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連載・エッセイ

田邉鉄「“もち”も餅(ぴん)も手が作る」 ―2008.03.12

 私の北京旅行での楽しみは、スーパーやデパートの食料品売り場を見て歩くことである。ツヤツヤと美味しそうに煮上がった豚肉や、こんがりと焼き上がったアヒル、発酵臭が食欲をそそる魚の干物なんかを見ると小躍りしてしまう。旅の空では全部買い込むわけにもいかないのがなんとも口惜しい。

 それでもたまに豚耳のスライスなど買って、ホテルで飲むビールのアテにする。注文するとその場で大きなボウルに入れ、調味料を景気よく振りかけ、手で混ぜてくれる。「唐辛子は少なめ、香菜はたっぷり!」などというこちらの要望にも、気軽に応じてくれる。

 これはパックされたものより、その場で混ぜてくれる方が断然おいしい。温かい手でしっかり揉みこまないと、味がなじまない。手でこねくり回したものはおいしいのだ。

 手作りと言えば、中国北方の主婦/主夫は、器用にうどんや餃子の皮、大小さまざまな「餅」類を作る。

 ここで言う「餅」は、中国音に似せて「ぴん」と読むのが正しい。「餅」と書いて古くはいわゆる粉食全般を指した時代もあるので、うどんのルーツも「餅」だ、と言えるかもしれない。北京の庶民派スナック「炒餅」は、小麦粉をこねて鉄板で焼いたものを、包丁で細長く切り、野菜と炒めた一種の焼うどんであるが、麺の味・食感とも、うどんによく似ている。

 同じ漢字を使っているからラクそう、という理由で中国語の授業を安易に履修する学生に対する戒めとして、「餅」は「もち」に非ず、という話をする機会は多いが、「もち」と「餅」は、文字が共通するだけでなく、やはり血縁関係があると思う。中国の粉食は、漢代あたりから広まったが、それまでは相当長期にわたり穀物は粒食されていた。粉食普及に至るまでに、中間形態として、水につけた穀物を砕き、蒸すことでもち状に固めた団子に近いものがあり、これが日本のもちの直接の先祖だろう。

 正月菓子の菱葩(ひしはなびら)は、白い円盤状の餅とピンク色の菱餅を重ね、味噌あんとごぼうの甘煮をのせて二つ折りにしたものである。裏千家の初釜に用いられる菓子としてつとに有名だが、ぼってりとした姿形といい、こってりした味噌あんとごぼうの甘煮の組み合わせといい、いわゆる和菓子の風雅な世界とは少し違った趣を感じさせる。イメージは日本の「もち」菓子よりも、中国の「餅」に近い。

 もとは宮中の行事食だった菱葩は、明治中期に川端道喜によって現在のような和菓子に仕立てられた。道喜の当代は十六代であるが、先代はこの菓子のことを「作り方に労多く、さらに持ち運びがむつかしく、尚かつ食べ方にも苦労せねばならぬという全く間尺の合わぬ」菓子と言う。菓子を評するのに「間尺に合わぬ」とは、何たる言い草か、とも思うが、お茶席で出されると、よほど慣れた人でもどうやって美しく食べたらいいか、思案するらしい。

 私の父はどういう経緯か先代と「飲み仲間」だったが、菱葩の話などしたかどうか。どこかの初釜に招かれた時、出された菱葩を、食べずに懐紙にくるんでコートのポケットに突っ込んで持ち帰り、土産にくれたことがある。父にとっては初釜、お茶会といっても敵は本能寺、茶より酒の方が主目的だから、甘い菓子は食べず、息子への手っ取り早い土産にしたものか。「餃子?」とは、初めて菱葩を見た私の感想。口に出しては言わないけれど。

 菱葩は白餅を何段か重ねた上に、菱餅をこれまた何段かに重ねたもので、今日の鏡餅や菱餅の原型とされる。もとは正月に参内する公家にふるまわれた雉酒の肴である。味噌をつけ、干魚を添えて出した。儀式化する以前は、狩猟の獲物である野鳥の簡便な食べ方であったかもしれない。春餅に包んで食べる北京ダックの親戚とも言えるだろう。

 餃子の皮を手作りするとき、練ってねかせた生地を、まず細長い棒状にし、包丁で2センチぐらいずつ切っていく。生地はやわらかいから、切り口は少しへしゃげた菱形になる。切り口を上にして真上から押しつぶすと綺麗に丸くなる。手を前後に滑らせてしまうと楕円にできる。餃子の皮はこの後麺棒で伸すが、麺棒発明以前の餅類は、手でつぶすか、伸ばしてちぎった。菱葩の白餅を花弁に見立て、菱の生命力旺盛なことから宮中で好まれていた意匠である菱形を組み合わせた、と通常説明されるが、そういう見立てが行われる以前から、まん丸にできた餅と長く楕円にできた餅を重ねる、ということはあったのではないか。菱葩の形状は、餅が手で一つ一つ押しつぶされていたこと、手の温もりこそが餅を作っていたことを、今に伝えているのだ、とはこじつけに過ぎるだろうか。

 五輪に向けて、最近は中国でも使い捨ての手袋をしてサラダなどを盛っているのを見かける。衛生的であることは大変結構だが、触れているものは口に入るものだ、というリアルな感覚まで失ってしまっては困る。

 漢方医学の食養生は、少食、粗食、時季に適った食、の三つを柱とする。最近はこれに「食べ物を食べる」が加わって四本柱になっているそうだ。「食べ物を食べる」のは当たり前のことだが、加工食品には食べ物と呼べない「薬品」が含まれていることが多い。巷を騒がせた毒物混入に至っては論外と言う他ない。中国北方で好まれる水餃子は、肉、野菜、炭水化物がバランスよく摂れる完全食である。よく練り上げられた手作り餃子の皮は、粉食に対する中国人の並々ならぬこだわりを感じさせる。つるりと口当たりのいい皮が餡と一緒に包んでいるのは、私たちの世界から失われつつある「当たり前の食べ物」という文化であるような気がしてならない。

(筆者=北海道大学准教授)


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