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連載・エッセイ

その10 ―2009.05.13

スペイン超短期語学留学記



 学校生活は2日目、またも一番乗りで教室に入り、授業開始を待った。前日の朝はレベル決定試験やオリエンテーションがあったために1時限目には参加しておらず、担当の先生にもまだ会っていなかった。この時間は、たしか文法中心の授業のはずである。どんな人だろう。生徒たちは昨日会った4人で全部だろうか・・・。おや、もうひとりいたみたいだ、そう思いながら、私はたった今教室に入ってきた50歳代と思われる長身の男性を見上げた。まるっきりアングロ・サクソンな風貌から、英国あたりかアメリカから来た生徒と思われた。ところが彼は、生徒にしては身分不相応な颯爽とした自信に満ち溢れたプラスのオーラを放ちながら、私を見るなり、「君が新しい生徒? そう。僕はホセ。よろしく」と手を差し出した。私は少々面食らいながらも、「カリーマです」と挨拶を返した。ホセ? たしかに、スペインと言っても各地方にそれぞれの土地柄や民族性があり、人々の外見もさまざまである。北部ガリシアのように、ケルトの影響が強く、バグパイプを吹いている地方もあるぐらいだ。それにしても、今私の目の前にいる人物は、「ホセ」というよりはどうしても「ジョゼフ」にしか見えないし、どちらかというと英語の先生の風貌だ。しかしこのホセこそが、私の3人目の先生だったのだ。


ホセと。彼はアイルランド人のお母さんとカターニャ人の父を持ち、アンダルシアの血は引いていない。しかし子供の時にセビリアに移ったため、カターニャ語は話さず、カターニャへの帰属意識もまったくないそうだ。

 他の生徒が全員揃っても、ホセの注意はまだ新入生の私に注がれていた。そしてカリーマという名前の綴りを聞いてメモを取ると、他の生徒たちに向かって「彼女がどこの人か当てっこをしよう」と言った。しかし生徒たちとはもう前日に会っていて、そこで私は長々と生い立ちを説明している。「もうみんな知っています」と言うと、彼はすぐに気を取り直し、「じゃ僕が当てるよ」と言って、謎解きでもするような様子で私の顔を見つめた。
 「うーん。僕が思うに、彼女はヨーロッパの人ではない。少なくとも血筋は違う。それから・・・アジアの人でもない」
日本人生徒たちが首を傾げる。
 「そう、彼女はアフリカの人だ!」
 すごい。これまで多くの人が私の素性を「当てよう」としたが、いきなり「アフリカ」と大陸名を言い当てたのはホセが初めてである。
 「お見事!」
 「アルジェリアかな」
 「違います」
 「じゃ、エジプトだ」
 最速記録の誕生だ!と完全にホセに気をとられていたので、次の瞬間、隣の席の日本人青年から飛び出した発言に、私はまったく心の準備が出来ていなかった。
 「ボク、あなたを日本のテレビで見たことがあるような気がします」
 「その9」で書いたように、私が一番教室で聞きたくなかった恐怖の台詞である。初日に何も言われなかったので、もう大丈夫だと安心していたが、やはり語学留学をするような人は、NHKの語学講座を見ているのだ。
 忘れたころに飛び出した恐怖の台詞に面食らいはしたものの、意外にも私はあまりうろたえなかった。なぜなら発言そのものよりも、その発言の主の方に私の関心は注がれたからだ。
 好奇心と人懐っこさが覗くクリクリの瞳が印象的なその青年は馬場さんといい、腕や首など、体の見える部分は顔以外すべてが刺青で覆われていた。表情の柔らかさとタトゥーが放つ強烈なインパクトのギャップに気をとられたおかげで、私は照れながらも「はい。NHKのアラビア語講座で講師をやっていました」とやり過ごすことができた。
 ところがホセがこれを聞き逃さなかった。
 「ババ、今の文章をもう一度言ってくれたまえ」
 そしてそれをホワイトボードに書いた。
 「どうだい、みんな。この文章に修正は必要ないかな?」
 するとイタリアの美少女パウラが言う。「私にはしっくりきません」
 ところがこの台詞もまたホセには気に入らない。彼女の言い方では「私はこれに我慢できない」というニュアンスになってしまい、用途が違うからだ。まずそれをクリアーしてから、「私は彼女をテレビで見たことがあるような気がします」に戻る。ホセはこの機会に動詞の接続法過去完了を入念に説明し(文法に並々ならぬ情熱を注ぐ彼は、文法用語にもかなりこだわる)、さらに「でもこの意味なら接続法を使わずにもっとシンプルな言い方もできるよね。どうなるかな?」と質問を投げかけた。結局、「彼女をNHKテレビで見たことがあると思います」という私がもっとも恐れていた台詞は、ホワイトボードに幾通りもの表現方法で書かれ、繰り返し解説され、延々30分にわたる議論のネタになってしまった。


馬場さんと、スィンタ先生を挟んで。

 ホセは私の名前をなかなか覚えられず、呼ぶたびに手元のメモを見るので、ヒントになるだろうと思い「カルメンと同じ語源です」と言ってしまったが最後、とうとう最終日まで私をカルメンと呼び続けたが、1週間しか在校できない私のためになるべく多くの文法事項を解説するよう授業内容を工夫してくれた。飄々とした立ち居振る舞いからは想像できないような情熱を込めて文法を説明してくれるユーモア精神たっぷりのホセの授業は、一秒一秒が文句なしに楽しかった。そんな姿に、「私も上級にアラビア語を教えてみたいなあ」と大きな憧れを抱くとともに、「来年もまたセビリアに来よう、ホセの授業を受けるために」と思いを新たにするのだった。今でも時々、「では見てみましょう」と言うような時にホセがよく使った、Vamos a ver…という口癖をことあるごとに思い出し、そんなときはたまらなくセビリアが懐かしくなる。
 さて、この日のもう一つの出会いは、言うまでもなく馬場さんであるが、その話はまた次回にしよう。(続く)


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