|
第13回 ―2010.07.21 今年四月九日、井上ひさし逝去。「ひょっこりひょうたん島」主題歌をランドセル姿で歌い、文庫の『ブンとフン』を自分のお小遣いで買った世代としては、井上の作家的成長が自分史と重なる。 筑摩現代文学大系に井上が収録された巻で、川本三郎が月報を書いている。七一年「朝日ジャーナル」編集者時代、井上の担当になる。川本がある事件にまきこまれて逮捕、朝日をクビに。一カ月の留置所暮らしから出て来た時、留守宅に何度も井上から激励の電話をもらったことを知る。「〝朝日のきれめが縁のきれめ〟みたいな人間が少なくなかったので」川本はジンときた。 井上の手書き原稿の特徴は、稀にみる読みやすさだ。丸っこい柔らかな文字は人柄を表していた。原稿がたびたび遅れることから「遅筆堂」と名乗ったが、文字に乱れはなかった。川本の生原稿もていねいで編集者に喜ばれている。 自らの原稿の文字をそのまま印刷して月報としたのは『植草甚一スクラップ・ブック』。植草は自伝のなかで、東宝の社員だったころ、印刷所の植字工程を目撃し、その苦労を思いやって「それでぼくは原稿は楷書で大きく書くことにしたんだ」と記す。植字部から賞状をもらいたかった、とも。 右に挙げた三人に共通するのは、もの書きとして世に出る前に、いずれも前哨戦と呼べる苦闘の時期を持つ苦労人だったこと。井上は若き日、浅草フランス座で幕の上げ下げからトイレの掃除までした。苦労人は、編集者、植字工など裏方の苦労を知る。かの石原慎太郎は悪筆で、文字を読み解く専門の植字工がいたそうだ。 |
|



