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鈴木仁子「ゼーバルト、トリップ、そしてヴァルザー」 ―2006.01.11
冒頭の一頁を読んだとたんに、眼が吸いつけられてしまった『アウステルリッツ』。W・G・ゼーバルトの作品に出会ったのは、それがはじめてだった。翻訳をしているあいだずっと、深い淵に降りていっていて、じっと身を沈めているような感覚にひたされていた。苦しい取り組みではあったが、水底のことばたちを手にとって、手ざわりをたしかめ、ときに口に含んで舐めまわすような読みが、たまらなく愉しくもあった。 『目眩まし』の原稿をぎりぎりまでねばってようやく提出したのが、今夏の終わり。原著を読んだときに自分の体の奥でふるえていたようななにかが、日本語として伝わっていくことをめざしたつもりだった。だが身を棄ててただ作品と読者のために奉仕してきたつもりだったのに、あらためてみれば、奉仕なんかではなかったような気がする。こんなふうにしてわたしの体の中を通っていった作品は、原作とは似て非なるものではないだろうか。ゼーバルトを乗っ取ってしまったのだ。それも、どうしようもなく間違って。 そんな思いが湧いてきていたたまれなかったが、とにかくもほっと息をついて、一週間後にドイツへ行った。翻訳とはまったく別の語学関係の用向きで、シュヴェービッシュ・ハルという小都市を訪れることになっていたのだ。長かった仕事のあとの、ちょっとした気晴らしにもなってくれそうだった。 予定をたまたまイギリス人の知人に伝えると、シュヴェービッシュ・ハルなら知っている、とメールが返ってきた。記憶をテーマに作品を作り続けている美術家だ。その町に画廊がある、数年前に自分が個展をしたところだ、ぜひ訪れてみてくれ、ということだった。 ドイツの小さな町が思わぬ人とつながった奇遇をふしぎに思いながら、出かける直前に下調べのつもりで画廊のHPを見て、目を疑った。おりしも開かれていたのは、ヤン・ペーター・トリップの作品展だったのだ。トリップはドイツ・アルゴイ地方出身の画家。ゼーバルトの小学校時代からの古い友人で、『カンポ・サント』の中には、ゼーバルトがトリップについて書いた短いエッセイが写真入りで収録されている。このたびの白水社のコレクションには入っていないが、エッセイ集『Logis in einem Landhaus』では作品論も展開している。 シュヴェービッシュ・ハルは人口 3万ほど、日本ではあまり知られていないが、中世の面影をのこす坂の多い美しい町だ。かつては製塩の事業でおおいに栄えた。くだんの画廊は、町の中心にそびえる教会から、階段坂をすこし下りたところにあった。大きな木の扉を抜け、古い建物を改装した展示室に入ると、はたしてトリップの稠密な写実的な絵が、奇妙な存在感を放ちながら並んでいた。『記憶』というタイトルの大きな作品。テーブルの前で眼を閉じている男を描いたおなじような画面が2枚ならんでいて、ディテールが少しずつちがう。さらによく見ると片方は絵画、もう片方は写真なのだった。 2階に上がったとき、いちばん奥の壁に3段重ねになっていた小品の連作が眼を射た。5×15センチほど、横に細長い銅版画が30点あまり。ゼーバルトとトリップとの画文集、『語られず(unerzhlt)』(2003年)のオリジナル版画だった。 なんだかここにありそうな気がしていた。眼にしたとたんに、そんな錯覚がおきた。ゼーバルトの世界にはりめぐらされた偶然のつらなりに、翻訳者のわたしまでが知らず知らずに吸い寄せられ、ここで会ってしまった、といったら大げさなのかもしれない。だが語学研修所のある町でゼーバルトゆかりの画家に会えるとは、ましてやそこでゼーバルトの文章に会えるとは、夢想もしていなかった。それも直筆にまで。 画文集は、ゼーバルトの生前に計画され、死後出版となった。作家たち、あるいは身近な人々の「眼」─ただ両の眼だけを、トリップが克明な線描によって腐蝕銅版画にしたもの。下に短く、ゼーバルトの三〜四行詩が掲げられる。たとえば「アンナ・ゼーバルト」(娘さんだろうか)の眼の下。 語られぬ トリップのこの眼の作品は、『アウステルリッツ』にも引用されている。「限られた画家や哲学者たちの(……)周囲を取り巻く闇を透かし見ようとする眼差し」─冒頭にあったあの文の下に置かれていた印象的な眼の挿画は、トリップ自身の眼だ。もうひとつはウィトゲンシュタインのものだという。 「W・G・ゼーバルト」の眼もあった。白水社の「コレクション」裏表紙の肖像写真はすこし強面で、わたしにはちょっぴりおっかなく感じられる。だが版画の中の作家の眼は、ユーモラスに思いきり垂れていて、それでいて鋭い。生身のゼーバルトは、きっとこんな眼をしていたことだろう。どうしてもほしくなって価格を尋ねたのだが、全点のセット販売のみで、乏しい資力ではとうてい手が届かなかった。 かたすみに、ドイツの作家ロベルト・ヴァルザーを描いた小品も展示されていて、心を惹かれた。 『目眩まし』のなかにも、ヴァルザーの文章がさりげなくすべりこませてある。カフカについて語ったくだり、ドクター・Kがスイスの娘と湖へ舟を漕ぎだしていったところ。ヴァルザーが登場するのは、しかしそこだけではない。同書の第2話、邦訳の35頁に、首から上をカットしたスーツ姿の散歩者の写真が載っている。そこに写っているのは、テキストが一見暗示しているかに見える〈私〉の祖父でも、〈私〉がその箇所で肩を並べて歩いているウィーンの分裂症の詩人、エルンスト・ヘルベックでもない。ロベルト・ヴァルザーの散歩中の写真をトリミングして、反転させたものなのだ。ここもまた、「目眩まし」というわけ。だが、この散歩者がヴァルザーとわかってみると、そうでなければならないという気がまたしてくる。 ヘルベックとおなじように、ヴァルザーも精神を病んだ。そしてよく歩いた。〈私〉と、カフカと、そしておそらくゼーバルト自身とが歩く人であったように。精神病院で後半生を送ったが、散歩が日課で、冬のさなか歩いている途中に倒れて、そのまま息が絶えた。小品集がみすず書房から刊行されているこの作家について、ゼーバルトはトリップに並んで、『Logis in einem Landhaus』に一章をさいている。 トリップがヴァルザーの肖像写真から起こした銅版画は、晩年の少し焦点のぼやけた、放心した微笑みをうかべていた。迷ったすえ、けっきょく作品として出来がよさそうに思えた(そしてたくさん刷られているゆえにヴァルザーの半額近かった)、ふしぎに組んだ自分の両手の指を見つめているブルーノ・ガンツの肖像を求めたのだが、どうして思い切ってふたつとも購入しなかったのか、いまも残念に思っている。 (筆者=翻訳家) |
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