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連載・エッセイ

第31回 ラジオの楽しみ ―2010.01.22

ドルドーニュ便り《番外編》


わが村の教会の雪景色

目を覚ますと、雪だった。今年はよく降る。

コーヒーを沸かし、バゲットに自家製のイチジクのジャムをつけ、いつものように朝食はベッドの中でとる。

雪が降りしきるなか、小鳥の群れがポプラの樹の上を横切っていくのが、窓越しに見えた。

ラジオのスウィッチをいれる。クラッシック音楽専門局Radio Classiqueから、ショパンの前奏曲が流れてきた。詩的で愁いのあるピアノ曲は雪の朝にふさわしい。

わたしはラジオをよく聴くが、テレビはほとんど見ない。テレビ離れをしたのは3年前の冬だった。

わが家のテレビは母屋から15メートル離れた別棟にある。以前は、France2の午後8時のニュースを見に、毎晩“出かけて”いたが、寒い冬の夜はおっくうだった。

そのうち、France2のニュース番組が同時刻にインターネットで見られることを発見し、別棟に移動する必要がなくなった。というわけで、去年は、ニューイヤー・コンサート、オバマの大統領就任式、フランス革命記念日のパレードを見ただけだ。

面白いテレビ番組をずいぶん見逃しているのだろうが、その代わりにラジオを大いに楽しんでいる。

Radio Classiqueをしばらく聴いたあと、わたしは毎朝、France Interにダイアルを合わせる。8時からニュース(15分)、国際ニュース解説(3分)、“時の人”のインタビュー(10分)、新聞雑誌の主要記事紹介(10分)、“時の人”への視聴者の質問とその応答(20分)と続く。この局は国営だが、間に短いコマーシャルがいくつか入る。


ニコラ・デュモン

月曜から金曜までの司会進行兼インタビュアーはニコラ・デュモン。わたしが聴くのは、ふつうは8時からの1時間だが、デュモンは6時30分から10時まで3時間半担当している。

デュモンは軽快なテンポで、歯切れよくこの人気ニュース番組を進行させているが、目玉はなんといっても10分間のインタビューだ。

先週は、「国境なき医師団」の代表にハイチ大地震の救援活動の状況を聞き、イーストウッド監督の最新作“負けざる者たち”の、マンデラ役俳優フリーマンにインタビューをしていた。

この番組を聴いていて気づいたことがある。デュモンはインタビューの相手にムッシュ、マダムなど敬称はつけずに、そのまま名前を呼ぶことだ。首相が登場しても「この問題をどうお考えですか? フランソワ・フィヨン……」という具合だ。

インタビューされる相手も、別に失礼だと思っているようすはない。
他のラジオ番組でも、大統領のことをニコラ・サルコジと敬称なしで呼んでいる(本人の前では、やはり“ムッシュ・プレジデント”)から、これはフランスのマスコミの流儀なのだろう。公の人物名の抽象名詞化とでも言えようか。

France Interのサイトはなかなか充実している。アーカイブがあるのであとで聴くことができるし、インタビューはビデオで見ることができる。ラジオが映像を取り入れた新機軸だ。

インターネットでBBCラジオ4(文化・歴史・ドラマ専門局)をときどき聴く。BBCは世界最高の公共放送といわれるだけあって、アーカイブが豊富で内容が充実している。いわゆる教養番組局なのだが、堅苦しくないのがいい。40年前のドラマの再放送から、ジョン・ルカレのスパイ小説の朗読もある。

BBCラジオ4の番組で、わたしが最も好きなのは、メルヴィン・ブラッグの “In Our Time(われらが時代に)”だ。ブラッグは英国ではよく知られたBBC出身の作家・ジャーナリストで、長年この45分番組のホスト役をつとめている。

ブラッグが、毎週3人の専門家を相手に、歴史上の人物と出来事を今日の視点から再吟味(“われらが時代に”とっての意義)するわけだが、テーマは多彩だ。

「アルファベット」「黒死病」「シルクロード」「ソクラテス」「マルクス」「ドレフュス事件」「カミュ」……と約200のタイトルがある。ほとんどのテーマは馴染みのあるものだが、断片知識しかないものが多い。

ブラッグの3人のゲストはオックスフォードやケンブリッジの学者が多い。彼らは素人に分りやすい言葉で面白く説明し、大昔のことを昨日のことのように熱っぽく語る。彼らの話しを聴いていると、歴史上の人物や事件がいきいきと蘇ってくる。この番組はわたしの放送大学だ。

先週のテーマは「サムライ」だった。サブタイトルは“戦士から官僚へ”。鎌倉時代の戦士も江戸時代になると、刀を抜かない官僚となったサムライ史を、英国人学者がうまく説明していた。ただし、ブラッグが“サミュライ”と発音するのはご愛嬌だった。

この番組でわたしが学んだこともある。蒙古来襲のとき、敵のマナーの悪さに武士が驚いたという事実は知らなかった。平家物語にあるように、合戦にかかる前に武士は「われこそは……」と名乗るのが作法なのだが、蒙古兵はそんなことは無視して挑みかかったのにショックを受けたという。われらがご先祖は、これを仁義なき戦いとみたのだろう。


テーベ神官のミイラの棺(250B.C.頃)

BBCラジオ4は1月から“A History of the World(世界の歴史)”の放送を開始している。大英博物館が所蔵している“100のモノ” (石器時代の道具からクレディット・カードまで)を選び、それらを通して館長ニール・マクレガーが世界文明を語る15分番組(100回シリーズ)だ。

初回のテーマは紀元前3世紀のエジプト・テーベの神官のミイラだった。マクレガーは8歳のときにはじめて大英博物館を訪れ、ミイラに魅せられたが「いまでは、棺のほうに興味がある」という。

当時のエジプト人は死後の世界を信じていたが、棺は別世界へ旅する“タイムマシーン”だった──その証拠に、「ミイラを覆っている棺には星座が描かれお守りまで置かれている」「しかし、到着したところは大英博物館だったが……」と館長はユーモラスに語る。

過去20年間の科学技術の進歩のおかげで、棺の素材の原産地が地中海全域にわたることが分り、当時の交易ルートが解明されている。これは、エジプト文明は他の文明との交流で成立したことを示している。

番組のなかでアマルティア・セン(ノーベル経済学賞受賞)が「世界史を個別の文明の発展ではなく、諸文明のコンタクトの総体として語ろうではないか。これは“文明の衝突”史観とはまったく異なるものだが、この視点こそグローバル時代にふさわしい」と言っていた。

第二回目のテーマは世界最古の道具、180万年前の石オノだった。アフリカのタンザニアの峡谷で発見されたその原始石器は、動物の肉を裂くために使われたが、これが人類とモノの切っても切れない関係の始まりだという。

番組のなかでケニアのワンガリ・マータイ(ノーベル平和賞受賞)次のように言っている。「人類発祥の地はタンザニアだ。皮膚の色が違い、文化が違うとは言っても、われわれの先祖はすべて同じなのだ」。

“人類みな兄弟姉妹”!

今日ほど、世界史を人類共通の物語として見ることが大事な時代はないのではなかろうか。


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