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トニー・ラズロ「 翻訳者を信じ、翻訳を信じない」 ―2005.09.11
ちょっと前、グアムで奇妙な事件が起きた。地元の記事によれば、あるレストランが英語と日本語の、内容が異なる二つのメニューを使って営業していた。違っていたのは献立ではなく、値段のほうだ。日本語メニューのほうが割高なのである。「なにか怪しい」と思ったある日本人客が両方のメニューを手に取り、それを比較しようとしたが、ウエイトレスが慌てて客の手を叩き、メニューを取り戻したという。 記事は、店の行為の違法性やグアム当局の対応について述べていくが、僕は日本人客がとった行動に注目した。 消費者としてしっかりしていることは立派だが、厳密にいえば、その人をそういう理由から褒めているのではない。「(日本語版メニューという)翻訳文を信用しない」という姿勢を評価したい。 グアムの件の場合、両メニューが違っているのは、そもそもいろんな理由が考えられる。店が日本人客から高いお金をとりたいがために、意図的に日本語メニューの値段を高くしているかもしれない。しかし、単なる誤訳によって値段が違っているかもしれない。あるいは、店がメニューを作成した後に値下げを行ない、それが原文の英語メニューにしか反映されていないということもあり得る。ただ古くなったせいで、翻訳された文書の内容が原文と違ってきたというケースはときどき見る。 数年前にこのような「誤訳」と思われる事件が日本で起きた。賃貸物件を紹介している不動産会社が、英語のほうの更新を怠ったか、一部値段の異なる英語と日本語のカタログを発行していた。この場合もお客さんが原文と訳文を見比べたのがきっかけで問題が発覚した。 イタリア語の諺で「翻訳者は裏切り者」というのがある。どんな翻訳者でも、原著者の言葉を忠実に訳することはできず、必ずその意を裏切ってしまう、という意味だ。世の中には酷い諺があるが、これはかなり上位に入る。不幸にも「翻訳者」(トラドゥットーレ)と「裏切り者」(トラディトーレ)という言葉の音が似ていたせいで、翻訳者はこう悪口されるようになってきた。翻訳業に従事する人は本当に気の毒。 英語圏でちょっと珍しい習慣がある。誰かがくしゃみをした後、回りの人が一種の挨拶でもって「gesundheit」と言う。これは「健康」を意味する(ドイツ語経由の外来語)。すると、くしゃみをした本人がこう言われたことに対して感謝を示す。もし、2回連続くしゃみが出たら、ちゃんと2回「gesundheit」と「Thank you」というやりとりになる。3回くしゃみした場合、これが3回行なわれる。一方、日本語では相手がちょっとくしゃみしただけで何も言わないのが普通。「大丈夫?」と尋ねる場合があるかもしれないが、必ず言うという習慣があるわけではない。 さて、この「gesundheit」を日本語にどう翻訳すればいいのか、という問題がある。よっぽどの激しいくしゃみでない限り、くしゃみした人の健康を本当に気にかけているわけではないので、「大丈夫!?」は適切ではなさそう。「お大事に」は気持ち的に近いと思うが、日本語ではこういう使い方はしない。なかなか難しい問題だ。日本語から別の言語へという場合、食事の前の「いただきます」をどう訳するかという問題が似ている。「いただきます」は、それを言っている人の言い方にもよって、お祈りなのか、料理を作った人へお礼なのか、それとも単なる「さあ、食べましょう」という合図なのか、どうなっているか判断しかねる。それでも翻訳をしなくてはならないのが翻訳者の辛いところ。 人間はどこか完璧主義なところがあるからか、「正確な翻訳」を求めているように思う。翻訳者が上記のような問題にぶつかり「不正確」と捉えられる訳文を作ったことで「翻訳者は裏切り者」のようなことを言われてしまうのはあまりにも残念。性質上、翻訳そのものには限界がある。一般的には、悪いのは翻訳者ではない。 「自動翻訳」がネットに登場して数年が経つ。原文をウェブサイトに貼付けると、それを訳してくれるというサービスだが、時にはユーモラスなくらい荒々しい訳文を打ち出している。「あんなの、使いもんにならん」と言う人がいるが、これは使い方を間違っているとしか言えない。ネットにあるような自動翻訳は「無料翻訳サービス」ではなく「翻訳支援サービス」として考えたほうがいい。 たとえば、次の文章。 「The practice of saying "gesundheit" after someone sneezes is not observed in Japan」(意味:日本では、人がくしゃみした後に「ゲズントハイト」を言うという習慣がない)。 この文章を自動翻訳サービスにかけたら、次のような答えを打ち出すことがある。 「誰かが日本で観察されないくしゃみした後に、『ゲズントハイト』を言う練習」。 翻訳文としてはこのまま使えるものではない。しかし、ある程度の「翻訳支援」にはなっている。これを見て、原文はおそらく「日本」と「くしゃみ」に関して何かを語っていると推測できるからだ。 ネット上の自動翻訳サービスは、これからも少しずつよくなってくる。しかし、「正確な翻訳を提供してくれる」ことを期待するなら、永遠に待つことになるだろう。 今のままでも、これらのサービスはすでに大きな貢献をしてくれているように思う。「正確な翻訳」でなく、原文についての良い「ヒント」を提供してくれることで、私たちの洞察力を向上させているはずだ。 そして、それよりもなお大切なこと─私たち「翻訳依頼者」を「翻訳者」に変えているということだ。これで、翻訳がどれだけ複雑でどれだけ不正確なものなのか、肌で感じられるようになる。 もう、「翻訳者は裏切り者」など、言ってはいられない。 (筆者=ライター) |
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