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連載・エッセイ

柴崎友香「本と人」 ―2009.06.02

 友人が京都で中古レコード屋を始めることになった。彼は高校の同級生だったが初めて会話をしたのは卒業後二年経ってからで、最近なにしてるの? と聞いたら、九州から歩いて帰ってきた、と言った。以来ずっとアルバイト生活をしてきたが、ある日行きつけのレコード屋のおじいさんから廃業するので商品を譲るからレコード屋をやれば、と言われて、なんだかほんとうにレコード屋になった。

 開店準備をしていたころ、それまでバイトしていたCDショップで同僚だったA君が、尊敬している哲学者の講演を聞きにいったのをきっかけに、突然東京に引っ越すことになった。資金を捻出するため、そして新しいことを始めるという気分もあってあっさりと、A君は大量の蔵書をほとんど友人に譲り渡した。ということで、友だちのレコード屋は半分は本屋という状態で開店することとなった。そして、彼の店の本のラインナップは、ほぼA君の本棚だ。

 小説や音楽関係、現代思想の本が多いのだが、開店してひと月、京都という大学が多い土地柄のせいか、レコードよりもその本棚のほうがお客さんのウケがいいという。カップルでやってきて、延々現代思想のトピックを語り合い、本を買っていってくれる人もいるらしい。さらに、おなじくCDショップでバイト仲間だった文学青年のB君が店に来た際、本棚の品揃えに興奮し、それがA君の蔵書だったと知って、CDショップの同僚時代はそんなに親しくなかったA君に連絡してすっかり意気投合。次の休みには東京に遊びに行くことになったと報告しに来たそうだ。ええ話やなあ。

 少し前に、本棚を特集した雑誌や本を見て、猛烈に本が読みたくなった。本自体の特集もおもしろいけれど、他人の本棚の写真が並んでいるだけなのに、写真に写った本棚の隅々まで書名を確かめようと食い入るように見てしまった。作家だけでなく、学者やデザイナーやいろんな分野の人の部屋に並ぶ本は、その人の得意分野やいかにもイメージにぴったりな本もあれば、こんな本も読むのか、と意外な本もある。それを見ていると、その人の頭の中を、一部には過ぎないけれど、少しだけのぞき見ることができた気がして興味が湧き、その棚にある本を読んでみたくなる(反対に、例えばちょっといいなと思った異性の本棚がつまらないとがっかりすることもあるかもしれない)。人によって全然違う本棚を見ていたら、自分もたくさん本を読んで、読み終えた好きな本を並べて、自分の頭の中が外に表れたような本棚を作っていきたい、と思ったのだった。

 もちろん、装幀がおもしろかったりデザインが良くてぱっと目を引く本が棚にあるのもいい。だけど、なによりも「本」という形式が好きだ。なにしろ、本は、どれも開くと同じだ。(たいていは)四角く白い紙に(たいていは)黒い文字が(たいていは)真っ直ぐ並んでいるだけ。あれをめくっても、これをめくっても見た目は代わり映えしない。外国の本でも、難解な本でも、小説でも辞書でも、みんないっしょ。背表紙も細い長方形に文字が書いてあるにすぎない。

 その四角い、ある程度の厚さのある物体に詰まっているのは、少なくとも誰かによって書かれた文字で、とにかくも誰かがなにかを考えた結果だ。言ってみれば、誰かの頭の中の広がりが、そこにある。そこにあるけど、本を開いて、規則正しく並ぶ一つ一つの文字を順に読んでいくときにだけしか、経験できない。書かれている文字の数によっても、読みかたによっても、いくらでも長くも短くもなる無限の時間も、その文字の並んだ紙の束にある。

 というわけで、人の頭の中身が詰めこまれた本を、読むことで誰かの頭の中ができあがっていって、読んだ本を並べていくと今度はその人の頭の中を表した本棚ができる。この楽しみを知っている人は、ただ細長い背表紙がずらっと整列しているのを眺めるだけで、無数の物語を感じ取って、楽しくなってしまうのだろう。

 本と人間とは、とても近くで関係し合って存在しているのだと思う。

 東京に引っ越したA君は、わたしが柴田元幸さんと対談をさせてもらったデニス・ジョンソン『ジーザス・サン』の発刊イベントに来てくれて、彼の新しい本棚にはその本が加わった。

プロフィール: 柴崎友香(しばさき ともか)
小説家。1973年、大阪府生まれ。2000年『きょうのできごと』でデビュー。同作は行定勳監督によって映画化。著書に『青空感傷ツアー』『ショートカット』『その街の今は』などがある。

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