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連載・エッセイ

原宏之「白いお船が赤いしあわせ運ぶだろう」 ―2007.07.10

 母の日の季節に原稿を書いている。自分が子どもだった頃の母の日のプレゼントの定番といえば「お手伝い券」だった。方眼紙を用意する─十六枚ほどの券をマジックペンで書きいれて、洋裁用のルーレットで点線の印をつけて切りとれるようにする。そんなことを想い出しているとあたたかい空気がよみがえってくるような気がする。なにしろわたし自身いままで忘れていたのだから、いまや痴呆症の母がこのことを覚えているかどうかは定かでない。それでも、たしかな心の贈りものを包み込んでいたあたたかな雰囲気は、過去となっても消し去れるものではない。記憶のもやのむこうでさまざまな暖色にきらめいている。
 買うものは、製造から流通までさまざまなひとや機械が介在しているので「複雑」だ。シンプルなもののほうが「やさしい」とわたしは思っている。テレビ画面の向こうからテロップや効果音とともに「ありがとう」といわれるより、手を握ってつぶやいてくれたほうがあたたかい。やさしさが心身からあふれ出すときにしあわせなきもちになる─VICEVERSA─わたしは幸福だと感じるときに、やさしさが満ちあふれてくる。そうした幸福感はシンプルなものがきっかけとなることが多い。たとえば、雪嵐のなか寒さに耐えながらたどり着いた先の一杯のあたたかい番茶のようなものだ。
 汐留のレストランで友人と夕食をしていると、南仏から来た彼らは隣の高層ビルの夜景を見ながらぼそっともらした。「あのビルひとつに、わたしたちの街の住人ぜんぶがはいっちゃうんだな」。夜の都心やレインボーブリッジは「クール・ジャパン」そのものだ。クールということばの意味もそうだが、このことばの響き自体が昭和文化にどっぷりつかったわたしなぞにはあたたかみのないものに感じられる。やさしくない。すこし前には東京はポストモダンだなどといわれたものだが、このことば自体がいまでは「クール」でない。郷愁すら感じさせる。近代(後期近代)になり、体感的な時間がすごい勢いで乗数的に加速している。乗数は、金でありテクノロジー(イノベーション)である。レコードからCD、iPod─何世代目の? という具合に、モノの変化のサイクルがとても短くなっている。ことばだって例外ではない。ポストモダンと騒がれたのは二十数年前のことだろうか。その後文化はクールとなりジャパンはテクノオリエンタリズムの対象となった。プチバブルと騒いでみても燃えているのは地球だけで、サイボーグ文化の未来は暗いばかりだ。戦後六〇年としても、多くのモノとことばが変化した。

 時間が経つと、すべてが「過去のもの」になってゆく。八五年と八八年の違いはなくなり「一九八〇年代」となり、そのうち「戦後」となったりするだろう。FMラジオを聴いていると、八〇年代の洋楽がやたらとかかっている(たぶんみな郷愁を思う時代なのだろう)。不思議なのはリアルタイムで聴いていたときの印象と、〈いま〉のからだがもとめている音楽がまったく異なっていることだ。八九年といえば日本ではバブル景気華やかなりし頃だが、ベット・ミドラーの「愛は翼にのって」など若者はぜったいに聴かなかったと思う。いま風にいえば「クール」な曲ではない。先日ふとんのなかで、当時は見向きもしなかったこの曲が切実に懐かしくなった。あたたかいものを通わせてくれると思った。そして聴くとやはりいい。わたしが歳をとったということだろうか。もちろんわたしは青年からおじさんになった。だがそれだけではない時代の風も影響しているように思う。正面からは冷たい風が吹いている。つい後方のあたたかみの名残りにしがみつきたくなるのだ。同じ映画音楽ということでいうならば、バブルを象徴するベルリン「Take My Breath Away」があった。電子音があふれるいまでこそ「フツーにはずかしい」曲かもしれないが、「あたらしいしあわせがやってくる」というピンク色の予感のようなものがあった。映画『トップガン』(八六)で、真っ赤な夕焼け雲を背景にした海軍パイロット訓練兵と年上の女性上官の愛の再会シーンに流された曲だった。赤はいつでもやさしい。
 贅沢病ともいえる世界の諸問題、温暖化、あいかわらずの戦争、解消されない貧困などなど、わたしの〈いま〉のなかではもはや八〇年代も七〇年代もあったものではない。ただ「古きよき近代」といったところだ。五つの赤い風船をきいてみることも、いまでは反動的なみぶりだ。後年、リーダーの西岡たかし自身が回想しているように関西フォークなどというジャンルはどうでもよい。ギター一本で自由なメロディーを奏でられること、そのメロディーのやさしさが自分をみたしてくれることがたいせつなのだ。秋田の四畳半から生まれた「遠い空の彼方に」(六六年頃創作)は、孤独な若者の夢想を歌っていた。遠い海の向こうにうかぶ蒼い島に思いをはせ、島の白い「お家」でカモメやイルカと暮らす……。そう歌っていればしあわせになれる。でも「嫌な夢!」が侵入してくる。世界では戦争が続き、子どもたちが泣いている。日本のすぐ南の国かもしれない。もういやだ。しあわせを「お船」が運び「お家」が守るたしかなやさしさが将来きてほしい……。

 一杯の番茶は暖気を体内にとりもどし、やがて排泄物となり大地に還りながらつぎなる葉が日光を受けて育つ。お手伝い券や肩たたき券は、いつか自分がもらう番になり、その子どももまたつぎの番をまつ。テクノロジーによる商品にはこのような循環的な性質がない。循環するなかに小さいけれども普遍とよべるような生命の根幹があるように思う。だから「もつ」よりも「ある」こと、できれば愛するひとたちとともにあることこそがしあわせだと思いたい。

(筆者=明治学院大学教養教育センター准教授)

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