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連載・エッセイ

第30回 コペンハーゲンの舞台裏 ―2009.12.25

ドルドーニュ便り《番外編》


べラ・センター会議場の前の彫像

コペンハーゲン世界会議(COP15)が終った翌日、スウェーデン環境省の局次長をしている娘から電話がかかってきた。2週間ぶりの連絡だった。きのうの深夜ストックホルムに戻ってきたという。

「きのうは、192カ国参加の全体会議でコペンハーゲン合意を“承認”し、そのあと懸案を片付けるのに朝2時から午後3時まで13時間もかかったのよ。EUの控え室で45分しか寝てないわ」と語る彼女に、「ご苦労さん。それにしても、この1年間あれほど働いて準備したのに、こんな結果になって残念だなあ」とわたしは言い、妻に電話を渡した。

コペンハーゲン会議への期待は大きかった。これでやっと、人類文明の存続を脅かしている地球温暖化を防止する協定が結ばれる、京都議定書とは異なり、アメリカも中国も入ったものになるだろう……との期待が膨らんでいた。

しかし、結果はみじめなものだった。議長国デンマークが提案した160頁の原案は、中国などの新興国と途上国の猛烈な反対にあい、最終的な合意文書はわずか2頁半、それも政治合意で法的拘束力はない。コペンハーゲンへの希望は打ち砕かれ大きな失望に変っている。

この2週間、わたしは会議の行方を毎日インターネットで追っていた。BBC World(英)、The Guardian(英)、Spiegel international(独)、New York Times(米)などのサイトは連日特集を組み、刻々と会議の進捗をレポートしていた。(朝日、読売、毎日のネット版の報道量は少なく、前記の英国のサイトのせいぜい数%だった)。日を追うごとに状況は悪くなり、関係者の間にあきらめの空気が流れていると知り、気が重くなった。


EU首脳と協議するオバマ

17日、なにも決まらないまま100以上の国の首脳が、デンマーク女王主催の晩餐会に出席した。メインコースは七面鳥とグリーンピース(!)、皮肉にも会場ではデンマーク王室の楽隊がジョージ・ハリソンの“Here Comes the Sun”を演奏していた。晩餐会が終ったあと午後11時から、フランスのサルコジ大統領の呼びかけで、最悪の事態を回避するために主要国の首脳が集まり早朝まで会議が続いた。

18日朝、オバマ到着のニュースをBBCが伝えたので、わたしは大会議場での首脳会議の生中継をみようと国連の公式サイトを開いてみた。しかし、10時からの会議がなかなかはじまらない。早々に中国首相・温家宝は席に着いたのに、他の主要国の首脳の姿が見当たらない。

待つこと1時間半、会議がはじまった。議長国デンマーク首相ラムスセンの司会のもと、潘基文(国連事務総長)、温家宝、オバマ、ルラ(ブラジル大統領)のスピーチが続く。温は「中国はやるべきことはやっている」、オバマは「今日は行動のときだ。決めなくてはならない」、ルラは「奇跡を信じている」と言う。

18日、コペンハーゲン会議の舞台裏でなにがあったのか。New York Times、The Guardianの報道をもとにして再現してみよう。

120カ国首脳の全体会議の前に、オバマの到着を待って開発国、新興国、途上国の代表25カ国による、妥協案を探るための緊急会議が召集された。ところが、オバマ、鳩山など他の国はすべて大統領、首相が出席しているのに、中国首相は姿を見せず、副首相・李克強を代理に送ってきた。この緊急会議が開かれている時間に、温は大会議場にいたわけだ。

午後はやく、オバマと温の55分にわたる二者会談が開かれ、ホワイトハウスは「建設的な話し合いだった」とコメントしたので事態は進展するかと思われた。しかし、いっこうに動かず時間だけ経っていく。夜になり、局面打開のため第二回目の緊急首脳会談が開かれる。しかし温は再び欠席、代理を格下げしCPO15中国代表を送ってくる。オバマは側近に「こんなことで時間を無駄にしたくない。相手は温だ」と不満をぶちまけた。

ホワイトハウスは再び二者会談を要請する。別個にインド、ブラジル、南アフリカの首脳との会談も設定する。これら新興国の同意が欠かせないからだ。

中国側と合意した会合時間の直前に、ホワイトハウスの高官二人が会場に行くと、温はすでにシン(インド)、ルラ、ズマ(南アフリカ)と会談しているではないか。仰天した二人は、オバマにそのことを伝える。オバマは部屋のドアをノックし「首相、わたしと会う準備はできましたか?」「会談やりましょうか?」と言ったという。

会談は緊張した空気のなかではじまったが、対立していたいくつかの点で妥協が成立した。たとえば、各国のCO2削減目標数値の達成度を国際的監視下に置くことに頑強に反対していた中国は、アメリカが提案する玉虫色の文言に同意し決着がついた。オバマはその合意案をEU首脳に持ち帰る。EU首脳はしぶしぶそれに同意した。

以上が、NYT記者が伝える舞台裏の風景だ。オバマの必死の努力で、なんとか政治宣言がまとまったということだろう。最終案を決めたのは、米、中、インド、ブラジル、南アフリカで、環境政策で最先端を行くEUと鳩山イニシアチーブの日本は、脇役に追いやられた。G2の時代の到来を思わせる光景である。

それにしても、外交儀礼を失する中国の交渉術には後味の悪さがのこる。ドイツ首相メルケルは「自信に満ちた中国を体験した」と言っているが、これを平たく言うと「中国は傲慢だった」ということになる。


コペンハーゲン合意を決めた5者会談

19日午前2時、ベラ・センターの本会議上で、192カ国の代表団が参加して承認手続きに入った。そもそも合意案の原案は、開発国、新興国、途上国の代表が徹夜でまとめ、その後も修正が重ねられ“5カ国会談”で決着がつけられたものだから、全体会議は形式的なものだと思われていた。ところが、そうはいかなかった。修羅場となったのだ。The Guardianがその混乱ぶりを伝えているので紹介してみよう。

午前4時、ホテルの部屋でベッドにはいる準備をしていた英国エネルギー・気候変動相ミリバンドに電話がかかってきた。いくつかの国が調印を拒んでいるので、すぐに本会議場に戻ってきてほしい、という要請だった。

ミリバンドはすぐ会議場に駆けつける。そこで演説をしていたのは、スーダン外交官で途上国77グループの代表ディ・アピングだった。「この提案はホロコーストに同意するのと同じだ。少数の国の経済支配を維持するため、アフリカ人をガス室に送ろうとしている。こんなものに署名はできない」と言い放つ。ミリバンドはその発言に激高し「そんなとんでもない主張を受け入れるわけにはいかない」と反論する。「いま、我々は深刻な事態に直面している。合意案は完全でないことは承知している。しかし、この提案は、この惑星で暮らしている貧しい人々の役にたつものだ。なぜなら、短期300億ドル、加えて長期1000億ドルの援助計画が入っているではないか」。この発言で危機は回避された。

これは土壇場の混乱のハイライトだが、その後も不満を抱くベネズエラ、ボリビア、キューバ、サウジなどが反対し続け承認を拒否したので、結局,合意文書を了承すること(Take note)で決着がついた。国連は全会一致が原則なので、一国でも反対すれば承認にならない。会議が終ったのは19日の午後1時だった。


13時間の長丁場

The Guardianはおそらく、欧米マスコミのなかで最もコペンハーゲン世界会議を熱心に報道したメディアだが、会議終了の翌日、英国のミリバンドエネルギー・気候変動相の寄稿を掲載した。見出しは、“コペンハーゲンをハイジャックした中国”。

この記事のなかで、ミリバンドは「CO2を2020年までに50%、2050年までに80%削減をするという目標が、開発国と大多数の途上国の支持があったにもかかわらず、中国の反対で合意文書にはいらなかった」と言っている。ここまで名指しで中国を非難するのは、よほど腹に据えかねてのことだろう。

22日のThe Guardianは、これを裏付ける衝撃的な記事を載せている。前述のNYTの記事は、オバマの側近から聞いた話を記事にまとめたものだが、The Guardianの記事は第二回目の緊急首脳会談に同席していたマーク・リイナス(沈みつつある島国モルディブの大統領特別顧問、英国人)が書いたものだ。見出しは“わたしはその部屋にいた”。

オバマはブラウンとエチオピア大統領ウォルドギオルギスの間に座り、すでに数時間がたっていた。デンマーク首相・ラムスセンの隣には国連事務総長・潘基文が座り、部屋には世界の首脳を含む50〜60人がいた。

わたしが目撃したのはショッキングな光景だった。中国首相・温家宝ご本人は会議場に現れず、外務相の次官クラスの部下を代理に送りこんでいた。彼はオバマの真正面に座っていた。これは明らかに外交的侮辱だった。会議の途中で温の代理は、なんどか“上司“の指示を仰ぐために席を立ち、電話をかけに行った。その間、世界のリーダーは待たされた。

開発国は2050年までにCO2を80%削減する、という合意に反対したのは中国だった。怒ったメルケルは「これは開発国の間の合意だ、われわれ自身の合意をなぜ明記できないのだ」と言い、オーストラリア首相ラッドはマイクを叩き苛立ちを露にした。ブラジルの代表は「豊かな国が自発的に削減すると言っているのに、なぜ認めないのか」と中国の矛盾を指摘した。しかし、中国代表の答えはNoだった。メルケルはお手上げのジェスチャをし、明記をあきらめた。わたしはあきれ果てた。

それに続いて、中国は重要な数字の明記を、ときどきインドの支持を受けながら、拒んでいった。2050年までに世界全体でCO2を50%削減するという原案も葬られた。もし、その部屋に中国の代表がいなければ、コペンハーゲンの成功を祝って世界中の環境主義者がシャンパンで乾杯していたと思う。

中国はなぜこれほど強硬な態度をとったのか。コペンハーゲン条約の必要がなかったからだ。これは、中国が地球温暖化に真剣ではない、ということではない。その証拠に、風力、太陽エネルギーの開発に力をいれている。

中国はこれまで、石炭をエネルギー源に、10年毎にGDPを倍増してきた。絶対にそうしなくてはならない、という状況にならないかぎり、中国指導部はこの魔法の数式を変える気はない。

21世紀は中国の世紀になりつつある。にもかかわらず、中国指導部は国際協調による環境問題のコントロールは優先課題としなかっただけでなく、それは新しい超大国の行動の自由を束縛するものと考えたのだ。

“経済成長の権利”を確保し帰国した温家宝は、北京で「中国は重要で建設的な役割を果たした」との声明をだし、オバマは「意義のあるスタートだ」と米国記者団に語っている。いずれにせよ、米中合わせて世界のCO2総排出量の40%の削減の法的規制はお預けとなった。グローバル社会は2010年に、突破口を見つけることができるだろうか。


合意案を読むジャーナリスト

今朝、東京で暮らすスウェーデンの友人から届いたクリスマスカードに「もし時間があったら、マーチン・ジャックが書いた『中国が世界を支配するとき』をぜひ読んでみてください」とあった。ジャックの本は、書評を読むと、中国叩きでも単純な脅威論でもないバランスのとれた好著のようだ。

この原稿を書きおえて一息ついていると「ボルボを中国企業が買収したそうよ」とスウェーデン経済紙の東京特派員だった妻が言った。これまでの人生で、わたしはこれほど強く中国の影を感じたことはない。


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