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第29回 EU大統領 ―2009.11.26 ![]() ファン・ロンパウEU初代大統領 EU(ヨーロッパ連合)初代大統領(欧州理事会常任議長)にベルギー首相へルマン・ファン・ロンパウ(62歳)が就任することになった。国際的にはほとんど無名の人である。エコノミストで趣味は俳句だという。写真をみると、政治家というより、飄々とした俳人の趣がある。 そもそも下馬評では、EU初代大統領の最有力候補は、英国前首相のブレアであった。立候補宣言はしてはいなかったが、本人はやる気十分で、側近が18ヶ月前から根回をし、ブラウン英首相もブレアを全面的に支持し、EU首脳の説得にのりだしていた。 ブレアには、世界政治の舞台でオバマや胡錦濤と互角に渡りあい、ヨーロッパの存在感を示すことができるのは、自分しかいないとの自信があったようだ。 ところが、リスボン条約(EU大統領、外相の導入などを含めた機構改革、別称“ミニEU憲法”)がアイルランドの国民投票で承認された10月ころから、雲行きがおかしくなった。当初はブレアを推していたフランス大統領サルコジが、距離を置くようになり、ドイツ首相メルケルも沈黙を守り続けたからだ。 大統領選びが本格化すると、EU首脳のなかでも、欧州議会でも日を追ってブレア支持がしぼんでいった。英国はユーロ圏に入らず、シェンゲン条約(EU圏の自由往来の取り決め)の加盟国でもない。そんな国の政治家がEUを代表するのか。ブレアはブッシュのイラク戦争に賛成し、EUを分裂させたではないか、これだけでも失格だ・・という声が高まった。 EUには、大別して、キリスト教民主党などの中道右派(ドイツ、フランスなど)と社会民主党などの中道左派のグループ(英国、スペインなど)の二大勢力があり、とくに、多数も占める中道右派を無視してはなにも動かない。欧州議会の中道右派が、新大統領はわが陣営からと主張したので、キングメーカーであるサルコジとメルケルは、ファン・ロンパウ支持を固めた。 英国のガーディアン紙によると、ブリュッセルで新大統領を選出するEU首脳会議が開かれる1週間前、メルケルはブレアに二度も電話をして事情を説明し、芽がないことを伝えたという。メルケルが引導を渡したことになる。 ![]() EU新トリオ・キューブ リスボン条約のもうひとつの目玉、EU外務相(外務・安保政策上級代表)の人選は、ファン・ロンパウのそれより、驚きをもって迎えられた。英国労働党の上院議員であるアシュトン女史(53歳)はEU委員(通商担当)で有能で評判はよいが、これまた無名で外交経験はない。 これから5年間、6000人の外交官を率いて、EUの共通外交政策を推進することなるアシュトンを、欧州マスコミは、メルケル、ヒラリー・クリントンに次いで、権力をもつ女性政治家の誕生だと報じていた。 この人事は、首脳会談前日、ブラウンがブレアを諦める代わりに、中道左派グループに提案し支持をえて実現したものだ。EU首脳会談で決まるまで、アシュトン本人は知らなかったというから、まさに晴天の霹靂だったようだ。 記者会見でアシュトンは、記者から外交未経験を指摘され「わたしがこれからやることで、判断してほしい。いずれ、皆さんはわたしのことを誇りに思うでしょう」と微笑みながら啖呵をきっていた。この自信はなかなかのものだ。 ブレアは袖にされた(イラク戦争支持が致命傷になったようだ)が、アシュトンがすんなりEU外相になったという事実は面白い。EU首脳、とくにサルコジとメルケルは、英国を粗末にあつかうのは賢明ではないと考えたにちがいない。それに、英国の外交力への期待もある。 ともあれ、EUは加盟国27ヵ国、人口5億、公式言語23、歴史・文化がちがう大所帯だから、新大統領、新外務相を選出するには、そうとうの水面下の交渉があったようだ。 今年後半のEU議長国スウェーデンのラインフェルト首相は、首脳会談の当日、徹夜交渉になることを予想して、朝食の準備を命じていた、とスウェーデンの新聞は伝えていた。 しかし、この人事は意外なほどあっさりと全員一致で決定され、そのあと、バローゾEU委員会長はファン・ロンパウと、アシュトン、ラインフェルトとともに記者会見に臨んだ。会見が終ったあと、バローゾは、「ラインフェルト首相に贈り物をしたい」と言い、ポケットのなかからルービック・キューブを取り出した。発明者がみずからが製作したEUの星と新大統領、新外相、バローゾの顔が描かれたものだった。国の大小、ジェンダー、所属政党などの諸要素の組み合わせを考えながら、この難問に答えをだしてくれたことに感謝する、というジェスチャーだった。なかなか、洒落たプレゼントだった。 ![]() ブリュッセル欧州議会前 EU50年の歩みのなかで、大統領と外相ポストの導入は画期的なことだ。これまでは、27ヵ国の首脳が半年毎の輪番制で議長となり、EUを運営、代表していたが、これでは効率も悪いし、世界政治へのインパクトもない。 EU大統領ポストを常設し、ヨーロッパが「ひとつの声」で世界に向かって発言し、影響力を行使する。これが、リスボン条約の批准で可能になったわけだが、蓋をあけてみると、カリスマ性も知名度もないベルギー首相が就任。ファン・ロンパウでは、百戦練磨の世界のリーダーに対抗できない、との失望の声が聞こえてくる。 リスボン条約は、2004年に起草されたEU憲法案の修正縮小版だが、原案策定委員長だったジスカールデスタン元仏大統領は「初代大統領はジョージ・ワシントンじゃなかったね」と言い、役不足だと皮肉っている。 ファン・ロンパウが選ばれた理由のひとつは、ベルギー首相として国家分裂の危機を回避した手腕がある。ベルギーはオランダ語圏とフランス語圏の二つのコミュ二ティから構成されているが、昨年、両者の対立が激化して、あわや“離婚”二つの国に割れる可能性もあった。 首相に就任したファン・ロンパウは5党連立内閣をひきいて、妥協案まとめ事態を収拾したが、その手腕がEU首脳に買われたわけだ。新大統領に任命された直後の記者会見で、交渉で大事なことは「関係者すべてが、勝利者と思うような決着を目指さなくてはならない。敗者がでるような交渉は、よい交渉とはいえない」と言っている。 新大統領はEU首脳会議の議長としてまとめ役になるが、この交渉哲学は、加盟国の利害を調整するのに有効だろう。 ベルギーでは、ファン・ロンパウは同僚の政治家の間で“俳句へルマン”の渾名で呼ばれている。会議中に俳句をつくって、それを出席者に披露する場面も度々あったという。こんな句も詠んでいる。“A fly zooms,buzzes;Spines and is lost in the room; He does no one harms(蚊がブンブン飛び廻り、五月蝿いこと、五月蝿いこと。やがて、部屋のどこかに消えてしまった。誰に害を与えることもなく)。 まさか、議論たけなわの最中に、この句を披露したわけではないだろうが、政治家の作品だと思えばなかなかユーモラスな句ではある。 21世紀はやがてG2(アメリカと中国)の時代になる、と言われているが、EUをふくめるG3になるべきだ・・そのために、ヨーロッパを代表する強烈な個性と見識をもつEU大統領が期待されていたのだが、現実は、地味なまとめ役の登場となった。 これは、冷静に考えるとEUの現実を反映した人選だったともいえる。EUは加盟国が国家主権の一部をプールして成り立っている組織だが、政治統合をしたヨーロッパ合衆国ではない。ということは、最終的な決定権をもっているのは、国家ということになる。したがって“ジョージ・ワシントン”を待望するのは、非現実的かもしれない。となると、ファン・ロンパウのような調停が得意な人物が、選出されたのは驚くことではないだろう。 日本では鳩山政権の誕生で、東アジア共同体への道が模索され始めている。未来志向のビジョン、その意気やよしである。EUはここまで来るのに半世紀をかけている。千里の道も一歩からというが、50年かけてやる覚悟がいるだろう。 |
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