのか。

今回、私が購入した自転車フレームは10年前のものであることは前回書いた。さて、この10年の間に自転車の世界で何が起きていたかと言うと、オーバーサイズ化だ。「スーパーサイズ・ミー」という腹を抱えて笑った映画があったが、まったく関係ない。

基本的に自転車のパイプの太さや車輪の大きさはインチが基準になっている。特に変更が著しいのは、前輪を支えるフォークから伸びる円筒形部分の直径である。「フォークコラム径」という。10年前のロードバイクのフォークコラム径は1インチでした。1インチ=2.54センチメートル。インチは男性の親指の幅に由来するそうだ。ちなみに私の親指の幅は2.10センチメートルってとこだ。こんなこと公表することではない。意外と恥ずかしい。

現在、ロードバイクのフォークコラム径の主流は1-1/8インチ≒2.86センチメートルである。この規格変更が往年のロードバイクファンたちを悩ませている。フォークコラム径が太くなると、自転車の顔の部分であるヘッドも太くなり、それに連なり全体のフレームも太くなる。往年のファンたちはこの現象を野暮ったい、かっこ悪いと思っているはずだ。私の勝手な思い込みもかもしれないが。

私などは往年のロードバイクファンではないが、時流に逆らって、他の人があまり持っていないという理由だけで10年前の自転車フレームを買ってしまうから困る。

当然、今回購入したルックKG281のフォークコラム径は1インチである。前輪を支えるフォークとハンドルを繋ぐステムも1インチでカッチリと合わせたいところだが、1インチのステムは絶滅状態である。中古市場もしくは昔からやっているロードバイク専門店の棚に残っているかどうかというところだ。

幸い昭和26年創業の東京芝大門「シミズサイクル」に1インチ・カーボン製アヘッド式ステム110mmがひとつだけあった。高価な買い物であった。お店の方々には色々と教えていただき感謝しています。いずれはこのお店のご主人に自転車を組んでもらいたいと思う。

ギヤ、クランク、ブレーキおよび変速機などのコンポーネントも然り、最新のものは太いフレームに合わせたデザインになっている。日本を代表する自転車部品メーカーであるシマノは、2008年に最上位ロードバイク・コンポーネントであるデュラエースをモデルチェンジした。最新のカーボンバイクのためにデザインされたコンポだ。

これを10年前のフレームにインストールすることは辛うじてできるが、全体のバランスがちぐはぐな感じになる。要するに美しくないのだ。

そんなわけで10年前のシマノの部品をオークションで落札したり、中古市場で探しては入手していく羽目になったのである。何やらかんやらパーツ集めに半年ほどかかってしまった。楽しい時間ではあったが、出費もそれなりにあった。未だにハンドル周りが決まっていないが、完成に近い状態である。トータル金額約○十万円、公表は差し控える。連れ合いがこの頁を見てないとも限らないので。


上はフランス、下はイタリア、ここは杉並6畳間。
【総務部/ピンキー】


禁断の扉をひらく 中編 [2009.10.27]

ああ、おいしかった「いもや」の天丼。職場の近くにリーズナボーに食事ができるお店があることの幸せを感じております。このお店は私の昼食リスト・ナンバーワンなのでございます。安くておいしいだけではナンバーワンにはなれません。そこで働いている人のサービスに安心して身を任せることができる心地よさがあるのです。

昼どきのいもやはだいたい数名の行列ができています。店内に入って待合のベンチに座るかというところで「天丼でよろしいですか?」と、店員からのファーストコンタクトがあります。ここでは無難に「はい」と応えましょう。ちなみに上級者のための「えび天丼」もあることを付け加えておきます。

次に待合のベンチに座っているとご飯の量を聞かれます。「少な目」「普通」「中盛」「大盛」から選択しましょう。やっとカウンターに座り、天丼と味噌汁をいただき、勘定でもしようかというところで「お茶はいかがですか?」というサードコンタクトがあります。私の場合、自前の箸を使用しているので「お箸、洗いましょうか?」と訊かれることもある。「滅相もございません」といつも丁重にお断りする。

このような一つひとつの確認工程が気持ちよいのです。そのサービスは高級旅館のそれに匹敵するほどだ。店の入口にチケット販売機を置いているようじゃダメです。

ここまでは独り言。

自転車通勤4年目の私は、中古のロードバイク・フレームと出会ったのだ。「ルックKG281」、ほぼ10年前にリリースされた商品です。インターネット上で見つけ、店舗へ出向き、実物を見てから購入を決定いたしました。現金払いです。フレームの三角に頭を入れて、肩からたすき掛けに背負い持って帰りました。

ルック社はフランス中央部エニーヴル県ヌヴェールに本社を置くスポーツ用品メーカー。私が中学2年生のとき、「BLIZZARD COMPETITION」のスキー板とオレンジ色のルックのビィンディングを親に買ってもらった。かなり高価な買い物だったことを覚えています。その頃私はアルペン競技に夢中でした。ルック社の商品を使用するのはそれ以来35年ぶりです。

ルックKG281、この自転車フレームが気に入った理由は、細見のカーボンパイプを使用しているところです。最近の自転車は総じてパイプが太くできています。強度を高めるためなのだろうけど、ゴッツイ感じがどうも気に入らない。細いパイプと言えば「クロモリ」のフレームもある。鉄にクロムとモリブデンを加えた合金で、強度としなやかさを合わせ持ち、自転車に適した素材です。以前はすべての自転車がクロモリで出来てました。

「♪古い奴だとお思いでしょうが、古い奴こそ新しいものを欲しがるもんでございます♪…」と、耳に手を当てて歌ったのは鶴田浩二です。もし私が鶴田浩二の立場ならば何を選ぶか?不易流行と申しましょうか、盛者必衰のことわりとは少し違いますが、自転車フレームの中にも新しさと古さを見出したいもんでございます。

ルックKG281は、中身は最新素材のカーボン繊維で出来ているが、姿かたちはクロモリみたいな古い奴なのです。また、発売当時は世界の第一線級の選手が使用していたものなので、体重58kgの私がどんなに無茶な乗り方をしても強度に問題があるとは思えない。私はレースに出るわけではないし、多いときでも1日100kmくらいしか走らないので十分なのです。いや、絶対にオーバースペックです。

さてと、フレームは決まった。次に決めなきゃいけないのはブレーキや変速機などのパーツである。しかしながらそう簡単に物事が進むわけではなかった。サイズが…。


今しばらく座ってお待ちください、ルックさま。
【総務部/ピンキー】


禁断の扉をひらく 前編 [2009.09.29]

いやー、多いですね、町なかのロードバイク。用あって、日曜日の昼時、東銀座を歩いていると、三原橋の交差点の四隅に信号待ちのロードバイクが何台も停まっているのを見かけた。銀座だけあってどれも高級感溢れるロードバイクに見える。この自転車乗りたちはどこから来て、どこへ行くのだろうと一瞬思ってしまった。ロードバイクにもナンバープレートが導入されればどこから来たかはわかるのだろうが。でも、そんなことはどうでもいいのだ。

・・・と言う訳でもこういう訳でもないが、私もロードバイクを組んでみました。

ロードバイクの入手方法にはざっと3通りある。店頭で「完成車」を買う。フレームとパーツを買って「自分で組む」。そして「オーダーメード」するの3つだ。私にはこの4年間パーツをとっかえひっかえしてきた通勤自転車があるので、今回は完成車を買わず、自分でフレームとパーツを買って組んでみた。

現在、私が通勤に使用している自転車は、フラットバーロードというタイプのものだ。スポーツ系自転車の大まかな分類の中に「クロスバイク」と「ロードバイク」があるが、その中間に当たるのが「フラットバーロード」です。ドロップハンドルのロードバイクに限りなく近いが、ハンドルが横にまっすぐな棒状なのだ。よってブレーキレバーが近くて扱いやすく、その上スピードが出るのが特徴だ。

私はこの自転車を愛している。47歳のオッサンが臆面もなく愛してると言ってしまった。2005年8月23日、東京都杉並区阿佐ヶ谷のフレンド商会で購入して以来4年、何度この自転車に「すばらしい」「ありがとう」と声をかけたことか。また、この自転車には随分と投資をした。いや勉強させてもらったと言おう。パーツを交換するたびに自転車の構造を学んだ。ギヤ板やスプロケットを交換したり、チェーンを切ったり繋げたり出来るようにもなった。その結果、私の体にフィットした世界でただ1台の自転車になったのである。ここまで来るのに4年かかった。

高等教育の期間も3年か4年だ。ひとつの分野のあるまとまったことを学ぶにはそれくらいかかるということなのか。

随分前のことだが、私はグレン・グールドの「インベンションとシンフォニア」のCDが好きで良く聴いていた。昂じてYピアノ教室に通い始め、バッハのインベンションを弾けるようになるまで4年かかったことがある。

音階練習、チェルニー、トンプソンから毎週ひとつの小品課題曲、ここまで3年が過ぎ、ある日、先生に「何か弾きたい曲ある?」と訊かれ、「ははい。バ、バ、バッタの、バッハのインベンション」と応えたことがある。それからずっとインベンションを弾いていた。

聞くところによると、最近のピアノ教室には弾きたい曲をすぐに教えてくれるコースがあり、忙しいビジネスマンたちに人気があるそうだ。一夜漬けコースってとこか。

話が逸れた。兎に角、ロードバイクを自分で組むと決断するまで、私の場合は4年かかった。もちろん資金も調達しなければならない。こつこつと積み立てたお小遣いを注ぎ込む時期が来た。機が熟したのである。そして、私はある中古のフレームと出会ったのである。


通勤1号車の全貌だっ!ああ、美しい。
【総務部/ピンキー】


マウスがダメです [2009.08.25]

私が白水社に入社した20年ほど前、すべての業務は手書きでした。毎日膨大な文字数をボールペンや万年筆で書いていました。その後、ほとんどの業務が手書きからパソコン入力に変わった。今ではパソコンが無くなったら仕事にならない。言い換えるとパソコン入力が仕事になってしまった。それに伴い、手に触れるものも変わった。

帳簿やカード類が液晶ディスプレイに、筆記用具がキーボードやマウスに代わった。昔のようにワイシャツの袖をインクで汚すこともなくなったし、万年筆のインクカートリッジを交換しなくて済む。鉛筆を削ることも少なくなった。便利にはなった。

数ヶ月前から右手の人差し指に痺れを感じるようになった。マウスのクリックによるものに間違いない。右肩甲骨の辺りをほぐすと治るので、一種のヘルニアなのだろうと推察していた。そうこうしている内に右手人差し指の痺れが常態化し、中指にも広がってきた。

これはまずい。日常生活に影響が出る前に何とかしなくちゃならない。というよりも、これじゃ自転車で通勤できなくなると真っ先に考えてしまった。その理由は、自転車は適度な力でハンドルを握り方向を制御するだけでなく、同時に指先で変速機を操作しなければならないからだ。特に右の変速機は頻繁に操作するのです。

調べてみると「マウス症候群」ということばにたどり着いた。パソコン作業でマウスをクリックする動作を繰り返すことによる過負荷が原因。障害部位によりマウスリスト、マウスエルボー、マウスショルダーと呼ばれる。日本では頸肩腕障害といわれ、症状は重度の肩こり、首筋から肩、腕にかけての痛み、手首の痛みおよび腕・指の痺れなど、だそうだ。

まさに私の症状と一致したのである。ガッテン、ガッテン、ガッテン。

対処法:パソコンの使用を控える・患部を温める・運動(体操)する・湿布する・反対の手でマウスを使う

現実的対応として、まずはマウスの種類を調べてみたが、似たようなものばかりでどれもダメ。マウスと同じの役割をするものとして「トラックボール」というものがあることがわかった。本体中央部にゴルフボール大の球体が埋め込まれ、それをクルクル回すと画面上のポインタが動く仕掛けである。

善は急げ。すぐに注文し、今まで使っていたマウスを親の敵のごとくえいやっと外し、配達されたばかりのトラックボールを装着してみた。

私は感動した。すばらしい。画面が涙でにじむ。これで私は生きてゆける。ちょっと大げさですが、実感だ。滑らかな球体の動き、人差し指にのみ頼ることない自由な操作性、握る必要がないから力が要らない、年をとっても使えそうだ。いや、もう既に年なのじゃ。マウスよ、さらばじゃ。トラックボールよ、こんにちは。

約1ヵ月ほど使用しているが、指の痺れは完全になくなった。まだ右肩から首筋にかけての凝りはあるが、これは運動して治すしかない。

町中に手もみマッサージの看板を見掛けるようになった。ほとんどの業務にパソコンが欠かせなくなった証拠であろうか。本来ならば社保庁のように1時間に10分休んだり、入力文字数を制限するのがいいのだろうが、現実無理だ。

まずはトラックボールを使ってみよう。できれば左手で。自転車通勤断念の失意から救ってくれたトラックボールよ、その姿はまさに未来を見通す水晶か、世の平穏を司る御神体のようではあるまいか。


私の御神体、ケンジントンさまとお供え物
【総務部/ピンキー】


魚がうまいので [2009.07.24]

魚のおいしい定食屋が神田神保町にある。その名は「魚玉」。店に入るとまずは「いらっしゃいぃー」とご主人が迎える。さあ何にしようかと客が注文を迷っているようなら、すかさずご主人が独特の調子でメニューを読み上げてくれる。焼き魚はすでに調理され、発泡スチロールの箱に入っているので、蓋を少し開けその中を覗き込みながらメニューを読み上げることもある。

私が「めじまぐろ定食」を食べていると、30代前半の男性2名入ってきた。ひとりはノーネクタイで紺のシャツ、洒落たフレームのメガネをかけている。もうひとりもメガネをかけているが、白いワイシャツにネクタイを締め、いわゆるサラリーマン風である。近くの出版社の編集者と印刷会社営業担当者であろうか。

 主人「今日は何にいたしましょう?♪むつぅ、あじぃ、さわらぁ、さんまぁ・・・♪」 
 洒落メガネ「さしみ系は?」
 主人「♪かんぱちぃ、まぐろぉ・・・♪」
 洒落メガネ「じゃ、かんぱちで」
 主人「そちらさんは?」
 サラリーマン風「中トロ定食」
 主人「すみません、中トロ切らしちゃってぇ」
 サラリーマン風「じゃ、鉄火丼で」

渋谷系、アキバ系、鉄道系、さしみ系・・・。むむむ、生まれて初めて聴いた言葉の組み合わせだ。「さしみ」+「系」。・・・ということは、この店のメニューは「焼き魚系」と「さしみ系」に大別され、その下に「白身系」と「赤身系」が連なり、「マグロ系」にも「中トロ系」と「めじまぐろ系」があり、いや「めじまぐろ」は魚の分類名だからこれ以上分かれないか・・・、などとくだらぬことに思いをめぐらせながら、「めじまぐろ」の「めじ」って何だろう?会社戻ってグーグルで調べなきゃ・・・。

「魚玉」は、奈落亭凡百に教えてもらった店だ。メニューを独特の調子で読み上げるご主人は、みなさんご推察通り、もとは魚屋さんである。私もたぶんそうであろうとは思っていたが、永ちゃんがラジオでこの店のことを話していたので間違いなかろう。永ちゃんとは永六輔のことだ。彼は「おいしいお魚が食べたくなったので、神田神保町の魚玉に行って・・・」と、ある土曜日の午前中にラジオでしゃべってました。永ちゃんといえば矢沢永吉が主流だが、我が家では永六輔を尊敬と親愛の意味を込めてそのように呼んでいる。

魚といえば、先月、観光で行った小豆島の魚はうまかった。旅行先での夕食はいつも外で食べるようにしている。地元の料理屋に入ったほうが手頃な値段でその土地の料理とお酒をいただくことができるからだ。ホテルのフロントの兄さんに1軒の割烹料理店を紹介してもらった。

「割烹みかど」。電話もせずにいきなり伺うと、ご主人は奥の部屋で横になってテレビを見ているところだった。いきなりはまずかったかなと思いながら、連れ合いとカウンターに座る。いかにも観光客二名の来店に急いで準備をするご主人。「観光で来たんですが、できれば地元の魚が食べたいと思いまして・・・」などと会話の切り口を探しながら、まずは瓶ビールを傾ける。料理はご主人にお任せすると、それは見事な手際で刺身や煮付けを出していただきました。

ホテルに戻り、フロントの兄さんに感謝の意を伝え、翌朝の「ツール・ド・小豆島 下半分」のために早く寝る。簡単にコースを紹介する。

苗羽(のうま)→草壁→牛ヶ浦→吉ヶ浦→谷尻→地蔵埼灯台→神浦(こうのうら)→吉野崎→小豆島ふるさと村→池田港→土庄(とのしょう)

どの浦も神がこしらえたとしか思えないくらい美しい。海岸線沿いの道路はかなり高低があり、山は深い森で覆われている。魚が捕れるはずだと思いながら、借りたマウンテンバイクを漕ぐ梅雨の晴れ間の小豆島でした。


海岸墓地と砂浜には迎え火の跡。
【総務部/ピンキー】


タバコは神楽坂 [2009.06.25]

私は20代前半から45歳の夏まで20年以上タバコを吸っていました。だいたい2日に1箱のペースで吸っていました。ただ何となく吸い始め、これといって止める理由もなく、タバコが嫌いでもなかったので吸っていました。むしろ自宅のベランダで夜空を眺めながらぼうっとしてタバコを吸っている時間がとても好きでした。だから止めようとは思いませんでした。

昨年の夏のことです。自転車通勤での帰り道、神楽坂商店街の通りを登りきったあたり、赤城神社入口付近で、何でこんなに苦しいのだろうと感じたのです。もう2年以上もこの坂を登っているのに、何で毎回こんなに苦しいのだろうと。そもそも自転車で坂を登るのだから息切れして苦しいのは当たり前なのですが、どうもおかしい。もう若くないし、体力が衰えていることも判っているのですが、やはりおかしい。

私のいつもの帰り道は、飯田橋の交差点から大久保通りに入り、神楽坂上の交差点で右折し、早稲田通りに入り、神楽坂商店街を貫けるコース。約1キロメートル弱の登り坂が続きます。

その日からタバコを休んでみました。するとどうでしょう、神楽坂を登りきっても息切れがしないのです。ペダルはクルクル回ります。心拍は多少速くなるけど脚が重いという感覚はない。むしろもっと坂を登りたいと感じたほどです。息切れの原因はまさにタバコだと確信したのであります。もっと早く気付けよと突っ込まれそうですが、そこは勘弁願います。「・・・いつまでたってもダメな私ね~」という歌がありますよね。

タバコを吸うと体の隅々に酸素を運ぶ機能が低下します。タバコの煙に含まれている一酸化炭素とヘモグロビンの結合力のほうがはるかに強いので、酸素運搬能力が下がるのです。知ってはいましたが、これほどまでとは思いませんでした。実際にヘモグロビンの様子を顕微鏡で見てみたいものです。結論、息切れの原因は喫煙にあり。私は実験君ですので、実験結果を尊重します。その日以来私は休煙しています。自転車に乗っている限りタバコは吸わないような気がします。疲れること嫌いですので。

タバコを休止してから楽になったことが他にもあります。タバコとライターを持ち歩かなくなり、携帯するものが減ったことです。自転車乗りにとって、持ち物を減らし総重量を軽くすることは、楽に走るための必要条件の一つです。タバコとライターの重量がいくらになるかは知りませんが、重量が軽くなり、身体能力が増したのですから、スピードアップに繋がります。

実際には僅かに平均速度が上昇した程度のことです。が、疲れないで長時間走ることができる身体を手に入れたことで心理的余裕ができた。私自身はもともと体が丈夫なほうなので、酒もタバコも気にせずやっていたのですが、どうしても一日8時間労働の世界に入ると疲れちゃう。8時間労働の前後に45分間の自転車通勤時間を設けたことで、肺活量は上がり、動体視力も鍛えられ、筋肉が付き、気分転換も図られ、疲れを知らない子どものような体になってしまったのです。ララーラー。

良し悪しはともかく、タバコは休止とす。年取って体が動かなくなったら、介護ヘルパーのひとにタバコ買ってきてもらって吸うとしよう。あくまでも休煙なのですから。


これだと靖国神社の坂60キロ出ます。
【総務部/ピンキー】


目立つのも肝心 [2009.05.27]

サイクル・ロード・レースファンのみなさん、このところ睡眠不足ではないでしょうか。私も有料チャンネルにお金を払い、毎晩ジロ・デ・イタリアをテレビで視ております。1909年5月13日の第1回大会に始まり今回が100周年記念大会です。その歴史の長さには驚かされます。ちなみに同年、伊藤博文がハルピンで暗殺されました。そんな頃から自転車レースをやっているのだから日本人がかなう訳ないよね。けど、最近はそうでもなくなりつつあるようです。近い将来、日本の選手が当たり前のように3大ロードレースに出場し、活躍する日が必ず来ることでしょう。

そんなプロのサイクリストたちが実際に着ているチーム・ジャージを一般の自転車好きの方々が着ているのを町中で見掛けることがあります。ピンク・青・黄色など色鮮やかな生地にスポンサーの企業名がプリントされている自転車専用のジャージです。路上ではとてもよく目立ちます。だいたいそのような人たちが乗っている自転車は高価なロードレーサーで、すごくスピードが出ます。

ロードレーサーという名前からもわかるように自転車はもともとスポーツ競技なのです。そして屋外のスポーツです。私もそんなこと5年前に言われてもピンとこなかったのですが。自転車は最寄りの駅まで行くためのもの、もしくは買い物のための乗り物くらいにしか考えておりませんでした。自転車で通勤するようになり、数十キロメートル単位で移動するようになってはじめて自転車とスポーツが私の中で結びついたのです。

自転車で通勤するということは、少なくともその所要時間は外にいることになります。私は雨が降らない平日は、1時間半ほど外にいて軽い運動をしていることになります。冬は寒いし、夏は暑い。気温に適したウェアを探しては試みながら着ています。着心地が良く気に入ったものは私の中での定番となります。ファッション性の高いものは必要ないけれど、気持ちよく走ることができる形状と機能をもったウェアを着たいと思う。

しかし、自転車専用のスポーツウェアはとても値段が高い。一般的にスポーツ用品の値段は高いのですが、それに輪をかけて自転車専用のものは値段が高い。大体サイクルジャージ1枚が1万円くらいします。値段の高いものはきりがありません。それでも趣味の世界ですので1枚くらいカッコいいシャツが欲しい。いきなり派手なサイクルジャージを着る勇気はないので、どうしても地味な色合いのものになってしまう。

自転車乗りが目立つ服装をする目的は、自動車運転手・オートバイ乗り、あるいは歩行者からよく見えるようにするためです。全身モノトーンの自転車乗り、特にロードレーサー乗りはあまり見掛けないはずです。私の場合はヘルメットと手袋は黄色いものを使用しております。タイヤも黄色です。黄色は良く目立ち、コーディネートもしやすいので。連れ合いは私のことを「黄色ちゃん」と言ってからかっています。

実のところ、目立つ色使いの服装よりも大事なことがあります。それは合図を出すということです。もちろん自分勝手に合図を出しても意味がありません。後ろから接近してくる自動車運転手に顔を向けて、右手を肩よりやや低い高さに上げ、人差し指で車線内側を指します。そうすれば殆どの自動車運転手はスピードを落としてくれます。そして路上駐車の車を安全に追い越すことができるのです。

大事なのは大きなジェスチャーで、確実に相手に伝えることです。お金をかけて安全を手にすることも大事ですが、お金をかけないで安全を手に入れるほうが絶対にお徳です。でも、やっぱりカッコいいサイクルジャージは欲しいなあ。


地味ですがお気に入りのジャージ
【総務部/ピンキー】


性急と書いてせっかちと読む [2009.04.23]

黒のBMWが私のすぐ前方で突然左ウィンカーを点滅させ、私の前に割り込み路上駐車した。危ないなと思いながらその横を通り過ぎようとすると、その運転手は車の窓を開けて何か叫んでいる。どうも私に対して何か叫んでいる。何を叫んでいるのかは聞き取れない。40歳から50歳くらいの男性である。この人に対して何か悪いことをしたかなと一瞬考えるが、心当たりがない。私は自転車で車道の左側を25kmから30kmの速度で走っていただけなのですが。

2009年4月20日午前8時15分頃、新宿区富久町靖国通り沿いでの出来事である。私はこの自動車運転手が何故叫んでいるのかおよそ推察できる。車道を走っている自転車、すなわち私が邪魔なのだ。路上駐車しようとしている車にとって、車道の左側を走っている自転車の前に出るか、もしくは自転車の速度に合わせて後ろを走り駐車するか、2つの選択枝がある。このBMWは私の前に割り込んで路上駐車したのである。

そういえば私の自転車に衝突してきた自動車運転手が降りてくるなり言っていた。「後ろから煽られた」と。自動車の運転も大変である。いつも何かに急かされながら車を運転しているのかと思うと気の毒になる。交差点で赤信号が青信号に変わり、発進がちょっとでも遅れると後ろの車がクラクションを鳴らす光景をよく見る。東京の自動車運転手はせっかちなのだろうか。いつも道路が渋滞しているからイライラするでしょうが、そんなところでストレスを発散するのは大人気ないのではないでしょうか。

そもそも路上駐車が違法であるのだが、そんなこと言ってられない。自転車に乗っていると車がいきなり左に寄って停車することはよくある。特にタクシーが多い。お客さんをいち早く探し出し乗ってもらわねばならないので必死なのだ。仕事だから仕方がないかとは思うが、自転車に乗っている私にとっては危険なので注意している。

では私、自転車乗りとして自動車が邪魔だと言いたいところだが、そんなこと言わない。そんなこと言っても意味がないからである。私は自動車運転免許証を持っていないので車を運転しない。しかし、ごくたまにタクシーに乗る。バスは好きだからよく乗る。そんな私が自動車が邪魔だなどと口が裂けても言えるわけがない。出来ることなら私もBMW買って、カッコ良く乗ってみたい。もちろん自転車に向かって邪魔だと叫んだりしてはいけない。BMWに乗るほどの社会的地位と経済力を持った大人がする行為とは程遠い。「東京の中心で、自転車が邪魔だとさけぶ」、「世界の中心で、愛を…」、滑稽だ。

せっかちなのは自動車だけではない。自転車乗りにも問題はある。いや、自転車乗りのほうが問題だ。自転車の9割は交通信号を守らないからである。信号が赤でも我関せず、横断歩道を渡る人の間を通過していく。歩行者にとって非常に怖い存在なのが自転車なのである。実際に横断歩道を歩行中の人が自転車に衝突され死亡するケースがしばしば報道されている。まったく一自転車乗りとして悲しくなってしまう。そんなルールを守らない自転車乗りにはすぐに路上から退場してもらいたい。

イタリアでは自動車が自転車を追い越すときに鳴らすクラクションは「ガンバレ」という意味だと何かで読んだことがある。自転車に対する理解が深く歴史も古いヨーロッパの自転車事情と比べるべくもないが、アジアのどん詰まりの離れ小島の自転車乗りとしては羨ましい限りである。いつか東京の片隅で、黒いBMWが一自転車乗りに向かってクラクションを鳴らしながら、「ガンバレよ!」と声を掛ける日が来ることを夢見て、ペダルを漕ぎ続けたく存じます。


バックミラーが無い自転車には怖くて乗れない私。
【総務部/ピンキー】


自転車は黄色い長靴 [2009.03.26]

昨年の6月、しまなみ海道をレンタル自転車で走った時のことである。日曜日の夕刻、瀬戸田に到着。宿の前の駐輪場にはすでに一台のレンタル自転車が止めてあった。同好の士ではあるまいかと思いながら、そそくさと手続きを済ませ、大浴場へ向う。先客一名、体重百キロは優にあるだろう顎鬚を蓄えた初老の欧米人が体を洗っていた。

彼はそれが当たり前であるかのように淡々と入浴していた。しばしば回転寿司屋で見かける欧米人のように、箸を持ちながら上手でしょうなんてこちらを見たりするようなタイプではなかった。この人が同好の士であろうか? お互い言葉を交わすこともなかった。

翌朝、小雨が降っていた。先着の自転車はすでに無かった。宿の主人曰く、何かの学会のためにアメリカから来日し、序に旅をしているそうです。生憎の雨ですねと主人が言葉をかけると、彼は応えたそうだ。日本の瀬戸内を雨の日に自転車で走るのはむしろ喜びである、雨の景色もまた美しいことでしょうと。そう言い残して、透明の雨合羽を着て朝早く自転車で出立したという。

積極思考ではない。ましてや流行のポジティブシンキングでもない。そんな風に言われるとハズカシイですとその米国人は言うのではなかろうか。むしろ枯れている。蕉風俳諧の思考方法に近い。

私は会社に勤めて20年ほどになる。否応なく日常は繰り返されている。何事にもあまり積極的でない私にとって、通勤に自転車を利用するというアイディアは実に遊び心に満ち充ちて映った。前にも述べたが電車通勤が嫌いなわけではない。自転車と電車とではスタートとゴールは同じでも、時間との関わり方がまったく違うのだ。

この時季、市ヶ谷付近を通るとき、柿色の電車の窓からお堀の向こうに桜を見ることができる。実に美しい眺めである。自転車で通勤している私も桜の頃は寄り道が多い。まずは靖国神社に向かう。焼きソバと缶ビールを花の下でいただく。暗くなったら千鳥ヶ淵をまわるもよし、市ヶ谷に下りて四谷まで夜桜を楽しむもよし。それくらい自転車は自由なのです。但し、缶ビールは1本限りです。

自転車と環境問題、都市交通における自転車、健康と自転車等々、様々な視点で語られることが多くなった自転車。概ね《自転車復権》とばかりに好意的な記事がほとんどである。私も喜ばしいことだと思いながら、新聞を切り抜いたりしております。益々自転車ブームに拍車がかかるのではないかと逆に心配しております。青梅街道自転車渋滞2km……などと電光掲示されては困りますので。

小さな子供にとってアンパンマンの絵の付いた黄色い長靴は雨の日には欠かすことができないアイテムであるように、今の私にとっての黄色い長靴は自転車なのかもしれません。さーて、今日も自転車漕いで、ここ一発、会社行ってみっかなあって感じです。それくらいが丁度いい。

瀬戸田の米国人を語るときの宿の主人の満面の笑みは、今でも忘れることができない顔です。


炭素素材の車輪を落札!タイヤは黄色が好きです。
【総務部/ピンキー】


緊急報告 [2009.02.23]

2009年2月10日午前7時50分頃、東京都杉並区阿佐ヶ谷南1丁目15番地、青梅街道沿いバス停付近にて自動車との接触事故に遭う。簡単に状況を説明します。

左ウィンカーを点滅させた乗降中のバスが停留所に止まっていた。私はそのバスを追い越そうと思ったが、バス後方5メートルくらいのところでバスが右ウィンカーを出したので、あわててブレーキをかけ止まろうとした。そこへ後続の自動車が私の自転車の後輪に衝突した。

自動車が衝突した瞬間、私は前方に投げ出され、路上に転がった。自動車も止まったので轢かれずにすんだ。私はアスファルトに尻を打ちつけたくらいで、幸いケガは無かった。衝突により自転車の後のホイールが破損した。自動車に破損はなかった。直ちに自動車運転手と私は、道路を隔てた向いにある杉並警察署に行きました。

正直に申しますと、この事故は私の迷いが引き起こしたのです。いつもの私ならこの時間帯の乗降中のバスは追い越さないからです。乗客の乗降が終わるまでバスの後ろで待ち、バスの発車と同時にゆっくり発進するのが私のやり方でした。公共交通である路線バスは、公道上では最優先されるべき車輌なのです。朝の路線バスの乗降時間はせいぜい10秒くらいのものですし。

では、なぜ私はいつもなら追い越さないバスを追い越そうとしたのか。それは…。原因はわかっているのです。情けない話ですが、事故の2日前、私は連れ合いと喧嘩し、あまり口もきかない状態だったのです。喧嘩の原因はさておき、憂鬱な状態での自転車通勤だったのです。幸いにしてその後状況は改善されつつあり、恐るおそるではありますが会話が成立するようになりました。経過する時間に感謝している今日この頃です。

以前、私はこう書きました。

…混雑した道路を自転車で走るには交通ルールを守ることは当然ですが、あらゆる場面で素早く的確な判断が求められます。その判断を誤れば事故につながりかねないのです。…

自分で仕掛けた罠に自分が捕まったようなものです。誠に面目ありません。これを機会に心のケアに勤めます。どんなことがあろうと連れ合いと喧嘩しません。憂鬱なときは自転車に乗りましぇん。心が晴れないときも自転車に乗りましぇん、とまる子は誓ったのであります。

その後、破損して使い物にならなくなった後のホイールは、衝突した自動車運転手が契約する保険会社を通じて粛々と損害賠償の手続きが進められているところであります。私の背中に憂鬱の文字が浮かび上がっていたならば、その自動車運転手も私にそれほど近づかなかったであろうに。


破損した後ホイールは、私自身です。
【総務部/ピンキー】


きっかけ [2009.01.22]

自転車通勤にいたるきっかけは、アラウンド・フォーティです。そうです《アラフォー世代》がキーワードです。肩が凝る、腰が痛い、階段を上るのが辛いなど、年齢からくる体力の衰えを実感するのもアラフォー世代なのです。それにしても天海祐希さんはいつもほんとに美しい。そういえば彼女もドラマの中で自転車に乗ってましたね。

このあたりの年齢からでしょうか、突然ジョギングを始めたり、トレーニング・ジムに通ったりするのは。例に漏れず私も30台後半からでしょうか、週2回ほどジムに通い始めましたのであります。それが週1回になり、月1回になり、そのうち行かなくなり、会費だけが銀行口座から引き落とされるようになりました。新年になったら心機一転また始めようなんて考えたりして、早く解約すればいいのになかなか出来ない。

そんな時たまたま手に取った本が『自転車ツーキニスト』(知恵の森文庫)だったのです。著者はTBSのプロデューサーでもある疋田智さん。この本の中には疋田さんご自身の自転車通勤にいたるまでの経緯やノウハウが、軽いタッチではありますが熱く語られていました。とてもワクワクして読んだことを思い出します。そして、私の心もグラグラと動かされました。この本がきっかけで自転車に再び乗り始めたひとは多いはずです。

そして決意するのです。次の休日、私は地図を持って会社のある東を目指して自転車で走り出していました。

何かと忙しい社会人ですから運動不足になるのも当然でしょう。私も以前通っていた有料トレーニング・ジムは社会人の事情や要望がうまく盛り込まれたよい施設だと思います。トレーナーのかたも懇切丁寧に相談にのってくれるし、トレーニング・プログラムも作ってくれます。片田舎に生まれ育った私にとって、ジムで汗を流し、ジャグジー・バスでリラックスするなどという生活は《都会のできるビジネスマン》風でカッコイかなとも思います。でも、コンピューター制御のペダルを漕いだり、ウォーキング・マシンの上で走っても、前には進みません。自転車ならば漕げばこぐだけ前に進みます。この違いは決定的でした。

日頃あまり運動していない人に30分走るか、もしくは30分自転車に乗るか、どちらかを選択してくださいと言われたらどうでしょう。鈍った体でも自転車ならば漕ぐことは出来ます。最初はママチャリだってかまいません。タイヤに空気を入れて、チェーンに油を差し、少しサドルを高くすればママチャリだって快適に走ります。一つや二つ向こうの駅までなら自転車のほうが確実に早く着きます。自転車は交通手段でありますが、適度なトレーニングマシンでもあるのです。

たまに自転車に関するシンポジウムのようなものに参加しますが、中心の年齢層は30代後半から50歳前後の人が多いように見うけられます。60歳を迎え定年退職されてから自転車に乗り始めた方もいました。ちなみに私は1962年生まれの現在46歳。収入もそこそこになり、迷わぬ年齢とも言われ、多少なりとも余裕が出てくる世代が自転車に乗り始める・・・そんな日本の大人は如何なものでございましょうか。メタボリック対策でもなんでもござれ。むしろ食欲旺盛なかたにおすすめです。


オークションにて高級変速機を落札!うーん快適だ。
【総務部/ピンキー】


はじめに [2008.12.24]

三年ほど前から自転車で通勤することが多くなった。自宅から勤務先まで14Kmを自転車で走る。往復で28Km。週休二日だから最大で5日は自転車で通勤する機会がある。天気のいい日が続いけば週に140Km自転車で走ることになる。1ヵ月なら560kmである。距離を稼ぐのが目的ではないが、できれば自転車で通いたいと思う。なぜかと言えば、楽なのです。そして楽しいのです。

混んだ電車に乗らなくて良い、その電車もしばしば止まってしまい動き出すまで待たなくて良い、到着したJR御茶ノ水駅でホームの黄色い線に注意しながら人を縫って歩かなくても良い、改札職員から遅延証明書をもらわなくても良い、絶対に映画「それでもボクはやってない」のような目に合うこともない。実に多くの良いことがあるのです。そうです、メンドクサイ通勤地獄から開放されるのです。

そんな私に対して電車に詳しい友人は『あんなに快適な電車、どうして乗らないの?』と言う。首都圏をほぼ東西に走りぬける柿色は快速、黄色は各駅の電車である。その友人は最近投入された新車輌のクォリティーのことを言っているのであるが、それとこれとは別の話だ。私も電車は嫌いではない。雨の日はよく電車に乗っています。スイカも持ってます。電車の窓から外をながめるくらい楽しいことはないと思ってます。それでもボクは乗ってないのです。

単純に天気が良ければ自転車、雨の日は電車というだけのこと。天候によって2つの通勤手段を使い分けているのです。なぜ雨の日に自転車に乗らないかというと、みなさんも経験があると思いますが、雨が目に入って前が見にくいのです。クリアレンズのスポーツ用メガネをかけても水滴が付いて視界が悪いのです。また路面が濡れているとタイヤが滑りやすくなります。危険度が一気に上がるのです。傘を差して自転車に乗ってる人がいますが、片手運転のうえ傘を前に傾け前方不注意の状態なのですから論外です。

自転車通勤が楽しいと申しましたが、それなりに大変なこともあります。東京都心の混雑した道路を自転車で走るには交通ルールを守ることは当然ですが、あらゆる場面で素早く的確な判断が求められます。その判断を誤れば事故につながりかねないのです。空前の自転車ブームにヨッコラショと乗っかってみたものの、日々の苦労や憤りが絶えることはありません。そんな私の自転車通勤事情を連載させていただくことになりました。それでは快適で安全な自転車ライフを目指して発進いたします。


愛車に熊よけ用の鈴を付けました。でもなかなか熊は出てきません。
【総務部/ピンキー】



↑ページのトップへ