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豊﨑由美「全国3000人の海外文学ファンを代表して トヨザキ社長が提案!“ガイブン仲間"を増やすには?」 ―2009.03.13
初めて、絵本以外の本を読んだのは五歳くらいの頃。九つ年の離れた姉が持っていたグリム童話全集だったんですの。版元がどこかはわからないのですが、幾度も読み返したためにすり切れてしまった黄土色の布カバーは、今でもはっきりと思い出すことができます。とりわけ好きだったのが、「こわがることを習いに出かけた男の話」という一篇。 これは、賢い兄と比べると愚鈍な弟が、ぞっとすることを習いに旅に出るお話です。賢兄愚弟の物語は世界に無数にあるのですが、"きれいは汚い、汚いはきれい"という価値の反転がよく起こるグリム童話における愚弟の人生逆転劇は、姉と比べて出来がよくなかったわたしにとって痛快でした。 一般的な常識のもとでは役立たずだった青年が、ぞっとする感覚がわからないというバカバカしい性質によって、やがては王様にまでなってしまう。そういう価値の反転がもたらすセンス・オブ・ワンダーと、首吊りの木だの化け物が跋扈する城だのといったエピソードが生む恐怖と、最後ついに青年がぞっとする感覚を学ぶというオチがもたらす笑い。これが、わたしという人間の読書の性癖を方向づけたといっても過言ではありません。 P・K・ディック、J・G・バラードといった作家のSFや、デ・ラ・メア、マンディアルグ、エリアーデらの幻想小説、一九世紀イギリスのゴシック小説からモダン・ホラーへと至る恐怖小説、モダニズムからポスト・モダニズムに至る前衛小説、デイヴィッド・ロッジ、莫言、ニコルソン・ベイカーなどの作品に内包された笑い。三つ子の魂百までとはよく言ったもので、今現在、わたしが好きな小説はみんな「こわがることを習いに出かけた男の話」を源流にしているのです。 で、もうひとつ、グリム童話によって決定づけられた性向が海外文学への愛なんですねー。これで読書の歓びを知って以降、リンドグレーンやアーサー・ランサム、ケストナーらの児童文学定番の傑作に読み耽り、四十七歳の現在に至るまでずーっと海外文学に親しんできたんです。ところが太宰治や中原中也や筒井康隆の話が出来る友人はいたものの、大学に入るまで周囲に海外文学が好きな同好の士を発見できずじまい(海外ミステリーファンはいましたが)。当時から「なんで、みんなガイブンを読まないのかなー」と不思議でしかたなかったんですの。だって、こんなこと書くとまたいらない敵を作ってしまいそうですけど、そこいらの一流半程度の国内小説より、世界文学のほうが比べものにならないくらい面白いのに。日本の小説に三百円か五百円程度上乗せするだけで、比べものにならないくらいのレベルの面白さが手に入るのに。そう思ってましたし、今もその考えは変わらないんであります。 高校生の頃に愛読していた文芸誌「海」で初めて読んだラテンアメリカ文学の衝撃。大学生の時バイト代をつぎこんで集めたサンリオSF文庫で出合ったスペキュレイティブ・フィクション(思弁小説)のカッコよさ。国書刊行会の「文学の冒険」シリーズが教えてくれたポスト・モダン小説の多様さ、奥深さ。わたしが二十代以降に出合ったたくさんの海外文学の傑作に匹敵する小説を書ける、もしくは書く可能性を持つ現存作家が、日本に一体何人いるんでしょうか(あくまでも当社比ですが、今数えてみたら十八人いました)。 なのに、なぜ、読まないっ!? というわけで、「海外の小説は苦手」という友人知人の皆さんにその理由をお訊きしてまいりました。で、圧倒的に多いのが「名前が覚えられない」。以前、日本の小学生男子に「どうして、野球じゃなくてサッカーをしてるの?」と質問してるTV番組を見たことがあるのですが、その時の答くらいの衝撃度と申せましょう。ガキども曰く「野球はルールが難しくて覚えられない」……清原和博みたいな脳味噌が筋肉質の男ですら覚えられたのにぃ! で、次に多かった答が「知らないところが舞台になってるから、雰囲気がよくわからないし共感もできない」。かなり気持ちが滅入ってまいりました。わかってることを「うん、わたし、わかる」って再確認する読書の、どこが愉しいんだろう。ここ数年、共感とか癒しが売れる本のキーワードとして取り沙汰されていて、わたしだって共感や癒しは小説の大事な要素だとは思ってるんですけど、それ一辺倒ってのは気持ち悪くないですか。世界は広くて、意見も感覚も常識の持ちようも生活様式もまったく違う人たちが、でも、自分と同じようにかけがえのない日常を送ってるわけで、海外文学を読むとそれが心底実感できるんですよ。自分がいかにいろんなことについて「わかってない」かを突きつけてくれるんですよ。で、そのいちいちに対して「!」と驚いたり、ショックを受けたり、それでもわかんないことがあればわかろうと一生懸命想像を働かせてみたり、そういう小説がわたしには面白いんだけどなあ。 しかし、そんな自分の感覚を他人に押しつけてもしかたありません。なので、各社のガイブン担当の方にお願いがあるんですの。目次のあとに、登場人物一覧をつける!その際、作中で愛称で呼ばれる人物に関しては、「豊﨑由美(社長)」みたいにそれも付記する。というのも、外国人の名前ってロバートがボブになったり、日本人には謎以外の何ものでもない変化をする(特にロシア!)じゃないですか。慣れてれば、「あ、このボブって、前に出てきたあのロバートね」って見当もつきましょうが、ガイブン初心者には存外このハードルが高いんですよ。同じように家族の年代記的な作品には家系図をつける。できれば名前の後に作中で初めて登場するページ数まで示してあげる。で、日本人には馴染みのない土地が舞台になってる場合は、ウィキペディアに載ってる程度の情報でいいから、登場人物一覧の後にその説明もつける。もーね、そこまでしなきゃダメと思し召せ。「売れない売れない」って愚痴ってるだけじゃなくて、このくらいの工夫はすべきなんですよ。 以前、文芸誌の仕事で、各社のガイブン担当編集者に取材をしたことがあります。その時、皆さん口を揃えていたのが「海外文学読者のコア層は三千人」という現状認識。しかし、高年齢化が想定されるコア層のうち、確実に毎年百人くらいがあの世に旅立たれておられましょう。つまり、補塡しなくちゃ、たった三千人すら維持できなくなるんですよ。不肖トヨザキもブックレビューや、今後偶数月に定期的に行う予定のガイブンに特化したトークイベントで愉快な仲間を増やすよう頑張ります。だから、ガイブン編集者の皆さんもこれまで以上に頑張って。今世紀中に三千人が一万人にまで増えるよう、力を合わせてこの危急存亡の秋を乗り切りましょう! (筆者=ライター・書評家) |
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