青年がその少女に会ったのは留学先の語学コースだった。彼女は彼よりも4つ年下だったが、本当は少女と呼べる年齢より少し上だった。しかし、不思議なことに青年の言葉には自分と同年代の女性を指し示す言葉が存在していなかったので、少女と呼ぶことにしたのである。後に彼がそのことを言うと、あなたの言葉には少女とおばさんしか存在しないのか、なんて変な言葉、と彼女は言ったのだった。
文法の知識ではクラスで一番だった青年は、授業中ほとんど話さなかった。少女と同郷の参加者たちがほとんどの時間話していたからだ。よくそんなに滅茶苦茶な文法で話せるものだと青年は思っていたが、話せもしないのにどうして文法の試験だけ良い点数が取れるものだと少女は思っていたに違いない。ある日、少女の方から青年を昼食に誘ってきた。そうでもしないとあなたは一生口をきかないかもしれないじゃないというのが彼女の言い分だった。
青年に比べると少女の国の男性はとても積極的だった。いや、青年の言葉では適切な形容詞はみつからない。とにかく少女とカフェテリアで食事をしている最中、なんども男性がテーブルに来ては、そんなつまらない男といないで自分と楽しいことをしに行こうと誘った。少女は私が興味があるのはこの人であってあなたではないと言った。青年はその時恋に落ちた。
青年と少女は留学先のその国の言葉で話していた。お互いの母語は通じるわけもないし、英語で話す必然性は無かった。彼らはありとあらゆることについて話したが、最後には哲学的な論争に終わった。青年の母語には名詞の複数形がなかったが、少女はそれを絶対的区別の欠如だと非難した。1と2以上は絶対的に違うのだと。青年は、少女の母語やいま自分たちが話している言語には確かに複数形はあるが2と3はもはや区別しない、だからそんなものは大した区別ではないと言い張った。少女の国の神は唯一絶対だが、青年の国には八百万の神がいた。少女はそれが言語に反映されているという説を唱えた。青年はそれには非常に懐疑的だった。
少女といられる日が残り少なくなってきたある日、青年は少女の言語をきちんと教えてほしいと言った。それまで彼女の国の人間がみなするように、彼女は青年に卑近な言い回しを多数教え、彼がそれを使うたびに笑い転げていた。青年はそんな笑いの奥にある彼女の精神に直接触れたくなった。彼は言語学を専攻していたので彼女の母語を書き記そうと思い立ったのだ。彼は英語と留学先の言語の2つを学んでいたが、教科書に頼らずすべて自分の力で文法を解き明かしていくのは初めての経験だった。留学先の言語とある程度の共通性があるので動詞の活用表を作るのはさほど困難ではなかった。なにより彼女の心の成り立ちを一つ一つ解き明かしていく作業に青年は夢中になった。いつしか二人は少女の母語で簡単な会話ができるようになっていた。少女は予定していた帰国日を延ばし、青年と共にもう少しその国にとどまることにした。少女の言葉には名詞の性と呼ばれる現象があった。青年の言葉にはそれが無かったので、誰と遊びに行こうと「友だちと」と言えた。彼はいつも男性形を使っていたが、なぜ嘘をついたのかと後で少女に詰問されることもあった。青年はしなくてもいい区別をする言語がおかしいと筋違いの文句をつけ、少女は男女の差は1と2の差と同じぐらい絶対的なものなのだと言った。
彼女がその国にもうこれ以上はさすがに滞在できないという日、彼は密かに調べておいた唯一彼女から習っていない表現を使った。
キミヲアイシテイル。
少女は彼をしばらく見つめて言った。馬鹿にしないで。あなたには私たちの国の人間はみな軽薄な生き方をしていると見えるのかもしれない。でも、その言葉だけは特別。相手のすべてを受け入れて一緒に生きていこうと思うときにだけ使う責任ある言葉。あなたにはそんな度胸もないくせに。結局あなたは私の言葉の上っ面だけで心は学ばなかったのね。
それ以来、青年は少女に会っていない。すでに中年と呼ばれる年になった彼がある日テレビを観ると、はやりのアーティストの歌が流れていた。彼らは、彼が20年間舌の上で転がしたままの言葉をいとも簡単にささやいていた。
TI AMO.
筆者=1964年東京生まれ。1988年東京外国語大学ドイツ語学科卒業。1990年東京大学大学院修士課程(独語独文学専攻)修了。熊本大学講師を経て、現在、千葉大学准教授。主要著書:『基礎ドイツ語文法ハンドブック』(共著、三修社)、『ドイツ語のしくみ』『中級ドイツ語のしくみ』(白水社)、『会話で覚えるドイツ語777』(共著、東洋書店)、『基礎徹底マスター! ドイツ語練習ドリル』(日本放送出版協会)