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連載・エッセイ

第6回 ナポレオン戦争をめぐるフィヒテとヘーゲル その1(2/2) ―2009.08.04

1.民衆の思想家としてのフィヒテ

 ナポレオンを「世界精神」として受け入れることのできたヘーゲルと、あくまでフランス軍を占領軍として捉えそこからの解放をもとめたフィヒテ、そのように対照させるならば、あたかもヘーゲルが国際的な広い視野の持ち主であり、フィヒテが頑迷な排外主義者のように思えるかもしれない。とはいえ、若い日にヘーゲルがシェリングやヘルダーリンといった学友とフランス革命を祝ったように、フィヒテもまたフランス革命を熱烈に擁護したのだった。何と言ってもフィヒテは、1793年の時点において匿名で『フランス革命論』(正式のタイトルは「フランス革命についての公衆[Publicum]の判断を正すための寄与」)を出版しているのである。
 当時は、絶対王政にたいする貴族の抵抗として始まったフランス革命がどんどん急進化していって、王や王妃の処刑が確定したり、実際に執行されたりしていた。ドイツでは、最初は革命に共感をおぼえていた人びとも、そのような動きに直面して明らかに動揺を来たしかけていた時期である。フィヒテはそのような時期にフランス革命の大儀を彼の立場から決定的に擁護するために「公衆の判断を正そう」としたのだ。このとき同時にフィヒテはずっと短い「思想の自由回復の要求」というテクストをやはり匿名で出版しているので、いかに彼がフランス革命の擁護に心血を注いでいたかが分かるのだ。
 フィヒテは『フランス革命論』において、「人権」という「譲り渡すことのできない権利」と「契約」をつうじて「譲り渡すことのできる権利」という考えを軸に、国民に国家体制を変革する権利はあるかどうか、というところから議論をはじめる。いかなる国家体制も「契約」にもとづく以上、国民には変革の権利がある、というのがフィヒテの断固とした考えだ。ただしフィヒテは、プロイセンを中心としたドイツにおいてフランス革命と同様の民衆による実力闘争をアジテーションしているのではない。あくまでフィヒテがもとめているのは精神的な革命である。一部の人間であれ、彼らがいまの国家契約から離れ、新たな国家契約に入れば、そのときにもう新たな国家が誕生する。そして、最終的にすべての国民が新たな国家体制との契約に入れば、全面的な革命が平和的に成就する。そういう道筋をフィヒテは説いている。
 もちろん、これはそれだけでは絵に描いた餅に過ぎない。いまの国家契約から離れるということも、新たな国家契約を結ぶということも、現実には容易に実現できるものではない。とはいえ、誰でもいま加わっている国家との契約から離脱することができるというそのこと自体はフィヒテにとって、けっして「譲り渡すことのできない権利」であって、それは、なによりも自由を最高の原理とするフィヒテの哲学と固く結びついている。そのうえでフィヒテは、既存の「特権階級」(貴族、教会)にたいして遠慮容赦のない痛烈な批判を浴びせている。
 その際フィヒテは、貴族たちの奢侈と民衆の貧困の不合理を繰り返し説いて、のちの『封鎖商業国家論』(1800年)で明瞭に語られる、「社会主義的」な発想をすでにここで述べている。

 本来なくてもよいものと本来不可欠なものを区別するのは、習慣ではなく自然である。力を回復するのに必要なだけの滋養のある食料と気象状態に合った身体に好い衣服、それとがっちりした健全な住まいは、働く人すべてにあたえられなければならない。これが原則である。(『フィヒテ全集第2巻』田村一郎訳、晢書房、1997年、234‐35頁、強調は原文、以下同じ)

 哲学的な主著『全知識学の基礎』などに典型的に見られるように、極端なまでに観念論的な傾向をもつフィヒテだが、カントにもまして貧しい生い立ちで苦学した彼には、民衆の生活ぶりにたいする確かなまなざしが内在している。たとえばフィヒテはこんなことを貴族たちに提言している。農民は領主の土地を耕す仕事はできるだけ手を抜こうとするのに、自分の土地なら精一杯の仕事をするものだ。強制労働ではなく賃金労働にすれば、賦役労働者の数を3分の1に減らすことができるだろうと(同上、280頁)。あるいは、当時の農民を苦しめていた「制限つき賦役制」について、フィヒテは『フランス革命論』の註でこう記している。

 このこと〔制限つき賦役制〕を知らない、わずかの人のために述べておこう。農奴(土地に縛り付けられた土くれ)には、無制限の賦役が課せられている。彼は、領主が要求するだけ働かなければならない。一般には領主は農奴を6日間は畑で牛馬を使って働かせ、7日目には使い走りや町への輸送をさせる。領主がその土地の所有権の一部しか持っていない自由農民は、制限つきの賦役に従事する。彼は、決まった量の賦役しか行なわないのである。(同上、228頁、〔 〕内は引用者付記、以下同じ)

 たとえば、カントは生涯にわたって「自然地理学」の講義を行ない、世界中の自然風土、生き物、人種、またそれぞれの風習について面白おかしく薀蓄を傾けて人気を博していた。しかし、彼は自分の身近なところに暮らしているはずの農民の生活ぶりについて、果たしてどれだけ知っていたのだろう。カントもやはり、ここでフィヒテが皮肉をこめて引き合いに出している「このことを知らない、わずかの人」(この最後に、私の手元の原文では「!」が打たれている)のひとりだったのではないか。数から言うと圧倒的に多数の人びとが知っているこのような事実を、カントに代表されるわずかの特権階級や知識人は知ろうとはしない。そのことへのフィヒテの激しい苛立ち。フィヒテがここで自分をそういう「わずかの人」の対極に置いていることは明らかだ。
 しかも、領主が自分の特権として「自由農民」に課している「制限つき賦役制」について解説するつもりで、フィヒテは「自由農民」とは比べものにならないほど悲惨な状態に置かれている「農奴(土地に縛り付けられた土くれ)」のことから語りはじめている。そして、その語りかたは、農奴たちに課されている「無制限の賦役」と比べるなら「制限つきの賦役」もまた一つの特権だ、と言わんばかりの書きぶりになっている。明らかにここでのフィヒテには、「自由農民」よりもさらに底辺層に位置している「農奴」のうちに自分の視線を置いているところがあるだろう。これはフィヒテのうちにある民衆性、しかも「農奴」というもっとも低い位置からいまの世界のありようを見据えるような民衆性を、よく伝えてくれる一節だろう。
 このほんとうの意味での民衆的感覚は、カントとフィヒテのあいだを分かっているもう一つの大事な一線だろう。

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