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連載・エッセイ

第10回 それでも「選挙」に行く 台湾総統選挙を控えて(2) ―2012.01.06

失われた『母国語』を求めて

 台北にいる父から電話がかかってきた。パパ元気? と私は声を弾ませた。ところが受話器のむこうで、忙しい? とたずねる父の声がいつものように陽気ではなかった。私はとっさに祖母の身に何かあったのではと不安になる。それで早口で、いつもどおりヒマだよ、と答える。父は少し笑った。それから覚悟を決めたのか、訥々と話しだす。
 ──きみは、選挙できない。役所から通知来た。きみは、この二年、台湾に入国していない。だから今回、選挙ができない。
 長いこと東京を離れている父の話す日本語に、私はただ耳を澄ます。
 ──アイー(母の妹)やアキン(母の弟嫁)が区役所に電話して聞いた。でも、今回はできない。まにあわない。きみは、選挙……投票できない。
 話しているうちに父は、「投票」という日本語を思い出したのだろう。受話器のむこうで、父が明るい声をつくるのが聞こえる。
 ──……投票できない。でも、台湾の選挙、おもしろい。パパ、毎日、ニュースを見ている。きみの目的は、投票じゃない。選挙を見る。だから、きみが台湾来るのをパパは待っている。

 数日前、私は母と口論した。
 口論というよりは、一方的に感情的になる私を母がたしなめた、というほうが正しいかもしれない。
 母は切り出した(実際は、中国語、台湾語、日本語が入り乱れてますが便宜上、日本語に統一しています)。
 ──まあ、あの時期は混むからね。あなたも忙しいなら無理に行かなくていいから。
 一瞬、母が何を言っているのかわからなかった。母は言い直す。
 ──それにね、あなた一人ぐらいが投票したところ、あんまり関係ないんだから……
 私はかっとなって母を遮った。
 ──わたしは絶対に選挙するの!
 選挙する。施政者(!)でもあるまいし、奇妙な日本語を口走ったものである。しかしこのときの私は過剰に昂奮していた。
 ──混んでたって何だって、わたしは台湾に行く。そして選挙する。
 私の異様な剣幕に、母が目をまるくしている。ややあって、
 ──わかったから、そんなに昂奮しないでよ。
 母は明らかに呆れていた。私は押し黙った。母には言えなかった。
 (わたしだって、一度ぐらい、投票してみたい)
 なぜか、それを母そして父に言うのは、ひどく申し訳ないような気がしていたのだ。
 母があくまでも冷静なので、ひとり昂奮したことが急に恥ずかしくなってくる。私はわざとそっぽ向いて、
 ──とにかく、選挙には、台湾には行くからね。
 ハイハイ、と言ったあと、母は思い出したように、
 ──それで、選挙はいつなんだっけ?
 まったく、なんて呑気なのだろう。私はじれったさをこらえながら、
 ──一月十四日だってば、ママ。

 母は、私とのこのやりとりを父に話したのだろう。
 私が、だれかを選びたい、という以上に、投票をしたい、台湾で行われる大統領選挙をじかに見たい、と感じていることを受話器の向こうの父は十分に知っている気配だった。
 選挙できない、投票できない、でも来る価値はある、来ればいい……そう話す父のそばには、母もいるはずだった。母は、祖母を見舞うため──正確には、数年前から車椅子がなければどこにも行けない祖母の介護に明け暮れるアイー(叔母)を手伝うため──に里帰り中だった。
 案の定、話し終えると父は言った。ママに変わるね。
 ──もしもし、おねえちゃん?
 母の声が聞こえたとたん何かこみあげてくるものがあった。父には隠しとおせたのに、母にはあっさり見抜かれ(聞き抜かれ?)てしまう。母の明るい声が私をなぐさめる。
 ──不哭,不哭!
 (泣かないの!)

 両親との電話を切ったあと、ここぞとばかりに泣きじゃくってみた。へんな感じだった。言ってみれば、子どもが欲しかったおもちゃをあと一歩のところで手にすることができなかったときのような気分。
 そもそも、どの候補に投じるかも決めかねていたのだ。母の言うとおり、私が投票してもしなくても、大して影響はないだろう。私の一票は、2300万人分の1、でしかないのだから。
 しかし。
 2300万人分の1でもよかった。あるいは、1億2千万分の1、極端に言えば、13億分の1だとしてもかまわない。
自分にも、投票の権利がある。そのことが、ただ、うれしかったのだ……涙まみれの顔を拭いながら私は溜め息をつく。
 ──四年後にはね!
 父も母も、落胆する私を励ますつもりなのかそう言っていた。そうなのだ。私は別に、台湾での選挙権(投票権)を永遠に失ったわけではない。投票できないのはあくまでも今回限りなのだという。
 私(たち一家)の「本籍」は、叔父の家にある。選挙が近づくと、叔父の家には、成人家族の分だけ、「選舉委員會投票通知單」が続々届く。
 四年前、自分の元にも届いたそれを、私は大切に手帖にしまっておいた。考えてみれば、八年前にも同じものが届いていたはずなのだ。けれども、八年前の私──二十三歳の私──は、自分が、台湾人である、ということを、あまり意識していなかった。むしろ、自分が、日本人ではない、ということを、(やっと)真剣に考え始めていた時期だった。
 なぜ私は日本人ではないのだろう。
 なぜ私は日本では日本人とみなされないのだろう。
 なぜ私は自分は日本人であると堂々名乗ることをためらうのだろう。
 ……ひねもす、そんなことばかりぐるぐると考えていた。腹のうちで渦巻くものが沸点までのぼりつめて、カッとなることもしょっちゅうだった。考えあぐねた末、私は日本人だ、とあえて名乗ってみたりもした。ほんものの日本人なら自分を日本人と名乗るのにこんなに挑発的であるはずがない、とぼんやり思いながら。もしも、私が育ったのがこの日本ではなく、別の国であったのなら……そうすれば、少しは(よくもわるくも)違っていたのだろうか?
 そんなときだった。父から、台湾大統領選挙の「選舉委員會投票通知單」を渡されたのである。私は二十七歳になっていた。思えばそのときから私は、
 (台湾人の将来は、台湾人が決める)。
 いっぱしの「台湾人」になったつもりで2012年の大統領選挙を夢見ていたのだ。

 ──臺端因出境迄今滿兩年,本所已依戶籍法第16條第3項及第42條規定逕為辦理戶籍選出登記完竣,特此通知……
 昨年末、「選舉委員會投票通知單」の代わりに私宛に送付された書類である。
 要するに父の言っていたとおり、「国民」といえども既に二年以上も台湾に入国していない私には投票の権利がない、ということなのだった。
 納得できない理由ではまったくない。むしろ、当然そうあるべきだろうと思う。
 逆に言えば、四年後の大統領選挙に参加したいのなら二年ごとにほんの一度でも台湾に行けばよいのだから。「国民」の選挙権って強固だ。
 ……あるうしろめたさが、とうとうはっきりと姿をあらわす。
 台湾に住んでいない私が、中華民国籍所持者というだけで台湾の大統領を選べる権利を持っているのは、本当に「正しい」ことなのだろうか、と。実は、生まれて初めて投票をしてやるのだ、という昂奮に浸ろうとするたび、そのうしろめたさが影を落とした。
 たとえば、東京都知事選挙のときに私が口惜しく感じていたように、台湾でも、自分は台湾人ではないということを選挙のたびに痛感させられるひとたちが、必ずいるはずなのだ。
 台湾で生まれ、育ち、生きている。教育をうけ、働き、生活を営む。中華民国籍は持っていなくても、私よりもずっと「台湾人らしい」ひとたち。
 「国民」とはいえど、国内に住んでいない私なんかよりも、そういったひとたちのほうがよっぽど、台湾の「大統領」を選ぶ権利があるはずなのではないか。
 そうも思っていた。
 ──生まれて初めて、投票ができる。
 ……とはいえ、自分よりもずっと、台湾の現実が肌身に迫る人たちの存在を忘れてはならない。それを覚えておくことが、投票する際の最低限のモラルであると自分に言い聞かせていた。
 「国」って、何?
 「国民」って、だれ?
 「選挙」は、何のために、だれのために行われるの?
 はて。私は、一体、だれに向かって問いただしたいのか。いずれにしろ私は、一月十四日、台湾に行く。


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