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連載・エッセイ

第9回 ―2009.11.24

愛書狂

 205X年、ついに地上から、本や雑誌、新聞など紙の印刷物が消え去った。一部の好事家のために、紙の束に印刷された「本」が細々と作られたが、すべて限定版で国家統制下に管理された。それは一冊で車が一台買えるほどの金額となった。

 予兆はすでに2000年代に入る頃から始まっていた。本が売れない。IT化が急激に進む。情報はすべてケータイかパソコンから得るようになり、とくに若者は新聞を読まなくなった。瞬時にスポーツの結果がわかるケータイに比べ、翌朝届けられる「新聞」は「ぜんぜん新しくない」と2009年頃、若者が街頭で答えている。

 ケータイの進化はすさまじく、喋らなくても本人の気持ちが登録した自分の声で相手に伝わるようになった。簡単にプロポーズできることから未婚率が減ったのは、社会学者も予想できなかった。

 国会図書館のデータベース化はとっくに済んでおり、過去のすべての出版物も無料で閲覧可能となっていた。本など見たことも触ったこともない世代が、人口の三分の一を占めるようになり、「本離れ」さえ死語と化していた。

 205X年某月某日の夕暮れ、浜辺を散歩していた父親と息子が、波打ち際に打ち捨てられた銅像を発見した。薪を背負い、本を読む二宮金次郎の像だった。 これを見た息子が不審そうに父に聞く。「この人、手に何を持っているの?」。若い頃、本を手に取ったことのある33歳の父親は、いったい息子にどう説明するかと、高い波音を背に大いに煩悶した。


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