
語学学校CLICで私が申し込んだのは、週30時間の授業と4時間の文化講習という集中コース。一週間と言っても月曜から金曜の5日間だから、一日6時間以上という強行軍である。もちろん、私と同じ日から一週間だけ授業を受ける人が他にもいるわけではなく、すでに何ヶ月も前から続いているクラスに途中編入され、一時的に参加させてもらうという形だ。授業開始は午前9時15分。約2時間を一時限とし、休憩を挟みながら毎日3人の先生の授業を受ける。初日だけは午前中にレベル決定試験とオリエンテーションがあるので、2時限目からの参加である。
小さな教室に入ると、生徒は全員荷物を置いたまま休憩に行っていてがらんとしていた。端っこの席に座って待つ間は、さながら小学校の転入生の気分だ。
間もなく2時限担当の先生が到着。生徒たちもパラパラと入ってきた。生徒は私を抜かして4人で、そのうち3人が日本人だった。正直に言うと、私はこれをもっとも恐れていた。というのも、留学するほど語学を勉強している日本人なら、NHK教育テレビのスペイン語講座を見たことがあるだろうし、惰性でアラビア語講座を見ている可能性もあろうからだ。語学番組の講師といえども、ある程度は虚像が混ざっている。「イメージに合わない」という理由で、共演者のジョークに私が馬鹿笑いしているシーンがカットされたほどだ(馬鹿笑いほど私の実像に忠実なものはないと思うのだが)。そうでなくても、「私は何でも知っています」とでも言わんばかりに格好をつけている私の姿を見たことがある日本人と一緒では、旅の恥がかき捨てではなくなってしまう。そんな余計な自意識を脱ぎ捨てて無心に授業を受けられるほど私は大人ではないのだ。したがって、この超短期留学で私が一番聞きたくなかった台詞は、「あなた勉強が足りませんよ」ではなく、「あのう、アラビア語の先生ですよね」だった。
学校の事務室の前。セビリア、サンパウロ、ロンドン、東京、ニューヨークの時刻を示した時計の針がバラバラなことに注目。これぐらいがちょうどいい。
2時限目の担当はスィンタという女性で、アントニオではないことに一瞬がっかりしたが、明るくて早口の彼女のこともすぐに好きになった。まるで教えているようにはみえないのに、いつの間にか生徒のレベルを上げてしまう力は、やはり生徒をリラックスさせ、どんなに返答に時間がかかっても我慢の色を顔に出さずに耳を傾ける余裕とユーモアのセンスの賜物だろう。私の人生の最大の幸運は、生まれてから今日に至るまで数々のよい先生に恵まれてきたことだと思っているが、ありがたいことにスペインでもその幸運は続いた。
転入生だから、もちろんまずは自己紹介である。私の場合は面倒だ。国籍を聞かれても職業を聞かれても一言では答えられない。相手に納得してもらおうと思ったら、生まれた日にまでさかのぼって説明しなければならないのだ。「あのですね、私は東京生まれ、エジプト育ちで今は東京在住です・・・はい、父の方がエジプト人で母が日本人です。カリーマはアラブの名前です。あ、分かりますか。仕事はですね、えーと、ラジオでアナウンサーをやったり大学で教えたり、アラブ文化について書いたり、いろいろです・・・」。そしてついでに、グラナダで出会ったチリ人の少女が作ってくれた「ハポアラベ」という架空の国籍まで紹介した。「ハポネーサ(日本人)」と「アラベ(アラブ人)」を合体させた造語である。この時点で、日本人のクラスメートから恐れていた言葉は出なかったので、まずは一安心というところだ。
初日の印象では、やはり上級はしんどそうだった。何がしんどいかというと、クラスにイタリア人の少女がいたのだ。言うまでもなくスペイン語とイタリア語はかなり似ている。その上すでに10ヵ月間この学校に通っていて、しかも19歳の若さだ。つまりぺらぺらである。そして多くのイタリア人女性がそうであるようにお喋り好きだ。だから会話の授業は大部分が彼女と先生のお喋りのペースに支配されることになる。ついていくのは容易ではない。が、ここでめげたり、クラスを変えてもらったりしてはいけない。慣れるまで我慢するしかないのだ。いや、不思議なもので、我慢しているとすぐに慣れるものである。めげることは語学の勉強の大敵だ。自分を信じて食らいついていこう。
スィンタとイタリア人クラスメートのパオラ
ここでのクラスメートたちはどうやら週20時間のコースを受講しているらしく、2時限目を終えて帰っていく。私はというと教室を移って、今度はメルセデス(アントニオではなく)という名の先生の授業だが、その前にお弁当のバナナを食べながら休憩だ。パティオは生徒でごった返しているので、教員室の前の誰もいない廊下においてあるイスに座ってホッと一息。携帯電話を出して家族に「すごく楽しいよ!」とメールを打っていると、通りかかった若い先生が突然背後から覗き込んだ。びっくりして振り向くと、「ゴメン、人違いだった」。そうか、「人違い」ってそう言うのか。大喜びで「人違い」とノートに書き込む。やはり現地滞在に勝る勉強法はない。来てよかった。
そして3時限目。先生も生徒も2時限目とは違うので、もう一度同じロング・バージョンの自己紹介を繰り返す。このクラスの生徒は私を入れて3人。もの静かであまり会話は得意でなさそうなドイツ人の青年、そして、またしてもスペイン語がぺらぺらですこぶるお喋り好きな21歳のイタリア人の女の子である。私の職業説明を聞くと、「そんなにいろいろな仕事をしちゃうあなたって、一体何歳!?」私は純粋な日本人のようなみずみずしいもち肌には恵まれなかったが、ヨーロッパ人より若く見られるDNAはどうやら受け継いだようだ。「38歳だよ」。「ウッソー!」と彼女が驚いてくれるのは嬉しいが、ドイツ人の青年はというと、言うことに事欠いて「うわあ。ボクよりずっと年上だ」とのコメント。さすがの私も、これには反応に困った。

カルメンが起こす傷害沙汰の舞台にもなったタバコ工場は、今ではセビリア大学。
学生たちが羨ましい
3時過ぎに授業が終了。夕方は新入生のための旧市街お散歩ツアーがある。今日の一番の楽しみはこれだ。1週間の学校生活なんて短すぎて効果がないんじゃないか、という声もあったが、いざやってみると、初日だけでも手ごたえは十分だった。もうすでに私の超短期留学は大成功だ。(続く)