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松本健二「滑稽にして崇高な人々〜世界中の愛すべきエンリケたち〜」 ―2009.07.27
かつて小野十三郎は、家で詩を書いていると、いつも娘さんがそのやたらと空白の多い原稿用紙を見て、台所にいる母親に「お父ちゃん、また詩書きはるで」と注進に及ぶので、閉口したそうだ。大阪弁の「書きはるで」に、娘さんの痛烈な皮肉が込められている。 私は二十年前、大学の図書館で、セサル・バジェホというペルーの前衛詩人と出会い、さっぱり意味が分からないのに一目惚れしてしまった。が、その場所は小野の家と同じ大阪、もちろん家族や友人には内緒にしていた。その数年後、ペルーに留学したのをきっかけにこっそり資料を集め始め、今ではバジェホ研究を公式の看板にしているが、やはり大阪市内という現在の生活圏で、ボクは大学で南米の詩を研究しています……などとは口が裂けても言えない。だからというわけでもないが、今なおスペイン語教師を自称している。少なくとも北新地の酒場では、その看板のほうが(多少の物珍しさも手伝って)マトモな人間扱いをしてくれるようだ。 もっとも、そんなのは、狭い大阪だけの話だろう。 世界には、詩を何の照れもなく大真面目に語る人々がたくさんいる。 南米では、初対面で「僕は詩人です」と言う人に大勢出会った。リマの詩人社会は、実際に詩を刊行している有名作家(副業はたいてい学者)を頂点として、自費出版をしている大勢の詩人志望者(副業はたいてい路上行商人)、彼らと親しい文学部の学生(たいていは自称天才詩人)、犯罪者やテロリストと見紛う怪しげな人々(人生自体が前衛詩みたいな連中)、本屋や古本屋の店主などで構成されている。自費出版詩人たちは、詩集でいっぱいのリュックを抱え、バランコという町の詩人の酒場にたむろする。詩集と言っても四、五枚の紙きれを綴じただけの代物だ。初対面で必ずこの詩集を手渡される。そして次回に感想を聞かれる。そこでうっかり「読んでない」と言おうものなら逆上して泣かれ、うっかり「分からない」と言おうものなら軽蔑され恨まれるので、気を遣う。私は小野の娘さんほどの肝っ玉もなく、本当の詩人を前にすると萎縮してしまうらしい。 その後もリマやブエノスアイレスで自称詩人たちに気圧され続けて二十年、バジェホは読めば読むほど分からなくなり、読みもしないスペイン語小説とγGTPの数値だけが増え続け、気づくと、博士号も嫁もマイホームも持たないまま、四十の坂にさしかかっていた。ちょうどそのころ、卒論指導に使えると思い、ブログを始めた。そこで、この便利なオモチャを利用して、買いためた小説を実際に読んでみることにした。日本では知られていない南米のマイナー作家たちの短編小説を、一日一編ブログで紹介していくのだ。 するとそこには、詩人同様、何の照れもなく、大真面目に、わけのわからない小説を書いている売れない小説家が大勢いた。なかでもペルーの若手は優先的に読んだ。昔の恩返しだ。ラプラタSF小説集なんていうのも読んだ。日本では『モレルの発明』で知られているビオイ=カサーレスは短編も超絶的に面白いことが分かった。その妻シルビナ・オカンポは、どれを読んでも金太郎飴みたいな作風なのだが、少々不出来な作品でも宝石のように可愛かった。そして、ロベルト・ボラーニョの「エンリケ・マルティン」(『通話』所収)とも出会った。バルセロナで下手くそな詩を書き続ける懲りない男を描いた短編だ。 その後ボラーニョはすっかり有名になったけれど、あの頃の自分は、メジャーデビューしていない埋もれた書き手を積極的に選んでいたように思う。リマの酒場で出会った詩人と同じ匂いを嗅ぎ取ったからかもしれない。 そのブログも、あることがきっかけで中断した。 実は、開始した当初から、個々の短編に五つ星の格付けをしていた。しかも調子に乗って、ある時期からそれをスペイン語でもアップしていた。 やがて、起こるべきことが起きた。 スペインの若手作家アンソロジーのなかの難解な一編に、星ゼロの格付けをして「まったく理解できない」(その通りだったが……)と書いたところ、一ヶ月後に作者からコメントが届いた。彼は「なぜ僕の小説が零点なのか教えてくれ、ここ三日間眠れないんだ」と涙ながらに訴えていた。その数日後に彼の友人と思しきテキサスの男性から、「君に彼を悩ませる資格はないぞ、もう少し語学力をつけたらどうだ」(その通りだったが……)と怒りのコメントが寄せられた。 理解できないのに最後まで読んだのは好きになった証拠だよ!と反論したいところだったが、マイナス査定を全世界に向け公表していた事実は否定できない。気弱な私は、二人に丁寧な詫びのコメントを書き、しばらくは意気消沈してブログも中断、同じ頃に勤務先大学が統合を迎えて本業が忙しくなり、結局、今に至るまで再開していない。 いい反応もあった。アルゼンチンの若手女性作家アンソロジーを読んで賞賛したところ、その編集者から、詳細なスペイン語書評を改めて書いて送ってくれ、と頼まれたこともある。つまり「読みましたよ」というアピールだけでよかったのだ。格付け公表が余計だった。 もともと詩を読むのも、短編を一日一編読むのも、それをなんとか分かりたいという意欲、つまり対話の欲望から始まっていたはず。分かんねー、つまらねー、という、消費者的な分類癖にいつの間にか毒されていたことは、今思い出しても恥ずかしい。 世界中の自称「作家」が、世界中のエンリケ・マルティンたちが、自分の書いた文章を受け取る側の〈理解への欲望〉と出会う瞬間を、そしてそのあとに生まれるかもしれない、奇跡的な相互理解の瞬間を求めている。 彼らは至って真剣である。そういう盲目的な情熱は、真似できないが故に、神聖である。多少滑稽ではあるが、どこか崇高なのだ。まさに「書きはる」という敬語がふさわしい。 (筆者=大阪大学世界言語研究センター講師) |
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