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連載・エッセイ

第12回 上海再訪 ―2008.10.27

ドルドーニュ便り《番外編》


バンドの風景

28年ぶりに上海を訪れ、その大変貌に仰天した。ドルドーニュ便りを期待している読者には申し訳ないが、この刺激的な旅のことを語らずにはいられない。それに筆者はいま日本帰国中!

1980年、上海は陰気な北京に比べると活気があったが、自転車と人民服の世界だった。車はほとんど走っておらず、南京東路は大変な人ごみだったが、店らしい店はほとんどなかった。

それが、いまでは新宿と銀座を合わせたようなネオンが輝く繁華街になっていた。新宿なみの客引きもある。超高層ビルの数は東京より多く、この秋オープンした森ビルは500メートルを超えるという。

前回、上海を訪れたとき、鄧小平の開放改革路線がスタートしたばかりだった。バンド(外灘)にはそのスローガン“4つの現代化”の巨大看板がかかっていたが、いまは街のいたるところに“2010年上海万博”のポスターがある。わたしのビックリ仰天は、敗戦直後の東京の焼け跡を訪れた外国人が、30年後に再訪し銀座を見た驚きと同じだろう。

国のリーダーが舵取りを180度変えると、わずか30年でこれほどの変貌を遂げることができる……明治維新と戦後改革であれだけのことを成し遂げたわれわれだ、現在の閉塞感を打破できないはずはない……との思いが胸をよぎった。

わたしが滞在したのは、昔フランス租界があった息子夫婦が暮らすアパートだった。1922年にフランス租界を訪れた芥川龍之介は「あの住宅地は愉快だった。柳がもう煙っていたり、鳩がかすかに啼いていたり、桃がまだ咲いていたり、支那の民家が残っていたり……」と書いている。


french connection

ずいぶん歩きまわったが、もはや当時ののどかな光景は残っていない。それでも、“マンションホテル”(1932年築)はかつての雰囲気を伝える瀟洒なホテルだった。フランス人建築家ラファイエトが設計したロビーは、中国と西欧の装飾文化が見事に調和した空間だ。そのあと、レストラン街に行くと、ニューヨークで見かけるような“フレンチ・コネクション”の看板があった。

フランス租界のことを調べるために、上海市図書館の特別閲覧室を訪れ、司書が探してくれた数冊の写真集を見たがあまり参考にならなかった。それでも19世紀はじめの19世紀はじめの上海港の鮮やかなイラストを発見し、図書館の施設が完備されているのを知ることができた。写真は図書館5階から撮った庭の風景である。


上海市図書館の庭

豫園に向かうタクシーのなかでの、面白い運転手さん(57歳)に出会った。以下、わたし(A)と運転手さん(B)の会話である。

 A:「1980年に訪れたときには、ほとんどタクシーはなかったですね。いま、上海に何台くらいありますか」
 B:「5万台ありますよ。30年前は1000台くらいでした」
 A:「学生時代には、わたしも毛沢東の『矛盾論』など読んだものですよ」
 B:「わたしの学校時代は、毛沢東の本ばかりでしたね」
 A:「毛沢東が、いまの上海を見るとどう思うでしょうね」
 B:「喜ぶと思いますよ」


南京東路夜景

帰りの飛行機のなかで、中国滞在20年のジェームス・マクグレゴール(ジャーナリスト出身のビジネス・コンサルタント)が書いた“One Billion Customers”(10億人の顧客)を読んでいたら、次のような一節があった。

中国共産党の幹部は定期的にマルクス・レーニン主義の学習会に出席する義務がある。だが、会合が終わり運転手つきのベンツにのると、すぐに携帯電話で株式の売買をブローカーと相談する。高級マンションに帰ると、ハーバード・ビジネス・スクールを卒業した息子や娘と投資の相談をする。

これは中国の現実の一部なのだろう。帰国して、中国に詳しい友人に会ったら「江沢民の年金は1億円だよ」と言っていた。


魯迅のアパート

上海再訪でわたしが最も感動したのは作家・魯迅(1881-1936)が亡くなる前に暮らしたアパートだった。3階建て広さは全部で約30坪、部屋も家具も当時のままで維持されていたが、まことに質素なものであった。書斎は、これが中国の国民的作家の仕事場だったのか、と思うほど狭い。国民党のテロの脅しにもめげず、魯迅は最後までここで執筆を続けていたのである。

共産党独裁下の資本主義、貧富の差の拡大という巨大な矛盾を抱えた中国の現実を、魯迅はあの世でどう思っているのだろう。


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