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村田奈々子「食べた、太った、走った〜私のギリシア料理体験」 ―2004.07.11
4月のはじめ、アテネからバスで約2時間、ペロポネソス半島の北東に位置するアルゴスという町の、ギリシア人家庭を訪れた。ちょうど復活祭の直前で、家の納屋には、肉屋から買ってきたばかりの、毛を刈られた子羊が2頭、天井からぶらさがっていた。復活祭の日曜日に、丸焼きにされる羊である。 ギリシア正教徒のギリシア人にとって、復活祭は、クリスマスよりも重要なお祭りだ。日本でいうなら、お正月に相当するといってもよい。だから、子羊の丸焼きは、日本人にとってのおせち料理なのである。 アテネやテッサロニキのような、アパートが建ちならぶ大都市の中心部で、羊を丸ごと焼くのはなかなか難しいが、都市の郊外や地方の一軒家では、それ専用のスペースを庭に設けているところが少なくない。この時期は、色とりどりの野生の花が咲いた、ひろびろとした野原で、羊を焼いている光景に出くわすこともある。子羊は串刺しにされて、何時間もかけてこんがり焼かれる。羊の内臓は、器用に串巻きにして焼いたり、マギリッツァと呼ばれるスープの材料にする。これもまた、復活祭の伝統料理には欠かせない。羊の脳みそも、無駄にはしない。脳みその焼き物は珍味のひとつだ。復活祭前の40日間、肉を口にすることを慎んできたギリシア人たちは、「迷える子羊」を丸ごと食べ尽くす。復活祭の日曜日は、酒を酌み交わし、羊をほおばりながら一族団欒の時間を過ごす。 とはいえ、これはお祭りの時の、特別な料理のはなし。毎日羊を丸焼きにして食べているわけではない。それは、時間的にも予算的にも、とても無理だ。では、ギリシア人は普段は何を食べているのだろう。 ギリシア料理といえば、日本人がまず思い浮かべる、ナスと牛の挽肉を何段か重ねて焼いた、オリーブ油たっぷりのムサカ(ギリシア語ではムサカス)ばかりが、ギリシア料理ではない。さっぱり味のギリシア料理もある。そのさっぱり味の立て役者は、なんといってもレモンだ。日本で暮らしていると、料理に添えられるレモンといえば、薄いスライス1枚程度と思ってしまうが、エーゲ海の気候に恵まれ、レモンの栽培地であるギリシアでは、レモンはもっと贅沢に、豪快に使われる。たとえば、塩と胡椒で味つけして焼き、半個ぶんのレモン汁をたっぷりしぼりかけただけの豚ステーキは、素朴なギリシアの味だ。ミートボールにレモン風味のたまごソース(アヴゴレモノ)をとろりとかければ、不思議な味のとりあわせと、そのおいしさにびっくりするだろう。焼き魚やイカリング、そして天日で干して、炭火で焼いたタコにも、レモンはかかせない。ギリシア風てんぷらともいえる、揚げたズッキーニ(コロキサーキャ・ツィガニタ)とレモンも、ばっちりの相性だ。 ギリシア人はお米も食べる。トマトやピーマンの中身をくりぬいて、そこにお米と挽肉を詰めてオーブンで焼くゲミスタは、家庭料理の定番。口の中で、トマトの酸味と、ピーマンのにがみが、詰め物の味とほどよく混じり合う。ぶどうの葉でお米をつつんだ、一口サイズの俵型のドルマデスは、冷たいおつまみの代表格だ。鮨をつまむような感覚で、食べられるのがなんともうれしい。スーパーに行けば、缶詰でも売っている。この料理の起源は、アレクサンドロス大王時代にまで遡ると聞かされたことがあるが、真偽のほどは定かではない。 ギリシアのお酒についても、ちょっと書いておこう。レツィーナという松ヤニ風味の白ワイン。かなり独特のクセがあるけれど、これを、乾燥したギリシアの風を顔に受けながら飲むのは、幸せの極みだ。水を入れると白濁する蒸留酒ウゾより通好みなのは、ツィプロと呼ばれるギリシア版ブランデー。ただし、これを観光客相手のレストランで見つけるのは難しいかもしれない。そもそも家庭で作るお酒だから、ギリシア人と友達になることが、このお酒を手に入れるための一番確実な方法だろう。「よそ者」にはなかなか譲ってくれない、貴重なお酒だ、ということでもある。アルコール度数はさまざまだが、50度を超えるのがほとんど。これが、酒好きにはたまらない。ギリシア人の友人が、はるばるギリシアからツィプロを我が家に運んできてくれた時、たまたま居合わせたパスティス好きのフランス人が絶賛した、と言えばどんな味なのか想像してもらえるだろうか。 日本の家庭でも簡単にできるギリシア風料理として、私がおすすめするのは、コトスーパだ。我流だが、簡単な作り方を紹介しよう。水を満たした大きな鍋に、鶏を1羽まるごと入れ、ダシをとる。このとき、できるだけお鍋を沸騰させないように注意すること。ダシをとり終えた鶏は適当な大きさにほぐし、骨を取り除く。あとは、ニンジン、タマネギ、ジャガイモを小さめに切って入れる。このとき、セロリを入れると、おいしさが一段とアップする。野菜が溶けるくらいまで煮込み、塩と胡椒で味つけして、最後にレモンをお好みの量しぼればできあがり。ごはんを入れて、オジヤ風にするのもいい。 ギリシア料理の問題点を、最後にあげておこう。ギリシア料理は、おいしい。でも、ギリシア料理ばかりの生活を続けていたら、確実に太る。実際、私は留学中の半年で5キロ太った。これは尋常な太りかたではない。ギリシア料理で太ったなら、ギリシア的な方法で痩せてみるのはどうだろう。毎年11月のはじめに、一般人が参加できる国際マラソン大会がある。マラソンの語源となったマラソン村から、第1回近代オリンピックが開催されたアテネのオリンピック・スタジアムまでのコースである。一念発起して参加した私は、4時間42分でゴールした。記録としては、決して自慢できるものではないが、重要なのは、5時間弱で2キロ痩せたという事実である。 このマラソン・コースは、8月に開催される、アテネ・オリンピックのマラソン・コースとほぼおなじだ。最近太り気味で、ダイエットしなくてはと考えている人は、テレビでのマラソン観戦を楽しみつつ、心ひそかに、コースのチェックをしておくのもいいかもしれない。 (筆者=近現代ギリシア史専攻) |
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