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連載・エッセイ

山中俊治「ブレードランナーたちと共に見る夢〜義足デザインでロンドンパラリンピックを目指す」 ―2010.07.21

義足のスケッチ画

 スポーツ用義足を初めて見たのは映像の中だった。両足の膝下が人工物に置き換えられ、信じがたいスピードで走り抜ける異形のランナーに私の眼は釘付けになった。
 そのランナー自身の肉体は脛の辺りで終端となっていた。代わりにふくらはぎの後ろに接続された炭素繊維のプレートが、ネコ科の動物のつま先を思わせるカーブを描いて、地面に着地している。スキー板にも似た、そのしなやかなプレートの弾力を巧みに使って送り出される高速の足先は、その薄さゆえにほとんど映像から消えてしまう。その滑らかな走行は、飛んでいるようにさえ見えた。
 最新のテクノロジーが生み出した高性能の装置が人体に装着され、一体となって疾走するという、まるでSFの世界のできごとのようなシーンだった。
 彼の名はオスカー・ピストリウス。刃物のような足に敬意を込めて「ブレードランナー」と呼ばれる。南アフリカ出身で北京パラリンピックの陸上競技(下腿義足クラス)における100、200、400メートルの金メダリストである。
 先天的に下肢の骨格の一部が欠如しており、一歳になる前に両足を膝下で切断した。その後、水泳やラグビーなどを経て今日に至る、世界最強の義足アスリートだ。
 私は、彼の肉体と義足の関係に人と人工物の関わりの理想を見たように感じていた。
 私たちインダストリアル・デザイナーは、乗用車や家電などの工業製品の、機能と美しさのバランスを取ることにいつも苦労している。生物のデザインは機能美のお手本であるというのはよく言われる。機能を突き詰めれば自然に美しいものになるから、工業製品もそういう風にデザインしましょうという意味だ。
 しかし、現実はそれほど単純ではない。生き物は、それ自身が生きることにただ忠実であるから美しい。しかし、工業製品はそれ自身のためにあるわけではなく、人にとって便利でなくてはならない。
 この便利というのが結構やっかいだ。例えば、私たちの役に立つように品種改良を重ねてきた、まるまると太った食用家畜の姿からは、原種の野生動物が持っていた躍動美はすっかり失われてしまっている。私たちに都合のいい物は必ずしも美しいものではない。工業製品を便利にすることや、安く作ることは人にとってとても有益なことだが、それで工業製品が美しくなるわけではない。そこにデザイナーの苦悩がある。
 しかしオスカー・ピストリウスの義足は、そうした苦悩を軽々と超えているように見えた。彼が履く人工の足は、ある意味で「便利」であるはずだが、彼の肉体と一体化することで完璧な美しさを醸し出していた。これこそ、人が作りし物の究極の機能美なのではないか。
 その感動に誘われて、一昨年の秋から私は慶應義塾大学の研究室の学生たちと一緒にスポーツ用義足の情報を集め始めた。改めて北京パラリンピックでは様々な日本選手が活躍したことを知った。その選手たちにとても信頼されている一人の義肢装具士がいる。その人の名は臼井二美男。
 義肢装具士とは、義手義足やサポート器具を個人に合わせて製作する人のことである。私たちは、南千住にある鉄道弘済会義肢装具サポートセンターを訪ねた。ここは全国でも最もたくさんの義足を作っている施設だ。内部を見学させてもらううちに、リハビリの現場に出くわした。
 ちょうど、走ることに挑戦し始めたばかりの少女がいた。義足を調整しながら指導する男性の声が、トレーニングルームに響く。少女は足を切断して以来走ったことがないらしい。10メートルほどの距離を何度か往復するうちに、少しずつ速歩きが駆け足に変わっていく。
「おお、走ってる、走ってる! ……走れたじゃん。」
 一緒に走りながら明るく励ます声の主が臼井さんだった。自転車の乗り方を教える父親のように見えた。
 その日から私たちと義肢装具士、義足アスリートたちとの交流が始まった。
 臼井さんに勧められるままに、障害者スポーツの練習会にも参加した。最初は、グラウンドの隅の方から眺めていた。彼らの切実な状況に、デザイナーなど必要とされていないのではないか。そんな思いに身がすくんだ。
 しかし、やはり本物は美しい。彼ら彼女らの走り、跳躍する様を夢中になってスケッチした。描き進めるうちに少しずつ問題点も見えてきた。
 義足は、ひとつとして同じものはない。足の切断箇所や切断形状が一人一人違うからだ。個人のために、いろいろな大きさ、長さのパーツを組み合わせて作られる。そのジョイントパーツは、工業デザインの理想からは遠いものだった。現状では無骨なボルトがむき出しで使用され、カーボンのエッジすら仕上げられていないものもある。美しくないだけでなく、選手が転倒して、けがをする可能性もある。
 そんな義足を選手たちは思い思いに装飾していた。花柄をプリントしたり、飾りを付けたり、黒と金の派手な絵柄のものもあった。
 選手たちは、日常生活ではもっと飾り気のない義足を使う。日常生活用義足は、むき出しのアルミパイプに本物に似せた形のつま先がついた物で、ふだんは服の下に隠されることが多い。柔らかいウレタンの表皮をかぶせて全体を本物の足に見せることもあるが、いずれにしても目立たせることはしない。
 競技場に出る時、選手たちはスポーツ用義足に履きかえる。飾り立てられたスポーツ用義足はハレの場のためのものなのである。
 私がスケッチしているのを見て、ある選手が声をかけてくれた。
「絵を描かれる方ですか。」
「いえ、工業製品のデザイナーです。」
 私は自分が彼らを見てどう感じているかを懸命に話した。何をしたいと思っているかも。両足にブレードを履いたその青年は、にっこり笑って言った。
「この脚をかっこいいって言ってくれて、うれしいです。自分でもそう思ってました(笑)。もっとかっこいい義足が欲しいです。」
 彼は北京パラリンピック自転車競技の銀メダリストだった。やれることがあるかもしれないと感じた瞬間だった。
 スポーツという機能優先の世界では、選手たちも義足を隠すことをしない。観衆も眼を背けることなく、応援する。そこに本当に美しい義足があれば、選手たちと、見守る人々の気持ちを、もっと明るくすることができるかもしれない。
 今年の春、ようやくスポーツ用義足の試作品が出来上がってきた。厚生労働省の支援を受けて、臼井さんと、義足メーカーと一緒に開発したものだ。今、数十人のアスリートたちにテストしてもらっている。まだまだ完璧にはほど遠い試作品だが、選手たちは何度も走ってくれる。「早くこれで大会に出たいです。」そう言ってくれる笑顔がうれしい。当面の目標は、2012年のロンドンパラリンピックだ。私たちがデザインした義足を履いた選手がメダルを取ることを夢みている。

◇筆者=インダストリアル・デザイナー。腕時計から鉄道車両に至る幅広い工業製品のデザイナーである一方、技術者としてロボットなどの先端技術開発に従事。2001年には、JR自動改札機「Suica」をデザイン。慶應義塾大学教授。


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