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連載・エッセイ

第4回 日中戦争後に相次いで変えられた軍事施設駅名 ―2009.08.07

地図から見た戦争

 図1は昭和10年(1935)に発行された『最新鉄道旅行図』(三省堂)である。


図1:『最新鉄道旅行図』三省堂 昭和10年

 戦前によく出版された屏風折りの案内図で、ここは岐阜周辺である。東西方向に描かれた私鉄(紺色)のうち南側は現在の名古屋鉄道各務原(かかみがはら)線であるが、びっしり並んだ駅名を見ると「一聯隊前」「二聯隊前」の文字が見える。第一・第二聯隊とは陸軍飛行第一・第二聯隊のことで、かつてここに一大航空基地が存在したことを物語っている。
 現在の各務原市だが、各務原の地名に「鏡のように平らな原っぱ」からきた、という説があるように、木曽川北岸の少し小高くなった広大な平坦地で、江戸時代までは水利の便も悪く、ただ草の茂るばかりの原野だったという。「旅人日暮て此道を過れば盗難に苦しむ事甚し」(尾濃葉栗見聞集=尾張・美濃両国にまたがる葉栗郡・羽栗郡の江戸期の見聞集)という物騒な当時を伝える一文もある。
 しかし近代に入るとその平坦さが飛行場の適地として注目され、大正5年(1916)に各務原飛行場が完成し、その後陸軍航空第二大隊が設置され、以来昭和20年(1945)の敗戦に至るまで、各務原は重要な航空基地の町として発展した。東日本でいえば東京都立川市のような立場であろう。その飛行場は現在も引き続き航空自衛隊の岐阜基地として使われている。下の図2は昭和7年修正の地形図だが、中山道の南側に広大な飛行場が描かれている。


図2:5万分の1地形図「岐阜」昭和7年修正

 図1には各務補給部前という駅が見えるが(昭和6年に「各務野」から改称されたのが反映されていない)、これら軍事施設関連の駅名は昭和13年12月1日に一聯隊前→各務原運動場前、二聯隊前→名電各務原、各務補給部前→(航空廠前を経て)三柿野と一斉に改称された。ついでながら、北側に並行して描かれた美濃町線(平成17年廃止)にも兵營前という駅が見える。こちらは明治44年(1908)に陸軍歩兵第六十八聯隊の玄関口の駅として設置されたもので、少し遅れた昭和16年(1941)には北一色と改称された。図3は昭和14年頃の名古屋鉄道の沿線案内図だが、すでに各務原線の3駅は改称済みである。


図3:『沿線案内図』(発行者の記載はないが名古屋鉄道と思われる)昭和14年頃

 軍事施設関連の駅名の改称はここだけではなく、昭和13〜16年にかけて全国に及んでいる。たとえば小田急の相模大野は昭和16年まで通信学校と称したし、同じく相武台前は士官学校前だった。京阪電鉄の藤森も同年まで師団前(第十六師団)であった。同じく師団所在地(第七師団)だった旭川では、今はなき旭川市街軌道(路面電車)の停留場が、廿(にじゅう)六聯隊前→一区前、廿七聯隊前→二区前、廿八聯隊前→三区前、師団司令部→司令部→貯金局、野砲隊前→五区前、輜重(しちょう)隊前→六区前、工兵隊前→競馬場前と多くが改称されている。時期は特定できないが、やはり昭和15年頃らしい。
 これらの改称は日中戦争が始まった翌昭和13年(1938)にできた国家総動員法が背景にあるようだ。物資や価格の統制、言論出版の規制が行われ、国内に「防諜」が声高に語られるようになった時期である。駅名の変更を命じる文書などは見たことがないが、富山市の路面電車に関する公文書(聯隊前→五福、練兵場前→県立富山工業学校前への改称)の中にこんな一文を見つけた。

  時局柄防諜関係上、兵営基地其ノ他軍事施設ノ名称ヲ標示シ、其ノ所在ヲ殊更発表スルアガ如キコトハ此際変更サレタキ旨、□□(不詳)本県警察部ヨリ申入レノ次第モ之有……(引用者が適宜読点を挿入)

 当時の状況をよく物語っているが、全国一斉に改称されたわけではないので「命令」という形ではなかったかもしれない。したがって鉄道各社もおそらく「空気を読んで」徐々に改称に踏み切っていったのではないだろうか。軍事施設駅名の改称は、その「空気」が真綿のように国民の首を絞め始めた時代を映している。


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