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娘と歩くミュージアム・バックナンバー
父(カシラさん)が愛娘(サホちゃん)と休日に訪れた美術館・博物館について綴る、「クラブ白水社」唯一の和み系エッセイ。
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最終回は……世田谷美術館へ
[2006.12.28]
ずいぶんと間があいてしまったが、先だって世田谷美術館まで足を伸ばしてきた。いや、錦糸町から一本とはいえ、墨東から用賀まではけっこうありますね。本でも読んでいればいいのかもしれないが、じっと前方を凝視している娘の横でそんな気にもなれず、かといって寝入ってしまうわけにもいかず・・・ さて、新玉川線ホームの壁の色が一駅づつちがうことを話しているうちに用賀着。好天の日曜日のせいか、改札付近もそうとうな人出。われわれとおなじく砧公園方面へ向かうひとも多い。今回の目的、「ルソーの見た夢、ルソーに見る夢」のポスターが道々貼りだしてあるので迷う気づかいはない。足元に百人一首のうたが彫り込んである「万葉の道」(だったか?)を通ってようやく公園へ。 いや、犬の品評会ですね、ここは。おおきいの、ちっこいの、くろいの、しろいの。珍しいボルゾイもいる。昔は図鑑でしか見たことがなかったあこがれの犬だ。飼い主に聞くと、12歳とのことで、足腰に翳りはみえるが雰囲気はある。ダイエットに成功したフジコ・ヘミングといったところ。 犬の観賞をしながら園内を5分ほど歩いて美術館へ到着。先ごろお亡くなりになった前館長の大島清次さんにお目にかかるため館長室をお訪ねしたことを思い出す。まったく偉ぶらないお方でした。 最終日の前日のせいか場内はかなりの混みよう。しかし、ルソーの絵は入口近くに10枚ちょっと。ずばり「~展」と謳わずに「~とその時代」とあったり、今回のようにヒネったタイトルのときは、その周辺画家のほうがはるかに点数が多い。いや、羊頭狗肉だと文句を言っているわけではない。ただ、ルソーに魅せられた日本人画家の作品は明らかに見劣りするし(松本峻介は別格。でも素人目にはルソーの影響はうかがえない)、なんだか、珍味佳肴のあとでありふれたカナッペやサンドイッチが出てくる立食パーティのようだ。うん、いま立食パーティと書いたが、もったいぶったヤツ、場違いな雰囲気のひと、なぜ自分がここにいるのだろうか、と憤懣やるかたない面持ちの方など、まさにパーティの列席者さながらだ。この日は椅子に坐って一心不乱に詰将棋を解いているおにいちゃんまで目撃した。かのじょにむりやり連れてこられたのだろうか、あらかじめこのような事態を予測して詰将棋の本を携行したものとみえる。 さて、わが子はと見ると、年表に見入っている。ルソーの生涯だけでなく、関連美術展年表にもじゅうぶんな時間を割いている。いつも思うのだが、けっこうむつかしい漢字とカタカナの混じった文面のどこがかのじょの興趣をそそるのか。おもしろいの?と聞いたら「ふふん」と薄く笑うだけですーと先へ行ってしまった。あきらかに、キミにはわからんだろうがねという笑いだった。くやしい。くやしいので、ルソーのアポリネール(だったと思う)宛ての手紙を日本語に直して「お金をもらえないと家賃が払えないって書いてあるんだよ」と得々と説明したが、滝田ゆうの漫画に出てくる人物がときおり漏らすような「むぅ」という声が返ってきただけ。文字ならなんでもいいってわけじゃないのね。 出たあとはお決まりのポストカード選び。以前に比べるとずいぶんスムーズに選ぶようになったし、背も伸びたみたいで人垣のなかでまったく姿が見えないということもなくなった。少しは大きくなったのだな、と柄にもなくしんみりしてしまった。もう10歳だからね、抱っこもいやがるし、手もつないでくれない(はじめての場所に行くときでも人差し指一本つなぎ)。
というわけで、美術館めぐりはひとまず終了。お読みくださった皆さまに深謝いたします。
【営業部/立石カシラ】
第7回目のお出かけは……お出かけはなしで近況報告をどうぞ
[2006.07.25]
月に一度くらいはどこかへ出かけるだろうと思って本欄を引き受けたものの、小学生も高学年となるといろいろ用事があり、それにこの週末はこれを、と楽しみにしていても、藤田嗣治展やナスカ展などヨメさんの興味をひくものだと、チケットをあっさり奪われてしまうこともある。 最近もニュースポットは山種美術館のみだったので、今日は日常のあれこれをつづって連載の責めをふさぐこととしたい。 さて、上にしるしたようにヨメさんとの外出となると、晴れやかな顔になるのもシャクなところで、察するに出先でなにか買ってもらっているようだ。こちらは貧乏性が抜けなくて、外出時に飲食はつとめてしないのだが(暑い日のビールは別。いつぞやアメ横ガード下の名店「大統領」で昼ビールを飲んでいたら隣の酔漢に「おい、子どもにも何か飲ましてやれよ」と叱られた。水筒はもたせていたのだけど)、ヨメさんはアイスクリームなどをあてがい、歓心を買っているようだ。 それはさておき、この末娘はじぶんからさまざまな催しに誘ってくることからおわかりのように、上のふたりと違って、恐竜、化石、地理という大げさにいえば博物学に属する事物に関心がある(好きな番組はアニマル・プラネット)。幼児期にそう仕向けたわけではないし、ともに語り合える同好の士が学校にいる様子もない。ひとり孜々として図鑑を読み(文字通り最初のページから最後まで)、学校で「大きくなったらなりたいもの」を問われれば「化石をほるひと」と答え、「将来の夢は?」には「外国で路面電車にのること」と返事する。 姉たちからは、変わり者だがいろいろ知っているので重宝という評判を得ている。中学生の次女は社会の宿題まで聞いていて(来年受験だというのにだいじょうぶ?)、ときどき「そんなことも知らないの?」と呆れられているが、姉はどこ吹く風といった様子。このあいだもウォンバットが何の仲間か調べていて、次女が「ふくろねずみ目」の目を「め」と読んだら、「もくだよ、もく。そのくらい知っておいたほうがいいよ」と教育的指導までされる始末。言われたほうは蛙の面にションベンで、ひとこと「あら、そうだったの」。 いや、親馬鹿めいたことを書いたが、この娘はズサンというかいいかげんなところもあって、鈴虫の水やりを何度も念を押して頼んでおいたにもかかわらず、一週間の出張中一度もしておらず、土の表面がカラカラになっていたことがあった。春先は卵がかえるかどうかやきもきしたが、先日めでたく胡麻粒大のミニ鈴虫が大量発生した。それでは生まれたから世話をするかと思いきや、なんと育児放棄(「エッ、わたしの係?」とすっとぼける)、けっきょく私が忙しい朝に餌の胡瓜を(ヨメさんに「そんなに厚く切らんでよい」とイヤミいわれつつ)切り、霧吹きで水をやり、合間に「これお願いしまーす」と持ちこまれる制服のブラウスのアイロンをかけ、と家を出るまでいろいろたいへんなので、会社で放心していることがあってもどうか大目に見ていただきたい。 では、この夏は「企画」がいくつかあるので乞うご期待ということで、これにて。 【営業部/立石カシラ】
第6回目のお出かけは……さようなら、交通博物館
[2006.05.25]
夜も更けたころ、紙切れをひらひらさせながら娘が階段をおりてくる。 そして一言、「これ、あした行く」。これがなんとも言えないイントネーションで、行く?と誘っているようでもあり、行く(から付いてこい)、と宣言しているようでもある。 さて、モノは何かと見てみると、「5月14日交通博物館閉館」の知らせ。 ここで話は30年以上さかのぼる。 小学校2年のとき、横浜は根岸から東京に越してきた少年の宝物は袋一杯の酒蓋であった。 日本酒の一升瓶の栓は当時、瓶のなかに入る部分がコルクだったが、これを削りとって、上の金属部分だけにする。 ふちがギザギザになっているので相手の酒蓋のそこへじぶんのを押し当ててひっくり返ったらもらえるという、まあメンコのような遊びが大流行だったのだ。 おお神よ、ここ麻布十番ではサケブタ遊びは存在しないのであった。 大いに落胆したものの、気を取り直して新しい仲間と付き合ううち、週末に交通博物館や逓信総合博物館へ行くという楽しみを覚えた。 十数回は行ったであろう。 翌朝、開館30分前到着を目標に早起きし、急いで身支度をすませ、秋葉原で降りて、この先が万世橋、と思った刹那、眼に飛び込んできたのは最後尾のはっきりしない長い列。 うーん、こんなに長い列は大阪万博以来だ。 最終日の前日だし、この雨だからな、となめていたことを後悔した。 しかも、マイク片手に誘導する係員の指示によれば、この列はすでに切符をもっている人の列だというではないか。 ならば、と橋のたもとで二手に分かれ、娘を昌平橋方面へと伸びる、依然としていずこにあるとも知れぬ最後尾へと走らせ、じぶんは券売機へと向かう。 さいわい券売機付近はそれほど混雑していない。 券売機そのものをカメラでとっている人がちょっとじゃまなだけだ。 ぶじ購入し(大人310円、小人150円)、橋の中ほどで合流できた娘と館内に入って、切符と引き替えになにやらを受け取ったとたん、「はい、これで最後です、もうありません」という大声が。 何事か、と手のひらを見ると万世橋駅があったころの厚紙切符の復刻。 うかつな私は知らなかったが、土日両日のみ800枚限定で、こんなものがもらえたのだ。 最後の一枚ということで、緊張気味の娘の顔に笑みが浮かぶ。 館内の様子は、テレビで何度も放映されたし、キリがないので端折りますが、一番人気はDJ付き(?)のパノラマ模型運転場だった。 十重二十重という表現がおおげさでないほどの混雑で、やむなく娘を肩車する。 各種特急列車の24時間の運行を照明にアクセントをつけながら情感たっぷりに歌いあげる(といってもほんとうに歌うわけではない)サービスぶりはうれしいが、「長い一日」が終わるころ、肩車をしていたこちらの膝はがくがくになった。 帰りの電車でじぶんの切符と復刻切符のサイズを比べ、横幅はおなじだが縦が短いことをチェックした娘は、帰宅後、宿題となっている日記の格好の題材ができたようで、「うちのおとうさんは交通博物館に子どものころよく友だちと行ったそうです」と書きつけ、「昌平橋駅切符」を宝箱に仕舞いこんだ。
ひさしぶり、第5回目のお出かけは……出光美術館へ
[2006.02.25]
あまりに寒くて週末出かけるのがおっくうだったので、しばらく美術館巡りを休んでいたが、2月に入って出光美術館へ「古今和歌集1100年記念祭 歌仙の饗宴」を見に行ってきた。 有楽町の改札出て、国際フォーラムの横を過ぎると、目つきの悪い男たちが路上をうろついている。なんだろう、といぶかしむうちに帝国劇場まえの人だかりが目に入り、ああ、ダフ屋かと納得。しかし、看板の「ダフ屋行為は禁止されております」は「ダフ行為」とすべきではないか。 劇場の手前が出光。 この娘なぜだか妙なところで記憶力がよい。 では頭脳明晰かというと、そんなことはまったくない。抜けた歯を飲み込んでしまったことは一度ではない。「歯、学校で抜けたの?」と聞いたら舌で口の中をなぞって「アッ、ない……。給食の時に食べちゃったのかも」。食べちゃったのかもって、ふつう気づくでしょうに。そのうちお尻から出てくるよ、と教えたが、出たという報告はなかった。
さてロッカーに荷物を入れて入場。 こうした場所での質問に答えられないと、家に帰ってから吹聴するのだ。この日はひとつだけ、「いろんなとこに三十一って書いてあるね」と話しかけられたので「みそひともじ」の説明をして面目を保った。無学は心臓に悪い。 ここは皇居をのぞむ休憩スペースがたっぷりとってあって、お茶のセルフサービスもある。案の定、ウーロン茶か煎茶かで娘は長考に入る。ポストカード選びに時間をかけるのはわかるが、なぜ悩むのか。 駅に戻る。ダフ屋はまだいる。有楽町は線路の両側とも再開発が進んでいる。銀座方面のごちゃごちゃしたエリアも風前の灯だ。しかしせめて駅だけは今のままであってほしい。アトレ化だけは勘弁してほしい。
第4回目のお出かけは……Bunkamuraザ・ミュージアム→大丸ミュージアム・東京へ
[2005.11.15]
私は家のなかでいちばんヒマなようである。少なくとも私以外の家族からはそう思われている。 たとえば月曜日の朝、白衣と給食袋にアイロンをかけていないことに気づいた娘は迷うことなく私を指名する。あるいは急に車を出す必要が生じたとき、全員の視線はこちらに向けられる。調子に乗ったヤツは「そこにヒマなひとがいるじゃない」とまでいう。中空をにらんで物思いに耽っているのを呆けていると勘違いし、毎朝スズムシの世話をしているのを閑居ゆえと見なしているのだ。 当然、週末も私以外の全員のスケジュールが優先され(というかヒマ人に予定ナシと見なされ、たとえカレンダーに前もって書きこんでおいても上書きされてしまう)、それに伴う車での送迎も自動的に割り振られるから、昼寝も昼酒もままならぬ。 それはさておき、私の次にヒマなのが末娘なので、そのコンビで美術館めぐりと相なるわけだが、彼女も最近なにかと用事があり、つねに週末があいているともかぎらなくなってきた。 いささか前置きが長かったが、そうした事情で先日、どちらも最終日の迫った美術展のはしごをする羽目になった。まずは渋谷でギュスターヴ・モロー。Bunkamuraまでは軽く手をつなぎ、一歩中に入るや人目をはばかるカップルのごとくサッと離れて、それぞれのペースで見て回る。私はけっして先を急ぐタイプではないが、ふと気づくと娘ははるか後方にいる。人垣の隙間から観察してみると絵もじっくり眺めているが、年譜、キャプション、関係資料のたぐいもなおざりにしない方針のようだ。でも、読めない漢字のほうが多いだろうに。 いやいや、肝腎の絵にしても、あれは中国国宝展のときだったか、一枚の絵をあまりに長いこと見ていたのでどこがそんなにおもしろいのか聞いてみたら、「鳥が16羽いたよ」と、なんのことはない、何羽いるのかじっくり数えていたのだ。 今回のモローの絵には彼女がカウントすべき動物などは潜んでいなかったが、それでも歩みは悠然たるものだった。 そしていつものごとくポストカード選びと図録購入を済ませ、休憩なしで東京駅大丸へ移動。こちらはジョルジョ・デ・キリコなり。夢想と情念のからみあったモローの残像がちらつく網膜の疲れを増幅させる絵の数々に、10メートル歩いてはソファでひと休みという体たらく。大船駅の笠智衆じゃないがステッキがあったら顎を乗せているところだ。 この日得た教訓は、タイプのまるで違う絵画展のはしごは避けたほうが無難というもの。なんだか頭の芯がしびれるようで、娘がどう感じていたかは不明だが、帰り道はふたりとも終始無言であった。
第3回目のお出かけは……渋谷・たばこと塩の博物館へ
[2005.09.10]
クラスで5枚だけだったけど、当たっちゃった、と夏休み前に娘が招待券をもらってきていたので夏の盛りに渋谷の「たばこと塩の博物館」へ行ってきた。街の様子が勝手知ったる錦糸町や上野とちがうせいか、改札を出るとサッと手をつないでくる。 さて、博物館は駅から歩いて5分ちょっと、パルコの少し先の右手、東武ホテルの向いにある。町の公民館あるいは国民宿舎風の、威圧感のない構え、しかし受付はすごい美人ふたり。
しかし、たばこというものは実生活でも小説のなかでも小道具として機能するから、鹿島茂さんの名著『馬車が買いたい!』あるいは斎藤美奈子さんの『文学的商品学』にならって、たばこから風俗模様を読み解く『たばこが吸いたい!』という本が書けるかもしれない。 てなことを考えながら一階へ。ここにはメキシコの岩塩を一人ひと袋じぶんで詰めて持帰りできるコーナーがある。いささか疲れたので、娘が詰めているあいだ、座礁した船のごとくソファにもたれて休む。
当「たばこと塩の博物館」、チケットがなくても入場料100円、ハデさはないけれども中身はあって、たのしめる。渋谷の喧騒に疲れたかたは寄港地としていかがでしょう。岩塩のお土産もありますし。
第2回目のお出かけは……旧岩崎邸庭園へ
[2005.08.15]
家の冷蔵庫には「朝日小学生新聞」で紹介された美術展の切り抜きや、ヨメさんが手なずけた毎日新聞の集金の兄ちゃんから(更新時でもないのに)もらった招待券が張ってあって、娘は折々それらの日程を見て父親を誘う。以前は上野まで自転車で行っていたのだが、あまり長いあいだ揺られるとおつむによくないと聞いたのでこのごろは電車にしている。父親のおつむはどうでもよいのだが。 さて、なにかしら展示を見て2時間、ハト追っぱらいながらおにぎり食べて、ありんこ眺めてビール飲んでもまだ1時過ぎ、なんとなく物足らないが、しかし動物園はこないだ行ったばかりだし、というときに「二次会」としてぴったりなのが、国際子ども図書館と朝倉彫塑館、そして近年ようやく一般公開された旧岩崎邸。
つくりはまったくの洋館ではなく和館もあり、しばらくむつかしい顔をして眺めていた娘は「ねえ、これ洋風、和風」と尋ねる。和洋折衷といっても納得しまいし、ヴェランダ(気障でこう書いているのではなく、ベランダという感じではないのだ)はイスラム風のタイルが貼ってあるから、和洋だけでもないしねえ。 各部屋の高い天井に意匠が凝らしてあってそれを眺めて首が痛くなったころ、「宇治金時白玉入り」がこれまたすてきな庭で食べられることを発見。給仕してくれるのは、おお、佐多稲子か?(たんなる妄想だが、『私の東京地図』参照) ところで、ここ岩崎邸の横の無縁坂は『雁』の舞台となったところである。
第1回目のお出かけは……「恐竜博2005」国立科学博物館へ
[2005.07.15]
8時少し過ぎに会場着。もう二十人ほど並んでいる。待つあいだ、娘はポスターに紹介されている恐竜をひとつづつ持参の図鑑でチェック。ポスターではブとあるのが図鑑ではヴとなっている、と指さす。キミは校正もしているのか? 早出のおかげで館内はさして混んでおらず、展示をゆっくりと堪能。本展の目玉である世界最大のティラノサウルス「スー」は常軌を逸した大きさ。頭部だけで畳二畳分はあろうか。しかしわが娘はスーよりも恐竜の糞の化石に多大の関心がある様子だ。 さて、見終わってグッズコーナーで娘は長考に沈む。これは毎度のことなので「おみやげは一点限り、ただしポストカードは別。5枚まで」と告げて傍らの柱に寄りかかる。待つことしばし、海洋堂のフィギュアを熱い視線で見やりながら「ねえ、これは買っちゃだめなんでしょ」と聞いてくる。なぜ、素直に「買って」とせがまない! こちらの懐中とぼしいことを見透かしているのか、それとも新しい手口か? いづれにせよバカ親は手もなく引っかかり、図録といっしょに購入する。 満足した娘と外へ出ると140分待ち。動物園の手前の極小遊園地へ移動して、そこのクレープ屋で缶ビールを買う。まだ昼前だが喉が渇いたのだ。売店は数多くあれど、250円でおつまみ(柿ピーの小袋)がついてくるのは公園内でこの店だけ(たぶん)。娘にも柿の種とピーナッツ各3つぶ。近くの大木の根方にアリの巣を見つけたので、柿の種くだいて与える。巣穴のぞく子、ビール呷る父。 家に帰った末娘、恐竜になどまったく興味のないうえに翌日からの期末試験で気の立っている姉をつかまえてポストカード片手にとくとくとレクチャーして、すっかり嫌がられていた。
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