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連載・エッセイ

その11 ―2009.05.20

スペイン超短期語学留学記



 前回でも紹介したように、セビリアの語学学校で出会ったクラスメートの馬場さんは、何よりもまず、派手なタトゥーが強烈な印象を与える青年だった。いまどき刺青といっても趣向は人によってさまざまだし、少年時代にロックを志したりすれば刺青の一つや二つあって当然で、「ちょっと怖い」なんて言っては絶対にいけないのだが、馬場さんのタトゥーはハンパじゃなかった。腕や首など体の見える部分は入念に刺青でカバーされていて、手首から腕にかけて真っ黒に塗りつぶされている部分さえあった。「ちょっとした出来心でやっちゃった」という程度の刺青とはわけが違う。なにか一筋縄ではいかない、わけありの少年時代があるんじゃないかと、あれこれ想像させられてしまうのである。
 ところが馬場さんの表情から受ける印象は、そういった世間一般が抱く刺青のイメージとはかけ離れていて、丸い童顔に人懐っこい瞳がキラキラと光り、微笑んでいないときですら微笑んでいるように見えて、始終柔らかいポジティブなオーラに包まれながら教室に座っているのだ。


馬場さんと、スィンタ先生をはさんで

 あるとき、たしか2日目の授業だったと思うが、先生のスィンタが、いろいろな場面で使える便利な表現を集めたプリントを配り、二人ずつ組みになってそれらを使った会話を考えるように指示した。たとえば、「ご愁傷さまです」「そうなればどんなにいいだろう」「とんでもない!」といった表現だ。隣の席の馬場さんと組んだ私は、彼に「とんでもない!」と言わせなければならなかったので、与えられた選択肢の中から「あなたの車を売って、そのお金で一緒に旅行しましょうよ」という文章を選んで会話を仕掛けた。ところが彼は「とんでもない!」とか「冗談じゃない!」と答えるかわりに、満面の笑を浮かべて、「そうできればどんなにいいだろう!」と言ったのだ。
 慎みを美徳とする日本で、女性に向かってこういう洒落たお世辞を言ってまったくいやらしさを感じさせない男性は、正直言ってあまりいない。ところが馬場さんは、これを完璧に紳士的なユーモアとしてやってしまう。知れば知るほど不思議な青年だ。勉強熱心でディスカッションにも積極的に参加し、授業での発言内容から想像するに、セビリアでの活動範囲や交友関係も広いようだった。
 そんな馬場さんがどんな少年時代を送ったのか、どのような経緯でセビリアに来たのか、詮索する私のぶしつけな質問も彼は快く受け止め、包み隠さず話してくれた。
 古風な祖父のいる家で厳格に育てられ、家庭でも学校でもさまざまな確執を経験するうちに自分の居場所を見失って、進学高校に進みながらも自主退学し、家を出てパンクロックに打ち込んだ。やがて命をも危険にさらすような自暴自棄の生活を送るようになり、友人も薬物や事故などで死んでいった。次は自分かなと思ったこともあった。しかし大人になるにつれ、いつしか彼はこう考えるようになった。「結局今日まで死ななかった。それならば、これからは生きよう」。そしてそんなある日、フラメンコ・ギターと出会う。


セビリアのギター・ショップ

 ギターを志してスペインに渡り、スペイン語を勉強するうちに、彼は音楽より語学の勉強の方が自分には楽しいことを悟り、そこに未来を見出した。馬場さんは言う。「セビリアの優しい風に包まれて、心の中の虚無は人を愛する気持ちに変わった。世界はこんなに優しさに包まれている。俺は一人じゃなかった」。無難に生きてきた私とは桁違いだが、セビリアに魅了され、人生が変わった人が、ここにもう一人いた。馬場さんの夢は、スペイン語と英語をマスターした後、さらにフランス語も勉強し、ゆくゆくはどこか田舎で小さなビジネスを始めて、読書をしながらゆったりと暮らすことだそうだ。
 このように私の超短期スペイン留学は、先生にもクラスメートにも大変恵まれて、楽しく実り多いものとなった。しかしすべての人が私のように幸運だったわけではなく、中にはクラスメートに苦しめられた人もいたようである。特に大ひんしゅくを買っていたのが、やたらと授業を妨害するでしゃばりなドイツ人のおばあさんだ。同じクラスに編入されてしまった、私と同世代のドイツ人女性は、「このままじゃ私、何のために来たのか分からないわ。クラスを変えてもらえないかしら」と本気で悩んでいた。同じ日に入学したため、オリエンテーションやガイド付きの散歩、フラメンコの講義などで私も一緒になったのだが、なるほど他人のことなど一切考えない迷惑千万なおばあさんである。明らかに、勉強するためというよりは旅行ついでの、いわば話の種に入学したらしく、ウォーキング・ツアーでは先生の話をしょっちゅうさえぎっては、滅茶苦茶なイタリア語でありとあらゆることをまくし立てた。まるで、ドイツ人のイタリア語がスペイン語としてどれだけ通用するか試しに来ているようだ。とてもいい人なのだが、貴重な休暇を使って勉強しに来ている他の生徒は笑えない。
 ウォーキング・ツアーのガイドは文化担当のフアンマという先生だ。セビリアの歴史や美術について詳しく楽しく、しかもスペイン語初学者でも分かるように、そして新しい単語を次々と教えながら解説するという離れ業をいとも簡単そうにやってのけるクールな先生で、「CLICで働いていたら、一生金は貯まんないぜ」などとぼやきながらも、情熱をもって生徒に接する姿や、驚くほどの愛情を込めてアンダルシアにおけるイスラーム時代の思想や美意識について解説するオープンさが私はすぐに好きになった。しかし彼の方はどうやらあまり私を好きではないようだったので、私はなるべく遠慮してグループの後方からついていったのだが、例のドイツ人のおばあさんは誰に嫌われたって、同郷のおばあさんたちに他人のフリをされたって気にしない。何語とも言えない言語で声高々と先生の話に口を挟む。
 私がとても楽しみにしていたフラメンコに関する講義にも当然姿を現し、汗だくになって一生懸命フラメンコのさまざまなスタイルについて説明する生真面目な先生を尻目に、音楽がかかればすぐに立ち上がって踊りだし、その場を白けさせる。なるほど、こういう人がクラスにいたら授業にならないだろう。だからといって追い出すわけにはいかないし、やはり学校生活の良し悪しはいくつもの幸運に頼っている。何度も自慢するようで申し訳ないが、やはり私はツイていた。それと同時に、私もあまり張り切りすぎて、他の人のストレスのもとにならないように気をつけないといけないな、と少し身につまされたのだった。(続く)


フアンマの案内で見学したアルカサール

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