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連載・エッセイ

第14回 ル・モンドの『俘虜記』書評 ―2008.12.05

ドルドーニュ便り《番外編》

真珠湾攻撃から67年目の12月8日がやってきた。わたしの手元に、今年のはじめル・モンド紙に掲載された大岡昇平の『俘虜記』(1949年刊)の書評切抜きがある。ル・モンドは毎週金曜に、10ページの”Des Livres”(書物)を掲載するが、その週のトップは『俘虜記』だった。記事の見出しは、“大岡昇平——戦争を克服した日本人”、その下には、橋を渡る前線の日本兵のシルエットの写真がある(上記)。

書評のリードには、“フィリピンの戦場で、米軍の捕虜になった著者の体験が描かれた名著がフランス語訳された”とあった。発行部数30万のクオリティ・ペーパー、ル・モンドだけのことはある。編集者が紹介に値すると思った本は大きく扱うのだろう。日本の新聞書評欄で一冊の本にこれほどのスペースはあてない。

60年前の大岡の本の書評(2ページ)が、ル・モンドに掲載されていることは、なにを意味するのだろう。わたしは編集者の視界の広さだと思う。20世紀、日本で生まれた一人の知識人の戦争体験を共有し、歴史から学びたいという意思がここにはある。

1944年に日本陸軍に召集されたとき、大岡はすでに35歳、3児の父親であった。この壮年の兵士がスタンダールの『パルムの僧院』の訳者であったことに、編集者は大いに関心をもったにちがいない。

大岡のフレンチ・コネクションが、書評の対象となるのにプラスになったのは確かだろうが、概して、フランスの知識人は日本文化に好意を抱いている。彼らの自国文化への誇りは高いが、同時に異文化に対してオープンでもある。そして、普遍的な価値のある作品には敏感に反応する。


“黙示録の世界から生まれた小説家”(見出し)

書評は次のような、大岡の体験を紹介している。彼はミンドロ島の戦場で、パトロールしている若いアメリカ兵と遭遇する。相手は大岡が潜んでいることに気づいていない。大岡は銃の安全装置を外したが、彼にはその若者を殺せなかった。そのあと、米軍に追い詰められた大岡は、森のなかで自決を試みるが手榴弾が不発で生きのびる。

わたしはこの書評に触発されて、今秋、東京で買い求めた『俘虜記』(新潮文庫)を、数日前に読み終えた。大岡は、冷静な目で実に克明に、戦場の悲惨と収容所の捕虜の実態を描き、日本の指導者の無責任に怒りを爆発させている。

収容所で日本降伏のニュースを聞いた大岡は、「祖国は負けてしまった。偉大であった明治の先人達の仕事を、三代目が台無しにしてしまった」と嘆く。そして、二発の原爆投下後も、国体維持にこだわり、ポツダム宣言受諾が遅れたことについて、「8月11日から14日までの間に、無意味に死んだ人達の霊にかけても、天皇の存在は有害である」と言い切っている。

ともあれ、ル・モンドの評者は、「『俘虜記』はアンドレ・ヴェルコールの『海の沈黙』を思いおこさせる古典である」と激賞している。若き日本人、必読の書であろう。


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