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西部謙司「やはり、この男だ。── 現代サッカー用語の基礎知識」 ―2005.03.11

 やはり、この男だ。  

これ、スポーツ新聞でよく見かける一文である。しかも、記事の冒頭からいきなりこれで来るケースが多い。何の前置きもなく、いっさいの予備知識も与えないまま、「やはり」とか「やっぱり」とかいわれてもさっぱりわからない。しかも、「この男」とはどの男なんだ。まあ、およそ次のような記事になる。

 「やはり、この男だ。プレッシャーのかかる大舞台ほど力を発揮する。ここ一番で2ゴール、さすがに世界の中田である。」 この場合の「やはり」は「読者の皆さんが期待したとおり」であり、「この男」は中田英寿ということになる。いきなり「この男」といっておいて、読者の注意を引きつけ、「世界の中田である」に持っていく。ただ、この文を読む前に読者にはデカデカと書かれた「中田、2ゴール」の大見出しが目に入っているに違いないから、どの男かはもったいぶらずとも知れているが。

 たぶん、最初にこの表現を見たときは、ひょっとしたら、ちょっとカッコイイと思ったかもしれない。でも、何度もおめにかかっていると、「やはり、この出だしか」と、思えてくる。それ以上に、尻のあたりがムズムズしてくる。もう、何だか恥ずかしいぐらいカッコ悪い。こっちが恥ずかしがることはないのだが、恥ずかしいのである。

 新聞にかぎらず、スポーツ関係の言葉には、ふと気づくと恥ずかしかったり、妙に言葉として座りが悪かったり、思わず笑ってしまうようなものに出くわすことが、ままある。

 マノン。

 何だと思います、これ。実はサッカーで試合中に使う言葉で、コーチングと呼ばれる味方への指示。英語ならMAN ON である。どういうときに使うかといえば、例えば味方からボールを受ける際、自陣ゴールの方向を向いていると、背後から敵の選手が迫っていても気がつかないかもしれない。そこで、他の味方選手が「マノン!」と指示の声を出してやって、ボールを受けようとする選手に知らせるわけだ。マン・オンを早く言うからマノンになる。一時期、日本サッカー協会では、ばらばらに使われている用語を統一しようという動きがあって、こういうときにかける声は「マノン」にしようと決めた。

 ところが、「マノン」で僕らの世代が真っ先に思い浮かべるのは、烏丸せつこという女優が主演だった映画のタイトルである。裸がばんばん出てくる映画。中学生ぐらいだったと思う。ストーリーなど全然覚えていないが、マノンといえばこれしかない。昭和37年生まれの僕らにとって、マノンはレスコーではなくて、断然、烏丸さんのヌードだったと言い切りたい。

 結局、試合でこの「マノン」を使っているのを聞いたことがない。たぶん、廃れた。

 ボディシェイプ。

 これも、サッカー用語。例のサッカー協会が推奨する統一用語の一つだった。別に恥ずかしくはない。意味はボールを受けるときの体勢作り、動きを指す。

 「ボディシェイプを体で表現してください」

 日本で最高レベルのコーチングライセンスで、S級というのがある。このS級資格をとると、Jリーグの監督もできる。ある日、その研修課程で出された課題が、「ボディシェイプを体で表現」であったそうだ。このS級講習には、すでに業界で有名な方々が参加することも多い。で、その場にいた3人は「ボディシェイプを体で表現」を試みた。1人は高名な元日本代表選手、あとの2人は高校サッカー界の重鎮。そのうち1人は、あの西郷隆盛を思わせる巨漢の先生。いずれも、まあ思いっきりオッサンである。

 1人は、ゴシゴシ脇の下や股間を洗うような動作を始めた。たぶん、ボディ・ソープと間違えている。1人は、両手のひらを頭上で合わせ、しきりに体を揺すりだした。ボディ・シェイクか。 最後の1人は、エアロビを開始。痩せるつもりだ。

 業界では大変著名な3人が、いっせいに動きはじめた図を想像すると、ほとんど「パパイヤ鈴木とおやじダンサーズ」である。彼らより年若い講師の方は、この惨状をいったいどのようにフォローしたのであろうか。この件を小耳にはさんで以来、ボディシェイプと聞くと笑いのツボを直撃されてしまい、どうにもならない。

 フェスティバル。

 実はフランス語のサッカー中継で使われる。英語のイメージでは、お祭りや催し物会場という感じだが、いわゆるファインプレーをフランス語で表現するとこれになる。ただし、ヘディングのクリアや切れ味鋭いタックルなどには使わない。ドリブルで2人抜いてシュートとか、オーバーヘッドキックでゴールとか、そういう才能がほとばしる瞬間、大向こうをうならせるような大技が出たときに、「フェスティバル!」と、実況担当が叫ぶ。だいたいは、「フェスティバル・ドゥ・誰々」というふうに、フェスティバルをやった選手の名前が続く。

 しかし、フェスティバルとまではいかないが、ちょっとした粋な小技、個性的な足技なんかが出た場合には、こうなる。

 プチ・フェスティバル。

 かわいい。フェスティバルは、日本語なら独壇場という表現になるかと思うが、プチのほうはどうなるのだろうか。「うまっ」という感じかなあ。

 もひとつ、フランス語。

 オジュー。

 そうです、お重です。うな重、天重……ではなくてHORS-JEU、オフサイドのこと。直訳なら「プレー外」。別にフランス人には、何でもない言葉なのだが、こちらは「お重、お重」と連発されると腹が減ってきて困る。「数ミリメーター、お重」とか平気で言う。大げさ、適当。ラテンです。

(筆者=サッカー・ジャーナリスト)
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