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第3回 宴会のハシゴ ―2008.06.10
スダン村長〔左から4人目〕と評議員の皆さん 郵便受けを開けると、村役場からの“お知らせ”が入っていた。3月の選挙で選ばれた「村長と評議員の自宅で“松の苗を植える催し”」とある。よく読んでみると、村長スダンさんの庭での植樹(朝9時)から、評議員デシャンプさんの家での夕食会(午後8時)までの行事への招待状であった。 当日の朝は激しい雨が降っていたので、わたしは朝の行事には参加しなかった。あとで聞いてみると、約40人の村人がずぶ濡れになりながら植樹をしたという。 正午すぎ雨が上がり、新評議員になった隣のデュモンさんのお宅の庭でパーティが始まった。6、7人の子どもを含めて約70人が参加していた。シャンパンとワインではじまって、ロースト・ビーフ、ハムなど10種類もある惣菜のメイン・コース、手作りの数種のケーキまである贅沢なものだった。 わたしの仏語会話能力は貧弱そのものなのだが、この日はわれながら別人のようだった。相手の話にタイミングよく相槌を打ち、質問をし、ジョークで笑わすこともできたのである。美味しいボルドー・ワインのおかげだろう。農業高校の校長をしているアランから貰った紙タバコもうまかった。 午後6時、副村長ラコンジェリさんのお宅でのアプレティフ(食前酒)の会に出かけた。彼はシャンソンを歌わせるとプロ級である。昼のパーティの席で撮った新執行部の皆さんの写真(上)をわたすと喜んでいた。わたしは自家製のピノー酒を頂いた。参加者は約40人で昼食のときと、村人の顔ぶれがすこしだけ違っていた。 遅れて、県選出の女性国会議員ラングラドさんがやってきた。高校教師をしていた人で、土曜朝市でなんども会ったことがある。「お忙しいでしょう」聞くと、彼女は「議会があるので、月曜から水曜までパリだわ」と言っていた。「サルコジ大統領に期待していたのに、失望しました」と言うと「あなたみたいな人が多いわ」と野党・社会党の彼女は意気軒昂だった。 午後8時、会場は300メートル先のデシャンプさんのお宅に移った。テントが張られテーブルの上に夕食用のパンが並べられている。主人は、「面白いものをお見せしましょう」と言い、ガレージを開け1952年製の優雅なデザインの英国車を披露してくれた。 デシャンプさんはクラシック・カーの修理が趣味で、それが高じて今ではビジネスにしているという。敷地内には数台の半世紀前のシトロエンが修理を待っていた。夕食が始まる前、小さなフランス国旗が庭に掲げられた。これは村の評議員であることのシンボルである。
デシャンプさん[右]旗を準備
村の少女 朝9時から深夜まで続いた新執行部のお披露目の行事は、数えてみると植樹、コーヒー、昼食、デザート、アぺリティフ、夕食など10もあった。会場はすべて評議員の自宅の庭である。妻とわたしは3つしか参加しなかったが、一日中宴会だったわけだ。これこそ移動祝祭日! この5年に一度の選挙の年のお祭りは、ドルドーニュ県の多くのコミューンでは伝統になっているという。 サン・ジャン・ドコール村の執行部にはプロの政治家はひとりもいないし、村の運営はボランティア仕事である。村長は前大工、他の10人の評議員の職業は、現役の建設業、薬局主、公務員、引退した教師、運転手などだ。村長には、月額500ユーロ(8万円)が支給されるが、評議員は無給である。 宴会のハシゴが可能なのも、村の人口が300人だからだろう。フランス全土でコミューン(市町村)の数は3万7千、平均人口は1500人だが、日本の自治体の数は市町村合併で1800に減り、平均人口7万人だ。効率主義を追求するあまり、日本は“小さきことの良さ”を忘れてしまったのではなかろうか。 |
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