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私の一枚・バックナンバー

白水社全社員によるリレー・エッセイ。今お気に入りの一枚、買ったけど駄作だった一枚、他人からもらった一枚、自分のバンドの一枚などなど、一枚のCD・レコードについて語ります。

| 第39回・Qオガワさんの一枚 | 第38回・BEARさんの一枚 | 第37回・Melusineさんの一枚 |
| 第36回・フランスベーカリーさんの一枚 | 第35回・山眠さんの一枚 | 第34回・クロポトキンさんの一枚 |
| 第33回・ずんさんの一枚 | 第32回・なすさんの一枚 | 第31回・汗かきさんの一枚 |
| 第30回・仙人さんの一枚 | 第29回・目黒原一さんの一枚 | 第28回・れおんさんの一枚 |
| 第27回・木沢Kさんの一枚 | 第26回・たむけやまさんの一枚 | 第25回・ぺんぎんさんの一枚 |
| 第24回・たるみさんの一枚 | 第23回・ナンシーさんの一枚 | 第22回・mmさんの一枚 |
| 第21回・立石カシラさんの一枚 | 第20回・すーちゃんの一枚 | 第19回・SMさんの一枚 |
| 第18回・筆者不詳さんの一枚 | 第17回・白黒ジャックさんの一枚 | 第16回・きゃんべるさんの一枚 |
| 第15回・Sさんの一枚 | 第14回・すんくじらさんの一枚 | 第13回・ハイジさんの一枚 |
| 第12回・カリー・ホッターさんの一枚 | 第11回・犬さんの一枚 | 第10回・ジャズマスターさんの一枚 |
| 第9回・コバチェビッチさんの一枚 | 第8回・ファンクラブ会員No.14625さんの一枚 | 第7回・wishy-wAshyさんの一枚 |
| 第6回・越乃寒梅さんの一枚 | 第5回・推定58歳さんの一枚 | 第4回・ヨシコさんの一枚 |
| 第3回・Kさんの一枚 | 第2回・すじこさんの一枚 | 第1回・ピンキーさんの一枚 |
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第39回・Qオガワさんの一枚 [2009.05.01]

金魚風呂

小さい頃、お盆になると行く祖母の家のお風呂は五右衛門風呂だった。お風呂場自体が薄暗く、お風呂の底が見えず、うっかりすると足がすごく熱いことになったりするので(いまだはっきりと五右衛門風呂がどんなだったか覚えていない)、いつもお風呂になるとゴネていた。

で、入るきっかけが何だったかというと「お風呂の中に金魚がいるから入ってきな」という一言。薄暗いのでよく見えなかったんだけど、きっといたはず。

他にもトイレが外だったり、裏が竹藪だったり、蚊帳で薄暗くなった部屋だったり、祖母の家は夜になると怖いことばかりだった。ちなみに祖母の家の隣には曾祖母が住んでいて、彼女はきつねの嫁入りを見たことがあるそうだ。そういうのも子供には怖いんだよね。

【編集部/Qオガワ】


第38回・BEARさんの一枚 [2008.09.25]

鳥の歌/パブロ・カザルス

カザルスの演奏する「鳥の歌」をはじめて聴いたのは数10年前になりますが、人間性にあふれた深いチェロの音色に心がふるえたことを思い出します。それからは何度聴いても心が熱くなるのでした。

人間を愛し、世界の平和を願うカザルスは、祖国スペインの内戦で独裁者フランコが勝利したときから国を離れたのですが、このカタロニア民謡の編曲「鳥の歌」は、彼の望郷の歌です。
弦楽器にひかれるわたしは、いつかチェロを習い「鳥の歌」を弾けるようになりたいと思うのです。

このCDは、1961年11月13日、カザルスがケネディ大統領に招待されて、ホワイトハウスで演奏したものがマスターとなっています。

【営業部/BEAR】


第37回・Melusineさんの一枚 [2008.09.05]

Mamagubida/Tryo

Melusineさんの一枚

 シャンパンを飲むたびに思い出すのです。このアルバムを…ね。

 Melusineちゃん一押しのTryo(トリオ)は、フランスの若人層を中心に人気のレゲエ・バンドですの(同じ名前のチリ人のおじさま方のバンドもございますが、全くの別物よー)。

 でね、レゲエが云々と申しましても、神様(って言われてるんでしょ?)ボブ・マーレィもピーター・トッシュ(なにそれ?おいしいの?)もまるで興味がないMelusineさん。ところが、200●年の冬のある日、TryoのFrance Tlecom(フランス・テレコム)という曲に出会ってから、妙にサラり〜んと軽いフレンチ・レゲエにもうメロメロりんちょ♥
 レゲエというものは、熱気とか湿気とかべたつきとかぬるつきとかいったものを感じるものだと思っていたから(ごめんなさいねぇもぅ)、その認識が根底から覆されましたの。

 当時、Melusineは25歳。
 少女時代からそれまで色々と抱いてきた夢(妄想ともいふ)と、実際の人生とが大きく食い違っていることに気がついてしまった頃ですよ。…遅い?そう?いえね、実際はね、その前から気がついていたの。でも、気がつかないふりをしていたかったのよ。…だって、女の子だもん(『ア●ックNo.1』の主題歌っぽく読んでください)。

 ちなみに、少女時代のMelusineさんの夢(妄想)のひとつをご披露すると、例えばこうよ。
 20歳そこそこで結婚してさ、20歳くらい年上の旦那様との間にぼこぼこ子どもを産むの(鮭の産卵ようにね)。いいえ、ぼこぼこじゃなくてもいいの。ふたりにしましょう。男の子と女の子。これがまた、Melusineの子とは思えないくらいに美男美女なの。それでね、長男が中学生くらいに反抗期を迎えてさ、Melusineに言うのよ。

「ちきしょー、くそばばあー!てめぇなんか、母親じゃねー!」

…なんてさ。
 で、失意のMelusineちゃんが旦那様にこぼすのだ。

「ねぇ、あなた。今日、●●ちゃんがこんなことを…。わたし、もうだめ…(涙)」
「泣かないでハニー。君が悪いんじゃないよ。ぼくにまかせて」

 そして、頼もしい旦那様が長男とふたりっきりで、白亜の邸宅(←もちろん持ち家)の2階の奥の小部屋で男同士の話をするの。その後、夕食のテーブルで、長男はちょっとふてくされたように、そして照れたように言うのよ。

「お…おふくろ、さっきはごめんな」

 もちろん、この時が長男の初「おふくろ」コール(※移行の過程:「ママ」→「てめぇ」→「おふくろ」)。母と息子の関係は、これ以降、とっても良好になるの。

 でね、長女は反抗期がないの。それでもってパパが大好きなのよ。理想の男性のタイプはもちろんパパで、

「将来はパパみたいなひとと結婚したーい♥」

なんて可愛らしく言ったりするの。
 もちろん長女はママ(Melusine)のことも大好きだし、Melusineもわが娘を、蝶よ華よ、わたしのバービー・ガールちゃんよ、と猫っかわいがりでお姫様のように育てるの。

 でもね、女同士はちょっぴり難しいのよね。
それは、パパがいつもママのことばっかり優先するから…。

「ずーるーいー。いつも、ママばっかりー!」

 時々、かわいいふっくらほっぺを膨らませて長女こう言うの。
うふふふうふうふふふふふふふふふ…。


あら?
そろそろ皆さんMelusineさんの夢(妄想)飽きてこられた?
では、話を戻しましょう。


25歳当時。Melusineさんは海外貧乏暮らし中でした。
自分でザクザク切ったショートヘアに、黒いぽわぽわフェイクファーのジャケット、黒いつば広の帽子、革製の首輪、赤いタータンチェックのミニスカートに黒いロングブーツが定番でさ。もう、ジャパニメーション・ファッションの街の「のら猫」って感じよね。…なんて言ったら文学的だけど、ほんとのところ見た目「ジャンキー寸前」よ! ヨーロッパの冬は半端なく寒いし暗いし(日照時間が少ない)で気分は落ち込みまくり。乾燥で肌かさかさ。不眠症だし、貧乏食生活でげっそり痩せて頬はこけちゃうわぁ目の下クマだらけだわぁですもの。おまけに、坐骨神経痛がひどくてね。底冷えする寒さが悪化させるのだよ。背中から腿まで重く痺れて、余計に気分も重く暗くダウンしちゃう。

そんな時よ。
tryoのメンバーたちの、ちょいとふざけた感じの“へっぽこボイス”なハモリがすべてを忘れさせてくれたのだわ。

「フランステレコムさん、ありがとよ〜♪」

ってさ。なんかいい歳した殿方たちがルンルンヘロヘロ歌っていたの。
 車のクラクションやらなんやらで街はただでさえ騒々しいのに、さらに電話の着信音なんかそこに加えてくれちゃって、えぇこりゃどうも!…というような、わけのわからんノリの歌詞が、Melusineの鉛のように沈んだ脳に「スコーンッ!」と飛び込んできたのよ。

 フランステレコムといえば、あの当時は民営化してまだ数年ってところじゃない? 日本で言ったら「N●T」ってタイトルの歌よね。ついこないだまで日の丸…ぢゃなくて、トリコロール(三色旗)背負っていた会社をネタに、(わざわざ)こんな歌作るの?…アホなんじゃないの?(←失敬)と思ったものです。

 キャッチーなメロディーも手伝って、あれは、たいへん印象的な出会いでした。夢(妄想)に破れた焦燥も…、坐骨神経痛も…、手元不如意も…、その他もろもろの日々の憂いも…、なんだか全部ふっとんじゃうくらいに(いい意味で)どうでもいい気分にさせてくれました。

 これでTryoに興味を持ちましたMelusineさんは、彼らの1stアルバムである『Mamagubida』(1998)を貪り聴きましたのよ。最初はくだんのFrance Telecomばかりをリピートしていたのですが、その他の曲にも耳を傾けてみると、何だかどれもこれたふざけ曲なのだわ。社会風刺ものやメッセージ性が高い(と思われる)歌も、これがどうにもこうにも、押し付けがましくなく卑屈にも聞こえないの。言葉遊びを交えたりしながら、とにかくどこかおふざけありの笑える歌詞に仕上がっていてね。大変申し訳ないけど、ふと「やる気あるのかしら?」という考えすらよぎるぐらい。だいたい「Mamagubida」って何よ? 何語? と思ったら、単にメンバーの名前(Maliマリ、Manuマニュ、Guizmoギズモ、Bibouビブー、Danielダニエル)の最初の二文字を繋げただけだってさ、…安直。「トリオ」のくせに、3人じゃないしさぁ。

 4人のレギュラー・メンバー(Bibouはマネージャー兼プロデューサーで、ときどきDJとして加わったりするだけなの)は、全員70年代生まれの殿方。皆さま、本当に楽しそうに歌い奏でていらっしゃいますの。彼らのウィットとユーモアがきいた歌詞は、人間と人間が生きている世界への愛でいっぱい。なんかさ、世の中を憂いてぎゃあぎゃあ騒いでいるだけの卑屈な“ガキンチョ”バンドとは違うのですよ。もっと肩の力が抜けていて、すっとこどっこい(もちろん良い意味でよ)なの。それが妙に安心できるんですわ。いやはや、Melusineさん参ったわ、こりゃ。一本とられました(←?)。

 ギター、アコディオン、キーボード、ウード、フルート、クラリネット、タブラ、パーカッション=ドラム、ジャンベ、ボンゴ…などなど…多種多様な楽器が混ざり合ったメロディは大変軽妙で、メンバー達の声質と抑揚がこれまた独特で心地いいんだわ。

 25歳の大晦日の日。心が離れつつあったボーイフレンド宅のパーティーから逃げて、女友達Rとシャンパンの街、ランスへ日帰り旅行をしたMelusine。その夜、間接照明しかない薄暗いパリのアパルトマンで、女二人交わした乾杯の透明な響きは一生忘れまい…。暖房を最強にしても冷え切ったままの部屋で、ソファ・ベッドをコタツ代わりに掛け布団にもぐりこみ、ラッパ飲みしたヴーヴ・クリコとモエ・エ・シャンドン(←年末なので奮発しました)のなんとおいしかったこと…! あれから何度となくシャンパンを飲んだけれど(厳密にはその半分以上スパークリング・ワインだけれど)、同じくらい美味と感じられたことはないわ。

BGMにはエンドレスでTryo。
そして、何十回目かのFrance Telecomが流れた時、別れの予感は確信と決心に変わり、シャンパンの泡はさらに甘美に弾け、Melusineはすがすがしい気持ちで酒と音楽と未来への新たな夢(妄想)に酔ったのでありました…。


200◎年の元旦をMelusineがどれだけグロッキーな状態で迎えたかについては、ここでは深く触れないほうがよいであろう。

Tryo公式サイト:http://www.tryo.com/

【編集部/Melusine】


第36回・フランスベーカリーさんの一枚 [2008.06.25]

ACOUSTIC/JOHN LENNON

ジョン・レノンが殺されたとき、私はまだ小学生でした。
その日、帰宅したら、親が「おかえり」も言わずに「ジョン・レノンが殺された!」と言ったのを憶えています。
でも、ビートルズも知らない子供でしたから、ジョン・レノンと聞いてもわからないわけで、親だけでなく、テレビでも新聞でも騒いでいるのを見て、有名人らしい……と思った程度でした。

それが中学生になった途端、ビートルズにのめりこむことに。
誇張ではなく、朝から晩まで聴いていましたが、私が好きだったのはポール・マッカートニーの方。
歌詞もメロディも、大好きなのはいつもポールの曲で、ジョンの曲は好きだけど、の時間が長く続きました。
それが、ジョン・レノンはいいなあと思ったのは、25歳のときでしたか。

いろいろあって、私の人生リセットだと思ったとき、「(JUST LIKE)STARTING OVER」が心に沁みて、よく聴くようになりました。

フランスベーカリーさんの一枚

このCDは、ジョンがアコースティック・ギター1本で歌っている音源を集めたもので、歌詞カードにはちゃんとコードが載っています。
ギターを弾くひとには、いいお手本になるでしょうが、私はもっぱら聴くだけ。
メロディを奏でるのがギター1本なので、余計なものが削ぎ落とされて、ジョンの言葉がストレートに伝わってきます。

私の愛するミュージシャンが、「ジョン・レノンの良さは大人にならないとわからない」と言いますが、その通りだと思います。

【営業部/フランスベーカリー】


第35回・山眠さんの一枚 [2008.05.29]

ごはんができたよ/矢野顕子

同じオーケストラ部でトランペットを吹く彼女とはよく一緒に空を見た。夕日で空が真っ赤になったとき、雨上がりに虹が出たとき、音楽室の窓を乗り越えベランダに這い出し、練習をさぼって何十分も眺めていた。

彼女は当時私にいろいろなものを貸してくれた。エリック・カールの絵本や宮沢賢治の童話、空の写真が詰まった写真集など、今でもよく覚えている。学校の屋上には小さな天文台があったが、地学部と兼部していた彼女に天体望遠鏡をのぞかせてもらったこともある。

このCDも彼女が教えてくれたものだった。喋るように歌う矢野顕子。

おーにぎりころりん ぎゅっころりん ぎゅっころ ぎゅっころ ぎゅっころ ぎゅっぎゅっ

平仮名たちはその声とメロディによって不思議な説得力を与えられ、意味なんか邪魔なだけだと言わんばかりに私の脳を満たしていく。ぎゅっころぎゅっころぎゅっぎゅっ・・・

山眠さんの一枚

先日、彼女がオペラに出演するというので観に行った。数年前音楽室のピアノの前で毎日発声練習をしていた彼女は、舞台上で幸せが溢れんばかりの表情で歌っていた。入団したばかりで役を勝ち得えた彼女が周囲に妬まれたりしているのではと心配していたが、どうやら杞憂だったらしい。全身で歌う彼女の笑顔に夢を実現する人の逞しさを見た気がした。

【語学書編集部/山眠】


第34回・クロポトキンさんの一枚 [2008.04.25]

Diesel and Dust/Midnight Oil

オーストラリア大陸の西端にパースという田舎町がある。私がまだ高校生のとき、ここで、悪友たちに誘われて初めてライブに行った。なんで高校生のときにパースでライブなんだ、ということはまぁさておき、Midnight Oilという、当時、オーストラリアで人気のあったバンドのライブで、たしかこのアルバムが出たばかりだった。大雑把だが観客数は数千人、当時のパースにしては大イベントだったはずだ。会場に隣接する巨大な駐車場に車を停めるあたりからその規模の大きさが感じられ、私はライブが始まる前からかなり興奮していた。

しかし内容はというと、ヘタクソな前座が1時間半も続いた挙げ句、メインのMidnight Oilも大いに盛り上げておきながら1時間ちょっとで退場したきり出てこなくなってしまい、最初から最後までラリった観客の怒号と野次が飛び交うような、荒々しく野蛮な、いかにも“オーストラリアっぽい”雰囲気いっぱいのライブであった。はっきり言ってライブそのものよりも、観客の奇態・醜態のほうが記憶に残っている。「ラリった」というのは、つまりアルコールやマリファナなどの影響ですね。さすがに会場全体に充満するほどではなかったが、通路やトイレはもう煙でモクモク。その大半はマリファナではなかったかと思われる。なるほど、こういう所でキメるのがcoolなのだなと初めて知り、圧倒された。

ところで、これはあとで気がついたことだが、マリファナの煙のにおいはほのかに漂うスカンクの屁のにおいに似ている。スカンクのモロ屁(実は肛門から出る屁ではないそうだ)をくらったらもう、のたうち回って、ショックでしばらく立ち直れなくなるが(経験済み、涙)、これが薄まると、マリファナのにおいと区別がつかないくらい似てくるのだ。マリファナには、タイヤが焼けたときのにおいのようだとか、燃やしたヨモギを履き古した靴下に入れたときのにおいのようだ(そんなこと誰がやったのか)とか諸説あるが、私はやはりスカンクの屁説をとる。

そのライブ会場でお前と悪友たちはどうだったんだということはこの際、脇に置いとくとして、長身のスキンヘッドで入道ダンスを踊るリードヴォーカルのピーター・ギャレットがオーストラリア国立大学出の秀才らしいことはその頃から有名だったし、彼らが歌う曲には社会性のある硬派なものが多かった。このアルバムもそんな曲ばかりだ。シドニー・オリンピックの閉会式ではSORRYと書いた服を着て、相変わらずのタコ踊り。このパフォーマンスは、アボリジニに対して謝罪しようとしないハワード政権への批判だったらしく、あぁ、まだやってたんだなぁ、と思ったものだ。それにしても、そのピーター・ギャレットがラッド新政権の環境大臣だかになっていたのには驚いた。しかも、もう54歳だという。マリファナの煙の向こうでクネクネしていたあのタコ入道が閣僚か……。なんだか不思議なかんじ。

クロポトキンさんの一枚
【一般書編集部/クロポトキン】


第33回・ずんさんの一枚 [2008.03.28]

100%REGGAE HITS/Various Artists

スッチャ~スッチャ~♪
なんだか、このリズムがからだに心地よいことに気がついた。ただ気持ちがいい。だからウンチクも何もないのです。

ある時期、スティングの「イングリッシュ・マン・イン・ニューヨーク」をよく耳にした。あのサックス(?)の音色が潔い感じがして好きだな~なんて。そのスティングの曲が“スッチャ~スッチャ~♪”といつもと違うアレンジで聴こえてきた。なんだ、なんだ、いいじゃん♪と“ジャマイカ・イン・ニューヨ~ク♪”というフレーズを基にタイトルはこれだ!とCD屋さんで「ジャマイカ、ジャマイカ・・・」と探して見つけたのがこの一枚。

もともとアーティスト名でCDを選ぶ事があまりない。アルバムを買ってもお気に入りの曲しか興味がなかったりする。だから、「ジャマイカン・イン・ニューヨーク」が聴けて、よく耳にするレゲエの曲を集めた100%レゲエは私にとって100%気の利いた代物なのです。

他にも、レゲエの神様‘BOB BARLEY’や織田裕二と“サンバリィ・トゥナイッ~♪”と歌っていた‘MAXI PRIEST’の曲も収録されている。(他にも有名な人ばかりなのかもしれないけど、聴いたことのある名前ってだけでやっぱりよく分からない)

さて、「JAMAICAN IN NEW YORK」の歌い始めに“イ~イェス”というところがある。“イ”には濁音をつけたい発音。「8時だよ全員集合!!」でいかりや長介さんが“おいっす~”と挨拶をするのとよく似ている気がして、今でも聴く度に長さんを思い出し感慨深くなるのです。それに、テキトーに口ずさんでいても“ジャマイカン・イン・ニューヨ~ク オ~オ~♪”というフレーズで気持ちを合わせられるところが好き。この自由気ままだけどもあったかいものを感じさせてくれる、そんなところがお気に入りなのです。

お日さまの下、キャンプなどしたくなってきましたよ~。

ずんさんの一枚
【製作部/ずん】


第32回・なすさんの一枚 [2007.10.31]

THE KÖLN CONCERT/KEITH JARRETT

久しぶりに、レディージェーンへ行った。
扉をあけてすぐ耳にとびこんできたのが、このピアノ。
気持ちは、25年前に飛ぶ。
……その人は、どう生きたいのかと、私の肩を揺さぶりながら訊いた。

なすさんの一枚

これは、1975年1月、ドイツのケルン、オペラハウスで録音された即興演奏。
移動のために寝不足だったキースは、ぼんやりした意識のまま、会場の調律されていないピアノで、響きのましな中低音域を使って、神がかりのような演奏をした。彼のソロ・インプロヴィゼーションのなかでも最も有名なものである。
なんの予備知識もなく初めて聴いたときは、まるで掘り出し物のワインのようだった。なんの気なしに飲みはじめていたものが、まもなく注意をひき、ボトル半分くらいでこれは優れものだとラベルを読みなおす。そのときから本腰を入れて味わって、飲みおえたため、ボトル半分しか味わえなかったような気になり、ふたたび飲みなおした。それからというもの、何度このCDを聴いたことか。

……どう生きたいかを問うているうちに、ここまで来た……。

全編をとおしての印象は、しみじみとしていて、明るい。生きる哀しみを突きぬけたような明るさが感じられ、心地よい。また明日へと、背中をおしてくれる私の一枚である。

【一般書編集部/なす】


第31回・汗かきさんの一枚 [2007.08.31]

Oy Chanukah!/The Klezmer Conservatory Band

 「マイム・マイム・マイム……」と小声で歌いながら女子の手を握る手が汗ばむ。高校の文化祭もこれでおしまい。後夜祭の一場面である。のちにこの「マイム・マイム」が水がでた喜びをうたったユダヤの民謡であることを知った。ユダヤ人か。どんな人たちなのだろう。

さんの一枚

 それから数年後。会社に入ってからはじめての休暇でドイツに行ったとき、ベルリンの本屋で見つけたのが上の一枚。これはクレズマーという、東欧のユダヤ人にルーツをもつ音楽らしい。このアルバムには楽しげな歌がたくさん収められている。そのなかで一曲だけ聞き覚えがあった。「ドナ・ドナ」だ。これもユダヤ人の音楽だったのか。でも、日本の学校で歌わされるあの悲しげな雰囲気はまったくない。単に言葉がわからないからかもしれないが、陽気でなんだか大きな声で歌いたくなる曲だった。

 日本にいるとなかなか気づかないユダヤの文化。でも、こんな身近なところにあったんだと思うと、すこしうれしい。

 なお、「マイム・マイム」が収録されたCDは100円ショップの「ダイソー」でも手に入る。やっぱり身近だ。

マイム・マイム
【一般書編集部/汗かき】


第30回・仙人さんの一枚 [2007.07.25]

LAST DATE/Eric Dolphy

 20代の後半から30歳にかけて、眠れぬ夜にはジャズレコードに針を落として床に就いたもんじゃ。すると、覚醒した意識は音の洪水に吸いとられて、いつしか眠りの中へと落ちていった。そんなことがしばしばあったのお。

「よくもまあ、あんな騒音の中で眠れるねえ」と不思議がられもしたが、何ていうこともない、まさにジャズは昼間は覚醒剤で、夜は睡眠薬だったんじゃなあ。

 わが1枚となると、エリック・ドルフィーの《LAST DATE》かな。若くしてオランダで客死した天才ジャズプレイヤーのまさに最後のアルバムじゃ。収録日は1964年6月2日。オランダはファーラーラジオの第5スタジオ。

 天才というのはこういう人間を指すのかのう。メインのアルトサックスのみならず、フルートやバスクラを吹かせても超人的じゃな。このアルバムでもSOUTH STREET EXITとYOU DON'T KNOW WHAT LOVE ISの2曲でフルートを吹いているけど、これを聞いた才媛の能管奏者は絶句していたねえ。後ジテが舞うときの突き刺すような鋭い能管かと思わせたり、かと思うと、不協和音を同時につむぎだしてニューヨークの猥雑世界を現出させてしまうんじゃ。いやはや。

 1曲目のEPISTROPHYではバスクラがのっけからズドーンと入る。(あっ、言っとくけど、バスクラってテレクラの親戚じゃあないよ。バスクラリネット。)メロディアスなテーマでそろりと入るなんて作法はナシだ。天上へと高まった音の波は急激に降下して地界をのたうち、再度イカロスの飛翔を見せたかと思うと不協和音の塊となって落下し、いつしかヘレナの歌声もかくやと思われる美しい音階となり、再再度高みを志向する------。とまあ、こんなうねりの連続なのじゃわあ。

 批評家はこれを称して「馬のいななき奏法」と言った。でもねえ、わしに言わせれば、「イルカの連続ジャンプ奏法」かのぉ。なぜって、プレイヤーの名はドルフィーだから。あっ、駄じゃれだったかな。

私の一枚・第30回・ドルフィーとドルフィン

 でもねえ、お馬さんもそうだけど、イルカさんには人間なんぞ及びもつかぬ知性が備わっておる。うねりからまり乱高下する彼の音楽は、一見、激情派と思われてしまうかも知れんけど、なあに、そうじゃない、極めて知性的なんじゃ。ハードバップの出現による50年代以降のモダンジャズを、新しいイディオム、文体で書き換えようとする明晰な意識がはっきり見て取れる。このアルバムに加わったオランダ側のピアニスト、ミッシャ・メンゲルベルクの存在によってもそれは明らか。

 いいねえ、このピアノ。セレニアス・モンクに匹敵するんじゃないかな。ドルフィーの知的側面をきちんとピアノで反映しているよね。バド・パウエルとじゃあドルフィーは活きないわさ。

 60年代に入って、天才マイルスはアコースティクから電子のフュージョン系世界に入ってしまった。別に批判しているんじゃない、彼は大状況を見極めることのできる、やはり知性の人であったからね。デイヴ・リーブマンなど錚々たる弟子さえ育成したのだから大したもんじゃ。

 わしが言いたいのは、従来のモダンジャズ世界を際めようとした一人がドルフィーだったということさ。もう一人が求道師コルトレーン。トレーンはドルフィーの兄貴分じゃった。そのトレーンは人間という精神世界の奥義を追求し、極め、ついにコスモスの域へと突入し、『ファウスト』世界を現出するまでになった。弟分たるドルフィーはそんな兄貴の背中を見つつ、ジョイス的革新を試みたとも言えるんじゃないのかのお。でもねえ、このアルバムを吹き込んだ直後に死んじゃったからねえ。

 そうそう、この《LAST DATE》最後の曲の後には、次のような彼の肉声が収録されている。〈When you hear music, after it's over, it's gone in the air. You can never capture it again……〉

 人の一生もまた? 古代仏教いうところの〈空〉を連想してしまうのは、わしが老いたということかのお。

【語学書編集部・仙人】


第29回・目黒原一さんの一枚 [2007.06.25]

バッハ『イギリス組曲第2番・第3番』/イーヴォ・ポゴレリチ

 クラシックを聴くようになったのは40歳を過ぎてからだ。たしかみうらじゅん氏だったと思うが、10代で心に焼きついた音楽は一生消えることはなく、「この歳になると、やっぱりクラシック(またはジャズ)だね」なんてほざく人間は信用できない、という主旨の文章を読み、その通りだと思ったことがある。実は今でも思っているので、つまり私は信用ならぬ人間ということになる。そうじゃないかとはうすうす感じていたが。

 言い訳にもならないが、正確に言えば私はクラシックファンではない。バッハ以外はほとんど聴いていないからだ。クラシックのCDは同居人のコレクションが大量にあるので片っ端から聴いてみたけれど、たいてい途中で飽きてしまい、気がつけばまたバッハをかけている。どうやら一生、バッハ引力圏から抜け出せそうにない。

 ついでに言うと、クラシックのコンサートにもほとんど行かない。行けばクラシックファンの皆様よりたちどころに「のだめ軍団」に認定され、軽蔑のまなざしでチリチリ焼かれること間違いなしである。なにしろ、脱力して酒でも飲みながらピアノや室内楽が聴ける店があったらなあ、なんて夢想している輩だからしかたがない。「のだめ」好きだし。

 バッハを聴くようになったきっかけはヤクルトスワローズである。スワローズというチームは弱くはないが、決して強くもない。その年は負けが込んでいた。来る日も来る日も負ける。ストレス解消のために野球を観ているはずが、だんだん胃が痛くなってくる。なら観なきゃよさそうなものだが、ファンたるものそうはいかない。私は一計を案じ、テレビの音を消してクラシックのCDをかけることにした。これで少しはストレスも和らぐだろう。……効果はまあまあだが、居眠りも増えた。そんなある日、テレビを観ている視覚が脳に何も伝えておらず、聴覚にのみ集中していることに気がつく。そのときかかっていたのがバッハ。

 前置きが長くなった。選んだのは『イギリス組曲』、ピアニストはイーヴォ・ポゴレリチ。彼のデビューはセンセーショナルなもので、1980年のショパン国際ピアノコンクールでは「演奏が奇抜すぎる」という理由で落選、審査員の一人だったマルタ・アルゲリッチがこれに抗議、辞任したというエピソードがある。ほかのピアニストによる『イギリス組曲』を聴いたことのない私には、この美しい演奏のどこが奇抜なのかまるで理解できなかったが、最近ようやく某ピアニストによる2番のプレリュードを聴いて驚いた。遅い。遅すぎる!……そう、もちろんこのピアニストのほうがふつうの弾き方で、ポゴレリチはセンセーショナルなまでに速かったのである(ぜんぶ同居人の受け売り)。

 ヘビメタじゃあるまいし速けりゃいいってもんじゃない。でもこの場合は、やっぱりちょっと驚きだ。ピアノというと何となく右手がメロディ、左手が伴奏、というおおざっぱなイメージがあるが、それは意外に新しいやり方で、バッハの時代のピアノ/チェンバロ曲は右手と左手がぜんぜん違うメロディを弾いている(対位法というやつです)。それを驚異的なスピードでやるわけだから、常人なら脳と指をつなぐ神経が悲鳴をあげるのではなかろうか。

 それゆえか、音大のピアノ科の学生やピアノ教室の先生に「バッハ嫌い」はけっこう多い(らしい)。知人が昔、通っていたピアノ教室の先生に「バッハを教えてください」と頼んだところ、「バッハねえ……あたしああいう、メロディが美しく響かない曲は認められない人なのよねえ」と断られたそうだ。知人は長じて本格的に音楽を学び、そのことを思い出しては「何が『認められない人なのよねえ』だ! 弾けないんじゃないか!」と歯がみしたそうである。


【営業部・宣伝部 目黒原一】



第28回・れおんさんの一枚 [2007.06.04]

歩き続ける時/松山千春

何かの拍子に「じつはこれまでに三回フルマラソンを走ったことがある」というと、だいたい意外そうな顔をされる。そりゃそうだ。どう見たって過去に体育会系だったとは思えないし、ジョギング好きが高じてとうとうフルマラソンにまで挑戦するようになりました、というタイプでもない。そしてたいていの人は話の続きを促して、聞く態勢になる。いっとき、その場の時の人になれることは請け合いだ。何でまたフルマラソンなんかやる羽目になったのかというと、まあ、半ばというかほとんど強制的にやらされた、というのが実際のところ。

私の卒業した高校は何の因果か強行遠足なる伝統的行事があって、女子は四十数キロ、男子は七十数キロを、毎年10月に走る。恩田陸の『夜のピクニック』の世界(何人かにこの本をお薦めされてしまった)。ただし、ピクニックや遠足などという言葉とはほど遠く、時間制限もあってそりゃもう苛酷。小説ほどではないにせよ、ちょっとしたドラマやエピソードには事欠かない。

で、画になるらしく、毎年、地方局が取材にきては、時折、全国ネットでドキュメンタリーが放送されたりする。たまたま、私の走った3年間にドキュメンタリー制作があって、後日その番組を見ることになるのだが、自分で自分の姿に酔いしれて教室中すすり泣きが充満。ランナーズハイの後遺症としか言いようがない。そのドキュメンタリーのバックに流れていたのが、松山千春の「歩き続ける時」。何でまた、こういうどんぴしゃりの場面でこんなあつらえたような曲を流すんだよ、まったくテレビ局の奴らはあざといことするよな、というのが、涙をかみしめての当時の感想。

数十年たった今、歌詞もメロディーもきれいさっぱり忘れて、ワンフレーズすら覚えていないのだけど、もう一度聞いたら、あの当時の苦しかった思い出がどっと蘇ってくるか、あるいは、なんだこんな曲だったのか、これのどこが泣けたんだろう、と思うか、ちょっと怖い気がする。
多分、後者なんだろうな。


【語学書編集部/れおん】



第27回・木沢Kさんの一枚 [2007.04.27]

シェーンベルク「浄夜」/カラヤン・ベルリンフィル

 冬枯れの木立の中を男と女が歩いてゆく。月の光が影を落とし、梢をゆらす風が頬をなでる。女が語り始める。──もっと早くあなたに出会いたかった。私はただ子どもがほしいがために見知らぬ男に身をまかせ、今この身体はみごもっているのです。──しずかな歩みにさざなみが立つ。苦しげな自問自答がつづき、懊悩が頂点に達すると一瞬静寂が訪れる。そして男が答える。──今宵の月の光が私たちを子どものように浄めてくれました。あなたの子を私たちの子として産んでください。(229小節;チェロ)

 なんと深く温かいチェロの響きだろう。これほど美しい響きはあとにも先にも聴いたことがない。あんな声で口説かれたら、どんな女(ひと)だって抵抗できないにちがいない。それほど、この時代、ベルリンフィルのチェロセクションはすばらしかった。フルトヴェングラー以来のメンバーが深い響きをつくり、1プルトはいつもボルヴィッキーとフィンケが固め、バウマンが若々しい笑顔を絶やさなかった。

 75年に出た「新ヴィ-ン楽派管弦楽曲集」。古今東西の名曲を録音しつくし、再録音再々録音が鼻につき始めていたカラヤンが初めて、しかもセットで出した現代の古典。ベルリンフィルが抜きん出た合奏力を最高の形で発揮した類まれな名演。その中に「浄夜」があった。ここではシェーンベルクはまだロマン派だ。しかし崩壊寸前の。このあと彼は壮大な勘違いの世界に迷い込み、西洋近代音楽に終止符を打ってしまう。「浄夜」はその寸前の袋小路に開いた濃密な小宇宙なのだ。

 あの夜も冬枯れの梢から月の光が降り注ぎ、江ノ島の灯が遠くまたたいていた。チェロのくだりまで話したとき、きみはふと歩みを止めた。──そんな男(ひと)っているかなあ?──いるとも!

 そして黄金の1年が始まった。1976年、この年きみと聴いた音楽はすべて至福の響きに満たされている。あれから何百回名曲の名演を聴いたかわからない。でもあの至福がもどることは二度となかった。

 星の光も吸い込まれる宇宙空間。その漆黒の闇のどこかに今もあの年は時を超え、黄金の円盤の形をして光り輝いている。


 「浄夜」リヒャルト・デーメルの詩によるシェーンベルクの標題音楽(弦楽合奏版)。カラヤン・ベルリンフィル「新ヴィーン楽派管弦楽曲集」4LP;グラモフォン/ポリドール1975


【語学書編集部/木沢K】



第26回・たむけやまさんの一枚 [2007.03.30]

YUMING/Neue Musik

外国語の曲は、メロディやリズムが好きになることはあっても、「歌詞も自分の気持ちにぴったり」という経験があまりないのですが、みなさんどうなんでしょう? 意味を知りたくて辞書をひいても、そのうちになんだかわけわかんなくなっちゃうし、せっかく覚えて口ずさんでも、如何せん外国語、自分の気持ちと重なる言葉にはならないのです。

その点、メロディも歌詞も、私のDNAに完全にすり込まれているとすれば、まちがいなくこの方の曲でしょう。このCDは、1978年の『紅雀』から1997年の『スユアの波』まで、私が「うーん、わかるなぁ」と実感しながら聴いていた頃の30曲が収められた2枚組のベストアルバムです。

「けっ!」と馬鹿にするなかれ。こういう思い出は大事なのです。同じ時期に聴いていたAORの曲は、メロディはともかく、歌詞なんてチョロチョロとサビの部分しか覚えていないですけど、このCDに収められた曲は今でもスルスルと口から出てきますから。

一昨年の6月、八王子市民会館で行なわれたコンサートでは、わたくし途中からすっかりはぢけてしまいました。今年の「シャングリラIII」は先行予約で申し込み済。またはぢけたい。

【編集部/たむけやま】


第25回・ぺんぎんさんの一枚 [2007.02.28]

DAILY OPERATION/GANG STARR

「ぜったいビール飲みたくなるから!」

いつものように言い張って、飲む前に必ずこのレコードをかけるやつがいた。大学時代のことである。

この中の2Deepという曲には、何か液体を注ぐような、なんだかおいしそうな音が入っているのだ。それがビールであるのか私は知らない。(プレミアに聞け)

当時はまだもっとかわいらしいものを(いちおう人前では)飲んでおきたかったお年頃だったのに、私の周囲はそんな甘え(?)を許す連中ではなかったし。

そんな私も会社に入ればかわいらしいものを勧めてもらえるはず…と思いきや、いつの間にか自他共に認めるビール党。飲み会も中盤になると私の周りには自然にビール瓶が集合する。

まあ本当に好きだから…けれどやっぱりちょっとフクザツ。

ああ、だけど、今夜も恋しい琥珀色。(それでいいのか独身女!)

今年に入ってGANG STARRいろいろリリースしているみたいだし、久々に買ってみようかな。

オツマミに。

【営業部/ぺんぎん】


第24回・たるみさんの一枚 [2007.01.26]

ストラトスフィア/タンジェリン・ドリーム

ロックとの出会いは14才と遅い。
その当時はフォーク・ソングが大流行していて若者には絶大な影響力を持っていたのだから仕方がないじゃないか・・・いいわけ的前置きとして。

校庭の先を神田川が流れるまさにフォーク・ソングな学校に通い、中坊の分際で、地元では有名だった「クラシック」という古くておそろしくきたない喫茶店に出入りしだらだらした日々を送っていた。
この店は名前の通りクラシックしか流さない喫茶店であったが、そんなことはどうでもよく適当に集まって、薄暗い店内で窓明かりを頼りに変な唄をつくって歌っていた。
そんな仲間からある日、牛乳瓶の底のようなぶ厚い眼鏡を掛けた男を紹介されるのである。ディープ・パーフル、イエス、ドゥービー・ブラザーズを好み、そして何よりもレッド・ツェッペリンをこよなく愛す男であった。
その男の影響で聞き始めたZEP。少ない小遣いで初めて買ったLPは「レッド・ツェッペリンⅢ」。同級生に「最初に買うならⅠかⅣだろう」と馬鹿にされた記憶がある。確かに普通は「胸いっぱいの愛を」や「天国への階段」なのかもしれない。しかし当時から人と違っていたホクは「移民の歌(IMMIGRANT SONG)」が大のお気に入りだった。
アルバム全体のアコースティックさや、ギミックで楽しいジャケット、封入されていたポスターにも惹かれたが、重いベース音に乗るあの爬虫類のような雄叫び(?)がZEPのすべてであった。(今は「プレゼンス」が好きだけど)
その後、彼とは同じ高校に通い、時は別だが互いに退学し(されたのではない)別々の道を歩むのであった(爆)。
二度目の高校生活でも、R・ブラックモア狂がいてハードロック一辺倒のコンサート通い。札幌公演で観客が亡くなる事件が起きたR・ブラックモア率いるレインボウ・ジャパン・ツアーの数日前、東京武道館でステージ前に出過ぎ、将棋倒しにあい下敷きになってしまう。意識を失いながら「あー死ぬんだ」なんて呑気に思っていたら警備の人に引っ張り出され九死に一生を得、それ以来アリーナ席には近寄らず、2階席後ろで拳を振っていたのであった。

さて「タンジェリン・ドリーム(TD)」。
近年クラブで再評価された「クラフト・ワーク」や「ノイ!」と同じドイツのエレクトリック・ミュージックの第一人者です。
結成から現在までにおそらく50枚以上のオリジナルアルバム、サントラをリリースし、ブートレッグを含めるととんでもないCDが世界に出回っているその筋では知らない人はいないモンスターバンドです。
あえていえば日本の「冨田勲」や「喜多郎」系シンセサイザー主体の音楽なのですが、無機質な冷たいリズムを得意としていて、比較的初期に名盤が多いと言われています。
しかし、イチ押しといえばSTRATOSFEAR発売当時の邦題名「浪漫」(←ダサッ)と名付けられていたアルバムです。
雲の上を果てしなく続く石畳のジャケット、反復される音の渦に目眩さえも感じてしまうメロディ、初期ヴァンゲリスの「螺旋」に似た透明感が終わりのない夢の続きを見せてくれます。アルバムです。
初期4枚のアルバムは高い評価を受けながら「これを音楽と呼べるのか?」と一部で叩かれたTDのその答えがこの「ストラトスフィア」であり、大衆の方に向かい始めたTDの最初の作品でありながら完成度は高いものになっています。
これ以降、TDはリーダーであるエドガー・フローゼのソロ・プロジェクトのような活動を続け迷走しますが、近年、息子ジェロームとの競演により再びシーンの頂点に立ち戻って精力的にアルバムを発表しています。
ここのところ昔のライブアルバムがTDレーベルから発売されていますが、どれも素晴らしい演奏で、もちろん「ストラトスフィア」のライブ・ブァージョンも聞くことができます。

たるみさんの仕事場とTD
【製作部/たるみ】


第23回・ナンシーさんの一枚 [2006.12.28]

少女期/沢田聖子

こちらのコーナーでは、はじめまして。ちょいワル腐女子のナンシーです。今日はあたしのとっておきの一本、じゃない、一枚を紹介しますね!

今を遡ること、もう何年前からしら? いえ、何十年前と言った方が正しいのかしら? 当時あたしは心も体も清い中学生でした。

ある日ラジオの歌番組で「ニューミュージック特集」をやっていました。もう少し正確に言うと、月曜日から金曜日までの五日間が「ニューミュージック・ウイーク」と題して、女性ニューミュージックシンガーを日替わりで紹介したのです。(ニューミュージックという単語が既に死語?)

ここに紹介する沢田聖子ちゃん以外に、あと四名が日替わりでかかったはずなんですけど、全く覚えていません。たぶん石川優子(シンデレラサマー?)なんかも流れたんだと思います。そんな時代の話です。

放送は昼間だったので、学校に行っているあたしには、放送を聞くことはできませんでした。その時まで、かろうじて名前くらいを知っていた沢田聖子ちゃんの放送だけエアチェック(←この単語も死語?)したのがそもそもの出逢いでした。

今思うと、名前を知っていたというのも、当時大人気だった松田聖子との類似から知ったような気になっていただけかも知れません。ちなみにこの二人はデビューの年が同じです。ただ松田聖子はもちろん「まつだ・せいこ」ですが、沢田聖子は「さわだ・しょうこ」と読みます。

エアチェックした(←まだ死語を使い続ける?)カセットテープ(←それって何、とは言わないで!)を毎日繰り返し聞きました。
でも、それじゃあやっぱり物足りないですし、なにより歌詞がよくわからないところもあります。

そこであたしはレコード屋さんに走りました。なお沢田聖子には「走ってください」という、ファンの間では有名な曲がありますが、それを意識してたわけではありません。

閑話休題。当時は「YOU&I」という貸しレコード屋が流行っていました。(覚えてますか?) でも、あたしはレコードを手に入れたかったんです、初めから「借りよう」なんて気持ちはさらさらありませんでした。くどいようですが、当時はCDなんてものはありません。レコードです。

レコード屋さんで、日本人・女性の「さ行」の場所を探すと沢田聖子のレコードが何枚か見つかりました。その時あたしはシングルを買おうという気持ちは全く持っていませんでした。ラジオで聴いた曲ができるだけたくさん入っているアルバムを買おうと思っていました。

何枚かある中で、エアチェックしたカセットテープの曲名と同じ曲が並んだ一枚を見つけました。それがこの「少女期」です。既に数枚のアルバムをリリースしていた沢田聖子ちゃん初のベストアルバムで、ちょうど発売されたばかりの一枚でした、というのはもう少し後になって知ったことです。今から考えるとあのラジオ番組は、このベストアルバムが出たのに合わせて、ほとんどこのアルバムから選曲したようです。

A面6曲、B面5曲の計11曲。歌詞カードを眺めながらレコードを聴き、更にカセットテープにダビングしてウォークマンでも聴いて、という日々がしばらく続きました。

当然ラジオでは流さなかった曲もこのアルバムには収録されています。そんな新発見に感動しながら何度聴いたかわかりません。
いま全11曲を紹介するのは紙幅が許さないでしょうから、特に思い出深い曲だけを紹介します。(←ウェブでも紙幅というのかしら?)

まずは「星空のメッセージ」です。これは彼氏との交際を大人たちに反対されている女の子の気持ちを歌った曲です。メロディもちょっと物悲しくて素敵な曲です。あたしが一番最初に好きになった曲です。

続いて「シオン」。これは沢田聖子ちゃんの代表曲と言っても過言ではない一曲です。男の子がクラスメート(たぶん)の女の子に淡い思いを寄せるんです。その男の子の気持ち、告白できなくて、そっと遠くから見つめているだけ、そんな思いを歌にした作品で、歌詞がそのままラブレターになりそうな名作です。

あともう一曲だけ紹介させてください。「落葉の部屋」です。この曲も、いまだにコンサートでは歌われている一曲でファンの間で人気の一曲です。ちょっと懐かしいメロディラインで、歌詞も昔好きだった男性に街中で偶然出逢った女の子の気持ちを丁寧にすくっています。後半の盛り上がりも、変に力が入っていなくてすがすがしいものです。

当時のエアチェックテープはもう捨ててしまって持っていませんけど、その代わり、この「少女期」を皮切りに買い集めた聖子ちゃんのアルバムとそれをダビングしたテープが今もあたしの部屋には大切に置いてあります。

上に揚げた3曲がそうなんですが、沢田聖子ちゃんの曲であたしが好きなのは、どれも失恋や片思いといった「実らぬ恋」をテーマにしたものばかりです(汗)。そんな世界にどっぷりとつかって中学、高校時代を過ごしたあたしでした。

「少女期」とネクタイ
【営業部/ナンシー】


第22回・mmさんの一枚 [2006.11.27]

The first of a million kisses/Fairground Attraction

 駅前の踊り場で、アコースティックギターをかかえた少年が歌っている。
路上ライブがまだめずらしい20年近く前のことだ。
 人の出入りの少ない田舎の静かな駅には不釣り合いな上に、家路につくぐったりムードの人々の気持ちを無視した激しい選曲は、むしろはた迷惑な感じすらして
「どうしてここで歌っているの?」
そう聞きたくなるほど浮いていた。

♪'Cause your smile is a prayer that prays for love
And your heart is a kite that longs to fly〜

 散々な1日を終えつつあったその日、わたしの心にぴたりとシンクロしたその曲を歌っているのはいつもの彼だ。バス待ちのほんのわずかな時間耳を傾ける。

♪Allelujah here I am let's cut the strings tonight〜

 ギターケースの上にあったE.アーウィットの美しい写真がジャケットになっているCD。これがFairground Attractionとの出会い。

 Fairground Attractionは、1988年にシングル“Perfect”で全英No.1を獲得しながらも、デビューアルバム『The first of a million kisses』をたった1枚だけ残し、突然解散してしまった幻のグループ。(「移動式遊園地の出し物」というバンド名も、「(2人がこれからする)百万のキスの最初の1回」というタイトルもある意味とても皮肉だ)
 特別な思い出があるわけではないけれど、このCDをわたしは大切に大切に聴く。そしてCDが1回転し終えた時間は、いつもため息をついている気がする。それはたぶん「もっと聴いていたいのにな」とあの時そう思いながら、着てしまったバスに乗ったからだと思う。

 後日、何度か演奏代を払おうと(そのときは勇気がなくて代金を払えなかった)駅前を探したけど、もう彼に会うことは無くなってしまった。
「なぜあなたは通り過ぎる人たちに向かってギターを弾いているんですか?」
そう聞かれたバスカーの土門秀明氏は
「だれかを待っているんじゃないかなぁ。「だれ」かはハッキリしないけど」
と言っていたっけ。(『地下鉄のギタリスト』水曜社刊)
 彼はその「だれ」かに会えたのかもしれない。


※このアルバムと解散後にまとめられた2枚目のアルバム『ay fond kiss』、そしてボーカルE.リーダーのソロアルバム『Mirmama』が、まもなく再発されるようです。

【宣伝部/mm】


第21回・立石カシラさんの一枚 [2006.10.25]

予感/中島みゆき

 今から二十年以上まえのことである。当時つきあっていた相手と「愛の巣」(?死語)をつくろう、とお互いの通学に便利な場所に部屋を借りたはいいが、彼女は「風呂なし、玄関とトイレ共同」に恐れをなしたか、はたまたちょうど愛の賞味期限が切れたのか、ほどなく別れとあいなり、ぼくは六畳一間(家賃2万9千円)に取り残された。

 音楽を聴いてわが身を慰めようにも、持っているのはこぶりの弁当箱ほどのウォークマンのみ。火のない炬燵に足さしいれてちゃちなイヤホンで聴いているとわびしさはひときわ身に沁みた。

 と、救う神あり、その後、なんとかもぐりこんだ会社の先輩がレコードプレーヤーをくれるという。ありがたく頂戴したものの、立派なプレーヤーで音楽をたのしむには六畳はいかにも狭く、隣室との壁はあまりにも薄い。せつない思い出がそこかしこに浮かんでくるのもつらい。
 よし、引っ越しだ。行先は市川。今度は六畳、四畳半に二畳の台所、風呂、トイレ付き、半畳の庭もあり、それで月4万8千円。余談ながら先日この下宿を再訪したら(なんのために?)往事のままで、ひょっとしたらこの洗濯機はぼくの置いていったものか、としげしげ眺めてしまった。

 前置きが長すぎた。そのもらったプレーヤーで何を聴いたか。手ひどくふられた人間の聴くものは今も昔も中島みゆきに決まっておる。
 「愛していると云ってくれ」「生きていてもいいですか」「おかえりなさい」・・・おお、アルバムの数々。
 夜な夜な、そう、ほんとうに毎夜聴いた。胸のうちのしこりが次第にほぐれるような、あるいは逆にもっと硬くなって体の一部になるような、そんな揺さぶられかたをした。そしてジャンヌ・モローの「人間には孤独が必要なんです」ということばを支えに日々を過ごしていた。うん、これは必要なことなんだ、と。

 今また、自室にレコードプレーヤーはない。CDは聴ける。でもみゆきは聴かない。ではどこで聴くか。カラオケで。じぶんは歌わずに、うまい女のひとに歌ってもらう。イニシャルでいうとSKとHTが抜群にうまい。耳を傾けていると体が震えてきて、まばたきの回数が不自然に多くなる。
 もし、じぶんが不慮の死ではなく緩慢な死を迎えるならば、このふたりのどちらかに枕元で別れの歌の数々を歌ってほしいものだ。もちろんふたりで代わる代わるでもよい。そしたらたぶん死んでもいいところに行けると思う。

【営業部/立石カシラ】


第20回・すーちゃんの一枚 [2006.09.26]

Second Coming/The Stone Roses

 時は1989年。
 あたしと編集部のケンちゃんは、青山の日本青年館にいたの。
   ストーン・ローゼスの初来日公演よ。

 いいでしょー。人間長生きするといろいろ良いこともあるの。
 ワカモノに、「えっ、S山さん、ローゼスの初来日行ったんすか、すごいっすね(オヤジっすね、バブルっすね)→括弧内はモノローグ」とか驚かれるしね。
 そりゃそーよ。あたしなんてほとんどヤツラ(ローゼス)と同世代だし…。

 まあ、ソレはいいとして。

 今回の「私の一枚」はローゼスの2枚目(にしてオリジナルアルバムのラスト!)、「セカンド・カミング」よ~ん。

私の一枚・20枚目

 時は1994年。
 あたしはそのころつき合ってた女の子とお茶の水のロッテリアにいたの。
 でね、彼女が言うの。
「S山さん、ローゼスが5年ぶりくらいにやっとセカンド出したね」って。
「そうね。今度のはかなりロックロックしてて、前作のようなキャンディ・ポップなカンジは薄れてるよね」
「そうそう。こないだ借りたプライマル・スクリームのも、すごくロックっぽかったよね.」
 当時あたしは31歳、彼女は8歳年下。
 いろいろと啓発されたわ。ヴァセリンズとか、ダニエル・ジョンストン関連とか、ピクシーズから派生したバンド(ブリーダーズ?)とかティーンネイジ・ファンクラブとか、よくわかんないけど当時の20代のインディー好き女の子が聴いてたモノ。
実は、ジーザス・アンド・メアリー・チェインも、彼女の影響で、ようやく理解したのだ。
 ジザメリが、プライマルのボビーをドラマーに擁してデビューしたのは、あたしが21歳のときだったのにね。
感謝してる。彼女には。いまでも。

 で、そういう女の子は、とかく気分屋なので(どうしてだろう…クセのある音楽が好きな女の子は、ご自身もクセがあるからなのかな)。
 よくイサカイをしたものだ。
「この曲がわからない、っていうのはいいけど、バンドそのものをケナさないでよ。だいたい、あなた、<わるくないね>とかこないだ言ってたじゃない! 結局、口先で流すだけなんだから…キライならキライって、ハッキリそのとき言いなさいよ、そうゆうどっちつかずの態度がムカつくの!」

 そして彼女は問う。
「あたしのことが、ホントにスキなの?」

 もちろん、スキ。とっても。
 でも自分を変えようがない自分にも、「スキ」といいたいの。

 で、1995年に、彼女とは別れることになるのだが…。
 あたしは、ダレかを「キライ」になって別れたことが、一度もないの…(ダメ?)。

 で、そのたびに思い出すのは、94年の、このローゼスのアルバムなの。

 時々刻々の恋愛感情にウソはまったくないのに、どうして別れてしまうんだろう。

 …と思いながら、このアルバムの8曲目、『タイトロープ』に耳を傾けてみる:

    彼女はエンジェルなんだろう
    そうにちがいない
    だって 見たんだよ、たしかに、
    金箔で飾られた
    天使の羽を
    朝日の光る中
    シーツの拡がりの中で
    オレはたしかに見たんだ
    ああ 彼女の天使の羽を

    オレにはわかってる
    もう 他に恋人はいらないんだ
    キミの寝顔を見ていさえすれば
    なにもかも満ち足りていくんだ

 この曲を耳にするたびに、ナミダがこみあげて、しょうがない(かなりクサイであろー)。
 エンジェルを発見するたびに、そのヨロコビに酔う。だけどやがては別れ、去っていく彼女らのことを、いつも思い出す。なのにかつて見たアンジェリックなイメージの幾多が、その都度この詩のイメージにかさなって、すべての想念はフリダシに戻ってしまうの。
 サイアクであろう。あたしを糾弾せよ。

でも。こんな曲もあるの。

    愛はその翼をひろげ
    その身に釘打たれるときを待つ
    あなたを私は許します。
    けっきょく、この世を統べるのは 私なのよ

    (……)

    オレは夢を見た
    光を見たんだ
    消さないでくれ
    彼女は無事だろう?
    だって彼女はオレのシスターだから

そう。彼女は「シスター」
なのだ。

 そして、「シスター」としての女性を思い出すごとに、こんなヴィジョンが思い浮かぶ。

1.ものすごく内気で、化粧っけもなく、ジミで、ロクロクひとに話しかけたりもできない女の子が、音楽にめざめ、ギターを手にする(その音楽はビ・バップ・デラックス)。

2.おずおずと弾いていたギターだが、この娘にはおそるべき才能があった。
  ストーン・ローゼスのギタリスト、ジョン・スクワイアの難解なギター・ソロを、またたくまにいとも流麗に弾きこなせたのだ。

3.そんな彼女にも、ひょんなことからカレシができる(バイト先の図書館で知り合ったの)。

4.あたかも春風吹く頃合い、たのしく過ぎていく日々。だが、彼女はめざめてしまったギターへの情熱が忘れられない。

5.カレシとデート。しかし、どんなにオシャレなカフェーより、ギターショップでエフェクターを物色することのほうが楽しい彼女。カレシとの会話をほっぽらかして最新のサウンドエフェクト・ツールを追求する彼女。ショーケース越しにヒトミがキラキラ。「はやくしろよ」「ううん、すぐすむから、ちょっと待ってて!」

6.「オレとギターとどっちが大切なの」と問いつめられ、困惑する彼女。

7.「そんなこと言われても…アナタも、ギターもよ…どっちも大切なの」

8.「どっちかにしてくれよ。オマエ、近頃ギターのハナシばっかじゃねえか。なにげに放置されてんスけど、オレ」

9.こういうオトコとは即座に別れましょう。

10.…というあたしの提言を聞いた彼女はそのオトコと別れ、とあるバンドに加入します。

11.ハイ、ライヴ当日です。「ねえ、あんな子にギター(しかもリードギター)なんて弾けるの? どう見ても文化系女子図書室ひきこもり系じゃないの…ていうかランドセル似合いそう」…という風評を切り裂くように、ステージで彼女は赤いレス・ポールを縦横無尽に、あたかもマシンガンのごとく弾きまくる。

12.「え、どうして?」「あんな目立たなそうな子が?」「こいつぁ驚いた。オレだってあんなフレーズ弾けねえぜ!」「チックショー、惚れたぜマジで!」「弟子入りしたいのー」

13.バンドメンバー(ベース)の証言:「なんであのコを入れたかって? エフェクター操作の魔術師! そしてあの指のさばき! 小柄なあのコから、あんな音がでてくるなんて、誰も予想できねえじゃん! あいつはこのバンドのシスター。ローゼスの『ラヴ・スプレッズ』に出てくる、愛の魔術師なんだよ!」

…というわけで、あたしにとってストーン・ローゼスのセカンドは、いささか妹フェチめいておりましたが、そんなような妄想を、ずっと駆りたててきているのでございましたの。

【語学書編集部/すーちゃん】


第19回・SMさんの一枚 [2006.08.25]

Sympathique/Pink Martini

 私が心から愛する言葉に、Farniente(ファールニエンテ)がある。もとは、イタリア語のfar niente (=do nothing)で、今日ではフランス語として定着している。日本語では「無為」などと訳されるけれど、平たくいえば「何にもしない」ってこと。

 最初にこの言葉を知ったのは、ルソーの『孤独な散歩者の夢想』だったような気がする。スイスのビエンヌ湖の真ん中で小舟に揺られながら、ジャン=ジャックは甘美な無為の時間に浸るのだ。澄んだ湖をぷか~んぷか~んと漂う、あの沖雅也似(って言っても肖像画がだけど)のジャン=ジャックが、恍惚とした笑みを浮かべながら、いつしかさざなみと溶け合っていく……そんな、なんとも素敵な光景が目に浮かぶ。

 何にもしたくない時、やる気の出ない時に「ファールニエンテ」とつぶやいてみると、単にぐーたらな気分も、不思議とどこか優雅で意味ありげな雰囲気に早変わりする。まさに魔法の言葉だ。

私の一枚・19枚目

 そうした気分と響きあうのが、このアルバムの表題曲「Sympathique(サンパティック)」。歌詞は、アポリネールの詩「ホテル」をアレンジしたものである。

 僕の部屋は鳥籠形/窓から太陽の腕がにょきっ/蜃気楼見たさにタバコ吸う僕だが/日光の火で一本つける/仕事はいやだがタバコは吸いたい(「ホテル」堀口大學訳、『アポリネール詩集』より)

 わたしの部屋は鳥籠の形/太陽が窓から手を伸ばす/ドアに立つベルボーイたちは/わたしを連れていこうとする兵士みたい/仕事はしたくない/ランチもいらない/ただ、忘れたいだけ/そしてタバコを吸う(『Sympathique』)

 「忘れたい」というところには、指示目的語が入っている。続きの歌詞と関係なくこの部分だけをとりだせば、「彼を」でも「彼女を」でも「それを」でも、どれでも当てはめることができる。この歌を口ずさむ時の私のイメージはこうだ。「仕事はいや/ランチもいらない/もう、そんなこと忘れたい!/あっ、タバコ吸おっ」。スカーレット・オハラのような最後の切り替えが、なんとも好きだ。この曲は、ハイジの国で学生生活を送っていたころ、もう勉強したくないと半泣きだった憂鬱な気持ちを、そっとやさしく掬い上げてくれた。

 ピンク・マティーニは、ハーヴァード大学で知り合ったピアノとヴォーカルを中心に、1994年オレゴン州のポートランドで結成された、サンバ・クラシック・ジャズなどをミックスしたオーケストラ・バンド。メンバーは12名。オリジナル曲のほか、世界の名曲をアレンジして(彼らの『ケ・セラ・セラ』は、メグ・ライアン主演の映画『イン・ザ・カット』にも使われた)、英語・フランス語・スペイン語・ギリシア語、そしてなんと日本語など、さまざま言語で歌っている。日本の曲は美輪明宏の『黒蜥蜴』。しっ、しぶい。このユニットは、もう一枚アルバムを出しているが、その二枚目のアルバムにも日本の曲がはいっている。タイトルはKikuchiyo to Mohshimasu。ムード歌謡の創始者といわれる、和田弘とマヒナスターズの『菊千代と申します』のこと。なんでも和田弘自身も録音に参加しているそうだ。

 アルバムSympathiqueは、世界で65万枚以上売れたらしいが、残念ながら日本では発売されていない(もちろん輸入版は手に入る)。だが先日、会社の近くのカフェで昼食をとっていたら、スピーカーから「仕事はしたくな~い」という、あのなつかしい声が聞こえてきた。今日はもう早引きしようかなあ、という気持ちを懸命に抑えた。

ピンク・マティーニ・オフィシャルサイト(視聴もできます!) 
http://www.pinkmartini.com/

【一般書編集部/SM】


第18回・筆者不詳さんの一枚 [2006.07.25]

BEST/中島美嘉

 初めて中島美嘉の歌声を聴いたとき、正直心に沁みた。
 そんな風に感じさせたのは、彼女の歌唱力もあると思いますが、冬のしかも年も押し迫った時期に聴いたことも影響していると思う。

 例年年の瀬は自分と向き合う為にも、殻にこもり、暗闇の中に自分を押し込むよう強いている。そんな沈潜している心に、彼女の歌声を聴いた事でより強く心に響いてきたのでしょう。それはいわば、ティーンエイジャーのように純粋に夢や希望を思うのも悪くない、そう気づかされた事もあると思います。
 これを10代に聴いていたら精神的に大きな灯りになったと思います。

 そんな意味で最近読んだ『キュリー夫人伝』も、これが10代であったらと思った1冊でした。元来彼女のようなストイックで飾らない人柄は好きですし、何よりも一途に夢を追いつづけることの大切さを教えてくれます。

私の一枚・18枚目

 10代の皆さん、たくさん音楽を聴いて、たくさん本を読んでくださいね。

【営業部/筆者不詳】


第17回・白黒ジャックさんの一枚 [2006.06.26]

Broken Boy Soldiers/The Raconteurs

 深夜、リメイク版の『キング・コング』を観ていた。ジャンルとしてはいわゆる「アドベンチャー大作」に含まれるのだろうが、極度に臆病な自分にとっては「ホラー映画」以外の何物でもなかった。

 実際、座って観ていたのだが、キング・コングが登場しないうちから何度も腰を抜かしかけた。ナオミ・ワッツがキング・コングに鷲?みにされて振り回され始めるともう、目が回って吐き気すら覚えた。ようやく垂れ目垂れ眉のエイドリアン・ブロディが助けにくると、「ああ、ひと休みできる」と和み、丸々としたジャック・ブラックがカメラを抱き締めて走るシーンでは、「ナオミよりおいしそうなのに」と現実的な意見を差し挟む余裕が生まれる。でも、コングがでてくるともう駄目。クッションの隙間からチラ見すらできない。

 ふと、傍らにいた我が家のチェブラーシカに目がとまった。旧ソ連時代につくられたアニメーションのキャラクターで、寒地ロシアに耐えうる毛むくじゃらの体をしているが、たしか南の国のジャングル出身だったはず……

 突然、キング・コングサイズのチェブラーシカが密林を闊歩しているさまが脳裏に浮かんだ。でも、何かがおかしい。蜘蛛の子を蹴散らすような感じの、存在そのものの凄みというか、猛々しさがない。ドスがきいていない。巨大な猛獣は、はにかみがちな笑みをたたえていてはいけないのだ。エンパイア・ステートビルのてっぺんでドラミングさせる前に、チェブ・コング化案(仮)は闇に葬られた。

 「キング・コング」オリジナル版は1933年製作。70年前の獣は、WTCの崩壊を予期しただろうか。

 チェブラーシカが紹介しているのは、White Stripesのジャック・ホワイト率いるバンドの処女アルバム『Broken Boy Soldiers』。ちなみに、『ハイ・フィデリティ』『スクール・オブ・ロック』で自慢の喉を披露したジャック・ブラックは、TENATIOUS Dというお笑い系ロックユニットを持つ。

【一般書編集部/白黒ジャック】


第16回・きゃんべるさんの一枚 [2006.05.25]

ペルーの音楽と楽器

 以前から短調でアップテンポの曲が好きだったのですが、二年ほど前に南米の民族音楽「フォルクローレ」がそういう曲の宝庫だと知り、以来レコード屋さんに行くたびについついCDを買ってしまいます。
 これはその中の一枚。 前半は楽器の紹介であまりおもしろくないのですが、途中からは私好みの哀愁を帯びた曲が続き、定番「コンドルは飛んで行く」、「花祭」が最後を飾ります。
  聴いているうちに、心はアンデス山脈へ。目に浮かぶのは、ポンチョを着、ケーナを吹いて歌い踊る人々。

私の一枚・16枚目

 ペルーに行って本場のフォルクローレを聴いてみたいですが、それほどの行動力もなく。とりあえず、ギター(←フォルクローレでも使われる)とスペイン語でも始めてみようかと思っている今日この頃です。

【宣伝部/きゃんべる】


第15回・Sさんの一枚 [2006.04.25]

アルビノーニのアダージョ

 いまから20年以上も以前のこと、イタリア人の友人が国に帰ることになり、仲間の家でお別れのパーティを開くことになった。
 日本での滞在も長く、もともと日本が大好きな彼にとって、勤め先との契約切れか何かによる、こころならずもの帰国であることは、仲間のみんなが知っていた。そのようなわけで、お別れの会はなんとなく重い雰囲気につつまれていた。
  そして会も終わりに近づいたとき、いきなり彼がピアノに向かい弾きだした曲が、「アルビノーニのアダージョ」だった。当時、向田邦子さんのドラマの音楽に使われて、話題になったりしていたが、生の演奏で聞くのははじめてのことだった。音楽を専門に勉強したわけでもない彼の演奏は、お世辞にも上手といえるものではなかった。しかしながら、感情のこもった、せつせつと訴えるような彼の演奏は、それまでに聞いたどんな演奏よりも心にしみるものだった。

 帰国して何年かは、手紙のやりとりどあったのだが、いつのまにか便りもとだえてしまった。いまでも元気にピアノに向かい、思い出の曲を弾いているだろうか。

私の一枚・15枚目

 あとで知ったことなのだが、いわゆる「アルビノーニのアダージョ」は、アルビノーニ自身の作曲ではなく、偽作であるとのこと。画像としてあげたのは、アルビノーニの「協奏曲集 作品9」。このCDにはいわゆる「アルビノー二のアダージョ」は入っていないのですが、ときどきこのCDを聞いて、過ぎ去った昔の、友人との交友をなつかしく思い出す、今日このごろです。

【一般書編集部/S】


第14回・すんくじらさんの一枚 [2006.03.24]

爆笑スーパーライブ第2集 ガンバッテいただきたいの・・・/綾小路きみまろ

 通勤の行き帰りも手ばなせないほどのナガラ族(死語?)ではないが、自宅ではそうじ、洗たく、食事の準備中、常に音を流している。

 この季節、花粉症持ちとしては森山直太朗の「サクラ」でもないかなあーと数少ない手持ちのCDの中から物色して取り出したのは中高年のおば様方のアイドル「綾小路きみまろ」のライブ版。毒舌漫談と本人ひらきなおりのトーク集。
 日頃、正面きって言われると目くじらたてて怒りそうなことばの洪水、しかしこの人にかかると、たくみなことば使いで、すれすれ笑いへともっていく。
 身におぼえのあることないこと同じところで笑っている自分にふと気づいてウーン……。
 時々まじる同じ故郷(薩摩)のなまりなど聞きとってしまうと、これまた許せるかーとあまい身びいき。

私の一枚・14枚目

あっという間の45分が終わりさてお次は、やや怨念めいた中島みゆきでも聞きましょうか。

【営業部/すんくじら】


第13回・ハイジさんの一枚 [2006.02.25]

BOSSANOVA/PIXIES

 ピクシーズのライブに行ってきました。M子ちゃんに誘われて。

 きっと恐いおじさんとおばさんたちがぶつかりあって(モッシングともいう)激しい場になるのかと……。 「端っこでみてようね」と言ったものの、結局いてもたってもいられず、その輪の中へ入っていって小暴れしたら、弾き飛ばされちゃうんだろうな、なんて思っていたんですけども…。

 ふたを開けてみれば全然違っていた。
 ガタイが大きなおじさんが歌っているのですが、かわいいもんです。
 そうでした、すっかりこのバンドのイメージをカン違いしていました。 その昔、下北沢の『ZOO』で毎週繰り広げられていたクラブ・サイキックス。DJ YASSが場も暖まってきたところで絶妙のタイミングでかける「Velouria」。
 Jesus and MarychainやらNew Orderなんかと並んで、フロアにお客さんがあふれて(以下略)。それが強すぎて(バンドの曲全体を俯瞰してみると)カレッジロックっぽいバンドだったこと忘れていたのです。

私の一枚・13枚目

ライブの後、?年ぶりに聴き直した私の1枚。

【営業部/ハイジ】


第12回・カリー・ホッターさんの一枚 [2006.01.26]

ブラン・ニューオリンズ/アン・サリー

 心臓内科医にしてシンガーであるアン・サリーが、在外研究で滞在したのがニューオリンズであったのは偶然ではなかったのであろう。医学研究の傍ら、葬儀がジャズの演奏でなされるという土地柄の中で刺激を受けながら、地元のミュージシャンとともに少しずつ録音していったのがこのアルバム。ジャズのスタンダードナンバーなどを中心に、R&Bや日本の歌も。昨年の12月には、アルバムに参加したミュージシャンを招いてのライブが行われていた。

 いつもながらに心ひかれるのは、合間にはさまれる日本の古い歌。このアルバムの中では「アフリカの月」「胸の振り子」、特に後者は服部良一作曲でアルバム『ムーン・ダンス』に入っていた「蘇州夜曲」もとてもよかった。

 本名は安佐里、在日韓国人三世とのこと。公式ホームページによれば高校時代に聞いた憂歌団に大きな影響を受け人前で歌うことを思い立つようになったのだとか。憂歌団のヴォーカルの木村充輝もまた在日であることはつとに知られている。たおやかな歌声の裏に、実はかなりしっかりとしたエモーショナルなものを持っているのではないか。

私の一枚・12枚目

 最近は、流行もののフラッシュメモリー・プレーヤーでこのような楽曲を聴いている。へそ曲がりゆえに、メジャーなA社の○Podではなく、韓国製の「iAUDIO U2」なるものにSennheiserのイヤホンをつないで愛用している。デザインや操作性では劣るものの、音質は絶対こちらの方が…と思うのですが。

【語学書編集部/カリー・ホッター】


第11回・犬さんの一枚 [2005.12.29]

キモノ・マイハウス/スパークス

 スパークスは、最近では「モダーン・ポップ」などと称されるジャンルの代表格で、ロンとメイルのラッセル兄弟を中心に30年以上のキャリアをもつ米国西海岸出身のバンド。
 最新情報によれば、ニューアルバムを2006年早々にリリースするほか、フランツ・フェルディナンドの選曲によるベストアルバムもリリースされるようで、筆者のようにオールド・ファンのみならず、時代を超えて愛されるバンドとして、まさに現役で活躍している大御所なのだ。

 スパークスの前身はハーフネルソンという名で、ベアズヴィルからトッド・ラングレンのプロデュースによる『ハーフネルソン』を発表するが、まったく売れなかったという。そこでスパークスと名を改め、ジェイムズ・ロウのプロデュースによる『ウーファー・イン・トゥイーターズ・クロージング』でまずまずの評価を得る。
 しかし彼らは英国に渡って、アイランドと契約。マフ・ウィンウッドのプロデュースによる『キモノ・マイハウス』、同じく『恋の自己顕示』、トニ・ヴィスコンティのプロデュースによる『スパークス・ショー』をたてつづけに発表。
 美形の弟メイルのファルセット・ヴォイス、ちょび髭兄ロンの変態キーボードなど、そのグラマラスでポップな感覚が人気を博すこととなった。

 時代は74~75年あたり、グラムロックからパンクロックへとシーンが移行する谷間に咲いた、徒花のような存在だ。徒花というのは否定的な意味ではなく、まさに偏愛に値する存在であり、アイランド時代の全盛期と呼ばれるアルバム3枚は、筆者の音楽生活に計り知れない影響を与えてくれた聖典なのだ。

 それ以後、パンク、ニューウェイブやテクノなどのスタイルを巧みに採用し、現在に至るスパークス。

私の一枚・11枚目

 筆者の仕事場のデスクには、この3枚のアルバムが正面に安置されている。まさに文句なしの「無人島レコード」、墓場まで(あればの話だが)持っていきたいアルバムたちなのだ。

【一般書編集部/犬】


第10回・ジャズマスターさんの一枚 [2005.12.02]

NYC Ghosts & Flowers/Sonic Youth

  その昔、クラスの友人や「発見洞」というレコード屋のおじさんにやたらと薦められたソニック・ユース。当時は音楽以外のオシャレな活動が鼻につき、すごく 好きにはなれなかった。ところが昨年発表されたアルバム「Sonic Nurse」のカッコよさといったら!! 結成20数年、メンバーはもう40歳を超えているのに、変わらぬサウンド、変わらぬクオリティーの高さ。これだ けでもう事件です。

ソニック・ユースは実験的でノイジーなやつら、というイメージが強いと思うのですが、実はビートルズ並みにポップなロックバンドではないかと思います。サーストン・ムーアの声がジョン・レノンに聴こえたり聴こえなかったり。

インディーズからメジャーのレコード会社に移籍する際、音楽に関していっさいの口出しを許さないという異例の契約を結んだところも素敵です。メジャー移籍 後もインディーズ精神を保ちつづけるというのは難しいことで、それを実行している彼らはかなり稀な存在だと言えるのではないでしょうか。

私の一枚・10枚目

今年の夏、伊豆急行踊り子の車内でくり返し聴いた「NYC Ghosts & Flowers」。ロウアー・マンハッタン三部作の一作目となるこのアルバム、富士山を眺め緑茶をすすりながら聴くのも悪くないです。

【一般書編集部/ジャズマスター】


第9回・コバチェビッチさんの一枚 [2005.11.15]

奇跡/倖田來未

私の一枚・9枚目
 愛するヴェルディが、ドン底にいる。もう2ヶ月も勝っていない。
 2005年J1リーグ全34節は、残り4試合を残すのみ。その、シーズンを9割方消化した状況で、来シーズン下部リーグへ自動降格する下から2番目の17位。正月の天皇杯で優勝したチームとは思えない凋落ぶりである。2001年のセレッソ大阪(準優勝)、2003年の京都パープルサンガ(優勝)と、天皇杯で好成績を収めながらリーグ戦で失敗、下部へ降格した例は過去に目にしてきたが、自分たちに同じことが起こり得るなんて想像できなかった。自分たちは違うと勘違いしていた。甘いと言われたらその通りで、サカヲタとしての未熟さを恥じている。

 一昨日も試合を支配しながら決められず、痛すぎる敗戦。重い足を引きずって帰宅し、それでも「速報Jリーグ」(NHK BS1)にチャンネルを合わせる。しかし、サッカー系では最高レベルにかわいい石山愛子キャスターの笑顔にすら、癒されることはない。現地で見てきた悪夢が、テレビでリプレイされている。つい、タラレバが口を吐く。順位表での位置は変わらない。自動降格を示す赤いラインより下のまま。

 でも、まだ終わったわけではない。この期に及んで数字上の可能性を信じてるなんて、愚かなサポーターもいいところだが、別になんと思われてもいいのだ。残り4試合応援し続けるのはもちろん、結果がどうあれ、来年も再来年もその先も、ずっと応援し続けるのだ。フットボールと共にある生活というのはそういうもので、そのために犠牲にしていることもいろいろあるけど。

 番組の後テーマが流れてくる。倖田來未の「奇跡」だ。この曲の歌詞のように、叶わないものを叶えていく力は、世界に満ち溢れているのだろうか。くぅちゃんがそう言うのだから信じてもいいか。というか、信じていなければ、奇跡なんて起きないのだ、多分。

私の一枚・9枚目の2

 まあ、そんなこととは関係のないいつもながらなジャケ写に

【宣伝部/コバチェビッチ】


第8回・ファンクラブ会員No.14625さんの一枚 [2005.10.26]

MY FIRST LOVE/浜田省吾

 4年ぶりのアルバム「MY FIRST LOVE」が7月6日に発売されて、チャートでは、初登場2位。(1位はケツメイシでした。)
 そして、只今アリーナツアーの真最中です。

私の一枚・8枚目

 今回のアルバムはファン歴25年の私にとって、一番最高傑作だと思います。
 まるで、小説を読んでいるような、映画を観ているような感覚です。
 中でも、「I am a father」がいい。

 額が床に付くくらい頭を下げて毎日働いている/家族の明日を案じて/子どもたちに未来を託して/傷ついている暇なんかない/前だけ見て進む/スーパーマンじゃない/ヒーロでもない/I am a father

 ライブでは、「オレの初恋はRock'n Roll!」と叫んでいた省吾です。

【電算室/ファンクラブ会員No.14625】


第7回・wishy-wAshyさんの一枚 [2005.10.12]

On The Threshold Of A Dream/The Moody Blues

 買ってきたばかりの、とあるCDを早速聴きはじめた、高校生の姪、Mちゃん。程なくして自分の番が巡ってきたその楽曲が、この世に己の姿を明らかにしようとしたその瞬間、Mちゃんは「これ、知らない」のひと言でスキップ。自分の視神経をプツンと切断されたと想像してみてください。その曲の気持ちが少しは分かりましょう。

 かつては、「アルバムを聴く」とは取りも直さず一枚のLPレコードを聴くということでした。レコードに針を落とした後、後方に下がって待機し、20分ほどしたらレコードを裏返しに行き、再び針を落とし、後ろに下がってさらに20分ほど待つという、この40~50分ほどの一連の「持続」。「レコード屋さん」とつい口走ってしまう私は、CDに姿が変わった今でも、アルバムは最初から最後まで通して聴かないと何かうしろめたい気がします。だって、そうでなければ、そのCDは一体どうやって成仏すればいいのですか。特段アナログ派というわけではありませんので、細かいことは申しません。ただ、CDしか知らない世代では聴かれ方のリズムは違うのだろうな、とは実感しました。

 そう考えると、昔のレコードのCD化は、嬉しいものではありますが、手放しで喜んでばかりもいられません。もともとレコードとして製作されたものですから、多少の無理も生じます。例えば、A面B面問題。B面の1曲目にインパクトの強い曲を持ってくるとか、それぞれの面で曲の雰囲気を変えるなどなど、それが意識されていればされているほど、CD版との乖離が大きくなりますし、場合によっては不自然さが際立つことになります。A面をフェイド・アウトで終わってB面でフェイド・インして、"Welcome back, my friends... "とやる、なんていうの、CDで聴くと結構間抜けです。

私の一枚・7枚目

 さて、ここに取り上げた、1969年4月に発表の、ムーディー・ブルースの第3作目(数え方によっては、第4作目)、邦題「夢幻」も、本当はLPで聴きたいところの一枚。オリジナルでは、最後に響く、宇宙空間の無限を彷徨うような(?)電子音(?)が、レコード針が上がるまで鳴り続ける仕掛けになっているのに対し、CD版では1分弱で単にフェイド・アウト。悪くはないけど、ん~。だからどうしたと言われれば、そうなんですけどね。ちょっとマニアックなことを言ってみたかっただけでした、すみません。

【総務部/wishy-wAshy】


第6回・越乃寒梅さんの一枚 [2005.09.26]

G線上のアリア(ヴァージル・フォックス/オルガン)

私の一枚・6枚目

 何年か前に、オーケストラ出身の友人がジャズのビッグバンドの元メンバーと結婚した。二人の荷物が合体した新居には当然、CDが売るほど集まった。
 やがて子供が生まれ、立って歩き、いろいろなものをいたずらするようになったとき、いちばんのターゲットはCDだった。おまけにボタンを押すのも大好き、とくにステレオの、ボタンを押すとゆっくりふたが手前に開くカセットデッキ部分がお気に召したようで、手当たり次第にCDをつかんでは、テープ挿入ポケットにむりやり押し込もうとする。しかも、親のやるのを見覚えたか、ご丁寧にケースから出すのは忘れないのだった。
 たまりかねた両親はオーディオラックに鍵をかけたが、いったんおもしろい遊びを覚えてしまった幼児はCDをほしがって大騒ぎ。泣く泣くふたりは何枚かのディスクを生け贄として与えたのち、山のようなオーディオソフトを箱詰めした。

 CDのかわりに『きかんしゃトーマス』のビデオがならぶ友人宅でこの話を聞いたとき、ほとんど反射的に思い浮かんだのが『G線上のアリア』である。
 わたしが生まれるより前から家にあったこのアナログ盤は、サイズはシングルでありながら33 1/3回転。A面にはJ.S.Bach「G線上のアリア」と「小フーガ ト短調」、B面にH.Purcell「トランペットの調べとアリア」とBach「主よ、人の望みの喜びよ」が収録されている。定価450円。

 どういうわけか、物心つくかつかないうちから、童謡よりもいかめしいこの一枚が好きだったらしい。クラシックのLPがごっそりあるのにこればかりを、母に五回も六回も続けてかけさせ、「今日はもう終わり!」と怒られたのを覚えている。
 こんなポリフォニックで低音で、9/8拍子なんていうあまり一般的でなさそうなものがまぎれこんでいるのを幼少時に刷り込まれたから、成人してからYESだのRUSHだの、めちゃめちゃポリフォニックで7/8拍子やら5/8拍子が大好きなベーシスト向きの音楽が好きになってしまったのか、あるいはもともとそんな嗜好を遺伝子に持って生まれたから、赤ん坊のうちからバッハ・フリークだったのか。

 耳に残っているのは、たぶん中学生か高校生のころに聞いた音だ。バロック音楽を奏でるパイプオルガンの重々しくもきらびやかな音はそのままながら、古色とでもいうのか、なんとなく霞ががったような古い気配と、雑音があるだけでなく、これまたわたしより年上の安プレーヤーのモーターが息切れしかかっていたのか、ターンテーブルがゆがんでいたのか、回転にむらがあるような、かすかにふわんふわんと波を打ったような音色だった。
 ついにアナログプレーヤーがお役御免となったとき、両親はアナログ盤をほとんど処分してしまったので、懐かしいこの一枚は我が家へやってきた。その後こちらのプレーヤーも使用不能になり、再び再生される日がくるのかどうかはわからないが、いまも本棚の片隅にある、我が人生最初の一枚。

【製作部/越乃寒梅】


第5回・推定58歳さんの一枚 [2005.09.10]

ワルツ・フォー・デビイ/ビル・エヴァンス・トリオ

私の一枚・5枚目

 このコーナー、開始早々、もう聞きたくないこの1枚、聞いていないこの1枚と変化球が続いたところを(面白かったけどね)、前回ヨシコさんが直球に戻した。これはもうストレートに行くしかありませぬ。「ワルツ・フォー・デビイ」。ジャズファンなら知らぬ者はない今更恥ずかしい名盤だ。

 1961年6月25日、ヴィレッジ・ヴァンガードで行われたビル・エヴァンス・トリオのライブを収めたこのアルバム(この日の録音からは、もう1枚、「サンデイ・アット・ヴィレッジヴァンガード」が生まれたが、レコードジャケットのせいかあまり売れなかったという。エヴァンスの神経質そうな顔が真正面を向いている。装丁は大事!)は、25歳で死んだ(その録音からわずか10日後だ)天才スコット・ラファロのベースが最も良い状態で聞けるのもうれしいけれど、ドラムのポール・モチアンが「あの2枚のレコードに入っているサウンドは、すべてが音楽だと思う。アルコールが入ったグラスが鳴る音や客席の話し声や雑音、すべてがあの音楽に必要なサウンドだった」(中山康樹「ビル・エヴァンスについてのいくつかの事柄」河出書房新社、1600円)と語ったとおり、レコードファンにとってその魅力の一つは、すべてがマサツ音として録音されているようなライブ感だろう。拍手の合間に聞こえる笑い声までコスれているのだ。喉を使ったka,ka,kaという特徴的なその笑い声の持ち主は今ごろどうしているのだろうなどと、音楽とは関係ないことを思ってしまうところもとにかくライブ、その日、翌日が月曜日なので最後は数人の客しか残っていなかったというエピソードもやっぱりライブなのだ。

 ところで、上の写真は、そのアルバムジャケットをあしらったクリスチャン・ガイイ「ある夜、クラブで」(集英社、1600円)の表紙だが、主人公シモン・ナルディスにはあきらかにエヴァンスの面影がある。一気に読んで(「一気読み」というコピーは読書行為の価値を減ずるものである、と保坂和志は「小説の自由」(新潮社、1700円)で書いている。が、読んでしまったものはしかたがない)訳者である野崎氏にメールをお送りしたらすぐに返信が届き、これもライブっぽくってうれしくなった。
 ちなみに野崎氏の「五感で味わうフランス文学」(白水社、2100円)にはこの小説が、これもたまらない「どライブ感」にのって紹介されています。

【語学書編集部/推定58歳】


第4回・ヨシコさんの一枚 [2005.08.29]

アン・プリヴェ~東京の休暇/クレモンティーヌ

私の一枚・4枚目

 入社まもない今から10ン年程前聴きまくっていたお気に入りの一枚。ちょうど今ごろの季節、ドライブに持参し車中でまったりしながら聴いていると、加山雄三よろしく「幸せだなぁ……」なんて感じられたあの頃……なんだか懐かしいなぁ。

 全曲仏詞で唄うクレモンティーヌのスウィートな歌声と、当時“渋谷系”などと言われたハヤリのサウンドが耳に心地よい一枚です。

【営業部/ヨシコです。】


第3回・Kさんの一枚 [2005.08.10]

SWEET LOVE BITTER/MASAKI UEDA

私の一枚・3枚目

 忘れかけていた甘くほろ苦い恋……。らしい。11曲入り、らしい。……らしいのだ。だって、聞いた事ないんだもん。

 我が家へ遊びに来た友人が、近所のガラクタ屋で、500円で野ざらしになっているのを目撃し、興味もないのに「高い!」の一言で50円にて救出。うちで封を開けるが、盤がベタついているため即座に打ち捨て。僕もデッキを壊されたくないので、持ち帰ってもらう。

 しかし3日後、玄関の横(当然外に)に立て掛けられているのを発見! 雨にも負けず、風にも負けず、不本意な再会を果たした奇跡の一枚。

【営業部/月刊KのK】


第2回・すじこさんの一枚 [2005.07.27]

Psychic Entertainment Sound── Mr.Maric World

私の一枚・2枚目

 CDを手放せない性分で、捨てることも売ることもできない。しかし棚の収容力には限界があるからして、あまり聴かないCDはクローゼットにしまい込んでいる。そんな我が人生の澱の中から、今もっとも聴きたくない一枚を選んでみた。

 "Psychic Entertainment Sound" という、無茶なタイトルがついたこのCD。アーティスト名は "Tetsuya Komuro & Mr. Maric" となっている。そう、あの小室哲哉とあのMr.マリックである。発売は1990年。今でこそ中年マジシャンとしてマジックブームに乗ろうと頑張っているMr.マリックだが、当時は「ハンドパワーです」という決めゼリフと共に“超魔術”を披露していて(“手品”とは決して言わなかった)、テレビでは引っ張りだこだった。小室哲哉もTMN(TM Network)が人気絶頂だった時代。カラオケ用ヒット曲を量産していた90年代後半とは違い、メロディーメーカーとしてもアレンジャーとしても一定の評価を受けていた。

 コンセプトからしてキワモノっぽいこのCD。ジャケットもキンキラキンの箔押しでのっけからハンドパワー全開だが、曲のタイトルもすごい。『T.メディテーション~超越瞑想~』だの『インスピレーション~神霊感応~』だの、いちいちつけられた四字熟語調の副題が痛々しい。「夜露死苦」「怒羅江悶」といったやんちゃなキーワードが何となく頭に浮かぶ。

 納められている曲は、期待に反してさほどエキセントリックではなく、まあ一言で言えば小室調プログレ風ピコピコインストゥルメンタルである。Mr.マリックの件さえ忘れられれば意外に聴きやすい。ただ、最後の『イマジネーション~発光夢想~』という曲だけは別格。Mr.マリックのナレーション入りで、「ハンドパワー、それは光です」云々を右から左から延々語りつづける。これはキツい。ヘッドフォンで聴くと何だか洗脳気分。

私の一枚・2枚目の2

 もっとも、破壊力抜群なのは曲ではなくライナーノーツの方。表紙をめくればまず目に飛び込んでくるのは、ダミーヘッドマイク(人間の頭の形をしたマイク)にハンドパワーを送り込むMr.マリックの写真。そしてMr.マリックからのメッセージもヤバい雰囲気に満ちている。「小室哲哉氏がまっ赤に燃える巨大な引石となって、私の心の宇宙へ飛び込んで来ました。この引石からは強いエネルギーと特別な波動を発しています」(原文ママ)。各曲につけられた解説も、「心の中には、真赤に燃えている引石だけが、曲にのって躍動しています」「この曲で呼吸が調和し、とけ合った時、あなたの体は宇宙の一部だと感じ始めます」等々、すべてがこんな調子。小室氏がこのライナーノーツに一切コメントを寄せていないのが印象深い。

 2200円という価格は1990年当時の私のお小遣い一ヶ月分より高く、これを買うにはそれなりの苦労をしているはず。他に欲しいものなかったのか自分。

【語学書編集部/すじこ】


第1回・ピンキーさんの一枚 [2005.07.15]

アルゲリッチ・バッハ作品集

私の一枚・1枚目

 何度もなんども繰り返し聴いてます。そして何度聴いても飽きることはありません。このCDはドイツ・グラモフォンの定番商品なので、どの店にも置いてます。だから気軽に人にあげては、新しく購入しております。楽曲もすばらしいが、演奏もスンバラシイのです。更に録音もいい。例えると、ジェットコースターに乗ってる感じとでも申しましょうか、ポルシェでアウトバーンを250キロくらいで突っ走る感じとでも申しましょうか、OLが焼肉食べながらライスおかわりするような・・・。とにかく疾走しております。それでいて脳内琴線に触れまくります。

 アルゲリッチ先生はなかなかソロで弾いてくれません。万が一弾いてくれたとしても、チケットが高くて行けそうにありません。そんなアルゲリッチ先生のソロ演奏のすばらしさを偲ばせる、大切な一枚なのです。

【総務部/ピンキー】



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