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連載・エッセイ

千野帽子(3)『運命論者ジャックとその主人』 ―2009.12.10

再読愛読

千野帽子(勤め人・文筆業)第三回

『運命論者ジャックとその主人』ドニ・ディドロ 著/王寺賢太、田口卓臣 訳

 18世紀の対話体メタフィクション『運命論者ジャックとその主人』では、喜劇的な世界に「作者」も「読者」も介入し、メインプロットもどんどん脱線していきます。ミラン・クンデラや筒井康隆といった現代の小説家たちの試みに直結するものです。
 楽しく読める小説史上の最重要物件のひとつですが、日本語訳は半世紀近く『世界文学大系』第16巻(筑摩書房)しかありませんでした(しかもヴォルテールやモンテスキューと抱き合わせで)。独立した本としての新訳の登場は、悦ばしいできごとでした。カヴァー画がよしながふみ、というのも好もしい話です。
 ドニ・ディドロの作品は、リチャードソンの『パミラ』やスターンの『トリストラム・シャンディ』、あるいはラクロの『危険な関係』、そしてサドの諸作と並んで、18世紀的な精神の運動をよく伝える小説です。小説が哲学でもあったあの時代には、乾いて優雅で猥雑な精神の運動が可能でした。
 「慎み深さ」と「過激さ」という両極を往復するその運動のありさまは、21世紀の極東人の心を惹きつけるに充分な魅力を持っています。私たちに足りない「気の確かさ」を、これらの小説は満々と湛えているのです。
 もちろん当時、文学者たちの精神の明晰な運動の背後に、性格の違う双子の妹であるゴシックロマンスがいたことも事実。ゴシックロマンスに刺戟されて登場したロマン派小説のバカっぽい熱情だって、これはこれでいとおしいのですけれど。



運命論者ジャックとその主人
運命論者ジャックとその主人

ドニ・ディドロ 著/王寺賢太、田口卓臣 訳


「この作品を無視すれば、小説の歴史は理解不可能にして不完全なものになる」─ミラン・クンデラ
クンデラやブレッソンを魅了した、18世紀的小説の白眉。


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