《エクス・リブリス》とは、「蔵書票;〜の蔵書から」を意味します。独創的な世界の文学を厳選して贈るシリーズです。

最新刊


地図になかった世界
The Known World

エドワード・P・ジョーンズ
Edward P. Jones
小澤英実訳

南北戦争以前、「黒人に所有された黒人奴隷」たちを描いた歴史長篇。日々の暮らしの喜怒哀楽を静かに語り、胸を打つ。ピュリツァー賞ほか主要文学賞を独占した話題作。柴田元幸氏推薦!

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好評既刊


ブエノスアイレス食堂
Manual Del Caníbal

カルロス・バルマセーダ
Carlos Balmaceda
柳原孝敦訳

故郷喪失者のイタリア人移民の苦難の歴史と、アルゼンチン軍事政権下の悲劇が交錯し、双子の料理人が残した指南書の驚嘆の運命、多彩な絶品料理、猟奇的事件を濃密に物語る異色作!

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デニーロ・ゲーム
De Niro's Game

ラウィ・ハージ
Rawi Hage
中野学而訳

内戦下のベイルートで、過酷な日常を生きる少年バッサームと、「デニーロ」と呼ばれる幼なじみのジョルジュ、二人の友情の行方は? 国際IMPACダブリン文学賞受賞作。

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イルストラード
Ilustrado

ミゲル・シフーコ
Miguel Syjuco
中野学而訳

巨匠作家が死体で発見され、未完の小説が消えた!? 助手ミゲルは真相を求めてフィリピンに赴くが、捜査は難航する……。注目の新人による、多数の声をちりばめた迷宮的な長篇。

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ヴァレンタインズ
Ut og stjæle hester

オラフ・オラフソン
Olaf Olafsson
岩本正恵訳

「一月」から「十二月」まで、夫婦や恋人たちの愛と絆にひびが入る瞬間を鋭くとらえた、O・ヘンリー賞受賞作を含む12篇。現代アイスランド文学の旗手による、珠玉の第一短篇集。

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兵士はどうやってグラモフォンを修理するか
Ut og stjæle hester

サーシャ・スタニシチ
Saša Stanišić
浅井晶子訳

1992年に勃発したボスニア紛争の前後、ひとりの少年の目を通して語られる小さな町とそこに暮らす人々の運命。実際に戦火を逃れて祖国を脱出し、ドイツ語で創作するボスニア出身の新星による傑作長編

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馬を盗みに
Ut og stjæle hester

ペール・ペッテルソン
Per Petterson
西田英恵訳

「ぼくら、馬を盗みに行くんだ」1948年、スウェーデン国境に近いノルウェーの村で、父さんと過ごした15歳の夏。老境にさしかかった「わたし」の脳裏に少年時代の思い出がよみがえる。

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昼の家、夜の家
DOM DZIENNY, DON NOCNY

オルガ・トカルチュク
Olga Tokarczuk
小椋彩訳

チェコとの国境地帯にある小さな町ノヴァ・ルダ。そこに移り住んだ語り手の紡ぐ夢、記憶、逸話、伝説……国境の揺れ動いてきた土地の記憶を伝える、新世代のポーランド人作家による傑作長編。

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ウィルバーフォース氏のヴィンテージ・ワイン
The Irresistible Inheritance of Wilberforce

ポール・トーディ
Paul Torday
小竹由美子訳

『イエメンで鮭釣りを』に続くトーディの第二作!ボルドーワインの虜となった若き実業家の転落を、ユーモラスかつ苦味に満ちた語りで、四つの「ヴィンテージ(醸造年)」を遡りながら描き出す。

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そんな日の雨傘に
Ein Regenschirm für diesen Tag

ヴィルヘルム・ゲナツィーノ
Wilhelm Genazino
鈴木仁子訳

靴の試し履きの仕事で、街を歩いて観察する中年男の独り言。関係した女性たち、子ども時代の光景……居心地の悪さと恥ずかしさ、滑稽で哀切に満ちた人生を描く。

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野生の探偵たち
Los detectives salvajes

ロベルト・ボラーニョ
Roberto Bolaño
柳原孝敦、松本健二訳

謎の女流詩人を探してメキシコ北部の砂漠に向かった詩人志望の若者たち、その足跡を証言する複数の人物。時代と大陸を越えて二人の詩人=探偵のたどり着く先は? 作家初の長編にして最高傑作。

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煙の樹
Tree of Smoke

デニス・ジョンソン
Denis Johnson
藤井光訳

ベトナム戦争下、元米軍大佐サンズとその甥スキップによる情報作戦の成否は?『ジーザス・サン』の作家が到達した、「戦争と人間」の極限。山形浩生氏推薦!《全米図書賞》受賞作品。

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青い野を歩く
Walk the Blue Fields

クレア・キーガン
Claire Keegan
岩本正恵訳

名もなき人びとの恋愛、不倫、小さな決断を描いた世界は、「アイリッシュ・バラッド」の味わいと、哀しみ、ユーモアが漂う。アイルランドの新世代による、傑作短篇集。小池昌代氏推薦!

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悲しみを聴く石
Syngué sabour

アティーク・ラヒーミー
Atiq RAHIMI関口涼子訳

戦場から植物状態となって戻った男。コーランの祈りを唱えながら看病を続ける妻。やがて女は、快復の兆しを見せない夫に向かって、誰にも告げたことのない罪深い秘密を語り始める……。

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ミスター・ピップ
Mister Pip

ロイド・ジョーンズ
Lloyd Jones
大友りお訳

島の少女マティルダは、白人の先生に導かれ、ディケンズの『大いなる遺産』を読み、その世界に魅せられる。忍び寄る独立抗争の影……最高潮に息をのむ展開と結末が! 英連邦作家賞受賞作品。

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通話
Llamadas telefónicas

ロベルト・ボラーニョ
Roberto Bolaño
松本健二訳

スペインに亡命中のアルゼンチン人作家と〈僕〉との奇妙な友情を描く「センシニ」をはじめ、心を揺さぶる14の人生の物語。ラテンアメリカの新たな巨匠による、初期の傑作短編集。

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イエメンで鮭釣りを
Salmon Fishing in the Yemen

ポール・トーディ
Paul Torday
小竹由美子訳

砂漠の国に鮭を放つ!? イギリス政府も巻きこんだ奇想天外な計画「イエメン鮭プロジェクト」の顛末はいかに……処女作にしてイギリスで40万部を記録したベストセラー長編。

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ジーザス・サン
Jesus' Son

デニス・ジョンソン
Denis Johnson
柴田元幸訳

緊急治療室でぶらぶらする俺、目にナイフが刺さった男。犯罪、麻薬、暴力……最果てでもがき、生きる、破滅的な人びと。悪夢なのか、覚めているのか? 乾いた語りが心を震わす短編。

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 『野生の探偵たち』読者必携! 通信Vol.8ができました

『野生の探偵たち』を読み始めてくださっている方も多いことと存じますが、この長編小説、60を超える登場人物が入り乱れております。なのに本には人物一覧が載っていない……

ということで、編集担当がつくった一覧を掲載して、急遽「エクス・リブリス通信Vol.8」を作製いたしました。本に挟んでおけばお役に立つことと思います。

一部の書店さんでも配布いたしますが、下記のPDFダウンロードもどうぞご利用ください。

PDFのダウンロードはこちらから

B5用紙に両面印刷し、半分に折ってご覧ください。

第8回配本『野生の探偵たち』2010.04.27


 《エクス・リブリス》創刊一周年記念フェア・開催店舗一覧

北海道 小樽市 喜久屋書店 小樽店
札幌市 ジュンク堂書店 札幌店
札幌市 紀伊國屋書店 札幌本店
札幌市 北海道大学生協 北部店
札幌市 三省堂書店 札幌店
札幌市 リーブルなにわ
青森県 青森市 宮脇書店 青森本店
岩手県 盛岡市 ジュンク堂書店 盛岡店
宮城県 仙台市 ジュンク堂書店 仙台店
仙台市 東北学院大学生協 泉店
仙台市 あゆみブックス 仙台青葉通り店
秋田県 秋田市 ジュンク堂書店 秋田店
福島県 郡山市 みどり書房 桑野店
郡山市 八重洲ブックセンター 郡山うすい店
群馬県 高崎市 ブックマンズアカデミー 高崎店
埼玉県 大宮市 ジュンク堂書店 大宮店
千葉県 市川市 福家書店 市川店
柏市 新星堂 カルチェ5柏店
東京都 渋谷区 リブロ 渋谷店
渋谷区 青山ブックセンター 本店
渋谷区 有隣堂 アトレ恵比寿店
渋谷区 紀伊國屋書店 渋谷店
渋谷区 ブックファースト 渋谷文化村通り店
新宿区 ブックファースト 新宿ルミネ2店
新宿区 ジュンク堂書店 新宿店
新宿区 ブックファースト 新宿ルミネ1店
新宿区 あゆみブックス 早稲田店
新宿区 芳林堂書店 高田馬場店
新宿区 ブックファースト 新宿店
世田谷区 紀伊國屋書店 玉川高島屋店
立川市 オリオン書房 アレア店
立川市 オリオン書房 ノルテ店
立川市 オリオン書房 ルミネ店
中央区 八重洲ブックセンター 本店
千代田区 丸善 お茶ノ水店
千代田区 東京堂書店
千代田区 三省堂書店 神保町本店
千代田区 丸善 丸の内本店
豊島区 リブロ 池袋店
豊島区 ジュンク堂書店 池袋本店
町田市 あおい書店 町田店
町田市 リブロ 町田店
神奈川県 厚木市 有隣堂 厚木店
海老名市 三省堂書店 海老名店
川崎市 あおい書店 川崎駅前店
藤沢市 ジュンク堂書店 藤沢店
横須賀市 平坂書房 MORE'S店
横浜市 有隣堂 ルミネ横浜店
横浜市 あおい書店 横浜店
横浜市 ブックファースト 青葉台店
新潟県 新潟市 ジュンク堂書店 新潟店
長野県 長野市 平安堂 長野店
静岡県 静岡市 谷島屋 呉服町本店
愛知県 名古屋市 三省堂書店 名古屋高島屋店
名古屋市 ジュンク堂書店 名古屋店
名古屋市 丸善 名古屋栄店
京都府 京都市 ジュンク堂書店 京都BAL店
京都市 ブックファースト 京都店
大阪府 大阪市 紀伊國屋書店 本町店
大阪市 ブックファースト 梅田店
大阪市 ジュンク堂書店 大阪本店
大阪市 ジュンク堂書店 難波店
大阪市 ジュンク堂書店 天満橋店
大阪市 ジュンク堂書店 梅田店
兵庫県 神戸市 ジュンク堂 三宮店
神戸市 ジュンク堂 三宮駅前店
岡山県 岡山市 丸善 岡山シンフォニービル店
広島県 広島市 紀伊國屋書店 広島店
広島市 ジュンク堂書店 広島店
福岡県 福岡市 丸善 福岡ビル店
大分県 大分市 ジュンク堂書店 大分店
鹿児島県 鹿児島市 ジュンク堂書店 鹿児島店

■最新情報2010.04.22


 《エクス・リブリス》創刊一周年記念フェアのお知らせ

昨年3月に産声をあげた当シリーズも、おかげさまで創刊一周年を迎えました。『煙の樹』『野生の探偵たち』と大作を連続して刊行し、これからもみなさまのご支持をお願いしたいということで、全国約70店舗の書店さんで記念フェアを開催していただくことになりました。

このブックフェアでは、《エクス・リブリス》シリーズの既刊全8点が並ぶほか、豊﨑由美さん、山崎まどかさんの特別寄稿エッセイが掲載された記念小冊子を配布いたします。

早い書店さんでは今週『野生の探偵たち』が届き次第スタートする予定です。次エントリーに開催店舗一覧を掲載いたします。ぜひ足をお運びください。

■最新情報2010.04.22


 『野生の探偵たち』が発売になりました

第8回配本、ロベルト・ボラーニョの傑作長編『野生の探偵たち』(柳原孝敦、松本健二訳)が本日発売となりました。書店店頭に並ぶのは、本日午後から週末にかけてとなります。このカバー装画、この分量、もちろん圧倒的な小説そのものを、ぜひお手にとってお確かめください。

第8回配本『野生の探偵たち』2010.04.22


 『煙の樹』刊行記念・現代米文学・俊英対談!(後編) 都甲幸治&藤井光、現代米文学の注目作家を語る【3】

都甲:それからもうひとつ考えるべきこととして、同時代性、同時性という問題があります。サブカルチャーの隆盛によって、世界中で同じ音楽を聴き、同じ映画を見ているという前提がある。その上で今、文学を書くというのはどういう意味があるのでしょうか。このことは日本でもアメリカでもヨーロッパでも中南米でも、誰もが思っているはずです。だからこそ「エクス・リブリス」シリーズにはロベルト・ボラーニョもアティーク・ラヒーミーも入ってくる。今、文学作品を創作する中で、社会や家族関係についてどう考えていくかは世界中の共通したテーマです。だからこそ、アメリカ文学研究が専門だからといって、日本文学や東欧文学に口を出さないというのはむしろ間違いと言えるでしょう。他の地域を研究している人たちからすれば、そういう態度はアメリカ帝国主義そのものに見えてしまうかもしれませんが(笑)。もっと色々、もっと誤解しながら読んで、不正解なことでもガンガン言わなければいけないんじゃないかと考えています。

藤井:それが実際にはいわゆる帝国主義と違うところは、世界をアメリカ色で塗りつぶすこととは真逆なこと、アメリカを世界色で塗りつぶすことであって、それこそがアメリカ文学のそもそもの強みだと思います。堅固なアメリカ的なものがあたかも存在するかのように考えるのではなく、次に何が飛び出すかわからないわくわくする感覚こそが、アメリカの一番よいところであるはずですよね。

都甲:現在の日本の状況では、マイノリティやエスニックと分類される文学と、ポール・オースターやドン・デリーロあたりのポストモダン系の文学とは研究している人が異なっていて、両者の交流もあまりない。でもポストモダン文学の研究者も中南米のマジックリアリズムを読むことはありますし、オースター自身がそもそもモーリス・ブランショの影響を受けています。現代に生きている以上、抱えている問題は同じなはずなんですよ。僕が専門にしているデリーロの小説『コズモポリス』では、若い大金持ちの金融ブローカーがマンハッタン島の朽ち果てた地区にリムジンで向かう。それは貧しいイタリア系移民の歴史を遡ることの比喩にもなっています。つまり『コズモポリス』はポストモダン文学であると同時にエスニック文学であり、世界文学であり、第三世界文学でもあるわけです。

藤井:主流と言われているオースターやデリーロやリチャード・パワーズといった作家たちからちょっと目先を変えるとなると、エスニック・マイノリティの方向になるという棲み分けがあって、あまりにきれいに分けられ過ぎていますよね。僕自身はひたすら、こんなの誰が読むんだというものだけを読み続けてきた人間でして、デリーロについても一作品だけ『ボティ・アーティスト』について書いたことはありますが、次はもう違うものをやりたいと思ってしまう。何かの、あるいはこの作家の専門、とは絶対言われたくない。多分性格なのだと思いますが(笑)、一作家・一作品について書いたらもういいかな、という気がしてしまって。アイデアが出にくくなって、気がついたら同じようなものについて書いていそうですし。
 ジェシー・ボールという作家もぜひ紹介しておきたい。2009年刊のThe Way Through Doorsを読んで、これは面白いと思いまして。この作家のよいところは、まず見かけが怪しいこと(笑)。僕は作家に関しては風貌の怪しさを重視するので。まだ30ちょっとという年齢です。作品も壊れていて僕好みなんですよ。主人公の男がコネでどこかの街の調査官になる。調査官とは言っても、公園で犬を散歩させて、この公園には犬用の橋があるべきだと報告するような、変な仕事ばかりなんです。それがある日、女の子がタクシーに轢かれたところに居合わせて病院に連れて行くのですが、女の子は事故で過去の記憶を失っていた。それをよいことに彼女に勝手な名前を付け、自分の恋人だと嘘をついて連れて帰ってしまう。俺が一から君のことを教えてあげようと語り始めると、物語の中で全然関係のない話がどんどん膨らんで脱線していく。さらにその中でまた登場人物が話を始めて、また別の物語が繋がって……ようやく元々の調査官と彼女の話に戻りかけたかと思うと、またもや違う話が入ってくる。まるで物語の迷宮のようで、作風と作者の風貌があまりにも一致している。

都甲:ここまで登場したのは男性作家ばかりですが、女性作家はどうでしょう。ミランダ・ジュライはかなり気に入っているんですよ。短篇集No One Belongs Here More Than You (2007、『いちばんここに似合う人(仮題)』として新潮社より刊行予定、岸本佐知子訳)には、部屋の床の上で水泳レッスンをする話がありまして、床がドロドロに溶けたところを泳ぐときには、普通のプールよりかなり上半身の力が要るのだ……なんて具合なんです。いわゆる女性的な作品というイメージとは全然違う、おかしな方向に妄想が走っている作家です。柴田元幸さんが推しているジュディ・バドニッツもそうですね。『空中スキップ』は岸本佐知子さんが翻訳していますが、岸本さんのエッセイに近い感じの女性作家というのももっといるはずです。バドニッツの短篇にも面白いものがありますよね。妊娠したメキシコ女性が、子供をアメリカ人にするために何十回も国境を越えようとして失敗し、そのあいだに胎内で子供が育ち過ぎて、お母さんの皮膚からすぐ下まで、着ぐるみのような状態にまでなってしまう。それでもまだ生まれさせてもらえない、なんてね。おかしな作品ですが、越境、ポストモダン、人種的少数派といった諸要素が絡んできます。こういうのは、幻想的であり、なおかつ政治的な作品だと言えるでしょう。

藤井:僕は、ジェイン・アン・フィリップスのLark and Termite (2009)が、昨年読んだ小説の中で一番心に残っているんです。フィリップスは本来フォークナーの流れを汲んだ、主流といえる作風ですよね。それがこの作品ではまず朝鮮戦争からスタートするんです。出兵したアメリカ人伍長が現地の人を避難させているシーンがあるのですが、その中にはアルファベット化された現地の言葉が大量に出てくるんです。一応その英語の訳や意味も付記されていたり、流れの中で説明されたりしてはいますが、中には訳も説明もないものがあり、読者に違和感を感じさせる。さらに朝鮮半島の戦場と、アメリカの伍長の家族とがリンクするんです。機銃掃射にあって橋の下に命からがら逃げ込むと、外には死体の山が出来上がっていたというシーンから、ウェスト・ヴァージニアの十代の少年少女の話に転換する。すると、いわゆる知能の発達の遅れた男の子が近所のトンネルをふと覗き込むと、そこには死体の山が見えていた、という具合に繋がっていくんですよ。その幻想性にしても、異国の言葉が交差するところにしても、フィリップスのようにアメリカ文学の本流と言える位置で活動してきた作家が、60歳近くになってこのような新しい展開を見せたのは、これまでの作家も作風に少し疲れている部分があると同時に、新しい流れが来ていることを証明してもいるのでしょう。(了)

第7回配本『煙の樹』2010.04.12


 『煙の樹』刊行記念・現代米文学・俊英対談!(後編) 都甲幸治&藤井光、現代米文学の注目作家を語る【2】

都甲:当たり前ですが英文科に入ると、アメリカ文学史を習うことになる。もちろんメルヴィルもトウェインもフォークナーも偉いですが、学校で習えないような作家たちが今、すごく面白いですね。さっきあげたハ・ジンなんて、よく作品をハッピーエンドにしちゃいますけれど、現代文学でそんな脳天気なことはまず禁止じゃないですか(笑)。「ニューヨークタイムズ」紙の書評でコルム・トビーンには、こういうのはバカのやることだ、とまで書かれてしまっています。でも多分、背景となっている文学の伝統が違うんですよ。我々も日本人でありながら、清く正しいアメリカ文学史、大きく括れば西洋の近代文学の枠組みで教育されているから、ハ・ジンのような作品は異常に見える。明らかに伝統が異なる人たちが、自分では近代文学にのっとっていると思いながら、微妙に不正解なものを書いている。それは本人もわかってやっているのかどうか、本当のところはわからないですけれども、読めば非常に面白かったりするんです。さらに合衆国にはイザベル・アジェンデやアリエル・ドーフマンのような作家もいますしね。

藤井:アラルコンにしてもハ・ジンにしても、自分の母国を相対化したものを書きますよね。こちらとしては勝手に、移住してきた人間が帰りたくても母国には帰れなくて、アメリカで文化の違いに苦労しながら成長して行く、という物語展開を期待するんですけれど、なぜか違うんですよね。母国・故国を題材にしていながら、それがノスタルジックにはならない。切っても切れない自分の一部なんだけれども、愛着というものとはまた違んですね。
 最近の作家でもう一人、サルヴァドール・プラセンシアも、メキシコのグアダラハラ生まれで、祖国を5、6歳で離れているんですよ。現在はロサンゼルス在住です。愛着も懐古も自分の中に形成される前に移住していると、基本的な実体験はアメリカとかカナダでの生活のみということになる。すると彼の作品においては、幼少期の限定された、妙に身体に刻み込まれた形でしか残っていないメキシコ体験が総決算されることになり、幻想的な世界、妄想が入り込んでいる作風になるんですよ。The People of Paper (2005)という作品では、メキシコで暮らしていた主人公の男が、おねしょがひどくて、ついに奥さんが愛想を尽かして出て行ってしまう。仕方がないので娘を連れてアメリカに移住して、ロサンゼルス近郊のエル・モンテで生活を始めます。するとある日、上からのし掛かってくる存在がいることに気付く。土星が自分たちの生活を見通してコントロールしていたというんですよ(笑)。それで主人公が土星相手に戦争を始めるんですよ。有志を募って集団を作り、自分たちの生活のプライバシーや人生を選択する権利を守るために戦い始めるんです。そのうち登場人物の一人が、土星に辿り着く方法を見つけ出して行ってみると、土星というのは実は作者プラセンシア本人で、彼女に振られた腹いせにラブストーリーを書いて、その登場人物たちを思いのままにコントロールして憂さ晴らししていた。そんな無茶苦茶な話なんです。さらにそこに訳のわからないサブプロットが色々混ざり込んでくる。例えば、天才的折り紙職人が人生を賭けて作り上げた紙で作られた女性キャラクターいて、ハリウッドへ行って普通に恋愛経験をして、セックスするとあちこち紙がほつれてきて困ったという話。あるいは、あるプロレスラーが実はカトリックの聖人で、最後の試合で死んでしまったので列聖されるという話ですとか、メキシコ文化のようなものもごった煮で放り込んである。しかしそれはノスタルジーではなく、自分の妄想を膨らますための材料であるように思われるんですね。プラセンシアにとってのメキシコは、帰る場所ではなくて、あくまで肥やしとして自分の世界を広げて行くためのものなんですよ。

都甲:ロサンゼルスはラティーノの人口比率が多いですよね。ですからロサンゼルス自体がメキシコのようでもあり、アメリカのようでもある場所だと言える。もともとフォークナーを読んだガルシア=マルケスたちが中南米のマジックリアリズムを産み出し、さらにそれを読んだスティーヴ・エリクソンが北米マジックリアリズムを産み直した、という形での北と南の相互交流もありましたけれど、今は本の形だけでなく、現実に人間が動きながら書いている。単なる相互交流なんて甘いものではなくて、妄想も文化も土地も、人間の身体のレベルで混ざっていく。そういう中で文学が大きく変容しつつあることを感じます。

藤井:僕もロサンゼルスで、ここはカオスなんだと感じました。でも考えてみれば、僕がアメリカ文学の一番の強み、魅力として感じているのは、カオスを肥やしにした上での文学作品ということになる。妙に整然としているわけではなく、根底にカオスがあり、そこから次々に産み出されてくる禍々しくて毒気たっぷりの小説たちにすごく心を揺さぶられるんです。

都甲:そのカオスというのは、暴力的で、あまり頭のよくない感じの人が出て来ては問題のあることばかりやらかしてしまう、というカオスですよね。僕もロサンゼルスには三年ぐらい住んでいたことがあります。ありとあらゆる世界中の人たちがいて、たとえばエチオピア人街の横にはエリトリア人街があったりする。それはもう、一つの街であると同時に世界と言っていい。そんな中でみんなが挨拶を交わし一緒に生活しながら、さらに文化が混ざり合っていく。今までのアメリカ文学史はアイビーリーグなどの東部の大学に留学して学ぶ、ヨーロッパ型の整然とした文学史が正統でしたよね。そこを藤井さんは、カナダとロサンゼルスに行くという、古典的なアメリカ文学史から考えれば大間違いの選択をしておられる(笑)。でも僕は、アメリカ文学を学びにトロントに行く感覚というのは、実は大正解だと思っているんです。ハワイでもメキシコでもいい。アメリカを知るには微妙に不正解なところに行くというのがいいんじゃないですかね。

藤井:メキシコにも1年ぐらい行きたいなと思っているんですけれど(笑)。

都甲:メキシコは絶対面白そうですね。パコ・イグナシオ・タイボ二世は邦訳も2、3冊ありますが、スペインから来てメキシコで異邦人として暮らしながら、メキシコの腐敗を描いている。アメリカとメキシコを行き来しながら活動している人たちもいる。今までのアメリカ文学研究の弱さはそこだと思うんですよ。カナダから、あるいはメキシコ、ペルーから合衆国を見てみる視点も必要なんです。南北アメリカはある種の相互作用をしている不思議な混沌としたシステムだから、合衆国国内の文脈から、ちょっとずらしてみると多くのことがわかるはずなんですよ。

藤井:人の流れもそうですし、現代作家の作品を読んでいると、世界文学ではないけれど、アメリカ文学と言いながら、それこそアメリカ大陸文学とか、南北アメリカ大陸文学というくらい、そこまで広げて考えなければならない。そうなってくると限界がない。どこかで切ってしまってよいものとは思えなくなります。

第7回配本『煙の樹』2010.04.12


 『煙の樹』刊行記念・現代米文学・俊英対談!(後編) 都甲幸治&藤井光、現代米文学の注目作家を語る【1】

デニス・ジョンソン『煙の樹』は既にお読みいただいたでしょうか? 都甲幸治さんと藤井光さんの対談の後編は、お二人が注目する作家についてお送りいたします。

都甲幸治:先日、カレン・T・ヤマシタのCircle K Cycles (2001)という作品について調べていたら、セッシュウ・フォスターなど日系やアジア系でかっこいい作家がたくさんいることがわかりまして、ウェブで検索してみると、フォスターについて藤井さんが既に学会で発表していたとわかりました。僕が思いつくことは大体先回りしてやっているようなので、藤井さんにはいろいろ教えていただきたいのですが(笑)。

藤井光:昨年読んだ中では、ダニエル・アラルコンがツボだったんですよ。ペルーのリマ生まれで、幼い頃に移住してそのままアメリカで育った作家です。おそらく本人は英語・スペイン語両方で創作できるのでしょうが、英語版の方が先に出版されています。短篇集のWar by Candlelight (2005)が一番最初に出て、次に長篇のLost City Radio (2007)。それ以外にも非常に精力的に書いていまして、「ニューヨーカー」にも載ったことで注目を集めています。まだ32歳の作家なんです。僕が英語で論文を発表する場合は他の人に見てもらわないと絶対だめですが、アラルコンのようにごくナチュラルに複数言語で創作できるというのはすごいと思います。

都甲:うーん、そこはどうでしょうか。僕はジュノ・ディアスという作家を訳しているので(The Brief Wondrous Life of Oscar Wao (2007)は『オスカー・ワオの短く凄まじい人生(仮題)』として新潮社より刊行予定、都甲幸治・久保尚美訳)、彼のインタビューやエッセイも読んでいるのですが、彼がバイリンガルな、ある程度スペイン語が入ってくる小説を書くようになったのは、あるコンプレックスが原因だったそうなんです。彼がアメリカに移住したのは小学生のときで、発音が微妙に違うため、英語を喋ると周囲に冷やかされる。これでは英語は決して完全には自分の言語にはならないだろう、それならばスペイン語と混ざったスパングリッシュで勝負すれば、他の誰も敵わないだろうと思ったそうなんですよ。ディアス自身、もちろん英語でもスペイン語でも創作できるでしょうが、そのスペイン語は純粋なドミニカ共和国のスペイン語ではないし、英語もアメリカの標準的な英語ではない。白人の保守派の人間から見れば、そういうのは堕落した英語なのかもしれません。われわれもアメリカに行けばただの外国人ですから、移民たちの抱くある種の疎外感、どこにも属していない感覚、周りから押しつけられる偽物感には、僕自身すごく興味を惹かれます。僕も大人になってからアメリカに行ったせいかもしれませんが、彼らの悲しみや怒りにすごく共感できるんですよ。
 外国出身でアメリカに渡り作家になった人の短篇を、大学の授業で今年読む予定なんです。「世界文学としてのアメリカ文学」というタイトルでね。ディアスやアレクサンダル・ヘモン、ウラジミール・ナボコフなど様々な作家を考えているんですけれど、アラルコンもいいかもしれないな。これらの作家には共通性と違いの両方があると思うんですよ。東アジアから来た人、中南米から来た人、東欧から来た人、あるいは西ヨーロッパでもアイルランド系の作家ですとかいろいろでしょう。英語圏から来た人と非英語圏、アジアから来た人の体験はまた違うだろうし。だからこそデニス・ジョンソンに関しても、標準的なアメリカ文学じゃないのでは、なんて強引なことを言ってみたくなります。

藤井:ジョンソンの、例えば『煙の樹』からアメリカ人以外しか出てこないシーンを全部抜き出してひとまとめにしたら、誰が書いたかわからない。絶対にアメリカ人が書いたとは思えないですよね。

都甲:ベトナム系のリン・ディンが書いていてもおかしくない。ただリン・ディンだと超短篇になってしまうかもしれないな。ジョンソン作品にはその土地で育った人々の厚い友情や、登場人物の二人が運命的に北と南に分かれてしまうなんてテーマが出てきて、まるで東映のヤクザ映画のようです(笑)、我々が慣れ親しんでいるアジア的な情念を感じさせる箇所は、読んでいて不思議な感じさえしますね。

藤井:それに、ベトナムの湿度の高さをうまく捉えますよね。匂いの違い、肌ざわりの違いを、リアルに再現できる。

都甲:アメリカに住んでいた頃は、僕は日系人文学やアジア系文学には全く興味がなかったんですよ。日系人の作品を読んでも、彼らはわれわれのことを仲間とは思っていないだろう、なんて考えていました。実際のところ、日系人の子は日本語なんて知らないし、取り立てて僕に親切にしてくれるわけでもない。それが、日本に帰って来てからはがぜん興味が出て来ました。日系ではありませんが、「新潮」の連載で取り上げたハ・ジンの短篇集A Good Fall (2009)なんて面白いですよ。それまで彼の作品の多くは中国が舞台で、一種英語で書かれた中国文学のようだったのに対して、この本ではアメリカの中国系コミュニティ、それも一世の人たちのコミュニティを描いています。そこにあるのは、中国に対する郷愁と、言論の自由もない祖国への怒りです。中国に怒ってはいるけれど、かといってアメリカ社会に溶けこめるかというとそうもいかない。もう帰れないが前にも進めないという人の話ばかりで、僕自身すでにアメリカから戻って来ているのに、彼らの姿はとても他人とは思えないんです。

藤井:僕はお話を聞いていてラウィ・ハージのDe Niro's Game (2006)(『デ・ニーロのゲーム(仮題)』として白水社より刊行予定、藤井光訳)を思い出しました。ハージは現在カナダに住んでいる作家ですが、元々レバノン出身なんですね。ベイルートに6歳くらいまで住んでいて、その後ニューヨークに渡り、モントリオールに移り住んでいます。ベイルートですと言語的にはアラビア語圏であり、文化的にはフランスの文化圏ですよね。そこからカナダに渡ったことでカナダ文学という扱いになるわけですけれど、内容にはカナダ文学の「カ」の字も出てこない。「カナダ」という単語が3回くらい出て来るだけです。ベイルートとパリが舞台の、内戦下における二人の少年の話がメインで。

都甲:カナダ文学というのはみんな見過ごしがちですけれど、すごく大事ですよ。アメリカの隣りにありながら猛烈にアメリカに対して批判的で、世界から移民を政策的に大量に受け入れている国です。各国から来た多くの人たちが、カナダとはどういう国なのかということさえよくわからないままに暮らしている。それは文学的にも不思議なトポスと言えるのではないかと思います。代表的な作家はマイケル・オンダーチェやバーラティ・ムーカジです。ムーカジの短篇 “The Management of Grief” なんて、カナダに住むインド系のおばちゃんたちが、飛行機が墜ちて乗っていた他の家族は既に死んでいるのに、それでもカナダ政府の係官に対して決して心を開かない、という状況を描いた素晴らしい小説です。色々な国の人々が集まっている状況を、マルチカルチャーでマルチリンガルと呼ぶのはお題目としては美しいけれど、一般の人が英語を習得して生活レベルで溶けこむのは並大抵なことじゃありません。作品中でも主人公の家族は死んでいるし、地域社会では孤立しているし、本当に切ないというか、ひりつくような感じがします。

第7回配本『煙の樹』2010.04.12


 『野生の探偵たち』出版記念講演会

世界本の日を記念して、在日チリ大使館、セルバンテス文化センター東京、白水社は、卓越したチリ人作家ロベルト・ボラーニョの日本語訳『野生の探偵たち』(4月中旬刊行予定)の出版記念講演会を行います。

翻訳本出版記念講演会
「ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』」

 ■日時:2010年4月23日(金) 19:00〜
 ■会場:セルバンテス文化センター東京 B1オーディトリアム
 □講演者:野谷文昭氏(東京大学教授)、柳原孝敦氏(訳者・東京外国語大学准教授)、松本健二氏(訳者・大阪大学講師)
 □予約方法:入場無料、要予約。参加ご希望の方は、下記のHPから、メールにてお申し込み下さい。

詳しくはセルバンテス文化センター東京「世界本の日:『野生の探偵たち』をご覧ください。

第8回配本『野生の探偵たち』2010.04.12


 ジュール・ド・バランクール展

いよいよ第8回配本、ロベルト・ボラーニョの『野生の探偵たち』発売が近づいてまいりました。これに関連して、六本木の森美術館で開催中の美術展をご案内させていただきます。

「ジュール・ド・バランクール」展

現在のニューヨーク・アートシーンを代表する作家の作品展です。

 ■会期:2010年3月20日(土)〜7月4日(日)
 ■会場:森美術館ギャラリー1(六本木ヒルズ森タワー53F)
 □主催: 森美術館
 □助成: フランス大使館
 □入館料:(税込)一般:1500円 学生(高校生・大学生):1000円
          子供(4歳〜中学生):500円
  *森美術館「六本木クロッシング2010展」と共通、展望台 東京シティビュー(スカイデッキ除く)への入館料を含みます。
 □開館時間:10:00〜22:00(火曜日17:00まで、5/4(火)は22:00まで)
  *入館は閉館時間の30分前まで
  *会期中無休
 □お問い合わせ: TEL 03-5777-8600(ハローダイヤル)

森美術館のウェブサイトもぜひご覧ください。
http://www.mori.art.museum/contents/mamproject/project011/index.html

上に並んでいる作品の、一番左「衆愚の饗宴」が、『野生の探偵たち』の装幀に使用されます。

第8回配本『野生の探偵たち』2010.04.09


エクスリブリス
特色

欧米はもとより、ラテンアメリカ、ロシア、東欧、アジア、オセアニア、アフリカまで、まさに「世界の文学」を幅広く紹介していきます。

頭角を現し、注目を集めている新人、気鋭から、隠れた名作家まで、今こそ読んで新しい、ユニークで意欲的な作品を厳選します。

柴田元幸、岸本佐知子、岩本正恵、野崎歓、鈴木仁子、沼野恭子ら第一線の翻訳家をはじめ、藤井光(アメリカ文学)、渋谷豊(フランス文学)、松本健二(ラテンアメリカ文学)ら新進翻訳家を積極的に起用します。

装丁家、緒方修一による、各作品にふさわしい清新なデザイン、瀟洒な造本、読みやすい本文レイアウトでお届けします。


推薦のことば

「期待の現代文学」
 柴田元幸

世界のいろんな場所で、日々いろんないい小説が書かれ、出版されている。だから、「この本をぜひ出したい」という編集者がいて、「この本をぜひ訳したい」という翻訳者がいて、その情熱を共有する人間が周りに何人かいれば、とてもいい現代文学のシリーズが出来ると思うし、事実このシリーズ、かなりそうなりつつあります。

「太陽との距離」
 古川日出男

世界には中心はない。ある偉大な作家がAという地域にいても、Aこそが核だ、とは断言できない。ある革新的な作品がBという国(の言語)で書かれていても、Bの国語こそが今後の文学の核となる言語だ、とは判断できない。だが地球上のどんな場所も、太陽とは等距離だ。それを理解した新しい“本”だけが、ここに世界文学として届けられるだろう。

「本を片手に旅するように」
 桜庭一樹

飛行機に乗ったら世界が、「おぉ!」ぎゅんと狭くなるように。タイムマシンに乗ったら、「あれ?」過去がもうすぐ外に在るように。「エクス・リブリス」の本たちが思わぬ空間と時間に連れてってくれるとよい。あてもなく旅をするように、気楽に、刺激的に世界文学を読み続けることができたらそれだけで幸せです。


今後のラインナップ

カルロス・バルマセダ
 柳原孝敦訳
『ブエノスアイレス食堂』
(アルゼンチン)
第17回配本・2011年10月上旬刊行予定

エドワード・P・ジョーンズ
 小澤英実訳
『地図にない世界』
(アメリカ)

蘇童
 飯塚容訳
『河岸』
(中国)

アルベルト・ルイ・サンチェス
 斉藤文子訳
『空気の名前』
(メキシコ)
ジョー・ブレイナード
 小林久美子訳
『ぼくは覚えている』
(アメリカ)