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連載・エッセイ

小谷野敦「舞踊について」 ―2007.11.09

 フランク・カーモウドは、英文科では必読書とされている『ロマンティック・イメージ』(1957、邦訳は『ロマン派のイメージ』金星堂、1982)で、ロマン派の美は、最終的には、イェーツが理想とした、踊り手の姿が踊りそのものの中に解消してゆくところにあると論じた。また三浦雅士は『身体の零度』(講談社選書メチエ、1994)で、美の最終形態が舞踊に行き着くと論じた。こういう議論を読むと、私は忸怩たる気分になる。というのは、私は舞踊には不感症だからである。私はよく、美術には関心がないとか、スポーツは相撲以外興味なしとか言っているが、こないだはアングルの弟子でモローの師であるシャッセリオの本を海外から取り寄せたくらいで、好きな絵は好きだし、スポーツだってものによってはやはりおもしろく見る。ただ天の邪鬼でそう言っているだけだ。

 ところが、舞踊となると、何しろ歌舞伎評論家とか演劇評論家になろうと思っていたこともあるのに、根本的なところで興味を感じないのである。バレエ音楽というものは、かなり好きで、ドリーブの『コッペリア』もチャイコフスキーの『くるみ割り人形』も繰り返し聴いたが、いざ舞台を観ても、その踊り自体に、どうしても興味が湧かない。所作事と呼ばれる歌舞伎舞踊でもそうで、もうこれは勉強だと思って若いころは懸命に観ていたのだが、遂に興味を持つことができなかった。谷崎潤一郎の『細雪』には、「雪」という地唄舞を妙子が舞う有名な場面があって、谷崎の周囲の女たちは山村流の舞や能楽の仕舞を習っていたし、谷崎も舞の詞章を書いている。だから『谷崎潤一郎伝』を書いていていちばん困ったのは、私のこの舞踊不感症であった。一時は、勉強のために長嶺ヤス子のフラメンコまで観に行ったのだが、退屈して帰ってきたし、「暗黒舞踏」の系譜に属する大駱駝艦の公演はそれなりに面白かったが、ピナ・バウシュにはすっかり退屈した。

 いずれにせよ、最近の若いパフォーミング・アート好きの人はもっぱら「舞踊派」であって、彼らが舞踊を観て感じている愉悦を、私が感じていないことだけは間違いない。その点では私は、無教養なその辺のおじさんと一向変わりばえしないのであって、踊りを観て面白かった記憶といえば、シャクティの踊りと、ストリップ劇場のそれくらいである。ストリップの方は劇場によってまちまちだが、京都のデラックス東寺へ初めて入った時は、ああちゃんと選曲や振り付けをやっているんだ、と意外の感に打たれた。東京では、やはり渋谷道頓堀劇場が、藝術的レベルが高い。

 シャクティは、日本とインド混血の舞踊家で、もう三十年くらい前から舞踊活動をしているが、今は振付のヴァサンタマラとともに、シャクティ&ヴァサンタマラ舞踊団を率い、生まれた土地の京都を根拠地に世界各地で公演を行っている。私がシャクティの踊りを知ったのは、高校生のころ、永六輔のテレビ番組で踊るのを観たときである。以後も頭の隅にはあったのだが、批評家が取り上げないものだから忘れていて、数ヶ月前にはっと気づき、DVDを二枚取り寄せて、観たらやはり良かった。シャクティの踊りは、その名からも分かる通り、ヒンドゥー教のタントリズムに基づいているようで、たいへんエロティックである。ほとんどストリップではないかと思えるほどだが、全体に猥雑ないし猥褻な感触があって、それがあまり評価されない理由でもあろう。海外での評価のほうが、日本でより高いようで、それは生前の寺山修司に似ている。むろんオリエンタリズムの面もあるだろうが、『ダンスマガジン』あたりが取り上げる舞踊に比べると、ほとんど大衆舞踊という感じがする。

 しかしである。アメノウズメノミコト以来、などと言いだすと佐伯順子さんのようだが、舞踊というのはエロティシズムを随分利用してきたものである。出雲の阿国のかぶき踊りというのを、映画やテレビドラマでよく再現しているが、あんなおとなしいものであったはずはなく、女の色香を十分に用いた、ずっと猥褻なものだったはずだ。能楽にしても、室町時代のそれは、男色的エロティシズムを基調にして舞っていただろうし、女能はやはり女を売り物にしていただろう。こういうことは良く言われることで、大阪にいた頃、文楽の義太夫の語りは、大阪万博の前まではもっとエロティックで卑猥だったと聞いたことがある。能楽は既に徳川時代に幕府に取り込まれて、本来の性格をなくしていったのだろうが、幕末から明治初期の歌舞伎などはずいぶん猥雑で、家族で観るに耐えないようなものもあったようだし、それを明治の演劇改良運動で藝術に洗練させていったのである。

 それはそれで一つの達成なのだが、こと舞踊に関して言うと、どうも猥褻さを放逐しすぎたのではないか、と思うのは、例によって私の自己正当化かもしれないが、義太夫にしても、竹本越路大夫の語りを聴くと、今の太夫よりよほど色っぽい。モダンダンスや暗黒舞踏系のものには、踊り手が裸身に近くなるものも多いが、多くは一般的なエロティシズムをはぎ取るような形のものである。ピナ・バウシュなど、女のミーハー・ファンが多く、内野儀さんが嘆いていたことがあった。要するにヘテロセクシャルなエロティシズムを排したところに、今評価される舞踊はあるということになる。

 仮にシャクティやストリップが「大衆舞踊」だとしても、それ相応の地位を与えてもいいのではないか。小説でも映画でも演劇でも、藝術的なもの、通俗的なもの、それぞれに地位があって批評がある。ただ美術だけが、狭い意味での「美術」だけに限定して議論されていて、先ごろ亡くなった高塚省吾の、やはり私の好きな裸婦像などは、まともな美術とは見られていないようだ。小説など、最近は「やおい小説」や「ライトノヴェル」の批評まであるのだ。舞踊や美術だけが、純藝術だけが評価の対象でなければいけないという法はないと思う。

(筆者=比較文学者)

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