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連載・エッセイ

第9回 城の修復40年 ―2008.09.10

ドルドーニュ便り《番外編》


愛犬アトスとピエール・ド・ボモンさん

「城で暮らしはじめたころ使える部屋は4室だけで、雨漏りがひどく、隣りの図書室も使えなかったね」とやさしいライオンのような風貌のピエール・ド・ボモンさん(78歳)は回想する。

彼は村の城主で、今年の春まで37年間村長だった人だ。短かった夏の終わり、伯爵家の旗がたなびく城を訪れ、40年もかかった修復工事の話を聞いた。

ド・ボモンさんがこの城を引き継いだのは1953年のことである。先代は1940年に亡くなった彼の叔父だった。叔父さんには子どもがいなかったので、城は長い間空き家となり、荒れ果てていたという。

ド・ボモンさんはマルトニ城・修復40年を記録したアルバムを取り出し説明してくれた。塔、屋根、壁、階段、窓とベランダ、居住空間の修復前と後の写真がのっている皮表紙のアルバムである。


城平面図
ミドリ部分修復完了、オレンジ部分未完

修復前の塔の傷みはひどく、4つのうち一つは崩れ落ちていた。ド・ボモンさんは3期にわけて工事をしたが、できることはすべて自分でやったという。たとえば、玄関ホールの大きな敷石400枚をひとりで敷いている。

森林と農地を引き継いだ彼は、農業で暮らしをたてた。ド・ボモンさんは、当地ではじめて大型脱穀機を導入した進取の精神に富む人でもあった。

修復プロジェクトに弾みがついたのは1968年だった。その年、人気のTVシリーズ番組『歴史的建造物を救う男たち』に、ド・ボモンさんが登場したのである。これが話題になり、文化省からの助成金が得られるようになったのだ。


修復中の城塔

「それでも、あの番組放映から4年後にやっと助成金がでたね。文化省が推薦するパリの高給専門家ではなく、地元の職人を使うことを説得するのは一苦労だったよ」と彼は語っている。文化省の助成金は外部修復費用の50%で、内部は自己負担だった。

修復事業は、今年の春亡くなったクリスチアンヌ夫人との共同プロジェクトだった。アルバムには、夫人が主催した募金のための教会コンサートやサロンでの展覧会の写真がある。

彼が情熱を傾けた修復プロジェクトの話のあと、わたしは、村長37年の仕事について尋ねた。村の小学校がなんども閉鎖されそうになったのを回避したこと、県を説得して村の年間予算の2倍もかかる大掛かりな下水道工事を2年前に実施したことなどを、彼は淡々と語ってくれた。「村長の仕事はやりがいがあったね」と言うド・ボモンさんの表情には“わが人生に悔いなし”の穏やかな充足感があった。


伯爵家の旗

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