白水社 白水社
書籍の検索 →詳細検索はこちら
 

教科書検索はこちらから買い物カゴを開く
白水社 白水社 白水社
トップページ
耳より情報 新刊情報 おすすめ本 全集・シリーズ 白水Uブックス 文庫クセジュ 語学書 雑誌『ふらんす』
岸田國士戯曲賞 パブリッシャーズ・レビュー クラブ白水社 メルマガ「月刊白水社」 教科書見本 連載・エッセイ 書店様向けページ
連載・エッセイ

金原瑞人「『豚の死なない日』が生まれた日」 ―2009.05.26

 この頃はさっぱり翻訳物が読まれなくなった。まず若者が読まない。大学でも文学部は人気がなく、あちこちで文学部を解体して「国際××学部」とか「教養××学部」といった具合に看板をかけ直しているし、なかでも外国文学系は軒並み頭打ち、英文科さえ例外ではない。また、20代、30代の女性もやはり好きなのは日本の作家の作品で、翻訳物には見向きもしない。豊?由美さんや江國香織さんや角田光代さんが海外の作品を紹介してくれても、若い読者には届かない。じゃあ、若いとき翻訳物をむさぼるように読んだ世代はどうかというと、男性陣の多くは池波正太郎か藤沢周平へいさぎよく鞍替えしている。
 こんな情勢のなかで、せっせと翻訳物を出し続けている白水社は偉い……という話を書きたいのではない。現代は翻訳者にとって決してありがたい環境ではない……ということをちょっと言いたかっただけだ。
 そういうご時世だからか、絵本や、共訳の本までまぜるとすでに300冊ほど訳書を出しているものの、ベストセラーというものに縁がない。書店のベスト10に入った本さえほとんどない。その数少ない例外の最初の1冊がロバート・ニュートン・ペックの『豚の死なない日』だ。この作品、口コミで広がっていったらしく、一時的に書店の売り上げ上位に入ってから、新聞や雑誌で取りあげられるようになった。
 しかしくやしいことに、この本は自分で見つけて出版社に持ちこんだ本ではない。じつは、ちょうどその頃、現代ネイティヴ・アメリカン(アメリカ・インディアン)作家の短編のアンソロジーを編もうと考えていて、フランス語の翻訳をやっている平岡くんの紹介で、初めて白水社編集部の門を叩いた。『フランス幻想小説傑作集』『笑いの新大陸──アメリカ・ユーモア文学傑作選』なんかを出している出版社だからきっと話をきいてくれるだろうと思ったのだ。実際、相手をしてくれた若手の編集者は興味を持ってくれて(あるいは、とりあえずそんなふりをしてくれて)、そのうち詳しい企画書を持っていきます、と言い残してもどった、その日の夕方(だったか、次の日の夕方だったか)、白水社の別の編集者から電話があった。「ヤングアダルト物を訳している金原さんですよね。『豚の死なない日』って作品、ご存じですか?」とたずねられて、「ええ、とてもいい作品ですよね。かなり前に読んで持ちこんだことはあるのですが、児童書の出版社ではちょっと出しづらいかな、ということもあって……」と答えて、しばらくやりとりがあった後、わかったのは、もう白水社で版権を取っていて訳者をさがしているということだった。もちろん、ふたつ返事で承諾。出版の運びになる。
 あとでわかって笑ってしまったのだが、その編集さんは、ぼくがネイティヴ・アメリカン作家のアンソロジーの企画を熱く語っていたとき、すぐ横のデスクにいて、それでぼくに電話をしてきてくれたらしい。そんな縁でもって、ぼくが訳すことになった本がUブックスにまで入っているのはとてもうれしい。さらに、白水社は、この作品の続編の版権も取得していた。慧眼というべきかな。
 ところで、正編のほうのタイトル『豚の死なない日』はほぼ原題通り。ぼくは昔からタイトルは原題をそのまま日本語に直して提出して、あとどうするかは編集にまかせることにしている……のだが、見本が送られてきたとき表紙に『豚の死なない日』という文字を見たときにはびっくりした。まさかこのまま採用されるとは思っていなかったのだ。それで編集部に電話をしてみたら、「あのタイトル、いいじゃないですか」とのこと。ううむ。
 ところが続刊のほうはそうはいかなかった。原題は“A Part of the Sky”。そのまま訳せば『この空の一部』。これではさすがに、センチメンタルで内容とかなり印象が違う。それになにより、『豚の死なない日』の続刊であることがわからない。というわけで、編集さんのつけたタイトルは『続・豚の死なない日』。見事! こちらもそのうちにUブックスの仲間入りをすることになった。めでたい!
 そしてそのあとに訳すことになったヤングアダルトむけの『イルカの歌』もUブックスへ。これもぼくの持ちこみではなくて、編集さんからの依頼。なんだか、白水社にはお世話になりっぱなしなのだ。考えてみれば、自分の訳した本が文庫(新書)になった最初の本も、これら3冊だった。そのうちに、恩返しをしなくちゃと、いつも考えている。
 ところで、最初のところで書いた、現代ネイティヴ・アメリカン(アメリカ・インディアン)作家の短編のアンソロジーがその後どうなったかというと、どうにもなっていない。これは今後の課題である。

プロフィール: 金原瑞人(かねはら みずひと)
1954年生まれ。法政大学教授・翻訳家。主な訳書に『国のない男』(K.ヴォネガット)、『幸せな王子』(O.ワイルド)、『青空のむこう』(A.シアラー)、『水深五尋』(R.ウェストール、共訳)、著書に『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』、『翻訳のさじかげん』などがある。

連載・エッセイ
温又柔「失われた『母国語』を求めて」
- 第8回 幻の原稿 [2011.12.13]

今尾恵介「日本を定点観測する」
- 第15回 中世の自治都市・堺の今昔 [2011.12.06]

温又柔「失われた『母国語』を求めて」
- 第7回 「ママ語」の正体 [2011.11.28]

今尾恵介「日本を定点観測する」
- 第14回 仙台南隣の宿場町は「副都心」へ ─ 長町 [2011.11.25]

村田奈々子「ギリシアの風」
- 第8回 サイードとカヴァフィス [2011.11.22]



↑ページのトップへ