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新訳にあたって〜「同じスタイルの日本語で」竹内信夫

 自分で言うのもおかしいが、無謀なことである。哲学を専門でやっているのでもないわたしが、ベルクソンの個人訳全集を出そうというのだから。今から四十年も前、仏文の修士課程に進学したときのことだ。何をやるのかと聞かれて、マラルメをやりたいと答えた。わからなさの魅力がわたしを惹きつけていた。そのときの指導教官の言葉─―難しいのを選んだね、をいまさらながらに思いだす。
 ベルクソンは、わたしにとっては、魅力的な文人、人生の友である。わかった、と思えたときはこのうえなく幸せな気分、わからなくても読むだけで気持ちいい。わたしは自分勝手なベルクソン読者であったが、それが、今回の企画に繋がっている。
 同じスタイルの日本語(といっても私のつたないそれだが)で、ベルクソンを読む楽しみを、日本の読者に提供したい。それが、わたしをこの無謀へ走らせたほとばしるような思いである。構えることはない。好きなところから入って、好きなところで休み、いやになったら出てもらえば、それでよい。また戻ってきてもらえれば、もっとよい。それが、訳者のささやかな夢、ちいさな望みである。

刊行に寄せて〜「“個人全訳”の快挙」菅野昭正

 ベルクソンの文章は美しい。その昔、ある必要に迫られて『道徳と宗教の二つの源泉』を精読したとき、数学的といってもよさそうなその美しさに感嘆した。それから折にふれて、あれこれの著作を断片的に読むたびに(というのは世紀末から二十世紀前半にかけて、ベルクソンの影響は文学にふかく滲透したからである)、論理的にきちんと整合し豊かな調和に彩られた文章の魅力に、いつも感嘆を新たにしていた。明晰はフランス語の一大特質だそうだが、ベルクソンの散文の美しさは明晰とみごとに溶けあっている。美的な感覚に酔わされると同時に、読む側の頭まで明晰になったような知的な快楽をあたえてくれる。
 竹内信夫氏の訳業は美しい日本語で、ベルクソンの思考の道筋を正確に転移してくれるにちがいない。個人全訳というのが、なによりも歓迎すべき快挙である。それぞれ重要な著作をすべて統一した視野に収め、ベルクソニスム特有の用語・概念の異同の跡も詳細に検証されることだろう。そのような竹内訳に導かれて、ベルクソンの思想体系の創造的な展開の軌跡を、すっかり学べる日が来るのが待ち遠しい。
第1巻
意識に直接与えられているものについての試論
Essai sur les données immédiates de la conscience


第2巻
物質と記憶 ─ 身体と精神の関係についての試論
Matière et mémoire


第3巻
笑い
Le rire

第4巻
創造的進化
L’évolution créatrice

第5巻
精神のエネルギー
L’énergie spirituelle

第6巻
道徳と宗教の二つの源泉
Les deux sources de la morale et de la religion

第7巻
思考と動くもの
La pensée et le mouvant

別巻
人名・書名索引,用語解説集