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連載・エッセイ

第27回 ラスコーの洞窟画 ―2009.08.25

ドルドーニュ便り《番外編》


ラスコー洞窟の“黒い雄牛”

ドルドーニュの三大名物は、世界の珍味フォアグラ、1000の城、ラスコーの洞窟画だ。真夏のカンカン照りの朝、小型車クリオを運転すること80分、ヴェゼルシ峡谷にあるラスコーに到着した。日本ではお盆、こちらもバカンスの季節なので家族連れが多い。

ドルドーニュには先史時代の遺跡がいたるところにある。ネアンデルタール人やクロマニヨン人の骨、住居跡、道具、装飾品、洞窟画などが残されている。この地方には、洞窟画がある場所は十数ヵ所もあるが、なかでも有名なのは、ラスコーだ。高校の歴史教科書でラスコーの地名を知った読者も多いのではなかろうか

ここにはクロマニヨン人が描いた1万7000年前の洞窟画群がある。壁や天井に描かれた動物絵画、刻画、記号の数2000。牛と馬の絵が圧倒的に多く、ほかに鹿、羊、犀、一角獣などが描かれている。風景、草花などはなく、ヒトは一人だけだ。

ラスコーの洞窟画は、1940年に地元の4人の少年が発見し(少年たちはこの発見を秘密にしようと誓ったが、三日のちには町中の話題になっていた!)、戦後、一般公開がはじまった。その後、世界中から押し寄せる観光客が吐くCO2で壁画の劣化が進んだため、1963年に当時の文化相アンドレ・マルローの指示で閉鎖された。

現在、観光客が見ることができる絵は、1983年に、技術の粋を駆使してつくられたレプリカである。ラスコー2はオリジナルのある洞窟から200メートル離れたところにある。専門家チームが11年かけて、洞窟の原壁と原画の主要部分を1センチもたがわず正確に再現したものだ。


ラスコー2の入り口

ガイドに案内され洞窟のなかに入る。淡い照明にさらされた「雄牛の広間」とよばれる洞窟の空間は意外に広い。幅10m、高さ4m、奥行き40mくらいだろうか。硬い壁の両面と天井に、雄牛、馬、鹿……などがたっぷりと描かれている。主役は4頭の雄牛で、5メートルのものもある。壁の凹凸を利用して立体感をだし、静止する馬から疾走する馬まで、4つの連続画などいろいろな工夫がある。生の喜びに溢れるギャラリーだ。

発見後、最初に洞窟を訪れた考古学者・ブリュイユ神父は「ここは先史時代のシスティーナ礼拝堂(ミケランジェロが描いた天井画「天地創造」があるバチカン宮殿の礼拝堂)だ」と叫んだという。

なぜクロマニヨン人は洞窟の壁に絵を描いたのだろう。先史考古学者の間に諸説があるが、宗教的儀式のためという説が有力だ。先史人がなにを信じていたか知るよしもないが、たしかに「雄牛の広間」には祈りの場の厳かな雰囲気がある。

残念ながらラスコー2にはないのだが、洞窟画のなかで、わたしが一番好きな作品は“黒い雄牛”(トップの写真)だ。横2メートルのこの大作には、圧倒的な生命力と躍動感が満ち溢れ、その曲線は優雅でもある。現代でも、これほどパワフルな作品にはめったにおめにかかれない。まさに時空を超えた芸術だ。

こちらに移住する前に読んだドルドーニュのガイドブックには、「ここは芸術誕生の地である」と書いてあった。別の本には、ネアンデルタール人が画を描いた形跡はなく、これがクロマニヨン人との決定的な差だとも書かれてあった。わたしはこれを読み、クロマニヨン人・アートの先駆者論の信奉者になった。

スウェーデン人の妻が、フランス語ができないので、ドルドーニュ移住をためらうわたしを折伏するのに使ったのも、ラスコーの洞窟画の存在だった。「人類が文明化したのはここなのよ」と言われ、文化・芸術に弱いわたしの心は傾いた。それに、クロマニヨン人は、現在ヨーロッパ人の直接の先祖で、その骨がはじめて発見されたのは、1868年のドルドーニュであったとなると、妻方のご先祖の地で文明開化するのも悪くない……。


4万年前の三種のヒト “Le Figaro Beaux Arts 2009”

ところが、である。暇にまかせて、ル・モンド2(2008年の付録雑誌)をめくっていたら、クロマニヨン人よりネアンデルタール人のほうが先に文明化したという新説に出くわしたのだ。

フランスの先史人類学者マリレーヌ・パトゥ・マチス女史の新説を紹介する前に、上の写真(フィガロ誌別冊 “先史人の生活“2009年)の説明をしておこう。左はクロマニヨン人、その隣がフローレシエシス人(ジャワ原人、ボルネオで1891年に発見)、右の二人がネアンデルタール人である。キャプションには、4万年前には3種のヒトが生息していたとある。

ネアンデルタール人の骨は、ドイツ・デュッセルドルフ近郊のネアンデルの谷で1856年に発見されたが、当初、先史人類学者は、ネアンデルタール人はゴリラと人類の中間の存在で、獰猛で文化とは無縁と考えていた。今でも、彼らは野蛮の象徴みたいに思われているむきもあるが、それは事実ではないようだ。

これまでの研究で、彼らは火を使い、石器を造り、死者を埋葬する習慣があったことが証明されている。さらに、脳の大きさは現代人より大きいという。ところが、ネアンデルタール人は今から2万8000年前に、突然、地上から姿を消している。遺伝子を調べても、クロマニヨン人と混血をした痕跡は確認されていないので、この“蒸発事件”の真相はいまだに謎のままである。

さて、マチス教授の新説は“蒸発事件“に関するものだ。彼女によると「ネアンデルタール人は知性があり、行動は意識的で、“洗練されていた”」という。ネアンデルタール人消滅は、クロマニヨン人による皆殺しによるという説があるが、教授はその証拠はないという。

ネアンデルタール人は体力ではクロマニヨン人より優っていたが、彼らは戦いを好まなかった……両者は共存していたが、ネアンデルタール人はクロマニヨン人の殺人の風習に嫌気がさして、住み慣れた場所から去り孤立して暮らし、そのうち消滅したというのが、教授の新説である。ネアンデルタール人には、現代のクエーカー教徒のように「戦いを拒否する文化があった」という大胆な仮説にわたしはビックリした。

イラクのシャニダール洞窟で、1950年代に発見されたネアンデルタール人の墓地(6~7万年前)には菊や百合が供えられていたことも発見されているから、彼らはアートの創始者ではないにしても、”おくりびと”の元祖といえる。

シャニダール洞窟で発見されたネアンデルタール人の骨のなかにシャニダール3と呼ばれるものがある。彼のあばら骨に傷があり、それが死因になったと推定されているのだが、米国のタイム誌(2009年7月23日号)は、シャニダール3はクロマニヨン人によって殺されたという説を紹介している。

これまでは、シャニダール3は狩猟時に動物に襲われたという説や仲間に殺されたという説などが有力だったのだが、米国のデューク大学の進化人類学者スティーヴン・チャーチルによると、クロマニヨン人が犯人だという証拠があるというのだ。

チャーチルは、警察の科学捜査の手法を使い、骨の傷は投げ槍によるものであることを突きとめたという。当時、投げ槍はクロマニヨン人だけが使っていたもので、ネアンデルタール人にはその技術がなかったとされている。というわけで、チャーチルはシャニダー3殺人事件の犯人は、われらの祖先であったと結論付けている。

パリの国立中央科学研究所の人類学者フェルナンド・ロジは、別のネアンデルタール人のあごの骨が砕かれていることに注目している。これは、クロマニヨン人が鹿を殺すときの手法と同じであるという。ロジによると、クロマニヨン人はネアンデルタール人の舌を食べ、歯はネックレスにし、ときには肉も食べたと推定している。

氷河期にも耐え、ユーラシア大陸で生き続けたネアンデルタール人が、突然地上から消えた時期が、クロマニヨン人の出現のそれと重なっているのは偶然ではないかもしれない。チャーチルは二つの種の遭遇が、しばしば暴力的であったにしろ、飢饉、疫病、紛争など原因は他にもいろいろあり、複合的なものだと言っている。しかし、“蒸発事件”の真相は永遠の謎だろう。


レ・ゼジーのクロマニヨン像

こうしてみると、クロマニヨン人はアートの創始者であったが、戦いを好む種であったようだ。芸術を愛する暴力主義のヒトの誕生ともいえる。

ラスコーから車で西に30キロ走ると、ユネスコの世界遺産に指定されているレ・ゼジーという町がある。ここで、先史時代(45万年前から5千年前)の数多くの住居跡や遺物が見つかっているからだ。クロマニヨン人の骨が発見されたのもここだった

レ・ゼジーにあるヨーロッパ最大の先史博物館の隣に、巨大なクロマニヨン人像(写真中央)が建てられている。わたしは、お盆の日に、それをながめながら、妻のご先祖の墓参りをしている気分になった。


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