《エクス・リブリス》とは、「蔵書票;〜の蔵書から」を意味します。独創的な世界の文学を厳選して贈るシリーズです。
❖ 最新刊 ❖
地図になかった世界
The Known World
エドワード・P・ジョーンズ
Edward P. Jones
小澤英実訳
南北戦争以前、「黒人に所有された黒人奴隷」たちを描いた歴史長篇。日々の暮らしの喜怒哀楽を静かに語り、胸を打つ。ピュリツァー賞ほか主要文学賞を独占した話題作。柴田元幸氏推薦!
❖ 好評既刊 ❖
ブエノスアイレス食堂
Manual Del Caníbal
カルロス・バルマセーダ
Carlos Balmaceda
柳原孝敦訳
故郷喪失者のイタリア人移民の苦難の歴史と、アルゼンチン軍事政権下の悲劇が交錯し、双子の料理人が残した指南書の驚嘆の運命、多彩な絶品料理、猟奇的事件を濃密に物語る異色作!

デニーロ・ゲーム
De Niro's Game
ラウィ・ハージ
Rawi Hage
中野学而訳
内戦下のベイルートで、過酷な日常を生きる少年バッサームと、「デニーロ」と呼ばれる幼なじみのジョルジュ、二人の友情の行方は? 国際IMPACダブリン文学賞受賞作。

イルストラード
Ilustrado
ミゲル・シフーコ
Miguel Syjuco
中野学而訳
巨匠作家が死体で発見され、未完の小説が消えた!? 助手ミゲルは真相を求めてフィリピンに赴くが、捜査は難航する……。注目の新人による、多数の声をちりばめた迷宮的な長篇。

ヴァレンタインズ
Ut og stjæle hester
オラフ・オラフソン
Olaf Olafsson
岩本正恵訳
「一月」から「十二月」まで、夫婦や恋人たちの愛と絆にひびが入る瞬間を鋭くとらえた、O・ヘンリー賞受賞作を含む12篇。現代アイスランド文学の旗手による、珠玉の第一短篇集。

兵士はどうやってグラモフォンを修理するか
Ut og stjæle hester
サーシャ・スタニシチ
Saša Stanišić
浅井晶子訳
1992年に勃発したボスニア紛争の前後、ひとりの少年の目を通して語られる小さな町とそこに暮らす人々の運命。実際に戦火を逃れて祖国を脱出し、ドイツ語で創作するボスニア出身の新星による傑作長編

馬を盗みに
Ut og stjæle hester
ペール・ペッテルソン
Per Petterson
西田英恵訳
「ぼくら、馬を盗みに行くんだ」1948年、スウェーデン国境に近いノルウェーの村で、父さんと過ごした15歳の夏。老境にさしかかった「わたし」の脳裏に少年時代の思い出がよみがえる。

昼の家、夜の家
DOM DZIENNY, DON NOCNY
オルガ・トカルチュク
Olga Tokarczuk
小椋彩訳
チェコとの国境地帯にある小さな町ノヴァ・ルダ。そこに移り住んだ語り手の紡ぐ夢、記憶、逸話、伝説……国境の揺れ動いてきた土地の記憶を伝える、新世代のポーランド人作家による傑作長編。

ウィルバーフォース氏のヴィンテージ・ワイン
The Irresistible Inheritance of Wilberforce
ポール・トーディ
Paul Torday
小竹由美子訳
『イエメンで鮭釣りを』に続くトーディの第二作!ボルドーワインの虜となった若き実業家の転落を、ユーモラスかつ苦味に満ちた語りで、四つの「ヴィンテージ(醸造年)」を遡りながら描き出す。

そんな日の雨傘に
Ein Regenschirm für diesen Tag
ヴィルヘルム・ゲナツィーノ
Wilhelm Genazino
鈴木仁子訳
靴の試し履きの仕事で、街を歩いて観察する中年男の独り言。関係した女性たち、子ども時代の光景……居心地の悪さと恥ずかしさ、滑稽で哀切に満ちた人生を描く。

野生の探偵たち
Los detectives
salvajes
ロベルト・ボラーニョ
Roberto Bolaño
柳原孝敦、松本健二訳
謎の女流詩人を探してメキシコ北部の砂漠に向かった詩人志望の若者たち、その足跡を証言する複数の人物。時代と大陸を越えて二人の詩人=探偵のたどり着く先は? 作家初の長編にして最高傑作。

煙の樹
Tree of Smoke
デニス・ジョンソン
Denis Johnson
藤井光訳
ベトナム戦争下、元米軍大佐サンズとその甥スキップによる情報作戦の成否は?『ジーザス・サン』の作家が到達した、「戦争と人間」の極限。山形浩生氏推薦!《全米図書賞》受賞作品。

青い野を歩く
Walk the Blue Fields
クレア・キーガン
Claire Keegan
岩本正恵訳
名もなき人びとの恋愛、不倫、小さな決断を描いた世界は、「アイリッシュ・バラッド」の味わいと、哀しみ、ユーモアが漂う。アイルランドの新世代による、傑作短篇集。小池昌代氏推薦!

悲しみを聴く石
Syngué sabour
アティーク・ラヒーミー
Atiq RAHIMI関口涼子訳
戦場から植物状態となって戻った男。コーランの祈りを唱えながら看病を続ける妻。やがて女は、快復の兆しを見せない夫に向かって、誰にも告げたことのない罪深い秘密を語り始める……。

ミスター・ピップ
Mister Pip
ロイド・ジョーンズ
Lloyd Jones
大友りお訳
島の少女マティルダは、白人の先生に導かれ、ディケンズの『大いなる遺産』を読み、その世界に魅せられる。忍び寄る独立抗争の影……最高潮に息をのむ展開と結末が! 英連邦作家賞受賞作品。

通話
Llamadas telefónicas
ロベルト・ボラーニョ
Roberto Bolaño
松本健二訳
スペインに亡命中のアルゼンチン人作家と〈僕〉との奇妙な友情を描く「センシニ」をはじめ、心を揺さぶる14の人生の物語。ラテンアメリカの新たな巨匠による、初期の傑作短編集。

イエメンで鮭釣りを
Salmon Fishing in the Yemen
ポール・トーディ
Paul Torday
小竹由美子訳
砂漠の国に鮭を放つ!? イギリス政府も巻きこんだ奇想天外な計画「イエメン鮭プロジェクト」の顛末はいかに……処女作にしてイギリスで40万部を記録したベストセラー長編。

ジーザス・サン
Jesus' Son
デニス・ジョンソン
Denis Johnson
柴田元幸訳
緊急治療室でぶらぶらする俺、目にナイフが刺さった男。犯罪、麻薬、暴力……最果てでもがき、生きる、破滅的な人びと。悪夢なのか、覚めているのか? 乾いた語りが心を震わす短編。
『煙の樹』をめぐる冒険【3】藤井光
「そのブロック材は手みやげにするのか?」
「あなたにあげようと思って。"Writerʼs Block"(執筆スランプ)と書いておきました」
「そりゃいい。まさに今の俺のことだ」
ジョンソンは『煙の樹』に続く小説、"Nobody Move"の執筆を終えたばかりで、しばらくは何も書かないつもりでいるようでした。創作活動の集大成と言うべき『煙の樹』を終えて、連載の締め切りに追われながらさらに一冊書き上げた直後だけに、相当消耗していたのかもしれません(彼は腰痛に悩まされていましたが、これは大工仕事に張り切りすぎたことが原因だったようです)。
アイダホを去る前に一つだけ、ジョンソン本人の口から聞きたかったことがあります。『煙の樹』の舞台となるベトナムを始めとして、アメリカが関わる戦争を描くだけでなく、『ジーザス・サン』のジャンキーたちの世界など、彼の作品は「戦場」という言葉でしか表現できないような世界を創り上げています。僕はそのわけを尋ねてみました。ジョンソンの眼光は一瞬鋭くなりました。「創作とはそういうものだからだ」というのが彼の答えでした。アメリカ内外の戦場に身を投じ、その炎で自らを焦がすことによって、一つ一つの物語を生み出してきた、そんな誠実な作家ならではの言葉を反芻しつつ、アイダホからの帰途につきました。
そんなジョンソンが、自らの魂を奥底まで焦がして書き上げた小説が、『煙の樹』だということになるでしょう。彼の作品を読み終えたあとはいつも、何か言葉にできないような「体験」をしたという感覚があるのですが、この小説はその最たるものだと言えます。どの場面にも荒々しさとリリカルな感性がみなぎっていて、心底「しびれる」という感覚を絶えず味わうことができる小説です。『煙の樹』の登場人物の言葉に、「冒険とは終わってみるまでは楽しくないものだ」というものがありますが、この小説の翻訳という冒険は、最初から最後まで幸福感に満ちたものでした。物語に「しびれる」という感覚を翻訳でどこまで表現できたのか、僕には分かりませんが、少しでも多くの人にジョンソン・ワールドの目撃者となっていただけることを祈っています。(了)

■第7回配本『煙の樹』■2010.03.19
『煙の樹』をめぐる冒険【2】藤井光
「ヒカルも可哀想にな。こんな仕事するとは思ってなかっただろ」
「僕はちょっと違う『共同作業』を予想していましたよ」
「これを経験したわけだから、正確で立派な翻訳になると思うぞ!」
翻訳者である僕は、当然ながら『煙の樹』や創作についての話を期待していたのですが、ジョンソンは僕に別の期待をしていたようです。山麓に位置する広大な敷地のあちこちに、今年やってくる知り合いのために丸太小屋が建てられていました。その内部にロフトを取り付けて寝泊まりしやすくする、というのが目下ジョンソンの最大の仕事でした。一足先にやってきたせいで、僕がその作業に駆り出されることになりました。キャビンのあちこちに巻き尺を当て、計算した長さに木材を切り取って、必要な用材を揃えました。
しかし午後になって、その木材を運び込んで打ちつけようとすると、あちこちで寸法が合いません。というより、計算が正確だったところはほぼ皆無でした。「はて」とジョンソンは考え込んでいました。「俺には計算違いの才能があるらしいな」そういえば、『煙の樹』のあちこちにも、人数や日数の計算ミスがあったような……(作者と相談のうえ、翻訳では訂正済みです)。そんな茶目っ気もまた、彼の小説におけるひねくれたユーモア精神に一役買っているようです。
ジョンソン本人の口から小説に関して多くは語られませんでした。しかし、ヒントは意外なところにあるもので、ジョンソン家で飼っている大型犬は「大佐」と呼ばれていました。そのいかめしい面構えと、妙に人懐っこい性格を見るにつけ、『煙の樹』の物語の中心となるフランシス・サンズ大佐に見えて仕方ありませんでした。戦争に人生のすべてを捧げる一方で、人を惹き付けてやまない魅力の持ち主であるサンズ大佐のキャラクターは、この犬がモデルだったようです。アイダホから帰ったあとは、サンズ大佐が出てくるたびに、その犬のことを常に思い浮かべながら翻訳していました。
ジョンソン家にやってきて二日目から、ゲストが次々に到着し始めます。「ヒカル、今日からはすごい変わり者と相部屋になるぞ」と言われて、誰が来るのかと思っていると、やってきたのはEli Horowitz 、文芸誌McSweeneyʼsの編集者でした。実際の彼は物静かで親切な人でした。しかし、口を開けば、作家の朗読と曲芸師が剣を飲み込むショーを合体させたときの話など、やはり変なエピソードが出てきます。そんな彼が号令をかける形で、若い作家や詩人が総掛かりで小屋を一つ建てることになり、僕もまたもやそこに駆り出されました。作家によっては、翻訳者や編集者は思わぬ仕事をせねばならないという教訓だろうと思いますが、Eliは嬉々として大工仕事に汗を流していました。

■第7回配本『煙の樹』■2010.03.19
『煙の樹』をめぐる冒険【1】藤井光
「遅れてしまってすまないね」
「いえいえ、気にしないでください」
「いや、申し訳ない。でもさ、ここまで三時間運転してきたんだよな」
「それはまた……」
2008年の夏、僕は『煙の樹』の原書を片手に、ワシントン州のスポケーン国際空港の到着ロビーをさまよっていました。しばらくすると、僕と同じくらいの背丈のずんぐりした男がやってきました。『煙の樹』の作者、デニス・ジョンソンです。写真で見た印象よりも気さくな、腰の低い雰囲気の人で、待ち合わせに数分遅れたことを気にしている様子でした。
ジョンソンの自宅はアイダホ州北部にあります。毎年夏、自宅に客を招いて、ジョンソン曰く「カオス週間」を開催しているとのことで、トロントにいた僕も招待されました。もちろん行きますよ、と返事したものの、車の運転ができない僕が、公共交通機関もないアイダホ州にたどり着く方法を見つけることは不可能でした。さてどうしようと思っていたところ、ジョンソン本人が「じゃあ俺が迎えに行ってやる」と言い出して、最寄りの空港であるスポケーンで待ち合わせとなりました。彼の家から、片道三時間です。翻訳者が初対面の作者をここまでこき使うのはどうかと思いましたが、他に手段もないので、お言葉に甘えてアイダホに連れていってもらいました。
アイダホは、ジョンソン的な土地です。1970年代に突然独立を宣言した先住民の居留地や、なぜか廃材で複葉機の実物大レプリカを見事に作り上げた人の家などを次々に通り過ぎていくにつれ、『ジーザス・サン』に登場したような、人生の「まっとうな」軌道から外れていくアウトロー的な人々は、この土地から着想を得たのかもしれないな、と感じました。しかし、ジョンソンに言わせれば、「こういう連中のおかげで、アイダホの物価は安くなっていたのに、最近はそうでもないんだよな」とのことです。どうやら、この程度の「カオス」では不満な様子でした。一度動き始めたらとことん限界まで突き進む、そんなキャラクターたちを描き続けてきた作家ならではの台詞かもしれません。

■第7回配本『煙の樹』■2010.03.19
『煙の樹』読者必携・登場人物相関図(訳者作製!)
『煙の樹』は登場人物が多い群像劇でありますが、訳者の藤井光さんがわかりやすい人物相関図を書いてくださいました!

これが手元にあると、読み進めるのが格段に楽になるはずです。プリントアウトしてご利用ください。
ファイルはB5サイズになっています。本に挟んでご利用になる場合は、65%縮小でプリントし、周りの余白を切り落とすとちょうどよいですよ。


■第7回配本『煙の樹』■2010.03.16
通信Vol.7ができました
「エクス・リブリス通信」Vol.7ができました。
訳者の藤井光さんによるデニス・ジョンソン訪問記「『煙の樹』をめぐる冒険」がメインとなっております(出版ダイジェストと同内容です)。
一部の書店さんでも配布いたしますが、下記のPDFダウンロードもどうぞご利用ください。
PDFのダウンロードはこちらから
B5用紙に両面印刷し、半分に折ってご覧ください。

■第7回配本『煙の樹』■2010.03.12
『煙の樹』刊行記念・現代米文学・俊英対談!(前編) 都甲幸治&藤井光、『煙の樹』とジョンソンを語る【2】
都甲:ディスコミュニケーションというか、恋愛も含めて大事なところで言葉が通じなかったり、わかり合えなかったり。いつも人々の心が擦れ違い、まったくうまく行かない。
原文には複数の言語が出てきますが、翻訳が大変だったのでは? そもそもベトナム語の名前や地名もありますし、本文中に平気でフランス語が出て来ますよね。
藤井:フランス語のアルトー等の文章があり、その下に英訳が載っているんですが、ジョンソン本人に聞いて「日本語だけにしてくれたらいい」という言質を取りつけました。
都甲:僕はドミニカ出身の作家ジュノ・ディアスの『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』を訳しているんですが、本文中にはスペイン語と英語が出てきます。すべてを日本語にするとわかりやすくなりすぎて、登場人物同士もお互いに何を言っているかわからない、というコミュニケーションの途切れた感じがなくなってしまう。
藤井:マルチリンガルなものはなかなか翻訳が難しいですよね。ディアスもそうですが、英語圏の読者もスペイン語が出て来た時点で、一瞬なんだこれは、と思うわけじゃないですか。綴りが似ているからなんとなくわかるものもあるでしょうが、絶対完全には理解できない、その違和感を残したいですよね。
都甲:しかもスペイン語圏はすべて同じスペイン語かと思ったら、国ごとにだいぶ違うんですね。村上春樹作品を英訳したアルフレッド・バーンバウムはスペイン語圏育ちなので、ディアスのスペイン語も見てやるよ、なんて以前言ってくれましたが、実はドミニカのスペイン語はドミニカ出身の人に聞かないと分からない部分も多いんですよ。
ジョンソンはベトナムがひとつの世界ではないことも、うまく表していますね。北と南では歴史的にも違う国だったわけですし、土の色だって赤いところと黒いところではまったく異なる。さらには中国人がたくさんいるし、山岳民族の言葉もわからない。政治的立場だって、軍人か民間人かゲリラかで違う上に、言語的にも文化的にも分断されている。そんな中をアメリカ人が彷徨う。誰を信用していいのかわからないが、誰も信用しなければ発狂するしかないんです。ジョンソンは本書で、西洋人の目を通してオリエンタリズム批判をやる、という不思議な作業をしていますよね。
藤井:これは本人が幼少期をアジアで過ごしているというのが大きいのではないでしょうか。東京にいた頃の記憶も割とはっきり覚えていて、当時は女性は着物だったとか、ラムネの瓶が大好きだったとか話していました。冒頭にも横須賀と横浜が出て来ますし。10歳くらいで東京からマニラに行ってるんですが、結構悪かったみたいですね。僕が行ったときはドラッグは全部絶っていましたけれど。
都甲:スチュアート・ダイベックが2008年に来日したとき、ジョンソンと大学で同僚だったという話になったんですよ。「全米図書賞も獲って、本当にあいつは才能があって凄い奴だ」とダイベックが言うので僕は「全く同意するけれども、僕はああいう人は近所に住んでいて欲しくない」とこたえると、「今はドラッグもやめて大分真面目になったから大丈夫」と(笑)。お互いかなり尊敬し合っているようで、ダイベックも嬉しそうに話していました。
藤井:奥さんの管理下で見事に更正したようですが、それでもやっぱりあの人の隣には住みたくないかな(笑)。あまりに生活能力がないんですよ。お金なんて使い始めると止まらない。まさに創作と同じ生き方をしているんだと思うんですが、何かやり始めると止まらない、ずっとそのまま突っ走って行く。
都甲:もしかしたら『煙の樹』も、どうにか25年かけてまとめただけで、本当は草稿が膨大な量、10倍ほどもあるのかもしれないですね。
藤井:あり得ますね。プロットとは直接関係のないようなシーンの描写ですとか、プロット上から見たら脱線と思われる箇所が結構あるじゃないですか。それが魅力でもあるんですけれど、ひょっとしたらそこからもっと脱線して行けた可能性もありますね。
都甲:あるいは、その25年間に書いた多くの作品は、『煙の樹』の脱線から生まれたとも考えられませんか? 短篇や中篇が多いし、なんとなく雰囲気が共通している気もする。『煙の樹』が一本の軸になって、色々な作品を産んでいった……単に僕の妄想なんですが(笑)。
藤井:登場人物も重なっていますしね。Fiscadoroだったら、『煙の樹』の19XX年・後日譚という形で登場していても全然おかしくない。
都甲:3~4年前に大学院の授業でFiscadoroを取り上げたんですが、みんな、なんだかよくわからないけどすごく面白いねと言っていました。邦訳がないのが不思議なくらい。『ジーザス・サン』は映画化もされ、女優としてミランダ・ジュライが出ていたりして、アメリカではジョンソンは読者に愛され尊敬もされている作家なのに、どうして日本語訳が出なかったのかな。ようやく「エクス・リブリス」シリーズで二冊出ましたが、今後も続いてほしいですね。
都甲幸治(とこう こうじ)
藤井光(ふじい ひかる)
■第7回配本『煙の樹』■2010.03.02
『煙の樹』刊行記念・現代米文学・俊英対談!(前編) 都甲幸治&藤井光、『煙の樹』とジョンソンを語る【1】
遂に刊行されたデニス・ジョンソン『煙の樹』は、邦訳で600ページを超える、手応え十分すぎる大作です。そこで、最先端の世界文学ならこの方々に訊くべし!ということでお二人の文学者をお招きいたしました。ブコウスキーをはじめとする多くの翻訳と著書『偽アメリカ文学の誕生』でおなじみの都甲幸治さん、本作が初の翻訳書となる藤井光さんです。まずは『煙の樹』とデニス・ジョンソンについてお話しいただいた前編をお送りいたします。
藤井光:『煙の樹』を訳すことになって最初にびっくりするのは、この分量ですね。僕は短篇集の『ジーザス・サン』からデニス・ジョンソンに入っているもので。『ジーザス・サン』の場合は、ジョンソンの世界が、ものすごく切り詰められた、研ぎに研いだナイフの切っ先のような感じで提出されていて、読者に対して絶えず斬りつけてくるような作品だったわけですよね。それに比べると『煙の樹』はもっとゆったりとした、ある種の大河小説のようだと言える。ただ、物語としてはものすごくスローなんですけれど、その流れに身を任せて油断していると、いきなり斬りつけてくる『ジーザス・サン』から受け継がれた鋭さもある。そうして絶えず、ちょっとぼーっとしかけたら目をパーンと覚まされるというのを繰り返していくうちに、気がついたら物語に乗せられて最後まで行ってしまう。分量は途中から気にならなくなっていき……僕がジョンソン・マニアだからかもしれませんが、まだまだ訳していけるなと思いました(笑)。
ジョンソンは、短篇の場合特にそうですが、ストーリーとしてここで盛り上げてここで締めるというような起承転結をあまり気にしません。本能的な作家なんだろうと思います。『煙の樹』もスピードの緩急を繰りかえしてうねりを生み出している。そういう語り口が、いちばんすごいなと思ったところですね。
内容的にはジョンソン・ワールドをフルパワーで展開していて、ちょっと病んだ人間の病みっぷりが加速していくところが、今回は戦争というテーマの下でさらに全面展開されている。本当にこの作家は容赦しない、極限まで行くのが持ち味ですね。極限の状況を目指す強靱さもすみずみまで染み渡っていて、そこが本作の強さであると思います。
都甲幸治:なんと言っても戦闘シーンはすごいですよね。迫撃砲を受けて山を逃げ回ったり、友軍の照明弾が腹に入ってしまい廃人同様になったり。一方で、間に普通の小説っぽい部分もあります。『ジーザス・サン』は全ての文章、行、ディテール、展開が尋常ではなくて、たとえばごく短い短篇のなかで急に季節すら変わってしまうことがあった。雪が降ってきたと思ったら実は野外映画館のスクリーンの像だったとか。結末も訳がわからない。それを延々長篇でやられると読んでいて辛いんでしょうが、『煙の樹』ではある程度普通に読める部分と、密度の上がる激しい部分とが交互に出てくる。ベトナム戦争については過去にも、『ジーザス・サン』で徴兵されベトナムに行くところを逃げる話があったり、Fiskadoroではベトナムをヘリコプターで脱出した老婆が、隔離された架空のカリブ海世界の女王になったりしていましたから、ジョンソン作品の裏にはいつもベトナムや暴力といった力が働いているんだなと思ってきました。しかし『煙の樹』で彼がここまであからさまにこだわりを出してきたのには、半ば驚き、半ば納得といったところです。
藤井:ジョンソンは『煙の樹』を1982年頃から断片的に書き始め、刊行の7~8年前から本格的にまとめ始めた。長い間自分の頭の中の片隅に常にあり続けたものを、最後に改めてまとめ直したという、彼にとって総決算的な作品と言えるのでしょう。
都甲:彼が60年の人生で考えて続けてきたことが裏にあるので、内容はまったくブレていませんよね。それはおそらく、正確には自分はアメリカ人ではない、ベルリンで生まれ幼少期は東京やフィリピンで過ごした、アジア人かつアメリカ人である、という彼の経歴から来ているのではないかと思います。だからアメリカの大義について書くにしても深みがあるし、共産主義と仏教の入り混じった、ベトナム人の不思議な世界観も描ける。藤井さんは「訳者あとがき」でティム・オブライエンとの違いについて言及していましたよね。
藤井:オブライエンの場合はアメリカ側に立って戦った自分の視点だけからしか物語を書けないと明言して、自ら限定していますよね。ジョンソンはベトナム人登場人物の心理描写にもものすごく説得力があって作り物っぽくないですし、アメリカの大義を信じて戦争に突入していく登場人物をカリカチュア的に描写できるのも、相対化できる立場ならではの特権であると思います。
都甲:右翼、保守、軍人、白人、男性……アカデミックな世界でしたら、もはやそういう人々から文化の中心は別に移っている、と簡単に語られてしまうのでしょうが、現実にはたくさんいる彼らの抱く哀しみもよく出てますよね。
藤井:自分の大義を信じて勇ましく突っ走って行くけれどツルッと足下を滑べらせてしまう、そんなオチのつけ方も散見されて、独特のユーモア感覚がありますね。
都甲:共産主義から自由主義を守るとか、祖国のために戦う、といったシンプルな大義がベトナムではまったく通用しない。熱帯では大義も溶けてしまうんです。味方だと思っていた人が実は全員二重スパイだったりとか。周囲の誰もどの立場かわからないし、いったい何を守っているのかもわからない。そういう中で全てがないまぜになり滑っていく。それを悲しむでもなく、ジョンソンはユーモアを交えて描いている。主人公が暗殺されそうになっているのに、逆に暗殺者をどうやって殺すかをずっと練習するシーンなんて読むと、ジョンソンは太々しいというか、大した作家ですよね。
藤井:視点が冷めているところがあちらこちらで見受けられますね。そういう場面でユーモアをすっと出せるというのは、本人の資質でもあるんですが、登場人物たちの思いこみに対して共感しすぎていないということもあります。
都甲:ジョンソンには実際のベトナム体験はありませんよね。オブライエンなら実際に行った人が語る、というノンフィクションのふりをしながら、それをどうフィクションにもっていくかという話になるけれども、ジョンソンの場合、同時代にフィリピンや日本に住み、ベトナムに行く兵士の姿をじかに見ていながら、自分では戦っていない。
藤井:1948年生まれですから年代的には行っていてもおかしくないのですが、行っていないことで逆に、自分の直接体験に囚われすぎることがなく、少し冷めた視点で少し距離を置いた物語の作り方が出来るのかなという気もします。登場人物はフランス人もアメリカ人も、ベトナムで哲学的な妄想を勝手に膨らませていますよね。本人たちにとっては結構深刻なんですけれど、ベトナム人たちからすると理解できない世界しょうね。

■第7回配本『煙の樹』■2010.03.02
《エクス・リブリス》
の特色
❖
欧米はもとより、ラテンアメリカ、ロシア、東欧、アジア、オセアニア、アフリカまで、まさに「世界の文学」を幅広く紹介していきます。
❖
頭角を現し、注目を集めている新人、気鋭から、隠れた名作家まで、今こそ読んで新しい、ユニークで意欲的な作品を厳選します。
❖
柴田元幸、岸本佐知子、岩本正恵、野崎歓、鈴木仁子、沼野恭子ら第一線の翻訳家をはじめ、藤井光(アメリカ文学)、渋谷豊(フランス文学)、松本健二(ラテンアメリカ文学)ら新進翻訳家を積極的に起用します。
❖
装丁家、緒方修一による、各作品にふさわしい清新なデザイン、瀟洒な造本、読みやすい本文レイアウトでお届けします。
推薦のことば
「期待の現代文学」
柴田元幸
世界のいろんな場所で、日々いろんないい小説が書かれ、出版されている。だから、「この本をぜひ出したい」という編集者がいて、「この本をぜひ訳したい」という翻訳者がいて、その情熱を共有する人間が周りに何人かいれば、とてもいい現代文学のシリーズが出来ると思うし、事実このシリーズ、かなりそうなりつつあります。

「太陽との距離」
古川日出男
世界には中心はない。ある偉大な作家がAという地域にいても、Aこそが核だ、とは断言できない。ある革新的な作品がBという国(の言語)で書かれていても、Bの国語こそが今後の文学の核となる言語だ、とは判断できない。だが地球上のどんな場所も、太陽とは等距離だ。それを理解した新しい“本”だけが、ここに世界文学として届けられるだろう。

「本を片手に旅するように」
桜庭一樹
飛行機に乗ったら世界が、「おぉ!」ぎゅんと狭くなるように。タイムマシンに乗ったら、「あれ?」過去がもうすぐ外に在るように。「エクス・リブリス」の本たちが思わぬ空間と時間に連れてってくれるとよい。あてもなく旅をするように、気楽に、刺激的に世界文学を読み続けることができたらそれだけで幸せです。
今後のラインナップ
カルロス・バルマセダ
柳原孝敦訳
『ブエノスアイレス食堂』
(アルゼンチン)
第17回配本・2011年10月上旬刊行予定
エドワード・P・ジョーンズ
小澤英実訳
『地図にない世界』
(アメリカ)
蘇童
飯塚容訳
『河岸』
(中国)
アルベルト・ルイ・サンチェス
斉藤文子訳
『空気の名前』
(メキシコ)
ジョー・ブレイナード
小林久美子訳
『ぼくは覚えている』
(アメリカ)
アーカイブ