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連載・エッセイ

第8回 ディドロの『百科全書』 ―2008.08.25

ドルドーニュ便り《番外編》


16世紀末に建った村の城

「この肖像はどなたですか」と尋ねると「ルイ16世ですよ。8代前のわたしの祖先で将軍だったド・ボモン伯爵が、国王からもらったものです」とマルトニ城の跡継ぎティエリ・ド・ボモンさんは言った。フランス革命でギロチンの犠牲になった国王の表情が柔和なのは意外だった。


ルイ16世

肖像画は、村の城を訪れてド・ボモンさんをインタビューしたとき、居間にかかっていたものだ。彼はパリで保険会社を経営しているが、村長を37年間つとめこの春引退した城主の父親に会いに時々やってくる。彼は医療慈善活動をする「マルタ騎士団(フランス)」の会長でもある。

フランス革命期の伯爵家の運命について尋ねると、城は国有化され、ご先祖は逮捕され、ドルドーニュ地方で一番大きな城オトフォーに投獄されたという。しかし、数日後すぐ釈放され、革命熱が醒めると城主の地位を回復したようだ。

この地方では、革命が猛威を振るっていたときでも、貴族への弾圧はひどいものではなかった。ド・ボモンさんよると、その理由は、ほとんどの城が小さいものなので、貴族と農民の間に日常から人間的な交流があったからだという。それでも、家具が盗まれたり書類(とくに城主との間で交わされた契約書)が焼かれたりする被害はあったらしい。

ここで暮らしはじめた頃、夏の間だけ公開している城の一部を見学したが、一階のミニ博物館にはご先祖が残した自慢の品々が展示されていた。

そこで、わたしは思いがけない書物に出合った。ディドロが編纂した『百科全書』である。若い頃、わたしは『ブリタニカ国際大百科事典(日本版)』の刊行にたずさわったので、啓蒙主義の開祖が執筆・編集し、フランス革命を思想的に準備したといわれるエンサイクロぺディアを見て、奇遇に驚き感動を覚えたものだ。この体験を話すと、読書家のド・ボモンさんは身を乗り出し、隣の書斎から『百科全書』(1779年刊、第3版)をもってきてくれた。


軍事項目のイラスト

ディドロが20年かけて編纂した『百科全書』(1751-72)は全28巻で、そのうち11巻が図版である。わたしは図版を見ながら、大衆に知識を普及させるためにはイラストが一番、と考えたディドロは名編集長だと思った。

百科全書派は危険思想であるとの烙印を押された時期もあったので、「ご先祖は開明派貴族だったのですね」と聞くと「ええ、国王の司祭で教養のある人でした」とド・ボモンさんは言った。とすると、ルイ16世の側近は保守反動ばかりではなかったことになる。

父親が40年かけた城修復の苦労話などを聞き、正午になったのでお暇をしようとすると、「なんかお飲みになりませんか」と誘われた。


ド・ボモンさん

ド・ボモンさんは台所に行き、しばらくして居間に戻ってきた。お盆の上には赤ワイン、白ワイン、ジュース、ウィスキーと氷が置かれていた。「なににされますか」と彼は聞くのである。

こんな場合、わが家だったら、「ワインいかがですか、ウィスキーもありますよ」と事前に好みを聞くのだが、8代目はすべて準備したあとに尋ねるのである。これこそ貴族の優雅なもてなしではないか! その日の赤ワインは格別だった。


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