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連載・エッセイ

第32回 中国とアメリカ ―2010.02.22

ドルドーニュ便り《番外編》


Economist誌 2010.2.5―12号表紙

1980年の初夏、わたしは北京空港に降り立った。はじめての訪中だった。『ブリタニカ国際年鑑』(日本版)に掲載した鄧小平の特別寄稿“4つの現代化”を、発足したばかりのブリタニカ中国版編集局に届けるのが目的だった。(中国語版プロジェクトは、前年、ブリタニカのわが師匠フランク・ギブニーが鄧小平と会談し提案したのがきっかけとなった)

当時の北京空港は閑散としていて、壁には工場労働者、農民の働く姿が描かれた社会主義リアリズムの大絵画がかかっていた。今から思うと、“4つの現代化”記事は、鄧小平が英語で世界に向かって、中国の躍進を宣言した歴史的文書だったが、あの日、わたしは税関で歓迎されたわけはない。

中年の税関吏の検査は厳重だった。彼は時間をかけてトランクのなかを調べていたが、年鑑を見つけて「これはなんの本ですか」と尋ねた。わたしは鄧小平の写真入りの寄稿記事を見せて説明をしたが、まったくの無表情、しばらく考えていた彼は本を持って上司の部屋に入っていった。5分後、許可がでて入国した。税関吏は最高実力者に関する記事の存在を報告に行ったのだろう。

北京は暗く、貧しい、人民服の世界だった。街を走る車の数は極端にすくなく、タクシーもほとんど見かけなかった。朝の大通りは、職場へ向かう勤労者の自転車で溢れていた。レストランで北京ダックを食べると、“外国人価格”(中国政府の二重価格方針)で、中国人より二倍払わなくてはならなかった。

わたしが滞在したのは、大学の先輩で友人のAP北京支局長ジョン・ロドリックのアパートだった。ジョンは、1947年延安に半年滞在し、毛沢東、周恩来、劉少奇などの共産党幹部を取材したベテラン中国専門記者だった。アパートは支局も兼ねていたので大きかった。

ブリタニカ中国版編集局に連絡をとって、事務所に伺いたいと伝えると「こちらから参ります」と言う。人民服を着た編集幹部がアパートの応接室にやってきた。彼は40代の英文学を専攻した聡明な人だった。

別れ際に、わたしが「明日にでも事務所を表敬訪問したいのですが」と言うと、「恥ずかしいくらい、汚いところですので、それはご勘弁ください」と彼は固辞した。(それほど、中国は貧しかったのだ)

数日後、ブリタニカ中国版の総編集長と数人の幹部が、わたしと妻を紫禁城に隣接した北海公園の宮廷料理店に招待してくれた。前年の秋に、彼らの米国訪問の帰途、東京の自宅にお招きした答礼の意味もあったのだろうが、最高のもてなしだった。

彼らは皆、文化大革命中に虐待を受けた知識人だった。幹部のひとりは、毛沢東のロシア語通訳として、毛・スターリン会談の通訳をした人だった。彼は英語がうまくジョークを連発していた。中国の知識人とのあの愉快な午餐のひと時は、心に残る体験だった。


グーグル(中国)頑張れの花輪

あれから30年。フランス南西部の田舎で暮らしていても、毎日のように中国躍進のニュースが押し寄せてくる。

フランスの週刊誌“ル・ポアン”は、“世界の新支配者―いかにしてナンバー・ワンになったか”というタイトルで80ページの中国特集を組んだ。

ここ一月だけでも、フランスのメディアは次のようなニュースを伝えている。“中国、貿易額でドイツを抜いて世界一に”、“”ポーランドの道路建設を中国企業が受注“、”“中国人が仏ブランド商品の買い手トップに”……。破竹の勢いとはこのことだろう。

しかし、“08憲章を起草した劉暁波に11年の懲役刑“、”グーグル(中国)にサイバー攻撃“”中国、オバマにダライ・ラマ会見中止を再要請“と、重く暗いニュースもある。米政府はこれに反発・抗議するが、中国政府は「内政干渉はするな」と強硬姿勢は崩さない。この背景には、世界金融危機を乗り越えて経済成長を続ける自信があるのは明らかだ。

わたしは“コペンハーゲンの舞台裏”(当連載2009年12月25日付)で、孔子さまが顔をしかめるほどの中国外交の非礼を紹介し、「中国の影をこれほど強く意識したことはない」と結んだが、以下はその続編である。

中国の台頭にどう対応すべきか?をテーマに英国のエコノミスト誌(2010年2月6ー12日号)が、特集を組んでいる。その表紙(上記)のタイトルは“中国に立ち向かう”で、同誌はお得意の風刺画で、オバマが鼻息の荒い巨龍に対話を試みている情景を描いている。

エコノミスト誌は「米中関係は世界で最も重要な二国間関係ではなかろうか。その関係が悪化すると、世界全体に影響する」「地球温暖化問題も、世界経済の安定も両国が協力しなければ解決できない」と言い、米中関係を分析している。

米中はChimericaと呼ばれるほど密接な関係(モノとカネ)になっているが、懸念材料もある。そのひとつが、米国の台湾への武器輸出に関する米中間の対立だ。これについて同誌が面白い分析をしているので、要約してみよう。

中国は武器輸出に関係している米企業の国内での活動を許さないと言っているが、現実に可能だろうか。たとえば、ボーイング社。中国の航空機製造企業に技術提供をし、パーツを提供している同社を締め出すことができるだろうか?

中国政府が対米強硬姿勢を示しているのは、サイバー空間での国内のナショナリズムの高まりに押されている面もあるようだ。政府はもはやネット世論を無視できないので、弱腰外交はできない。その結果、政府は“建前外交”をやるしかない。

国民のなかに対米強硬論がある一方、アメリカ文化への強い憧れもある。ハリウッド映画は人気があるし、グーグル社が、「中国政府が検閲をやめなければ、中国から撤退する」との方針を明確にしたことへの支持が若者の間で広がっている。

この愛憎半ばする国民感情があるなかで、金融危機に直撃され停滞する「アメリカからもう学ぶことはないもない」(バブル期の日本に似ている!)という見方があるが、これは危険なサインではなかろうか。世界のパワー・バランスはたしかに変化している。しかし、中国が自らの力を過大評価し、アメリカを過少評価して行動すると危ない。

「中国に立ち向かう」特集のメッセージは“(西側指導者は)新しい超大国に譲歩することと、諦めることを混同すべきではない”だった。


ジェームス・ファローズ

エコノミスト誌の論評は米中関係を英国の視点から分析したものだが、もうひとつ、米国人ジャーナリスト・ジェームス・ファローズが描いた等身大の中国像を紹介しよう。

ファローズは、米国の月刊誌“アトランテック“の特派員として、上海と北京で3年間暮らし、その体験を本にまとめている。著作”Postcard from Tomorrow Square-Report from China”(2009 Vintage Books)は、米国でもトップ・クラスのジャーナリストの書いた本だけあって実に面白い。

ファローズは、26歳でカーター元大統領の主席スピーチ・ライターになった経歴もある、ビジネス、政治、技術までこなす守備範囲の広いジャーナリストで、日本がバブル経済で沸いていたとき、2年間、東京特派員だった。日本各地を訪れ、インタビューを重ねて書く彼の長文の記事はアメリカで評判になっていた。

わたしの“ニューズウィーク日本版”編集長時代に、彼に時々コラムを書いてもらったが、内容はいつも鋭いがユーモアのあるものだった。彼とはそれ以来の友人だ。

それはともあれ、ファローズの「中国レポート」を読むと、上海、北京を基地にして、あの広い中国をこまめに旅行し、あらゆる階層の人々と会っているのがわかる。ハイテク企業の経営者、ビジネス・コンサルタント、人気TV番組のプロデュサー、零細工場の労働者、地震で家を失った農民、貧困撲滅のNGOの主宰者……とその顔ぶれは多彩だ。

ファローズは、この本のなかでいろいろ面白いことを言っているが、いくつか挙げてみよう。

北京オリンピックの開会式のあの完璧なシンクロ演技を見たら、中国は規律の国、一枚岩の国だと思ってしまう。しかし、ここで暮らしてみると、人々の行動はその逆でカオスに近い。強烈な個人主義と中国文化の非画一性、ヴィジョンと関心の多様性はおどろくほどだ。中国で暮らしていると、トーマス・ホッブスの“万人の万人による戦い”という言葉を思いだす。中国共産党の厳しいコントロールと日常の混沌ーー中国はコントラストの国だ。

30年前に、フランク・ギブニー(前記)は日本について”The Fragile Superpower Japan(ひ弱な超大国ニッポン)”(邦訳は『人は城、人は石垣』)という本を書いたが、今日の中国についても同様のことが言えそうだ。 "China: Fragile Superpower(ひ弱な超大国:中国)"(2006年)を書いたスーザン・シルクが、アメリカ人にこの本のことを話すと「中国がひ弱?」と首を傾げ、中国人に話すと「中国が超大国?」と首を傾げるという。

今日の中国で非常に重要な役割を果たしているのは、アメリカ体験がある中国人“海亀派“だ。わたしは大学、企業、金融機関で働く数多くの“海亀派“に会った。彼らは、アメリカで学んだ企業経営のノーハウ、学術研究におけるオープンな討論、企業立ち上げるノーハウを、中国社会に導入しようとしている。彼らの存在はますます重要になってくるだろう。

この国の指導者のイメージが良くないのはなぜだろう。ほとんどのアメリカ人は視野が狭いが、大多数の中国人と指導者はそれ以上だ。外国を知る企業人や大学人は別だが、共産党幹部は権力中枢に近くなればなるほど、世界についての知識がかけていることへの自覚がない。たとえば、国際世論がなぜチベットの人権弾圧に異議を唱えるのかを理解できない。

中国の影響力はますます大きくなるだろう。しかし、指導部には世界がどう自国を見ているかの認識がほとんどない。このギャップが不必要な摩擦や対立を生んでいる。100年前もアメリカの台頭で既成パワーは不安を感じたものだ。これまでいくつか失敗(最近ではイラク侵略)をしてきた先輩国として、中国にアドバイスできることがあるかもしれない。

文化と言語の違いがあるにもかかわらず、例外はあるにしても、わたしの体験から言うと、アメリカ人と中国人はうまくやっていけると思う。心すべきは、アメリカが中国のパワーを過大評価しないこと、中国の強さと弱さ、その将来性を過少評価しないことだ。

ファローズの本は体験に基づき、優れたバランス感覚で書かれているから学ぶべき点が多い。この本は欧米と日本で声高に語られはじめた、単純な中国脅威論への反論でもある。なにより、中国はコントラストの国、強烈な個人主義の国との見方に教えられた。

マカオのカジノ・ビジネスの総額はすでにラスベガスを抜いているという。中国人の25%が月10〜15ドルの現金収入しかないという。

これは巨大なコントラストそのものだ。

鄧小平の開放・改革路線で中国はなんでもありの国になった。ただし、ご法度は共産党独裁“国体”への批判である。複数政党制度を提唱しただけで懲役11年は常軌を逸している。オバマがダライ・ラマに会うことに厳重抗議するのも大人気ない。

わたしは2年前に28年ぶりに上海を訪れたが、その変貌ぶりに仰天した(当連載2008年10月27付参照)。終戦直後の焼け跡の東京に来たアメリカ人が、東京オリンピックの頃に再訪した驚きと同じだろう。その後、上海万博を控えた過去2年間の変り方も激しいという。

中国社会は猛スピードで変わりつつように見える。願わくば、中国にもゴルバチョフ型の改革政治家が出で来たらんことを。


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