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連載・エッセイ

第5回 カント『永遠平和のために』その4(2/2) ―2009.07.28

 カントの先行者であるヴォルフ以来、哲学はラテン語ではなくドイツ語で語られ、また記されるような慣習が定着したと言われるが、たとえ世俗的なドイツ語、フランス語、英語でさまざまな哲学的「文書」が書かれようと、あくまでそれが語られ-聞かれる関係においてではなく、もっぱら書かれ-読まれるという関係において成立しているかぎりは、そこにはかつてのラテン語的なありかたがなお保持されていた、と言うことができるのではないか(ラテン語は語る-聞くではなく、もっぱら書く-読むという関係において維持された)。
 けっして目のまえにいるのではない著者の文章、しかも私たちが十分に習熟しているとは言いがたい言語で書かれた文章であっても、私たちはそれをじっくりと時間をかけて「読む」ことができる。それにたいして、語られた言葉はたちどころに消えてゆく。その瞬時に消えてゆく言葉を、それこそ打てば響くようにその場で聴覚的に捉えることのできる者、それらの者たちが構成しているのは、カントの想定している学者共同体、「世界市民社会」とはまったく異質な共同体である。そして、もちろん後者の共同体こそがナショナリズムの地盤を形づくってゆくことになるのである。ドイツ語をある程度時間をかければ読み解くことができる者ではなく、いま語られているドイツ語をその場でただちに聴き取ることができる者たち――カントを引き継いだはずの哲学者フィヒテは、まさしくそのような「公衆」に向けて、文字どおり全身全霊で語りかけるのだ。言語と共同体をめぐって、ここに私たちは、カントとフィヒテのあいだに走っている決定的な断絶、分割線を見ることができるだろう。

 最後に、カントが置かれていた時代的な制約として、彼が遭遇した戦争がどんなに世界を荒廃させる悲惨なものであったとしても、近代的な「総力戦」の立場からすればあくまで局地的に限定されたもの、限定戦争だった、ということをあげておかねばならない。傭兵部隊を抱え、いくらかは儀礼的要素もそなえて展開されたそれまでの戦争にたいして、まったく新しい戦争の形態を告知したもの、それこそがナポレオン戦争だった。ナポレオン戦争は、「国民」が兵力の主体となって総力をあげて敵に対峙し、最終的には敵の「殲滅」をめざす戦争形態をもたらした。自らイエナの戦いでナポレオン戦争に従軍し、敗北し、あまつさえ捕虜にとられたプロイセンの軍事理論家クラウゼヴィッツは、ナポレオン軍のもたらした戦争の革新的な性格について、こう鮮烈に記している。

 ナポレオンこのかた、戦争はまずフランスの側において、ついでフランスに対抗する同盟軍の側で、あらためて国民の本分となり、これまでとはまったく異なる性質を帯びるにいたった――と言うよりは、むしろ戦争の本性、すなわち戦争の絶対的形態に著しく近づいたと言ったほうがいっそう適切である。戦争のために講じられる諸般の手段はもはや明確な限界をもたない。そのような限界は、政府および国民のすさまじい遂行力と烈しい狂熱とのうちに消滅したのである。戦争の遂行は厖大な手段、およそ可能なかぎりの成果を与えうる広大な戦場、人心の激しい昂奮等によって異常に高められ、軍事的行動の目標は敵の完全な打倒であった。(クラウゼヴィッツ『戦争論(下)』篠田英雄訳、岩波文庫、291頁、訳文を若干改変)

 戦争は別の手段による政治の継続である、というよく知られたクラウゼヴィッツの優れた戦争規定それ自体を揺るがすかのような新しい形態の戦争の出現、国家同士というよりも国民同士が全力でぶつかり合い、陰に陽にそれまでの戦争に課せられていたいっさいの「限界」を消滅させながら、たがいに相手の殲滅をめざして押し進められてゆく戦闘――それはまさしくナポレオン戦争が世界史のなかに持ち込んだものだったのだ。そのときから戦争は「国民の本分」と化して、その「絶対的形態」に近づいていったのである。
 このようなナポレオン戦争の勃発した1803年がカントの死の前年であったことはまことに象徴的であると言わねばならない。啓蒙の時代を生き抜いたカントの死を境にして、まさしく戦争の形態そのものが一変するのだ。カントが没したのは1804年2月だが、同年の5月にナポレオンは「国民投票」による圧倒的な信任を受けて皇帝となる。ヨーロッパの東の辺境、ケーニヒスベルクのカントのあの狭い「市民の部屋」にも、このような歴史の動向は、着実にこだましていたに違いない――まさしく最晩年の日々を過ごしていたカントがその喧騒をしっかりと彼の耳で聞き届けることができていたかどうかは別にして。

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連載・エッセイ


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