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連載・エッセイ

中島かずき「二足のわらじというけれど」 ―2003.09.11

 劇作家をやりながらサラリーマンを続けてかれこれ20年になる。いわゆる二足のわらじというやつだ。

 そういうと、たいていの場合「大変ですねえ」と驚かれる。「どんなふうに時間のやりくりをしているのか」と聞かれることも多い。

 普通に考えれば、そういう疑問ももっともだが、が、ちょっと待てよという気にもなる。

 正直な話、劇作家だけで食えていける人間が何人いるのだろう。

 学生演劇上がりの“小劇場演劇”というジャンルで活動してきたせいか、回りには作・演出、ついでに役者もこなす人間も多い。芝居に関わっているとはいえ、そういう人間は“劇作家”だけで食っているとはいえないだろう。テレビ・ラジオなどの構成作家になったり、ライターやエッセイなどの文章を書くことで安定した収入を確保する者もいる。みんな何種もの仕事をこなしながら食っていっている。

 たまたま、それが僕の場合は、“会社員”と“劇作家”だったのではないかなという気もしているのだ。「二足のわらじ」とか、そんな大げさなことじゃなく。
 幸いなことに、会社の仕事も劇団☆新感線で台本を書くことも、自分の中でそれほど別の回路を使っているように思えないのだ。

 僕が入った双葉社という出版社が、大衆娯楽を中心とする社風だったこともよかったのかも知れない。

 子どもの頃から本が好きで、将来は本に関わる仕事に就きたかった。ただ、自分が作家になれるなんて考えてもなかったので、書店の店員か、出版社の社員になって編集者になるのはどうかなどとぼんやりと考えていた。

 漫画が好きで、テレビが好きで、アニメが好きで、物語が好きだった、今で言うところの“おたく”のはしりだと思うのだが、それでも昭和50年頃の九州の片田舎の中学生にとっては、『作家』とか『漫画家』とか『俳優』とか『映画監督』とか『脚本家』とか、まあそういう情報を発信できる世界と、自分のいる場所とは全くの別世界だと思わざるを得なかった。もっとも、出版社になら会社なんだから入れるんじゃないかと考えてるところは、それはそれで世間知らずだったりもするのだが。

 しかし、こけの一念とでもいうか、結果的に今の会社が拾ってくれて、一時期は念願の漫画週刊誌の編集者もやれたので、一応初志貫徹と言うことになるのだろう。

 コミックの世界での編集者の役割は大きい。

 ベテランの大先生は別だが、中堅から新人までだと程度の差こそあれ、企画から資料集め、漫画家との打ち合わせでは一緒にストーリー作りなど、プロデューサーから原作者のような役割を果たすことになる。ただ、原稿をもらって印刷所に持っていくだけじゃこんなにつまらない仕事はない。漫画家と二人三脚で作品を世に出す。そしてそれがヒット作になることがこの仕事の醍醐味だ。業界には“起こし屋”と呼ばれる名コミック編集者もいるくらいだ。

 当時コミック、特に主戦力となる週刊誌の世界では「漫画はキャラクターだ」と言われていた。凝った設定や細かい伏線などを仕込んでいても読者は忘れてしまう。それよりも、主人公やその他のキャラクター、その人間達がどんなアクションを起こすのか、毎週限られたページの中で印象的なセリフや絵があるのか。それが重要だとされていた。

 毎週毎週迫りくる締め切りの中で、読者の想像を超えた面白いエピソードを、キャラのリアクションをと、漫画家と夜を徹して打ち合わせしていたことは、結果的に自分の物語作家としての足腰も鍛えてくれたと思っている。

 実際、すでに雑誌の発売日に、その本見ながら「さあ、この続きはどうしましょうかね」なんて打ち合わせしたこともあった。週刊誌なのに。七日後には次の本が出るのに。そりゃ、読んでる読者も続きが分かるわけがない。描いてる方がその先決めてなかったんだから。それでも、そこから三日で原稿あげて印刷所につっこんで、翌週には無事その作品が雑誌に載ってたりしたんだから、人間がんばればなんとかなるもんだ。いや、偉いのはがんばって描いた漫画家の先生なんですが。でもまあ、その頑張りからプロの物書きの姿勢を教えてもらったりもしたのだなあと今になって思う。

 現在会社でやっている仕事は、過去のアニメや特撮番組の研究書が中心で、これもまあ、むかしテレビ小僧だった自分が役に立っている。

「高校生にもなって、いいのかお前」と自問自答しながら、それでも観ていた『超電磁マシーン ボルテスV』の本をこの歳になって作るとは思ってなかった。

 そういうテレビアニメの作劇術、キャラの作り方も、実は自分の芝居のホンには大いに役立っている。

 そんな自分が岸田國士戯曲賞をもらえるとは、正直、思っていなかったのだが、まあ、「自分が面白いと思うもの」に対しては逃げずに書いてきたつもりだから、その辺が評価されたのかなと勝手に考えている。

 多分、会社の仕事にしろ劇作にしろ自分の中にある「おもしろいと思うもの」に関しては、根っこは一つだろう。そういう意味じゃあ、二足のわらじをはくにしろ、いちいち履き替えているのではなく、両手両足につけて、四つんばいになって全速力で走っているというイメージの方が近いんじゃないだろうか。

 見かけは格好悪いが、勢いだけはありそうだ。そういうのがまあ、自分らしくも、新感線らしくもあるかなと、これはこれで気に入っている。

(筆者=劇作家/会社員)

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