
2010年代の建築・都市の行方を考えるためには、2000年代(ゼロ年代)から少しだけ延長して、1995年まで遡って流れを振り返ると、よりはっきりと見えてくるコンテクストがあるように思う。「1995年」とは、阪神淡路大震災やオウム真理教事件により既存の物理的な都市インフラの脆弱性が明らかになり、windows95が発売され「インターネット元年」と呼ばれて、新たな情報インフラの可能性が顕在化した年である。
ちょうどこの頃、バブル崩壊後に襲った空虚さのなかで、建築家不要論がささやかれていた。社会学者の宮台真司氏は地方都市に建つ公共施設を例に挙げ、「地域性」を表現したバブル公共建築は地域の人が誰も使わないからテレクラの待ち合わせ場所として有効に機能している、と指摘した。バブルという時代、「建築家」が高額の商品となり、膨大なコストをかけて実用的ではない箱をつくり、難解な言語を操り自己満足しているというロールイメージはすっかり浸透し、社会からの信頼は大きく失われてしまった。
1960年代生まれを中心とした当時の若手建築家たちは、そんな逆風のなか、ゼロから建築の役割を再考しようとしていた。2000年にギャラリー・間で開催された若手建築家のグループ展「空間から状況へ」(出展:アトリエ・ワン、千葉学、阿部仁史、梅林克、みかんぐみ、宮本佳明ほか)では、身の周りの環境を読み直すこと、即物的にアプローチすること、新しい作家像を提示することなどが盛んに議論された。ナビゲータを務めた五十嵐太郎は1960年代のシチュアシオニストの言説を参照し、彼らのスローガンである「漂流と転用」をもじり、90年代の若手建築家の実践を「状況と適用」と総括した。80年代の華やかさに比較するといかにも地味だが、身の周りに徹することで失った信頼を回復することが当時の若手建築家たちの選択であった。
若手に限らず、レム・コールハース、伊東豊雄、妹島和世、隈研吾、MVRDVといったゼロ年代に活躍した建築家たちに共通する特徴のひとつに、徹底的に即物的なものの見方が挙げられるだろう。「形にできることだけを言葉にする」という姿勢は、難解な哲学・思想の用語を駆使した直前の建築家のそれとはかなり異なる。
その姿勢の背後には、バブルの反動という社会レベルでの流れもあるが、コンピュータ化に伴うCAD(Computer Aided Design)の浸透という技術レベルでの流れもまた、大きく作用した。
CAD化がもたらした最大の効用は、複製コストの低減である。手描き図面であればゼロから描き直しをしなければならないが、CADならばどんどんバージョン・アップすることができる。バージョン毎にデータを保存し、管理することも容易である。
1995年に活動を開始した妹島和世と西沢立衛のユニット、SANAAは模型を大量制作することで知られる。通常建築家は図面を用いて設計を行い、要所でプレゼン用の模型を制作するが、彼らは住宅一軒に対して100個以上もの模型を制作するという創作スタイルを打ち出した。データの複製が容易なCADならではの、バージョン・アップ型のスタディである。
私は、こうしたスタディをより正確に方法論化し、「ジャンプしない」「枝分かれしない」「後戻りしない」を原則とする「超線形設計プロセス論」を提唱し、実践している。設計プロセスにおいては、各段階で修正点を1点だけ取り上げ、その修正のみを行う。その作業を大量に反復すると、形態は条件を正確に読みつつ、濃密なものへと育って行き、かつ関係者のコミュニケーションにも役立つ。
情報社会論を専門とする濱野智史氏はこの方法をみて、ウェブ的であると指摘する。よく知られているようにグーグルの検索エンジンは、「人間はいいと思ったページにリンクを貼る」という習性を取り込み、リンクされたページに関するログを集計してランキングするというシステムを導入している。すなわち、AI(人工知能)的に高度で複雑な計算をするというよりも、単純で形式的なルールをユーザー側に設定することで、あたかも人間のほうをアルゴリズミックに動かしていることにその特異性がある。
これまで建築界での議論は、コンピュータ言語をドライブさせて複雑な形態を生成させよう、というものだった。しかしそれらは現在のところ、グラフィック・パタンや奇抜な形態の生成など、表層的な操作に留まっているといわざるを得ない。それに対し「超線形設計プロセス論」は、模型や図面という通常設計者が用いてきたツールを使いつつ、その使い方を工夫することで、情報収集やコラボレーションを容易にし、コンテクストをより正確に反映させた複雑なアウトプットを効率よく残すことを狙っており、グーグルに代表されるゼロ年代の情報技術と方法論を共有しているといえる。
現在、情報社会論の分野では、集合知や知の構造化、あるいは情報技術を用いた自立分散協調的な意思決定システムなどが盛んに議論されている。我々建築家からすれば、バラバラな意思を統一しひとつのものを作り上げる技術にかけては、建築ほどすぐれた構築性を持つ領域はない。しかも、具体的な物質によって組み立てられる建築はもともとメディアとしての機能性が高いので、空間を介した強力なコミュニケーションツールとして用いられてきた伝統もある。
そのひとつの側面は、環境を利用して人々のふるまいを無意識のうちにコントロールする新たな権力の形態=「アーキテクチャ」として対象化されつつある。高度に技術への依存が進んだ現代社会においては、その拡大に対して慎重になる必要はあるものの、コミュニティが崩壊した地域社会にせよ、競争力を保持しようとする企業にせよ、失われたコミュニケーションを回復し、アイデンティティを再構築するために、建築という領域が培ってきた構築的な思考は再評価に値するのではないだろうか。
建築家は今こそ、バブル前後を通じて無駄なハコモノを量産してきたという過去のロールイメージから脱皮し、人々のコミュニケーションのベースであるアーキテクチャを設計する専門職という、自らの職能を見つめ直すべき時期に差しかかっている。特に、1960年代に盛んに議論され、その後しばらく議論されることのなかった設計プロセス論は、ウェブを始めとする情報技術の浸透によって新たな想像力が明らかになった今日のコンテクストにおいてこそ、新しい役割を発見しつつある。2010年代の始まりに見えてきたのは、そんな風景である。
▼筆者=1976年生まれ。建築家。藤村龍至建築設計事務所主宰。建築設計に関わる実務活動の傍ら、フリーペーパーやイベント、教育など、建築の可能性を議論するための活動を展開。編著に『1995年以後』など。http://www.ryujifujimura.jp/