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連載・エッセイ

第12回 ―2010.05.31

愛書狂

 私は学生時代から詩が大好きで、十ほどの作品を諳んじることができる。グレアム・グリーン『事件の核心』に、詩が好きな男ウィルソンが登場するが、彼は詩を「薬のようにこっそりのみくだす」。詩が心を慰め、温め、奮い立たせるのだ。

 一編の詩も暗唱できない人生なんて、花の咲かない木のようなものだ。そうは思わないか。現在、詩集は読まれない著作物の代表のように言われているが、詩に力がなくなったのか。詩を求める力が絶えてしまったのか。

 ところが、本年二月十四日、目の覚めるような詩集が出た。金子彰子詩集『二月十四日』だ。表題作は昭和六十年にチョコレート会社による「バレンタインデー」詩の懸賞で特別賞を受賞した。まだ十五歳だった。〈いわし焼く夕方/「焼き方が足りんぞ」/その一言に堰がきれ/とめどなく嗚咽漏らす〉と意表をつく書き出しの失恋詩。

 選者の井坂洋子に絶賛された彼女は、翌年に数編を発表したのを最後に、詩を書かなくなった。橋の下を多くの水が流れ、四十に手が届こうというある日、奇跡的なできごとがあり、再び詩を書き始める。金沢の自称「自営零細の書籍編集発行所」龜鳴屋が、その「奇跡」のバトンを受け継いで、詩集『二月十四日』の発行元となった。

 「一篇の詩がそんな力をもつことがあるらしい。その詩や、金子彰子という詩人の運命を感じずにはいられない」と、同著の解説で井坂洋子は四半世紀ぶりに大人になった少女を励ました。詩には人を動かす力がある。そのことをあらためて感じさせるできごとだった。


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