サルコジあるいはフランス文化との断絶
ニコラ・サルコジが大統領になって、フランスではゴシップ雑誌の売り上げが上がった、だろうか?
10月にセシリア夫人との離婚が無数の雑誌の表紙を飾ったかと思ったら、2ヵ月後には、新しい恋人カルラ・ブルーニとのツーショットが『パリ・マッチ』他2誌に発表され、そのニュースはなんと『ル・モンド』にまで載った。
従来のフランス政治との「断絶」を強調するサルコジ大統領だが、たしかにこれは新しいスタイルだ。フランスは今、「フランス的」と言われていた様々な伝統との別れを経験しているのかもしれない。
他人の私生活は私生活としてそっとしておくというのがフランスの伝統だったのだ。それはたとえば、かつて同性愛を法律で取り締まった英国などと違って、「何をやっていても、家でやっている分には、それは私的領域だから」と口出ししなかった比較的な寛容さに表われている。
政治家に関して言えば、ミッテラン元大統領は、若い愛人との間に子どももあったが、その私生活を世間の目から厳重に守ったし、メディアも暴露して騒ごうとはしなかった。
アメリカのクリントン大統領が愛人スキャンダルで世間を騒がせていた頃、フランス人は、「あんなことで騒ぐなんて」とメディアの過熱ぶりを冷ややかに眺めていた。
しかしサルコジ大統領になって以来、フランスは遅ればせながら英米流に「改革」を進めようとしている。私生活公開もその一環か?
もっとも私生活に限らず、連続ドラマのように活躍している姿をメディアに流すのが、サルコジ流のスタイルなのかもしれない。
たとえば一週間の間に、リビアのカダフィ大佐をパリに迎え、歌手に転向した元トップモデルとディズニーランドでデートし、ヴァチカンに飛んで教皇と写真に収まる。
こうして、新しい恋人とのツーショットは、石油資源を握る独裁者カダフィ大佐のパリ訪問への批判を見事に封じてしまった。
その少し前、アメリカの週刊誌『タイム』は、「フランス文化の死」というタイトルでフランス文化の世界シーンでの後退を挑戦的に描き出した。「フランス語が影響力をなくしたために翻訳の数が減っただけだ」とか、「文化水準の低下は世界的傾向でフランスだけが例外ではない」などと、フランスのメディアは抵抗を試みていたけれども、ド・ゴール、ミッテランのわきにサルコジと並べてみれば、ディズニーランドでデートの大統領は、フランス文化の凋落の見事な象徴となっている。


