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厳基珠「多様な 『春香伝』の世界」 ―2004.03.11

 最近日本で韓国の恋愛ドラマがブームですが、苦難を乗り越え愛を達成する典型的な物語の原点には『春香伝(チュニャンジョン)』をあげられるかも知れません。韓国人の中で『春香伝』を知らない人はいません。『春香伝』は朝鮮時代の或る時期に(最初に言及した記事は 1754年)作られた物語で、語り物であるパンソリ『春香歌』を文章化したものです。パンソリは朝鮮時代の庶民文学ですが、残っている作品は五つしかありません。朝鮮の古典作品はパンソリに限らず残っているものは極めてわずかです。その中でも『春香伝』は特別に異本の数が多いことでも特色があります。異本は大きく分けると木版である完板系と京板系になります。完板系は地方で作られたもので、京板系はソウル周辺で作られたものです。20世紀初頭に李海朝という作者が書いた『獄中花』があり、もう一つの異本として扱う場合もあります。

 その内容を一言で言うと、青年男女の愛と苦難の物語です。身分の差がある李夢龍(イ・モンニョン)と春香(チュニャン)との恋から物語が始まりますが、父親のソウル帰任で別離せざるを得なくなり、二人は将来を約束し別れます。しかし、新しく赴任した郡守(日本の県に当たる道の下級行政区域である郡の責任者)が春香を自分に仕えさせようとし、春香がそれを拒んだので捕らえられ牢に入れられ拷問されます。しかしそれにもかかわらず、春香は最後まで貞節を守り通し、科挙に合格して暗行御史(身分を隠して地方を巡察する官吏)にとなって戻ってきた李夢龍についには助けられて二人が結ばれるという話です。

 異本によって大きい差があるのは春香の身分と関係ある部分です。李夢龍は郡守の息子、いわば権力ある両班貴族です。しかし、春香の母は妓生つまり官妓であり、父の方は両班貴族です。朝鮮時代の実際のことならばこのような家柄の娘は官妓になるしか道はありません。身分の高い人との結婚は勿論、郡守の命を拒むことも、貞節を守ることも許されない立場です。ところが、物語はそういう設定にはなっていません。京板系では、春香が李夢龍と初めて出会い愛を育むところまでは妓生として描かれていますが、新しい郡守が赴任した時はすでに代婢贖身して妓生ではないことになっています。郡守の命を拒むことも、貞節を守ることもできる身分にしてあるわけです。つまり、現実の制度を考慮して矛盾がないように書いてあります。一方、完板系は始めから最後まで現実的な身分は妓生なのに春香の意識だけは妓生ではないように描かれており、それによって作品にはあちこちに矛盾が生じています。

 例として、二人が出会って結ばれる夜の場面を取りあげましょう。そこで春香が「不忘記」という私的な婚約文書を求めるか求めないかが問題になります。映像化された『春香伝』の中には春香の白いチマ(スカート)に李夢龍が筆で不忘記を書く場面があります。不忘記というのは朝鮮時代の妓生が気にいった男性に要求するもので、春香が李夢龍に不忘記を要求するというのは春香自身が妓生として行動していることになります。京板系では春香が李夢龍に不忘記を要求しますが、完板系では要求しません。京板系の春香は単純に妓生らしく行動していますが、完板系の春香は妓生なのに妓生らしい行動はとらず純粋な恋愛を求めているように行動しています。ところが、その後、二人の初夜に関する描写を見ると、京板系より完板系の春香の方が妓生らしく(?)大胆に行動しています。

 以上のような春香の人物設定の差は『春香伝』をどのような物語として読むかというところまで影響を与えると思います。京板系は妓生だった春香が李夢龍に会った後、両班貴族の庶子として李夢龍との約束を守り「烈女不事二夫」を成し遂げる物語として読めます。「烈女不事二夫」というのは朝鮮時代の両班貴族女性に強調された徳目のことで、男性がしかるべき「忠臣不事二君」と対になるものです。しかし、完板系では始めから最後まで春香の性格及び行動が妓生だったり妓生ではなかったりする不一致が見られます。不一致というのはところどころ朝鮮時代の作品としては先進的にまで見える部分が混ざっているということです。つまり、完板系は春香が妓生としての自分の身分に葛藤しているところ李夢龍と出会い、身分上昇に成功した物語としても読めます。それに、彼女が守る「烈女不事二夫」も京板系と変わらないが、それを守った意味は両班貴族女性だけの徳目を妓生も守ることができるという一種の変わった形の挑戦としても読めます。

 なぜ『春香伝』にはこうした異本が生じたのでしょうか。まず考えられるのはパンソリという語り物がもとになっているということです。パンソリは一定の台本を忠実に演じるというより、演じるたびに細部を自由に変えうる可能性を持っているからです。もう一つには、語り物を文字に定着させる過程の筆者と読者層の差が考えられます。京板系の普及がソウル中心だったというのは文字化した筆者も読者層も中央の人々であるということであり、完板系が全羅道というソウルから遠い地方で作られ普及したというのは中央の政治から排除された人々が物語定着の担い手であった可能性が高いということです。ただしどちらの場合でも権力者の横暴に抵抗した個人の愛情が最後に成就するという内容では共通している事を考えると、この物語は、発生自体がそれほど古くはなく、旧時代において新しい思想が芽生えだした過渡期の産物であったことが推測されます。とはいってもまだ古い時代の思想に全面的に対決する思想を生み出す段階には至ってはいなかったため、どの物語の構成でも首尾が一貫せずちぐはぐなところが見られるのではないかと思われます。

 数少ない朝鮮の古典の中でも『春香伝』は近代に入ってからもますます注目され有名になり、小説として書き変えられる他にも、唱劇、演劇、漫画、映画などと何度も新たな形で登場しています。特に日本の支配が始まってからは日本人の間でも朝鮮固有の代表的な物語として有名になりました。その背景には権力に抵抗する個人を扱った内容に当時の朝鮮人の思いが重なり合い朝鮮固有の物語として強調され紹介されたことが考えられます。日本ではかなり早くから翻案や演劇で『春香伝』が紹介されていますし、最近では林権澤監督の映画が日本で公開されたのも記憶に新しいところです。

(筆者=専修大学助教授)

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