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連載・エッセイ

村田奈々子「愛の国境」 ―2005.11.10

 この夏、ギリシアを訪ねた。オリンピックによる建設工事のあとのアテネ市街は、ずいぶん小ぎれいに整っていた。連日40度ちかい暑さで、ひどく疲れたが、楽しみがないわけではなかった。『愛の国境』というテレビドラマに夢中になったのである。

 ある日、いつものように図書館から戻って、シャワーを浴びたあと、ビールを片手にテレビのスイッチを入れた。なにやら意味不明の言語が聞こえてくる。ときどきギリシア語も聞こえる。これって、いったいなんなの? と、がぜん興味がわいた。意味不明の言語にはギリシア語の字幕がついている。そのうち「意味不明の言語」の正体は、トルコ語だということが判明。物語が、ギリシア人青年ニコスと、トルコ人少女ナズリの恋愛を軸に展開していることも分かってきた。

 このふたりの恋愛が乗り越えようとするのは、なみの障害ではない。双方の家族を巻き込んだ大騒動はもちろんのこと、ギリシアとトルコの外交関係をもゆるがす、大問題に発展するのである。こんなことってあるかしら? と、あまりのスケールの大きさに思わず笑ってしまったけれど、ギリシアとトルコの歴史的経緯を考えれば、さもありなんとも思えてくる。タイトルにある「国境」は、男と女を隔てるメタファーとしての境界線ではない。ニコスとナズリの愛は、文字通りギリシアとトルコという国境に翻弄されるのである。

 国際結婚しているギリシア人はたくさんいる。欧米人との結婚はごくあたりまえだし、日本人と結婚しているギリシア人もそれなりの数に達している。でも、お隣の国トルコの人と結婚しているギリシア人、というのは聞いたことがない。第一、キリスト教徒のギリシア人と、イスラーム教徒のトルコ人という、宗教的背景の違いが、結婚を難しくしているということがある。だがそれ以上に、ギリシアとトルコのあいだの血なまぐさい歴史が、双方の国の人々の、精神的な結びつきを妨げてきたことは否定できない。

 そもそも近代国家ギリシアは、トルコの前身であるオスマン帝国に叛旗を翻したギリシア人たちによって、1830年に建国された。第一次大戦直後には、ギリシアは領土拡張を目指して、当時オスマン帝国領だった小アジアに進軍した。この戦争でのギリシアの大敗が、結果的にアタチュルクによるトルコ建国を可能にした。このとき、現在のトルコ領から120万人といわれるギリシア人が、難民として流出した。コンスタンティノープルを首都とするビザンツ帝国再興という、ギリシアの長年の夢はここに潰えた。その後も、ギリシアとトルコは紛争の火種を抱え続けた。キプロスにおけるギリシア系住民とトルコ系住民の角逐は、かれこれ半世紀の歴史を持つ。領海侵犯、領空侵犯といった出来事も跡をたたない。

 近現代のギリシアとトルコの歴史からは、相手に向ける敵意と憎悪ばかりが浮かびあがる。ギリシア人とトルコ人の結婚なんて、想像もつかない。ギリシア人とトルコ人の記憶から、お互いへの歪んだ気持ちを消し去ることなど、なかなかできるものではない。だからこそ、『愛の国境』のふたりの恋愛は、国を挙げた大問題になる。

 このドラマに連日かじりついていたのは、私だけではなかった。ギリシア全土で、一種のブームになっていたのである。毎日、夕方と夜の2回、数回分ずらして放映されているあたり、まるで日本の冬ソナの向こうを張る勢いである。しかもこのドラマ、もとはトルコのテレビ局が制作したのを、ギリシアのテレビ局が輸入したというあたり、ますます冬ソナに似る。こんな政治的に微妙な作品を、そもそもトルコのテレビ局が制作したことに、少なからず驚かされるが、そんな作品をわざわざ輸入してまで放映した、ギリシアのテレビ局の度胸にも感心する。いや、感心するというより、疑問の方が先に立つ。

 だが、この疑問もまもなく氷解した。ギリシアに長く住む日本人によれば、『愛の国境』は、『さよならは言わないで』の二番煎じだというのである。

 『さよならは言わないで』は、2004年に放映されたギリシアのテレビ局制作のドラマで、ギリシア北部に今でも残るトルコ人居住区の男性小学校教師と、ギリシア人女性のラブ・ストーリー。放映時の最高視聴率は80パーセントを超えたと言われた。この驚異的なヒットに触発されたのか、今度はギリシア人男性とトルコ人女性の「禁じられた愛」の物語に仕立てたのが『愛の国境』というわけだ。ギリシアのテレビ局にすれば、二匹目のドジョウを狙った、ということなのだろう。その目論見は、見事に当った。

 ギリシア人たちは、今なぜ、トルコ人との恋愛物語にこんなに夢中になるのか。視聴者の多くは、禁断の恋の行方をハラハラドキドキしながら、見まもり、応援しているにちがいない。歴史的に犬猿の仲であった、ギリシアとトルコという、ふたつの国家の国境を越えて絡みあう、人間の悲しみや怒り、喜び、そして愛に共感を覚えているのだろう。ドラマのなかの架空の世界とはいえ、二人の恋愛を通して見えてくるものに、人々が気づかされたということなのだろう。

 テレビドラマ、おそるべし。不幸な歴史が築いた国境の壁が、恋愛ドラマの力で、ちょっぴり崩れはじめたのかもしれない。今日まで完全に無視されてきた、 12万人にのぼる北ギリシア居住のトルコ系住民に対する関心の高まりが、その一例である。文化は、政治が何年かかってもなしえないことを、いとも簡単にやってのけることがある。冬ソナが火をつけた韓流ブームをまのあたりにした日本人なら、そのことは容易に想像がつくだろう。



ギリシア語のかたち
ギリシア語のかたち

村田奈々子著


まずは自分の名前をギリシア語の文字で書くことからはじめ、クイズや写真をふんだんに盛り込んで、とことん遊びながら読み解いていきます。旅行の楽しみも倍増!


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